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首都外の攻防、現れる使者たち

 ──首都近郊、外周警備保安隊。

 治安維持局保安部によって全国議会の間、害意ある何者をも見逃さないために毎年設置されている警備隊であり、こと今回においては『オロバ』を警戒して特に厳重な体制が敷かれている。

 事実上の首都最終防衛ラインであり、ここを抜かれれば首都に侵攻され国民に大きな被害が出る、そんな要衝だ。

 

「何なんだ、あの蝶は……!? まさか『オロバ』か!?」

 

 外周警備保安隊の総指揮を取る保安部長ゴルディンもまた、上空から飛来した巨大な蝶に驚き、半ば呆然としていた。彼の率いる保安官たちも皆、あまりの事態に恐れ戦いている。

 今までに見たこともない生物がいきなり首都の空を埋め尽くしたかと思えば、落雷が一つ轟いたのだ。混乱するなと言う方が無理があるのだが──しかしてゴルディンはいち早く我に返り、各所に指示を飛ばした。

 

「各員、戦闘態勢に入れ! あれが何なのかは分からんが少なくとも尋常のことではない! いつ敵が来ても対処できるように各班、気を引き締めろっ!!」

 

 厳めしい体躯の壮年ゴルディンの声は、低いが不思議と辺りによく通る。それでいて共和国の治安維持を長年続けてきた辣腕ゆえに、統率力のある迫力を備えていた。

 部下たちもその声に次々、気を取り戻して立ち直りを図っていく。対亜人用の装備に身を固めた、10人一チームの集団。

 当然、対亜人のプロフェッショナルたる特務執行官エルゼターニアには到底及ばないが、彼らとて長きに渡り培ってきたマニュアルがある。倒せはせずとも捕縛、ないし撃退を旨とするための専守防衛のベテラン揃いだ。

 

 来るなら来い、などとは口が裂けても言えはしないが、それでもゴルディン以下外周警備隊の面子は周囲に警戒した。首都周囲は完全に包囲しており、どこから何が来ようが必ず応対して見せる。

 ──だが。

 

「き、来たぞー!」

「亜人です! ……伝令が来ました! し、首都外周の八ヶ所にて亜人が確認されたとのこと!」

「南西、ケンタウロス三人! 北東、エルフ二人! 北西はスモーラ四人──ほ、他にもすべて、異なる亜人種のグループです!」

「複数の種族による同時多発だとぉ!?」

 

 八つの地点、同時に亜人たちが現れたとの報を受け、ゴルディンは叫んだ。保安部にとり、想定していなかった事態では無いにしろこれは最悪に近いケースと言える。

 

 基本的に亜人と言うものは種族単位で行動する。これまでに国内で起きたテロも、組織あるいはグループによるものに関してはそのすべてが単一種族で構成されていた。

 かの戦争においては種族の垣根さえ越えて一致団結していた彼らだが、纏め役だった『魔王』が敗れ去って以降、やはり散り散りとなったのだ。

 それが今更になって示し合わせたかのように行動をするなど、想定の中でも最悪に近い状況だ。

 

 ふと例外を思いだすゴルディン。かの英雄アインが大成した今夏の『魔剣騒動』にて、複数種族から構成された通称『亜人連合』なる集団が暗躍していたと報道では伝えられていた。

 そうなれば当然、ことの子細を知っている彼には結びつけられる組織がある。

 

「『オロバ』……! まさかこいつらも、奴らが裏で糸を引いているのか!?」

「亜人、止まりません! 交戦状態に入ります! ……総数30体、突っ込んできます!」

「ぐっ……! 総員応戦! トラップを起動しつつ専守防衛、セオリー通りに進めろ!」

 

 指示を下しながらも確信する──『オロバ』による襲撃だと。『魔剣騒動』と同じ手口で以てついに、この共和国に侵攻してきたのだ、と。

 ゴルディンの目にも遠くに見えた、亜人たち。外見的な特徴からゴブリンだろう、男が三人。殺意と憎悪を撒き散らしながらこちらに向かって歩いて来ている。予め仕掛けておいた亜人用トラップも対策をしてきているのか、概ね回避して時に引っ掛かってもフォローし合い、凌いでいる始末だ。

 その迫力たるや、人間に刷り込まれた亜人への恐怖心を否応なしに想起させる。恐らくは他の七ヶ所でも似たように、恐怖が這い寄って来ているのだろう。

 

 歯噛みする。30人という時点でこれまでの、散発的なテロ活動とは一線を画するものを……しかも分散して同時に攻めてきているのだ。人間の身で防衛しきるには、中々に厳しい状況だと言える。

 更に後続がいるのかもしれない。その可能性をも考慮すれば、現状は絶望的だ。

 

 現状のパワーバランスにおいては亜人一人につき人間の熟練した戦士が四人、連携を取って初めてその力関係が拮抗するとされている。

 それを踏まえてみると外周警備保安隊のメンバーは、精鋭たちとは言え対亜人に関してはほぼ経験の無い者ばかりだ。精々10人がかりでやっと一人を相手にできるかどうかというのが実際だろう。

 

 どうにか300人規模で頭数は揃えはしたが、30人の亜人を相手にしてやっと同じ土俵に上がれるか否かといったところなのだ。しかも分散しているため、こちらも戦力を分けざるを得ない。

 

「あの蝶が『オロバ』のものだとしたら、もう既に中にも侵入者がいるかも知れんか……!」

 

 加えてやはり、上空の蝶が『オロバ』のものであるのならば──最悪の場合、首都内あるいは議事堂において戦端は開かれていることも考え得る。

 空からの侵攻とて投石器や弓矢など用意はしていたが、あそこまで巨大な化物がやってくるなど想定の埓外だ。苦渋の相を浮かべつつ、ゴルディンはせめて眼前の、そして首都に迫る亜人たちだけはここで留めると決意を固める。

 

「何としてもここで食い止める! 全員、一歩も退くなっ!! 一歩退けば百人、民が死ぬと思えっ!!」

「はいっ! 死んでも首都には入らせませんっ!!」

「治安維持局の意地、見せてやりますよっ!」

 

 若い保安部員たちが轟く命令に応えた。恐怖にひきつりながらも、その瞳には強い使命感を宿す……そんな勇気ある部下たちが大勢。

 彼らに死ねと言ったも同然なことに、一瞬、深い懊悩を表情に出すゴルディン。けれどやはり護るべきは国と民、捨てるべきは自分たちであるのが治安維持局なのだ。

 刺し違える覚悟をも抱く一同。迫りくる亜人へいざ行くぞと声をかける、その時だった。

 

「伝令! 伝令! ──『クローズド・ヘヴン』のオルビス殿、ファズ殿が戦線に加わりました! それぞれ首都外周南東部と北西部で亜人と交戦中!」

「……きっ、来たかぁっ! 『クローズド・ヘヴン』!!」

 

 駆け回る伝令の報告が響き、ゴルディンたちは意気を上げた。

 世界最高峰の冒険者集団『クローズド・ヘヴン』──そのメンバーの内、二人が今、助太刀に入ってくれたのだ。

 そして、意外な報告は続く。

 

「そ、それと……! 南西部に突如少女が二人現れ、そこにいた亜人たちをあっという間に全滅させて首都に進入したとのことです!」

「な……何ぃっ!?」

「『特務執行官の助力に来た』と! ──王国の特級賓客証明書を携えた少女たちです!」

「──王国からの、援軍だとぉっ!?」

 

 あまりの事態に混乱しながらも叫ぶゴルディン。

 絶望的な状況の中、たしかに何かが進行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 混乱渦巻く首都。巨大蝶が飛来して上空に待機し、あまつさえ落雷が一つ落ちさえしての今。

 けれども祭り騒ぎの人々は不安を抱きながらも未だ、多少ざわめく程度に留まり年に一度のイベントを楽しんでいた。

 

「何とも呑気じゃのう……と、言ってしまうには少々現実離れしすぎとるか。この光景は」

「まあ、見たこと無いだろうしな、こんな空。一面に広がる蝶とかお前、良くも悪くも夢みたいな話だよ」

「ある種、一生の思い出かものう。わしもジナやらリリーナやらに自慢できるわ、変なもん見たってな!」

「リリーナはともかく、ジナは悔しがるだろうねえ……あの知的好奇心はどこから来るんだか」

 

 そんな中、二人連れ立ち歩く少女ら。異様な現状にあってなお、少なからず人目を引く程に整った容姿の、美少女たちがいた。

 エメラルドグリーンの長髪を地面にまで伸ばした、装飾過多な貴族服が派手な少女と、金髪のポニーテールが煌めかしい、メイド服にマントを羽織った出で立ちの少女である。

 

 あるいは上空の蝶よりも目立つ愛らしさの二人は、けれどしかめ面をして空に聳えるモノを見据えた。

 

「……そんで、結局あれは何なんじゃ? マオ」

「『七支天獣』が一つ、大陸蝶ってね。私や小僧の同類だ。とある役割ゆえ、向こう数十億年は表舞台に出るはずの無い奴らなんだが……どうしたことか『オロバ』め、飼い慣らすなんてな」

「ってことは、星の端末機構って奴か。なるほど、そんでお主、慌てて共和国に行くとか騒ぎよったんじゃな」

「人間世界に現れること自体、星としても認めてない存在だからね。『タイムキーパー』め、せっかくセーマくんとイチャイチャして気分良かったのに邪魔してくれてさ、ったく」

 

 ぼやくエメラルドグリーンの少女、マオ。かつて『魔王』として戦争を引き起こした星の最上位端末機構である彼女はその来歴ゆえ、同類項たる『七支天獣』についても詳しい。『オロバ』のような邪悪に、使われて良いものでは断じてないことももちろん知っているのだ。

 

 そんなマオの姿に金髪の少女はふむ? と首を傾げる。今朝方、急にこの魔王が『共和国に行ってくる』などと言い出すものだから、弟子の様子も見がてら随行したものの、同じく同行を願い出た『勇者』セーマに関しては頑ななまでにそれを拒否していたのだ。

 今のように『七支天獣』についての説明さえしていなかったので、これは余程の何かが絡んでいるのだろうとセーマもひとまず引き下がったのであるが……金髪の少女にとっては最愛の主をそのように扱われるのでは、如何なアリスでも納得がいくものではない。

 

 何故、自分は良くてセーマは駄目だったのか。それを問えばエメラルドグリーンの少女は、苦々しくも答えるのであった。

 

「セーマくんにろくな説明もしないまま、ここに来た理由……まあ、あれだよ。慌ててたのもあるけど、それ以上に彼を『七支天獣』に会わせたくなかったんだよ」

「何?」

 

 ぽりぽりと頭を掻いて、マオ。そのまま慎重に言葉を選びながら、続ける。

 

「『七支天獣』はその役割から、一匹でも欠けると非常に不味いことになる。あいつらは全部で七匹いて、この世界の存在ではどうやったって殺せない仕組みになってるんだが……セーマくんならたぶん、そこら辺の何もかも全部無視して殺ろうと思えば殺れちゃうんだよね」

「まあ、ご主人の力ならばのう……とはいえ、あの方がわざわざ殺すなど、そんな」

「万が一だよ、万が一。それさえ警戒して彼と引き合わせることだけは避けたかったんだ。一匹でも欠けると、この星が──まあ、ちょっとアレなことになるからさ」

「アレって何じゃ!?」

 

 肝心なところを雑然とした言葉で片付けたマオに抗議する少女。とはいえ、概ね事情は分かった。マオ程にこの星、この世界の裏側の事情に精通している者がそうまで言うのであれば、セーマが『七支天獣』とやらと対面するのは中々にまずいことなのだろう。

 ふむ、と吐息を漏らす。そのことはさておいても現在、この首都は襲撃されている。『オロバ』の手によるもので、恐らくは全国議会を狙ってのものと推測される。

 腕を組み、少女は呟いた。

 

「ハーモニ……まさか他所で道草なんぞ食っとらんじゃろうな、あの間抜け」

「弟子だったっけ、強いの?」

「ヴァンパイアの中ではな。つってもわしの足下にも及ばんし、そんなじゃからリリーナ、ジナなぞとは比べるべくもないのう。精々が今のリムルヘヴンくらいか?」

「ふーん……そんなのがもしかしたら、エルの傍にいるのかも、か。盾くらいには役立つと良いんだけどね、そのヴァンパイア」

 

 嘯きながら首都の中央、一際高く空に延びる階段を眺める。全国議会の開催地たる議事堂には、微かに炎と雷がその余波で空気を揺らしていた。

 そこにたしかに感じる、見知った男の存在──『焔魔豪剣』アイン。

 今、あそこで戦っている。

 

「小僧はいるな。嬢ちゃんも一緒だろ、どうせ。ってことはあいつらが協力してるエルもたぶん、あそこだ」

「ギリギリんとこまで詰められとるのう……ありゃー政治屋どもは間に合わんのでないか」

「そんな奴らはどうでも良いんだが、エルがまた無茶しそうなんだよねー……アリス、急ごう。せっかく助太刀に来といて辿り着いたら終わってましたとか、情けないったらないぜ」

「じゃな」

 

 マオの促しに頷く、金髪の少女──アリス。

 王国南西部にあるカジノ『エスペロ』オーナーにして、『森の館』幹部格メイドが一人である最強最古のヴァンパイア。

 人々の中を縫って進む二人。遥か天空に佇む大陸蝶の下、彼女らもまた、戦場へと向かうのであった。

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