表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/110

全国議会、現れるモノ

 晩秋も過ぎていよいよ冬の入りとなった、年末に差し掛かる時期の共和国。吐息は白く指先のかじかむ寒さが身に染みる、そんな季節。

 刺すような冷たさの空気にも関わらずこの首都においては今、燃え上がるような熱気と活気とが町中を取り巻いていた。常よりも明らかに多く人が練り歩いているため、自然と気温がいくらか上昇しているのだ。

 

 ほとんどお祭り騒ぎの様相だった──見れば屋台も立ち並び、昼からでも野外にて酒を酌み交わし食事を共にし誰彼構わず笑い合う、そんな光景が至るところで見受けられる。

 寒さなどお構いなしの熱気渦巻く町の姿に、王国からやって来たS級冒険者『焔魔豪剣』アインは驚きに声をあげた。

 

「す、すごい……本当に祭りみたいだ!」

「みたい、じゃなくて本当に祭りなんすよ、実際のところ」

 

 隣にて特務執行官エルゼターニアがにこやかに答える。共和国ならではの年に一度、一月以上続くこの光景を自慢するかのごとく説明を重ねていく。

 ここは首都、治安維持局本部施設の真横にある議事堂──国政に携わる政治家たちが集い、論を重ねて策を執り行う施設の、正門前に高く聳える大階段を昇りきった矢先の広場。すべてとはいかないまでも首都の景色を概ね確認することができる、絶好のスポットである。

 

「年に一度、年末年始に国中の政治家さんたちが集まってこれまでとこれからを考える、総決算と新しい門出を迎えるためのイベントっす。市井の人々もこの時期はほとんど仕事もなく、楽しい気持ちで年を越すんすよ。首都だけでなくどこでもこんな感じっすね」

「年末年始ずっと、こんな風に騒ぐんだ……これが共和国の、当たり前なんだね」

「はい。建国以来ずっと続いてきた、日常の一部っす」

 

 感嘆の声。王国においてはこのような、一月以上も続くイベントなどもちろん無いためアインには驚きと感動の連続だ。

 近くでやはり、町をしげしげと見下ろしていたソフィーリアが興味深げに問う。その隣、ハーモニに向けてのものだった。

 

「こういうのって王国では無かったですね……仕事とか大丈夫なんでしょうか」

「最低限は働いてるからね、皆。午前で切り上げてたりするんだよ。例外は食品関係とか畜産とか、あとは私らみたいな治安維持関係くらいかな? それでも大概は午後からお休みって感じだね、この年末年始は」

「すごいんですねえ、共和国って……」

「まあ、他の国にはあまり無いよねー。アリスさんが言うにはこれがあるから国際的な経済競争においては数歩遅れてるって面もあるみたいだし、良し悪しってところかなあ」

 

 呑気に答えながらも、師の受け売りを披露しては苦笑する。共和国の建国から続く伝統を悪し様に言うつもりもないが、やはり国際的な立場においては、特に経済的な面で足を引っ張る点があるのだという。

 ハーモニの師匠、最強最古のヴァンパイアとして名高いアリスの言を借りての見解に、アリスをよく知るアインが反応した。

 

「やっぱりアリスさんはそういうの、詳しいんだね。さすが『エスペロの女帝』、人間より人間社会について知ってるや」

「ヴァンパイアでもあの方くらいだよ、そこまで詳しいの……最近いよいよ隠居なさるおつもりみたいだし、そうなると『エスペロ』も今後どうなるやら。後釜のギリアムさんもすごいっちゃすごい人なんだけど、イマイチ胡散臭くて……」

「た、大変そうですね」

 

 大きく息を吐くハーモニの、ヴァンパイア互助会役員としての懸念。100年以上自分たち新世代のヴァンパイアを導いてくれた師が、この度ついに隠居することへの労りと、それとは裏腹の不安がたしかに滲み出ていた。

 一人、経緯を知らないエルゼターニアがきょとんと問う。

 

「えーっと、『エスペロ』? たしか王国南西部にあるカジノでしたよね。ヴィアさんが一度、旅行で行って大損こいたーとか叫んでました」

「何してんのあの人……まあ、うん。その『エスペロ』だよ。私の師匠アリスさんはそこのオーナーを勤めてらっしゃるんだ。もうすぐ引退するけど」

「僕の師匠のところでメイドさんをやってて、そっちに生活バランスをシフトさせるみたいだね。危ないところを助けてもらったこともある、とても強くて格好いいヴァンパイアだよ」

「へえ……すごい方なんすねえ」

 

 カジノ『エスペロ』のオーナーである、最強最古のヴァンパイア。改めてすさまじい来歴の持ち主らしいハーモニの師に感心するエルゼターニア。

 弟子としてアリスに関心を持たれたのが嬉しいのか、楽しそうにハーモニは笑った。

 

「いつかエルにも会って欲しいなー……王国南西部に行けばいつでも会えるし、その内旅行にでも行きたいね」

「そうっすねえ……この国の『オロバ』をやっつけて、治安が平定されたらそれも良いかも」

「それなら僕らが案内するよ、南西部の町とか。セーマさんやマオさん、アリスさんも割と頻繁に町や村を彷徨いてるからすぐに会えるし」

「……大森林住まいの亜人さんたちなのに!?」

 

 王国南西部の大森林という、いくつもの亜人種の群れが暮らしている人間社会の外側。そこに居を構えているにも拘らず、頻繁に人間たちの町や村に出没するという『勇者』とその仲間たちにエルゼターニアは驚きを露にする。

 

「本当に散歩中とかでもひょっこりと出くわすものねー。冒険してたり買い物してたり」

「デート中だったりもするよね。一人きりって時はまず無いくらいかなー」

「はぇあー……案外距離感近いんすねえ」

 

 アインとソフィーリアが語る、言ってしまえば奇妙な亜人たち。

 困惑しつつもエルゼターニアは、いつか王国南西部にも行ってみたいと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルゼターニアがハーモニ、アイン、ソフィーリアと議事堂にて護衛を開始して数時間が経過していた。その間、特に目立った異変はない──議事堂目掛けて不審者がやって来ることもなければ市中にて騒ぎが発生している様子さえない。

 冬の日、寒々とした風の吹く議事堂は大階段の上、広場。にわかに身を震わせてエルゼターニアは呟いた。

 

「やー……去年もこんなんだったっすけど、やっぱり今年も暇っすかあ」

「あ、去年も護衛してたんだ、ここで」

「はい。それも一人っきりっすよ……しかもその時は結局、亜人がここに突っ込んでくるなんてことほとんど無かったんで、もうやること無くて」

 

 一年前を振り返り力無く笑う特務執行官に、他の三人が同情めいた視線を向けた。もちろん、トラブルなど起きなければそれに越したことは無いのだが……さりとてひたすら一人ぽつねんと、お祭騒ぎの下界を眺める一月というのは寂しすぎる。

 天を仰ぎエルゼターニアは続ける。

 

「その後から最近にかけてずいぶん忙しかったことを思えば、悪くはない期間だったのかも知れないんすけどね……何しろ暇で退屈で。時々見廻りの保安官とか、ここに出入りする政治家さんなんかも見かけはしたんすけど、やっぱり会話なんて無くって」

「ご、御愁傷様だったね……」

「だから今年は全然楽しいんすよ。こんな風に気紛れな話ができる人が三人もいてくれて」

 

 背伸びなどしつつしみじみ語る。その話し相手たちは揃って皆、よほど一年前が辛かったのだろうと顔を見合わせて苦笑している。

 ──と、そんな折。四人に声をかける男がいた。

 

「お疲れさん、皆。差し入れ持ってきたぞー」

「……あれ、ヴィアさん? お疲れさまっす」

 

 手提げの袋をいくつか抱えてやって来たのはスーツ姿の特務執行課長のヴィア。きさくに笑いながら各人に袋を渡していく。

 中身は食料と水筒が入っている。育ち盛りゆえかアインが真っ先に確認して、嬉しそうに言った。

 

「サンドイッチにホットドッグ……フライドポテト! どれも温かい! もしかしてこれ、町の出店で!?」

「ええ。せっかく祭が催されてるってのにこんなところでずっと待機ってのも気の毒ですからね。せめて食べ物くらいはと」

「ありがたいです課長さん! ありがとうございます!!」

 

 よほど嬉しいのか勢いよく頭を下げるアイン。隣でソフィーリアが微笑ましそうに愛しげにそんな彼を見つつ、自身も続けて謝意を示した。

 ハーモニも差し入れをありがたく受け取りつつも、エルゼターニアに笑いかける。

 

「気の利く話だね、エル」

「寒い日にはこういうの良いっすよね……ありがとうございます課長、励みになります」

「いやいや、むしろこのくらいしか用意できなくて申しわけない。すまんがそれ食って引き続き、議事堂護衛の方を頼むよ」

 

 ヴィアに頷く四人。正直なところ退屈していた彼ら彼女らにとり、こうした差し入れは寒さ凌ぎ以上に精神的に何ともありがたい。

 そのままヴィアを入れていくらか話をする。議事堂から離れられない四人には特に、町の様子が気にかかっていた。

 

「どんなもんっすか、首都のトラブルは」

「まだ全国議会が開会してすぐってのもあるが、今のところはまったく不穏なものはないな。精々が人間同士のちょっとした喧嘩くらいで、そっちは見廻りの保安でどうにでもできるしな」

「去年は結局、ずっと暇だったって話だけど今年もそうなりそうかなあ?」

 

 ハーモニの、今しがたのエルゼターニアの話を受けての問い。これにはヴィアも何とも言い難く顎に手を当てて唸った。

 慎重に答える。

 

「どうとも言えませんな、現状……首都付近の警備を厳戒にしているため、害意ある亜人たちとて迂闊に近寄りはしないと考えられますが」

「今回は『オロバ』もいますからね。連中が何を企んでいるにせよ、仕掛けてくる可能性は十分にある」

「そうなのですよアイン殿。奴らとていきなり議事堂に強襲を掛けられるはずもなし、姿が見て取れた時点で報告は為されるはずですが……得体が知れないですからなあ」

 

 今回の警備に際し、最も警戒すべきは紛れもなく『オロバ』だろう。『魔剣騒動』という前例がある以上、この国の首都においても何かしら仕掛けてくることは十分に予想し得る。

 その対策のためにこうして特務執行官やS級冒険者たちが議事堂を警護しているのだ。

 

 とはいえ何の前触れもなく突然、ここに現れるとは思えないのも事実だ。すなわちまずは首都付近にまで張り巡らせた警備の網に引っかかるはずであり、それ次第でことの推移も変わることだけが確実だった。

 

「──何すかね、あれ?」

「え?」

 

 ふと、はるか彼方の空を見上げて何かに気付いたエルゼターニアが呟いた。釣られてハーモニが視線を向ける。

 青く澄み渡った冬の空、向かいに見える入道雲。至って何の変哲もないと思われたが……たしかに何か違和感がある。パッと見ても具体的な異変を言及できないのだが、たしかに明らかなおかしさを感じる。

 

 アイン、ソフィーリア、ヴィアと続けて空を見る。こちらは特に違和感を覚えないらしく首を傾げている。

 ──真っ先にエルゼターニアが、その違和感の正体に気付いた。困惑と共に告げる。

 

「……『入道雲』? この季節に?」

「あ、それだ! やけにでかい、入道雲なんだこの季節に!」

「あー……! ホントだ、何だあれ!?」

 

 『冬空にあるまじき入道雲』。指摘されて気付いた四人が驚き目を凝らす中、それは徐々に大きくなっていく。

 首都全域さえ覆い尽くしかねない大きさ。近づくにつれ、それは雲ではないと誰もが気付いた。

 

「……え。いや本当に、何? あれ」

「雲じゃ、ない……!?」

 

 巨大な、本当に巨大な輪郭。影に覆われているが羽根の生えた何かしら、生物であることが分かる。

 美しい模様の羽根と、本体。あまりにスケールが異様なためしばらく分からなかったが、やがて一同、それが何であるかを悟り──戦慄した。

 

「──蝶ッ!?」

「あんな大きな、蝶!?」

 

 叫ぶアイン、驚愕するエルゼターニア。

 今まさに、共和国の平穏は打ち破られようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ