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『クローズド・ヘヴン』、師弟の戦い

「やれやれ、着いた途端にこの修羅場か。思ってたよりずっと切羽詰まってんだなあ共和国」

 

 外周警備保安隊が維持する防衛ライン。首都を大きく囲うように形成された戦線の南東部にて。

 『クローズド・ヘヴン』メンバーの一人、オルビスはゆっくりと肩を回した。角刈りに髭を蓄えた、50そこそこの中年男だ。白いロングコートなど着込んでいる。

 回した肩と共に、鍛え上げた末に盛り上がった全身の筋肉が唸りをあげた。やって来てすぐに訪れた亜人との戦いだが、中年のS級冒険者には油断も緊張もない。

 ただゆっくりと、態勢を整えて眼前の敵を見る──亜人が4人。額に角の生えていることから、『オーガ』の種族であると即座に推測を付ける。

 

「ん……オーガか。数ある亜人種の中でもトップクラスの戦闘種族。同じく戦闘種族のワーウルフに比べりゃスピードで劣るがパワーは段違い。特に視覚と聴覚が特化しており、『気配感知』もそれらが由来で機能している、と。強敵だなァ」

「貴様……共和国の手の者か。よく我らについて知っているようだが所詮人間、敵ではない」

 

 相対するオーガの一人が嘲笑う。種族としての情報をつらつらと述べるオルビスへの、侮りと蔑みだ。

 他のオーガ三体もつられて嗤うのを冷静に見据えながらも、オルビスはくたびれたように懐から何かを取り出す。大きな掌にすっかり覆われて見えないそれを、彼は弄びつつも告げる。

 

「いやぁ、そりゃそうだわなあ……人間じゃ亜人にゃ勝てん。そもそものスペックが違いすぎるんだ、敵いっこない」

「ふん、のこのこ前に出た割にはいやに殊勝だな? 今更命乞いしたところでもう遅いと言うのに」

「まずはお前からだオッサン! 八つ裂きにして擂り潰して、首だけにして町の虫けらどもに見せつけてやる!!」

「怖いねえ……怖い怖い、おー怖い」

 

 殺意を伴う酷薄な笑みがオルビスへと向けられる。残虐に残酷に殺して見世物にしてやろうという、言葉通りの恐ろしい声音。

 只人ならばもう、この時点で戦意を失い命乞いをするだろう。糞尿さえ漏らしながら、意味も価値もない助命を請うのだ。それが多くの人間たちにとっての当たり前であり、多くの亜人にとっての当たり前でもある。

 

 けれどオルビスは気楽な笑みを浮かべた。何ら重圧にも屈せぬ、自然体そのものだ。

 それが面白くないのか顔を歪めるオーガたちに、彼は構わず笑いかけた。

 

「怖いからオジサン、抵抗させてもらうぜ? ……そらよっ」

「!? 何だ、豆──」

 

 ぽいと軽く投げ捨てられた何かが、オーガたちの足下に転がる。見れば少し大きいが、豆のような形をしている。

 怪訝にする亜人たちだったが──次の瞬間。

 それは轟音と閃光を放ち、膨らむように破裂し炸裂した。

 

「な、何だぁっ!?」

「光!? 何の光!?」

「耳が、み、耳がっ!!」

 

 突如として目の前を覆い尽くした閃光と、大陸中にまで響き渡ったのではないかと錯覚する程の轟音。一瞬にして亜人の視覚と聴覚が麻痺してしまい、オーガたちは目と耳の激痛に悶えながらも呻き声をあげる。

 もはや『気配感知』はおろかまともに立っているのがやっとの状態だ。一歩、また一歩と近付く者に気付けるはずもない。

 その男、オルビスは聞こえていない亜人たちに向け、悠然と鷹揚に言う。

 

「『視聴覚封印閃光爆音弾』……ネーミングが直球すぎるのは勘弁してくれや、その辺のセンスねーんだ、俺」

「がぁああああっ!? ぐぎぃゃあああ!!」

「……って聞こえとらんわな。見えたり聞こえたりしてたらそいつは大問題だ。せっかく対亜人用に拵えたんだから、効果が無いのは困る」

 

 苦しみもがくオーガたちに、聞こえていないことを承知で告げつつ更に距離を詰める。その右手にはナックルダスター……物々しい装置が肘辺りにまで装着されている、ほとんどガントレットと言える代物だ。

 オーガの一体の後ろに回る。『気配感知』を封殺され、あまつさえ視聴覚へのダメージで苦しむ亜人たちはまるで、そのことにも気付けていない。

 

 これが彼の、オルビスの戦術だ。亜人ごとに適した『弾』を用い、奇襲にて特化した五感を麻痺させる。そうして『気配感知』を無効にした状態で、特製ナックルダスターで仕留めるのだ。

 上手く嵌まれば一方的に亜人を打ち倒せるものの、言うまでもなく相当に危険な戦法である。オルビス自身の亜人への深い見識と亜人種ごとに適切な『弾』の選択を以てようやく『気配感知』封殺が成立する、ハイリスクハイリターンな戦闘スタイル。

 

 『プロフェッサー』。かつては亜人の生態に関する研究者であったがゆえの二つ名が、決して伊達ではないことを彼の戦い方が示していた。

 改めて名乗りを挙げる。聞こえはしていないだろうが、戦士として最低限の礼はしなければならないとの思いからだ。

 

「さぁて──『クローズド・ヘヴン』No.4、『プロフェッサー』オルビス。共和国の治安平定のため、ただいま推参ってな」

「く、ぎ、が……!」

「いつまでも苦しませるのは悪いからよ、今楽にしてやる。なるべく捕縛が原則らしいが、まあお前らなら本気でやっても死にゃしねえだろ──『キーポイント・ショット』!!」

 

 そして放つ、ナックルダスターによる剛拳。オーガの急所とされている、肩甲骨の付け根辺りに目掛けてまっすぐに拳を振り下ろし、当てる。

 ──ヒットの瞬間、爆発。ナックルダスターに仕込まれた火薬が接触によって起爆し、拳の前方に向けて爆裂したのだ。

 急所を思い切り殴られ、あまつさえ指向性のある爆裂に晒される。さしもの亜人オーガとてこれは堪らず苦痛に絶叫をあげた。

 

「ぅぎぃゃぁああああっ!! あああっ!! ぎぁぁぁぁあああっ!!」

「何だっ!? な、な、何が起こった!?」

「ば、爆発!?」

「騒がしいねえ……次弾装填、とォ」

 

 見えず聞こえずの中、それでもたしかに察知した、仲間の苦しみ。

 恐怖と困惑とに不安の声をあげる残りのオーガたちに対しても、オルビスはその背に回りナックルダスターを向ける。

 火薬をセットし直せば、二度目の技はすぐ放てる。人間の膂力だけでは急所を突き切れないことから開発された、瞬間火力のみを追求した武器がオルビスのナックルダスターであった。

 

「ファズ坊はどうせ長引くだろうしよ……俺が他の亜人どもの相手をせにゃならん。悪いがちゃっちゃと進めるぜ、『キーポイント・ショット』!!」

 

 共にやって来た弟子の『クローズド・ヘヴン』No.6の悪癖──亜人の恐怖する様にひどく興奮する性癖──をにわかに不安視しながらも。

 『プロフェッサー』オルビスは己の使命に則り、続いて2体、3体とオーガをその拳にて沈めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、首都近郊北西部。こちらも他の地点と同じく、外周警備保安隊による防衛線が引かれている。

 そこにはスモーラの亜人が4人、見た目はまるで少年少女のような男女らがそれぞれ、武器を持って突然現れた人間の男に相対していた。

 

「何者だ、お前! 急に現れて邪魔をしてっ!!」

「人間なら……共和国の奴ねっ!?」

「追加で一人来ようが構うもんか、殺るぞ、皆っ!」

「ぶっ殺してやるっ!!」

 

 背丈の高い、金髪の青年──亜人たちの目から見てもかなりの美男子であるその男に向け、半分以下の身長しかない彼ら彼女らはそれでも殺気立って叫ぶ。

 実際、恐れることなど何もありはしない。スモーラは亜人の中では身体能力こそ低めだが、それでも人間などとは比べ物にならない。

 加えて手先が器用で様々な武器を使いこなせることから、そうしたテクニカルさを発揮して集団で掛かればワーウルフやオーガにさえも時として、匹敵することさえあるのだ。

 

 人間一人、何を恐れるものか。気勢をあげるスモーラたちだが、同時にどこか、ひどく不安なものを胸中に抱いてもいた。

 どことなく、目の前の男からは不穏な空気が漂う。何か、そう、人間も亜人も関係ない、根元的な部分でのおぞましい恐ろしさを孕んでいる気がしてならない。

 

「……スモーラかぁ。聴覚と触覚、手先の器用さに優れた種族、と」

 

 そんな危険な薫りを漂わせる男──ファズは、殺気と緊張とで身を強ばらせている彼ら亜人も気にせずに、深々とため息を吐いた。

 

「これじゃあ絵面的になあ。まるで年端もいかない子供らを拷問するみたいでイメージも何もありやしない。それにスモーラなんて、大体似たような反応ばかりで気持ち良くも何ともないし……はあ、外れかなここは」

「何を、言ってる? ずいぶん余裕だな!?」

「あーいえ。その、せめて屈強なのとか、もうちょい背丈があるとかじゃないと──壊す甲斐がないってことですよ、亜人さんたち」

 

 ぶつぶつと、わけの分からないことを言いながらもファズは腰に備えたホルダーから、己の愛用する武器を取り出した。

 鞭だ……恐ろしく長い。よく見ればボディ部分には無数の節があり、そもそも通常の鞭のような革製ではない。鉄、それも鋼鉄だ。

 

 細かく節として分割することにより、硬い鋼鉄を無理矢理、鞭の形にしているのだ。当然ながらその重量はすさまじいはずなのだが、ファズは軽々とそれを手に取り、二、三回手首のスナップを利かせてしならせた。

 金属の擦れる音と、それ以上に空気が裂ける音。重量など感じさせない程に、長い鞭はファズの周囲の空気を切り裂き続けていた。

 

「っ……!? 何だそれ、鋼鉄の鞭!?」

「言うまでもなく当たると痛いですよ。直近ではゴブリンの股関に当てちゃいまして、当てどころが悪くて可哀想に下半身に風穴が空いちゃいました。さすがにそこまで残酷なのは、僕も反応しづらいんですよねぇ」

「何を……何を、言ってる」

 

 あまりにも異様な光景、あまりにも異常な言動。ファズが放つ異質な雰囲気に、血気盛んだったスモーラたちももはや、すっかり萎縮して後退りしている。

 そんな彼ら、彼女らに──けれどファズは、むしろ意外そうに瞳を煌めかせた。朗らかに嗤う。

 

「おっ、良いですねえその動き……恐怖に怯え後ずさる。それも人間相手に。ちょっと僕、君たちに興味が湧いてきましたよ。特にそこのお嬢さん、涙目で震えるのとか素敵じゃあないですか。そそりますよぉ」

「ひ、ひっ──!?」

「……ああ、まあでもアレですね。一応今は仕事の時間、師オルビスにも釘を刺されてますし。残念ですが最低限だけ楽しんでから、君たちは後ろの保安さん方にお任せしましょうかね」

「な、な、何だお前っ!? 何なんだ!?」

 

 狂気めいた空気がいよいよ淀んでいくのに堪りかね、スモーラの一人が誰何を問う。どう考えてもどう見ても、この男は尋常ではない──ただの人間ではない。強いかどうかは知らないが、少なくとも頭の方はどうかしている。

 

 『このまま戦えば間違いなく誰かしら、人と呼ぶに値しない状態にされる』。人間相手にも拘らず本能的な恐怖に震える、そんな亜人たち。

 ファズはにこりと微笑んで一礼し、優雅に名乗りを挙げて見せた。

 

「名乗りもまだでしたね、失礼。僕はファズ。『クローズド・ヘヴン』No.6、『壊感』ファズです。以後お見知りおきを」

「『クローズド・ヘヴン』……! き、貴様がっ!!」

「ええ。そして二つ名の『壊感』とは──」

 

 告げつつ、腕を振るう。鞭がしなり、スモーラたちに向けて走る。やはり重量ゆえか、亜人の身体能力ならば回避はそこまで難しくもない速度だ。

 しかし──

 

「ぎっ──」

「が……あ、耳、俺の、耳がぁ!!」

「か、か──あ、あぁあ」

 

 次の瞬間、彼らは著しく身体を損なわせていた。鞭が強かに命中し、足が折れ、耳がもがれ、全身の皮が弾けたのだ。

 避けられなかった。恐怖に足が竦み、おぞましさに動きが硬直し、彼らの肉体的ポテンシャルが低下していたのである。

 

「あ、あああ──そんな、そんな」

 

 運良く回避した一人を除く三人、足と耳、そして全身に耐え難いダメージを負っている。こうなればもはや『気配感知』は使いようがない──耳を潰された者は聴覚を半壊させ、足を折られた者、全身の至るところを弾けさせられた者はそれぞれの苦痛により、触覚が半壊したのだ。

 

 これが『壊感』ファズの戦術。己の異様な言動によって相手の思考と行動に制限を掛けつつ、愛用の鋼鉄鞭によるダメージで『気配感知』を強引に潰し、然る後に少しずつ、少しず追い詰めるのだ。

 決してすべての亜人に通じるやり方ではない。彼の異常性が通用しない相手も当然いるし、鋼鉄鞭とて逆に言えば一撃必殺ではあり得ない低い威力であることは否めない。

 

 だがそれこそがファズの求める戦い方だった。格上をどうにかしてやり込め、少しずつ嬲り殺しにして、恐怖に絶望する様を楽しむ。

 最低最悪の性癖がもたらした、最低最悪の戦法。『クローズド・ヘヴン』メンバーの中でも一際評判の悪い変態、それが彼の正体であった。

 

 悪夢のような光景が広がる中、ファズはぶるりと身を震わせて、頬を赤らめつつも続ける。

 

「亜人の『感覚を壊す』、僕の『壊れた感性』によって。ゆえに『壊感』」

「こ、こわ、壊す……っ」

「師オルビスや他の仲間からは、悪趣味だの人間のクズだの、平和のためにはまずお前から先に始末するべきだのとボロカスに言われてしまっていますがね。フフフ……少しだけ、楽しませてもらいますよ」

 

 不気味に嗤うファズ。すっかり震え上がり、怖じ気づくスモーラたち。

 人間と亜人の関係が完全に逆転した、一種倒錯的ですらある光景は、今しばらく続くのであった──

「共和国魔眼事件エルゼターニア」本編を最後まで書き終えましたので、本日から毎日更新したいと思います。時間はまちまちです。

大体あと10話ですが、どうか最後までよろしくお願いいたします。

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