宴会と嵐の予感
全国議会を目前に控えた、秋というにはもう余りにも寒い日の夜。特務執行課の面々は酒場にて食卓を囲っていた。
恐らくは『オロバ』が迫るであろうかの一大イベント、激戦苦闘は必至の厳しい争いが待ち受けるのを前にした、激励と決起を兼ねた集会である。
保安部主催のこの会は治安維持局員のほとんどが参加しており、この時ばかりは常の業務や使命のことはさておいて、とにかく呑めや歌えや食い騒ぎの宴会の様相を呈していた。
「んー、美味しい! ここの料理、最高!」
「あぐあぐ! がつがつ、ばくばく!」
首都でも指折りの大規模な酒場を一つ、貸しきっての大宴会。その片隅にてハーモニが料理に舌鼓を打てば、隣でエルゼターニアがもはや、他のことを気にも留めない程に食事に没頭していた。
共和国の海で取れる新鮮な魚介類による、贅を凝らした料理の数々が、彼女を夢中にさせているのだ。
「むぐむぐぱくぱくあむあむがつがつ」
「ちょっとエル……もうちょっと落ち着いて食べなよ。喉詰まらせるとしんどいよ? はいお茶」
「はむはむ……どうもっす、ずずずー。はあ、美味しい!」
とはいえ勢い付きすぎる。ハーモニは苦笑しつつもそんなエルゼターニアに、落ち着かせるようにお茶を一杯。渋めのそれを受け取って啜り、口の中を一旦リセットすれば、少女も我に返ったようで顔を赤らめつつも応えた。
「すみません、みっともないところを……あんまり美味しくって、つい」
「ふふ、可愛いから良いよー。それにほら、あっちよりはまだ落ち着いてたし」
「あっち?」
にこやかに指差される方に視線を向ける。二人が並んで座る斜め向かい、猛烈な勢いで食事を掻き込む赤髪の少年。
今をときめく新時代の英雄『焔魔豪剣』。史上最年少のS級冒険者である天才剣士が、エルゼターニアをも超える勢いであれやこれやと食べ続けていた。
「がつがつ! ばくばく! もぐもぐ! ばりばり!」
「ふふ……アイン、美味しい?」
「美味しい! 特に魚が信じられないくらい脂がのってる!」
「そうね、王国南西部では食べられないくらい美味しいかも……この際だもの、たくさん食べましょうね、アイン」
「うん! すいませーんこれお代わりくださいー!」
あっという間に目の前の料理を平らげる、その度に店員に次なる料理を所望する『焔魔豪剣』。宴始まって間もないがあまりの勢いに周囲の者たちも感心するやら唖然とするやらだ。
隣では青髪の少女、ソフィーリアがそんなアインを微笑ましくも愛しげに見守っていた。彼女もそれなりに食べているのだが、むしろ少年の世話を焼くことに喜びを感じているのか時折、甲斐甲斐しくも彼の口元を拭いたり果実水を提供したりしている。
さながら夫婦めいた光景で、彼女自身、そんな自分たちを自覚して悦に入っているらしかった。
頬を染めて幸せそうにする少女をも眺め、エルゼターニアが苦笑する。
「ラブラブってやつっすねえ」
「眺めてるだけで酒の肴にはなるよねー……すいませーんお酒、おかわりー」
「……私も飲める年だったらなあ」
ハーモニが酒を頼むのを横目にして、エルゼターニアが年上へのにわかな憧れを口にした。未だ未成年ゆえの、成人として酒を口にできる者に対しての憧憬だ。
年相応の背伸びした視線を向けられて、当のハーモニは手にした酒を口にしながらも応じる。
「お酒飲めない年なんだ? え、いくつ?」
「今年で16っすねー。アインさんとソフィーリアさんが17なんで、あちらのお二人より一つ年下になります」
「後輩なんだねえ……国によってはその位から飲んで良いところもあるけど、共和国は18からだったもんね」
「そうなんすよ。20歳に定めている王国よりは早いっすけど、それでも待ち遠しいっすー」
「そっかあ……ふふ」
深くため息を吐く小さな少女に、ハーモニはじわりと淡く微笑んだ。エルゼターニアにも年相応の稚気があることが、何やら無性にホッとする。
思えばこの特務執行官の少女はこれまで、あまりにも大人びていてしまっていた。本来この年頃の少年少女はもっと、他愛なくありふれた子供らしさを前面に、無邪気な振る舞いをして当然なものを……背負った正義と信念、特殊な立場がそれを許さなかったようにハーモニには思えていたのだ。
齢16にして、『共和』の名の下に邪悪と刺し違えることさえ選択する少女。亜人犯罪から人々を守るためそうならざるを得なかった身の上が、今更ながらひどく哀しく、健気でそして恐ろしい。
肩に手を回して身を寄せる。すっかり嗅ぎ慣れたエルゼターニアらしい花の香りを、宴会の中でもたしかに嗅ぎ取りながらも、ハーモニは酒を呷って言った。
「エルが大人になったら……その時は、いっぱい飲もうね」
「良いっすねー。あと二年、遠いやら近いやら」
「あっという間だよ、きっと。今日のこの会話だって、二年後には笑い話みたいになってるかも。早かったなーってさ」
想いを馳せるは数年後。いつか大人になったパートナーと、共に酒を酌み交わして過去を振り返ることを夢想する。
今よりかもう少しだけ成長しているだろうエルゼターニアと、対して変化のないだろうハーモニと。決して変わらない友情と親愛に頬を緩めつつ、互いに酒を勧め合うのだ。
想像するだに心が踊る。いつの日か必ず、そんな日を迎えて見せる気概が溢れる。
──だからこそ、今この時を切り開かなければならない。そんな闘志もまた、沸々と沸き起こる。
「……だから、エル。必ず決着を付けようね。『オロバ』にも、共和国の現状にも」
「もちろんっす……お互い、必ず生き延びましょうね」
まずはこの国を覆う暗雲を払い、正義の光で平和を照らして見せる。
そのような想いの下、特務執行官とそのパートナーは強く、頷き合うのであった。
洋上、船の上。共和国へと向かう定期便たる客船の甲板にて、月光を眺める影が二つ。
波立てて進む景色、その中でも変わることない夜空を肴にして、並んで椅子に座り酒を飲んでいた。
「んで……『オロバ』だったか? 何やら命知らずが大層なこと、やらかしてるみたいだが」
「そのようですね。今夏の『魔剣騒動』もその者たちの仕業との話です」
「俺らだけならまだしも『勇者』だの『魔王』だの『剣姫』だの……ロベカルの爺様まで出張ったってんだろ? よくやるよおっかねえ。命がいくつあっても足らねえぜ」
「おまけに『焔魔豪剣』もその騒動で誕生したという話ですから、『オロバ』からすれば堪った話ではないのでしょうね」
筋骨隆々の大男──角刈りに髭を生やした、50手前の中年男性が飲みながら嘯く。酒瓶に直接口付けての豪快な飲みっぷりだ。
一方で20代半ば頃の、しっとりとした金髪が色気を見せる耽美な風貌の青年。こちらは果実酒をグラスに注ぎ、ちびりちびりと傾けている。
『オロバ』……今回彼らが向かう先、共和国にて何やら画策しているらしいと聞く組織については、既に仲間の何人かが敵対していることもありそれなりの情報共有が為されていた。
妙に興奮していたような文体と文章による報告書の中身を思い返して中年が言う。
「ゴッホレールにカームハルト……あいつらめ、羨ましいったらねえぜ。『勇者』と共闘したなんてよ」
「文体が既に自慢気でしたね。報告書で自慢話を書いてくる馬鹿ども、生まれて初めて見ましたよ」
「カームハルトなんて、あんな得物使うんだから馬鹿なわけねえんだけどなあ。アホのゴッホレールに釣られたか、それかよっぽど浮かれてたんだか」
「『勇者』様だけでなく『剣姫』や、師匠の『タイフーン』とも共闘したのですからまあ、そこはねえ。馬鹿のゴッホレールさんに乗せられたのももちろん、あるのでしょうが」
ぐびり、と酒をまた一度飲みながらぼやく。彼らが憧れる『勇者』との共闘……それを真っ先に果たした仲間たちの、報告とは名ばかりの自慢話。それを受け、他のメンバーが悔しがっていたことを思い出す。
リーダーなど現在進行中の案件さえ放り出して、王国南西部に単身向かおうとしていた程だ。無論止めはしたのだが、内心では彼とて似たような思いだったのはたしかだと、中年男は続けた。
「まあ俺らはよ。こうして共和国行くんだから、ことが片付いたら王国南西部に寄り道すれば会えるかも知れねえ……役得ってのはこのことかもな」
「さて、どうなんでしょうね? 少なくともそれを目当てに油断するのはまだ早いかと。『魔剣騒動』を引き起こした連中が絡むとなれば、僕らも命懸けは必至でしょうし」
「分かってるよ、堅苦しい奴だな。大体つっても、その『オロバ』は現地の特務執行官だの『焔魔豪剣』だのが相手するって話じゃねえか」
「ヴァンパイア互助会の役員も絡んでいるとの話です。我々はまあ、単なる犯罪者相手ですね……それでも亜人のテロリストが相手でしょうし、骨が折れることに違いありませんが」
やれやれ、と肩を竦める青年。グラス片手に艶やかな仕草が、月光にやけに映える。さぞかし浮き名を多く流してきたのだろうなと、ふと考えて中年は鼻で笑った。実際のところ、この男はそういった色恋沙汰に興味を持っていないことを知っているためだ。
耽美なる麗しの美青年は、微かに口角を上げていた。
「はてさて、今度はどんな亜人がいてくれるのか……考えるだけで胸が高鳴ります」
「……」
「早く見たいものですね、彼らが自慢の五感を潰され、恐怖に戦く姿。ああ昂ります」
「相変わらずの変態ぶりだなあ、ファズ坊」
「お褒めいただき恭悦に存じます、我が師オルビス」
直球に罵る中年オルビスに、青年ファズは華やかに答えた。嘆息するオルビス──久々に会ったが相変わらず、この弟子は歪んだ性欲を抱えている。
敵対してきた亜人の、恐怖にひきつる顔にのみ興奮するというのだから救えない。無鉄砲に亜人に喧嘩を売る危なっかしさから育てはしたし、才能があったことからこうして大成もしたが、すっかり一歩間違えれば犯罪者側の存在と化してしまったことに、オルビスは強い危機感と責任感を抱いていた。
共和国に着いても、罷り間違って味方側にいるヴァンパイアにでも喧嘩を売りやしないだろうか?
そんなあり得なくもない危惧を胸に、オルビスは鋭い視線と共に釘を刺す。
「くれぐれもお前、俺ら『クローズド・ヘヴン』の名を傷付けないようにしろよ。そうでなくともS級冒険者なんだ、あんまり暴走してると俺が承知しねえからな、坊や」
「もちろん分かっていますとも。私とて相手や状況、場所は選びます……何より己の栄誉、地位への使命感とて、欲望同様に持ち合わせているのですから」
「欲望は譲らねえんだな」
「ええ。そこはほら、私が私たる所以ですから」
爽やかに笑う好青年ファズ。その裏には亜人の恐怖にしか興味がない恐ろしい性癖を抱えていることに、誰が気付くものだろうか。
『クローズド・ヘヴン』No.4、『プロフェッサー』オルビス。同じくNo.6『壊感』ファズ。
10人のS級冒険者によって構成された、戦後世界の秩序を護るための国際治安維持組織『クローズド・ヘヴン』のメンバーである二人は、それぞれの想いを抱えながらも同じ月明かりの下、やはり酒を嗜むのであった。




