全国議会に向けて、集う戦士たち
エルゼターニアが実家へと向かい、家系図にて己がルーツを確認してから数日が経過する。
その間にも亜人犯罪は起こっていたものの、概ね問題なく特務執行官、ヴァンパイアの英雄、そして焔魔豪剣とそのパートナーらによって解決されていた。
いずれも亜人犯罪者を前に一歩も譲らぬ実力と気概を備えた英雄たちだ。いかなる敵とて彼ら彼女らが力を合わせれば何ら問題ではない……とは言え現状は、そもそもそのような話ですらないのであるが。
「暇っすねえ……」
「暇だねー……」
共和国首都、治安維持局内特務執行課本部。エルゼターニアとハーモニは揃ってソファに座り、何をするでなくぼーっと脱力していた。
休暇中ならまだしも職務中にも関わらずの気の抜けた様子は、これまでのエルゼターニアにはあり得なかったことだ。ハーモニもあからさまに退屈そうにしており、時々エルゼターニアの身体に触れたり、髪に触れたりなどスキンシップを繰り返して無聊の慰みとしている。
「──うーん。案外難しいよねお土産選びって。その人の喜びそうなものってなると特に」
「セーマさんなら大体、何でも喜んでくれると思うけど……マオさんがねえ」
「セーマさんやメイドさんたちが程々のところで止めてはくださるんだけど、あんまりそれに甘えててもねー」
「それにどうせなら、ちゃんと喜んでもらえるものを持って帰りたいものねー」
「ねー」
一方で少し離れたデスクにて、こちらもまた明らかな暇を持て余している男女が一組。呑気に王国は南西部に持ち帰る土産選びなどして、カタログを眺めてはああでもないこうでもないと話している。
実際に帰還するのは今しばらくのことなのだが、とあるエメラルドグリーンな偏屈者の要求を満たせるものを選ぶとなれば、咄嗟に適当にとはいかないものだ。
S級冒険者『焔魔豪剣』アイン。そしてそのパートナー、ソフィーリア。赤と青の少年少女もまた、今や特にやることがないためこのようにして退屈を紛らわせていた。
身を寄せ合っての仲睦まじい姿は、どこからどう見てもただの色ボケたカップルに過ぎない。エルゼターニアやハーモニも時折ちらと目をやっては、呆れたようにも微笑ましいようにも頬を緩めている。
これまでになく何もない一時。気怠さまで漂う特務執行課の面々。
とは言え仕方のないことではあるのだ……何しろここ最近、目に見えて共和国内の犯罪発生件数が減少してきたのだから。
「先月まで月50件ペース、今月だって前半だけで30件もあったのに……今週は5件だけって何すか、極端っすか」
「先週はまだ10件以上あったんだけどねえ。せっかく私やアインさん、ソフィーリアちゃんが協力し始めたって矢先なのに」
「むしろその影響かも知れないっすよ。特にアインさんに関してはずいぶんマスコミが囃し立てましたし」
エルゼターニアの言葉の通り、『焔魔豪剣』アインが特務執行課への協力を始めたことはすぐさまメディアを通じ、国内全域に対してセンセーショナルな形での宣伝が為されていた。
今夏、王国南西部にて起きた亜人たちによる大規模なテロリズム『魔剣騒動』。その解決に大きく寄与した天才剣士が今度は共和国を救うためにやって来たのだ、スクープにならないわけがない。
そのように報道が加熱した結果として、亜人犯罪者たちを軒並み震え上がらせ、見事に抑止力としての効果を発揮した──推測するエルゼターニアに、当のアイン本人が苦笑いと共にそれを否定した。
「僕の存在はそこまで関係ないと思うんだけどね、エルちゃん。元からテロを画策するような連中が、高々人間の冒険者が来たくらいで臆するとは思えないし」
「そうですよ、エルさん……それにほら、アイン以外にもすごいニュースがあったじゃないですか、ほら」
言いながらもソフィーリアが新聞を持ち出した。一面に記載されている記事の見出しを指差す。大きな文字で明確に記されている、そのタイトル。
──『電磁兵装量産計画、開始さる』。初めて知った瞬間にはハーモニやアインたちでさえも仰天したそのニュースに触れて、ソフィーリアが続ける。
「『電磁兵装』を量産だなんて、すごいこと考え付きますよねー……そもそもできるんですか、そんなこと?」
「できなきゃ記事にはならないっすよ……数年がかりの大プロジェクトなんすから」
エルゼターニアだけはそうした声に、冷静に答えていた。今現在において唯一『電磁兵装』を扱う彼女ゆえ、量産化計画についても予てより知っているのだ。
新聞にも載っていない実際の経緯を、彼女は語り始めた。
「元々『電磁兵装』を入手した直後から量産化プロジェクトは始まってたそうなんすよ……もちろんその頃にはまだ、特務執行課なんてなかった時期っすね」
「そんな昔から……」
「使用者が限られるような武器、そのまま長々と頼りにし続けるわけにもいきませんからね。使用条件を踏まえて考えると、性能を落としても誰にでも使えるようにするのは何よりもの急務っす」
ルヴァルクレークを初めとする3つの『電磁兵装』。クラウシフ博士が共和国にもたらしたそれらの内、一つは外交ルートで帝国へ渡り、もう一つが治安維持のために特務執行官に渡り、そして最後の一つが開発局に渡った。
帝国に渡ったものは帝国護衛隊『インペリアル・フルーレ』のNo.1が用いており、特務執行官に渡ったものは言うまでもなくエルゼターニアの愛用兵器、ルヴァルクレークだ。
そして最後の一つを入手したこの国の開発局は、即座に『電磁兵装』の解析を始めていた。
技術からメカニズムから性能から制限まであらゆるテクノロジーを隅々まで調べ尽くし、いずれはより人間にとって扱いやすい形でそれらを再構築するため──すなわち量産化を実現するために。
肩を竦めてハーモニが言った。
「まあ今のオリジナルじゃ、人間さんのほとんどが使えないもんね。いくら何でもハーフばっかり集めてってのも非現実的過ぎるし」
「何より今後、人員を増やしていきたいことを考えれば頭数を揃えるのが最優先なんすよね。この国には今、ルヴァルクレークしか無いわけなんで」
「ん? 開発局の持ってるのもカウントしないの?」
エルゼターニアの言葉の一部に何となく反応するアイン。彼の言うようにたしかに、この国にはルヴァルクレークの他にもう一つ、開発局の所持している『電磁兵装』がある。
何となればそちらも運用できないものか? そんな淡い希望を持つアインだったが、それに対するエルゼターニアの返答は遠い視線と諦めの言葉だ。
「開発局のやること……どうせ今頃部品レベルでバラバラで、元通り組めるか否かも分かってない段階だと思いますよ。言っちゃなんすけどあの人たち、結構どころでなくマッドなんで」
「そ、そうなんだ……」
「何ならルヴァルクレークも危うかったっすからね。隙あらば弄ろうとして来ますし」
深くため息を吐くエルゼターニア。開発局の者たちにずいぶん苦労させられたのだと察せられ、ハーモニやアインは労りの視線を投げる。
構わずに少女は続けた。
「……まあ、とにかく量産計画が達成される見込みが付いたから、メディアにも情報を流したんでしょうし? アインさんの存在はもちろんながら、そうした報せも亜人犯罪への抑止力になってくれるのかも知れませんね」
「この調子で平和になってくれると良いんだけど、まあ無理だよねー」
「少なくとも『オロバ』がいる内は、中々気を抜くのも難しいからね」
共和国の治安維持体制が、いよいよ本格的に再構築されんとする現在……亜人犯罪が減少しているのは、そうした動きに対しての警戒があるためだというのはエルゼターニアたちにも窺い知れている。
とはいえ永続的なものでは無いのだろう。先程アインが述べた通り、そもテロリズムを画策する輩がそれしきの発表で己を抑えるとは到底、思えはしない。加えて『オロバ』もいればもう後数日を控えた全国議会もある。多少暇が続いたとは言え、油断が今なお許されないことに変わりはないのだ。
嵐の前の静かさ──そのような静寂がまさに、今の様相だった。
「お、全員いてくれるか。お疲れ様」
「皆さん、お疲れ様です」
と、そんな折。特務執行課にやってくる男女。特務執行課長ヴィアと課員のレインが、連れ立って戻ってきたのだ。
ようやく気怠い退屈に変化の兆しが見えた。そのことを一同歓迎しながらも、二人を迎える。
「お帰りなさい課長、レインさん。どうっすか、会議の方は?」
「ああ、今のところは順調だな。警備態勢も万全だし、ゴルディン部長も張り切ってたし」
「開会期間中の私たち、特務執行課の役割についても確定したわ。説明するわね」
そう言って各々のデスクに戻る二人。呼応してエルゼターニアたちもそれぞれのデスクに戻り、職務上の会議や打ち合わせを行うに足る状況へと移行する。
必然的に引き締まる空気……英雄としての覇気を見せる戦士たちに満足げに頷いてから、ヴィアは資料を配布しつつも告げた。
「特務執行課は今回、特に『オロバ』の動きに警戒して動くことが求められている」
「『オロバ』……大幹部レンサスに天使エフェソスとトリエント。あの三人が何かしら仕掛けてくるかも知れない、と?」
アインが、以前相対したかの者たちを思い返しながらも問う。レンサス、エフェソス、トリエント。いずれも一筋縄ではいかない連中だ。かつては奇襲ゆえに三人まとめて圧倒できたものの、今度はこちらが奇襲を受ける側かも知れないのだ。一切の油断ができない。
課長ヴィアは、静かに頷く。
「連中の『ミッション・魔眼』とやらの目的やそのためにどう動いてくるか、そこは読めないが……どうあれ全国議会を襲撃されてはこの国が立ち行かなくなります。最悪を想定して動かねばならない、というのが治安維持局の統一見解ですな、アイン殿」
「国中の政治家を、もしも皆殺しにでもされたら……その時点でこの国は瓦解したも同然だもんね。何が何でも守りきらないと」
「そうなりますね、ハーモニさん」
ハーモニの危惧と決意を、レインが肯定した。無論、護るべき民や救うべき命に優劣もなければ軽重もないが、それでも全国議会に集う政治家たちを殺されることは、その後の共和国を考えると絶対に防がなくてはならないことだ。
改めて使命感を抱きながらも──しかしてエルゼターニアはふと、不安げに呟く。
「ですが課長。私たちが議会の防備に集中するとなると、首都の他の区域で何かしら起こったとしても対処が難しいんじゃ……」
「まあ、正直に言えばな。アイン殿ならばすぐに行き来ができるだろうが、もしも複数箇所で同時多発的にテロが発生した場合、我々は議会防衛に際して貴重な戦力を一人、失うこととなる」
その辺りも勿論分かっているとヴィア。今やアインはエルゼターニアやハーモニと並び共和国の治安維持の要だ。そんな彼を引き離すべく同時多発テロを引き起こす可能性とて、『オロバ』の悪辣さを考えれば十全に考えられる。
ゆえに、とヴィアは笑った。にやりとした、不敵な顔付き。
「首都全域の防衛に関しては別口に、プロフェッショナルを呼んである……ゴルディン部長と俺とで局長に掛け合ってな。局長の脅しで議会の政治屋どももようやく、首を縦に振ったよ」
「プロフェッショナル……?」
「ああ。世界を股にかける亜人退治の専門家さ──『クローズド・ヘヴン』ってな!」
「!? 『クローズド・ヘヴン』!」
まさかの名前にエルゼターニアは思わず目を見開いた。S級冒険者10人にて構成される、戦後世界の秩序維持のための超国家的組織『クローズド・ヘヴン』への、依頼に成功したというのだ。
アインやソフィーリアもまた驚愕と、それ以上の安心感を示している。彼らもまた、『魔剣騒動』にて『クローズド・ヘヴン』の構成員たちと共闘していた。
それゆえに心強い助っ人がやって来ることを既に確信しており、安堵する気持ちが強かったのだ。
「もう数日中にこの国へ来るとの話だ……だから首都全域の防衛はそちらに任せて、皆は全国議会の防衛と、来るべき『オロバ』との決戦に向けて鋭気を養ってくれ」
締め括るヴィアの言葉に、一同強く頷いた。
かくして特務執行官エルゼターニアと仲間たちは全国議会に向け、ひとまずの安息を得るのであった。




