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最後のピース、決定的な一分

「このような姿で失礼。ですがこれより貴女方のお相手はこの私、最上位天使『第九位』エフェソスが務めさせていただきます……お覚悟を」

 

 そう言って、エルゼターニアとハーモニの前に、レンサスへの道を阻むかのように降り立つエフェソス。二人の記憶にある姿とはまるで違う、焼け爛れた全身を包帯にて覆い隠した出で立ちだが、本人はまるで気にせず槍を構え、油断なく相対している。

 

「エフェソス、貴様……!」

「そんな姿でまだ邪魔をして来るの!? 見るからに死に体じゃないかっ!」

 

 エルゼターニアとハーモニが威嚇に叫ぶ。絶対に今ここで止めなければならないレンサスを、しかし目の前の天使が妨害してくることへの焦燥と怒り。

 しかして裏腹の、警戒もあった。エルゼターニアもそうだが、特に『気配感知』を備えるハーモニは、困惑混じりですらある。

 

 死に体とは口にしたものの、実際はとんでもないことだった──前よりも格段に強くなっている。身体こそ重傷だが気配の大きさ、強さが段違いだ。何よりも以前にはあった慢心、油断が一切無い。

 アインに一撃で撃退されたことで、身体はともかく精神面での隙が取り除かれたというのか。

 

「戦士としては見事だけど……そこまでして何故、あんな『オロバ』に従う!」

「従っているというよりは、利用して利用されているだけの話です。我らの大義のため、『オロバ』に与するのが最も適当だったゆえに」

 

 激高するハーモニとは対照的に、冷静に冷淡に応えるエフェソス。薙いだ海原を思わせる静けさが、逆にかつてない難敵の予感をハーモニに与える。

 

「我らが大義は直に達成される。今は既に『オロバ』などに与してはいませんし、このまま天界へと帰還しても良いくらいです」

「それなら、何でっ……! 国が滅びるのに手を貸す!? 遊びじゃないんだぞ!!」

「愚問ですね──我らとて決して遊びにあらず」

 

 エルゼターニアの激怒にも、目を閉じてエフェソスは受け流す。覚悟を決めたがゆえの落ち着きだった……これがこの地における、最後の戦いだと。

 

 ことここに至り、天使たちに『オロバ』に協力する謂われなど実のところ、ない。彼らの探し求めていた『七支天獣』が一角は既に眼前で、既にトリエントは天界へと報告を入れており、直に偉大なる『第一位』が大陸蝶を捕獲するためにやって来るだろう。

 自分たちもそれに乗じて天界へと戻る。そして此度の神命は終わりだ。後の『七支天獣』は他の最上位天使たちが捜索しているため、そちらに助力することもあるだろうが、少なくとも共和国において成すべきことなどもう、どこにも何もありはしない。

 

 ゆえに言ってしまえば今のこの状況は、トリエントにもエフェソスにも何ら益のないものだ。負けて死ぬ可能性があることを思えば、損失ですらある。

 

 けれども二人はレンサスに協力し、この地における最後の戦いを選んだ。何故か? 決まっている。

 包帯に巻かれた合間から、好戦的な光を瞳に宿し……エフェソスはたしかに、笑った。

 

「今ここにいるのは協力者たるレンサスへの報い……そして我ら自身の、戦士としての矜持のため」

「矜持……!?」

「──素晴らしき信念を持つ、敬意に値する戦士『特務執行官』! そして星の焔を操るすさまじき『焔魔豪剣』!! これ程までの相手にしてやられたまま逃げ帰っては、私は今後、一生を後悔と未練に苛まれることになる!」

 

 膨れ上がる戦意。これまでの静けさから一転して、エフェソスの決着を望む熱が吠えた。

 

 この地に来て、『オロバ』に与して。決して正しいことをしなかった彼女に訪れた、特務執行官エルゼターニア。まっすぐに愚直なまでにこちらを糾弾してきた、好ましき正義の戦士。敵味方同士ではあったが決して、エフェソスはこの少女のことが嫌いではなかった。

 

 そして下劣な奇襲を仕掛けた己を、まるで罰するかのごとく焔にて焼いた『焔魔豪剣』アイン。心身共に深いダメージを与えてきたあの剣士には、恐れと怒りと憎しみと、けれどたしかな敬意とがある。

 人間の身にして、あの年頃にして、亜人をも上回る実力を持つ天才。敵意こそあれど素直に称賛し、上手と認めるべきだと彼女は考えられるようになっていた。

 

 いずれにせよ偉大なる敵。あるいはその精神性においては敵わないかもしれない。

 けれどもその上で誓う。エルゼターニアにもアインにも思い知らせよう、と。たとえ勝てはせずとも必ずや一矢報いるのだ、と。そんな想いが彼女の胸中を満たしていた。

 ゆえに。

 

「共和国の行く末もレンサスの末路ももはや関係なし! 今ここにいるのはただの天使、ただの戦士エフェソス!! 覚悟なさい──我が神雷、立ち塞がる何者とて焼き貫くっ!!」

 

 ゆえに、エフェソスの身体から雷が迸った。彼女自身、信じがたい程の出力。これまでの短くない人生の中でも最高度のエネルギーが、驚く程当たり前に行使できている。

 

 身体を焼かれ、心を折られ、それでも師によって立ち直らせられ──彼女はたしかな成長を、進化を遂げたのだ。より強くしなやかに、頑なだった殻を無理矢理にでも打ち壊された末の更なる変化。

 清々しさと高揚と、ここに至るまでの己を振り返っての反省と。真摯な神妙さでエフェソスは、改めて眼前のエルゼターニアとハーモニ、そして少し離れた場所で戦うアインに告げる。

 

「怪我人などと侮れば瞬間、その首もらい受けます! 努々気を抜かぬことです、共和国の戦士たちっ!!」

「来るよ、エル! どの道こいつを倒さなきゃ、レンサスには!」

「分かってます! まずはエフェソスをっ!!」

 

 眩い程に放電する天使エフェソスに、特務執行官とそのパートナーはついに認めた──レンサスを止めるためにはまず、この強大な敵を打ち倒さねばならない!

 

 アインは未だトリエントとの戦いに手間を食らわされている。激しいエネルギー同士のぶつかり合いは、次元の違う実力者同士の死闘であることを示している。

 エフェソス以上の敵なのだ、『焔魔豪剣』にそちらは任せることとして、残る戦士たちはそれぞれ構えた。

 

「我が名はエルゼターニア! 共和国の盾、『特務執行官』の使命と責務においてっ!」

「そしてその相棒、ハーモニ! ニューエイジ・ヴァンパイア『新世代の七人』リーダーの矜持と護るべき者のために!」

 

『特務、執行!!』

 

 重なる声、飛び出す二人。迎え撃つは雷電纏いし天使エフェソス。

 今ここに、本格的に『オロバ』との決戦の火蓋が切って落とされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開戦した天使たちを見て、『オロバ』大幹部レンサスは微かに吐息を漏らした。紆余曲折を経たがどうにか、ことをここにまで持ってこられたという安堵の吐息だ。

 

「やれやれ、エフェソスがイカれっぱなしだったらこうはならなかったかもな……ギリギリ許せるラインのポンコツで助かったよ、まったく」

 

 苦笑いと共にぼやいて見せる、少年。エフェソスが立ち直り、しかもそのことをバネに大きな成長を遂げてくれたことは実のところ、完全に予想外の事態である。

 彼としてはエフェソスなどどうせ、狂ったまま『焔魔豪剣』に突っかかって今度こそ死ぬか戦闘不能になるか、くらいにしか予想を立てていなかったのだ。

 

 実力もトリエント以下、油断と慢心当たり前の、実に『天使』らしい天使。思えば協力者として初めて会った時点でもう、レンサスは早々にやり取りの相手をトリエントに絞ってことの段取りを説明していた。

 エフェソスの、どこか己以外を最初から見下していた態度が酷く気に障ったのだ……天使ならばよくあることとは分かっていても、やはり気になるものは気になる。

 

「それがここに来て化けたんだ、あいつらにとっても無駄な話じゃなかったかな? ……さて、行くか。政治家どもめ、高を括ってるのか何の動きもしてないな」

 

 そのような過去はさておき、『気配感知』にて今から向かう場所、全国議会がまさに行われている最中の議事堂内を探知する。大勢の気配、もちろん人間のものばかりだ。

 外の騒ぎには当然気付いているだろうに動きがない。それだけ警備に対して信頼を置いているのか、あるいは自分たちに危害など加えられるはずもないという、慢心なのか。

 

 前者なら気の毒だが、後者ならざまを見ろ、だ──鼻で嗤い、いよいよ議事堂内へと歩を進めた、その時。

 

「ま、待て、『オロバ』……!」

「……ほう?」

 

 特務執行課長ヴィアが後ろから制止の声をかけるのを、面白がって少年は顔だけを横に向いた。気配を探るまでもなく弱い、戦士ですらないただの人間。

 脅しにと殺気を向け、凄絶な眼光で睨み付ければそれだけで萎縮するような、薄っぺらくちっぽけな人間だ。それが生意気にもこの期に及んで己を止めようというのか。

 

「逆に面白いけどね、お兄さん」

「っ……! と、特務執行課の長として、一秒でも長くお前を留めるぞっ! レンサス!!」

 

 一歩踏み出すも、既にその足取りは弱々しい。亜人の殺気を受けてなお動ける時点で、一般的な人間にしては胆力があると言えるのだが、やはり戦士でない者には荷が重い相手だ。

 それでもヴィアは歯を食い縛り、恐怖に怖じけつつも立ち向かう。たとえ一瞬だけでも、レンサスが議事堂内に入ることを遅らせる。必ずエルゼターニアたちが、間に合ってくれる……そう信じて。

 

 しかしてあまりにも恐ろしい。殺気立つ亜人に相対するとは、こんなにも恐ろしいことなのか。

 こんなことをこの一年、自分たちはあの幼い少女に強いてきたのか。ふとそんなことを考えて、ヴィアは奮い立った。息も荒く、常の飄々とした素振りもかなぐり捨て、叫ぶ。

 

「部下が命張ってるんだ、上司なら踏ん張らなきゃなあっ! 畜生、怖いけど、舐めんな、バカヤロー!!」 

「……お仕事ご苦労様。上司ってのも大変だな?」

 

 あまりにも見苦しい姿だと、失笑すら浮かべて嘲るレンサス。もはや馬鹿馬鹿しいと腕を一つ、振るう。

 ──爪が伸びた。スモーラの亜人的特長であり、ある程度だが爪の長さを調節できるのだ。亜人ではあるが戦士とも言い難い少年にとって、『魔眼』に依らない唯一の技がこれだった。

 

 勢いよく鞭のように伸びる爪が、ヴィアの胴体を薙ぎ払う。突き刺しでもしなければ殺すまでは至れないため吹き飛ばすに留まったが、それでも人間の身体には大きなダメージだ。

 倒れるヴィアにソフィーリアが駆け寄る。

 

「ヴィアさん!」

「く……ぁ、が」

「雑魚が無理すんなっての。亜人様に勝てるわけ無いだろ? 虫けらどもが」

 

 冷淡に呟き、改めて議事堂に歩を向ける。少しだけ、本当にわずかな時間だけだが無駄足を喰らった。

 もはやここにいる理由など無い。馬鹿馬鹿しいと背後のヴィアたちに手を振り、詰まらなさそうに告げる。

 

「僕より首都を気にしとけ。大量の亜人どもがここ目掛けてやって来てるぞ?」

「!? な、に」

「詰みだよ、お前ら。政治家どもは死ぬし、よしんば僕を止めても亜人どもが首都を滅ぼす。諦めろ、共和国──くたばれ、人間ども」

 

 吐き捨てて、レンサスは議事堂へと入っていった。悠然と、これまでの道程を噛み締めるように議会への道を辿る。

 実際、首都を襲う亜人は大量というわけではない。30人が精々なのだが──馬鹿正直にそんなことを言う程間抜けでもない。それにそれだけいればたしかに、首都とて陥落できてしまえるのだ。

 

「ぐ……く、そっ!」

 

 絶望に呻くヴィア。もはや打つ手はないのかと、手ばかりをレンサスの背に伸ばす。

 けれど当然止まるわけもなく、彼は力なく項垂れるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ヴィアがレンサスに立ち向かい、止めて見せた時間はわずか一分足らず。他愛もない、時間稼ぎにもならないものだ。

 

 だがこの一分。このわずかな時間こそが最後のピースだった。共和国を『オロバ』から護り通すために必要不可欠ないくつもの要素の、最後の一つ。

 

 エルゼターニアが一年かけて、少しずつ亜人犯罪者を減らしたこと。

 マオが共和国に旅行し、特務執行官と『オロバ』の暗躍とを知ったこと。

 ハーモニが特務執行官の噂を聞き付けて帰国し、彼女に協力したこと。

 アインがセーマとマオの依頼を受けて、特務執行課に協力したこと。

 ソフィーリアが今この時、この場にいること。

 そしてヴィアが、亜人への恐怖に屈せず正義と勇気を以て一分間、レンサスを足止めしたこと。

 

 どれ一つとて欠けていれば、共和国はこの日、終焉を迎えていた。レンサスの憎悪が首都を滅ぼし、この地一帯の人間たちは皆、死ぬ定めにあった。

 しかし今、すべての要素が揃ったことで道は拓ける。特務執行官が、己の存在すべてを懸けて哀しき邪悪を食い止めるための条件が揃ったのだ。

 

 共和国治安維持局特務執行課、特務執行官エルゼターニア。

 『共和』を貫き通す彼女の真の戦いの、始まりはすぐそこまで迫っていた──

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