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間近に迫る、決戦の時

 ルヴァルクレークの使用条件である『亜人の血を引く人間であること』に関連して、己のルーツにシエルという亜人の女性がいることを確認したエルゼターニア。

 『共和』を体言したような、人間との交わり。悲しい末路を迎えながらもそれでも彼女の生き様は、現在を生きる特務執行官にたしかな影響を与えるものだった。

 

「私の家が代々、『共和』の理念に対して強い思い入れを持っているのも……シエルさんやその家族の影響があるのかもしれませんね」

「エルだけじゃないんだね。世代をいくつも越えて受け継がれてきた、強い信念……人間さんは、やっぱりすごいや」

 

 ハーモニもまた、シエルという亜人とそこから続いてきた血脈に対し、深い感慨を覚えていた。エルゼターニアが時おり見せる『共和』への異様なまでの忠誠、その原点にあたるものが何なのかを知った気分だ。

 人間を愛し家庭を築き、けれど不幸にも病にて愛を失い、そして己もその身を犠牲にした女性。同じ亜人の女として、たしかな敬意を払う。

 

 時刻は夕暮れ、刺すように冷たい風がエルゼターニアの身体を凍えさせ、その吐息を白くさせていた。

 見かねたハーモニに身体を抱きすくめられるのを、為すがままに任せながらも──実家の家の前、二人は両親と弟妹、そしてハウスキーパーたちに向けて挨拶を行った。

 

「忙しなくて申しわけないっすけど、私たちは首都に戻ります。まだまだこの国は平和には程遠いっすから、もう一踏ん張りしないと」

「せめて一晩くらいは泊まれないのか? エル……」

「せっかくハーモニさんも来てくださっているのに、まるで何のおもてなしもできないだなんて」

 

 コルドベインやミトが引き留めるべく声をあげた。この国でたった一人、対亜人犯罪の急先鋒を勤める共和の守護者、それが娘だ。

 忙しいことはもちろん分かっているのだし、わざわざスケジュールの合間を縫ってわずかな間だけでも戻ってきてくれたことを、むしろ喜ぶべきであるのは二人とも理解している。

 

 けれどもやはり寂しさは強く募る。いつ命を落とすとも知れない仕事ゆえの、恐怖も。そんな両親に向けて娘とそのパートナーは苦笑いして答えた。

 

「本当にごめんなさい……でも本当に、戻らないといけないんすよ。ほら、もう全国議会が開催されるまでに半月切ってますから」

「……ああ、もうそんな時期か。エルたちは警備に?」

「はい。しばらくは首都付近に籠りきりっすね」

 

 頷くエルゼターニアに、両親もなるほどと得心をいかせた。

 全国議会──共和国内の政治家たち、普段は町や村、集落単位での政を執り行っている者たちが首都は国会にて一堂に会し、一月程かけて年末年始に国の一年を振り返り、そして次の一年に向けて様々な事柄を取り決める一大イベント。

 国政に携わる者が多く集まる性質上、亜人犯罪のみならずあらゆるテロリストたちにとっては格好の標的となりやすい。ハーモニが続けて言う。

 

「恐らくは首都でのテロリズムも活発になるってことで、エルや私はもちろん助っ人のアインさんたちも色々と頭に叩き込んどかないといけないことが多いんですよ。せっかくのお言葉を無下にしちゃうようで、心苦しいですけど」

「その代わりそれが終わったらしばらくはこっちに戻れるはずっす……機密が絡むので詳しくは言えないんすけど、ちょっとずつ仕事、無くなっていくみたいなんで」

 

 その言葉に家族一同、安堵と喜びに顔を明るめさせた。気休めにも聞こえなくはなかったが機密が絡むと言うのだ、何かしら娘を取り巻く環境に変化があり、多忙極める日々にピリオドを打つための目処が立ちつつあるのだろう。

 エルゼターニアの平穏無事を願う者たちにとり、それはどれ程喜ばしいことか。にわかに活気づく家族たちに笑いかけ、彼女は告げた。

 

「平和はきっと、もうすぐっす……特務執行官として今後も戦い続けることには変わりないっすけど、それでも後少しで、この国は落ち着くと思います。だからそれまでは、どうか見守っていてください……皆」

 

 穏やかな声と言葉。心底から平和を望むそんなエルゼターニアが、コルドベインとミトには印象的だった。

 

 ──しかし。

 次に二人が娘を見るのは半月後程になる。

 すべてを終わらせた代償を払った、命を燃やし尽くしたかのような姿で。

 

 そんな運命とは露知らず、親子はただ、笑い合うばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国内、『オロバ』アジトにて。

 大幹部レンサスは天使たちに向けて語りかけていた。己が主導している『ミッション・魔眼』の総仕上げ、本懐を果たすための道筋についての説明だ。

 

「全国議会……半月後に行われるこの国の政治的総会だ。そこを襲撃する」

「それはどちらの目的だ、レンサス? 『オロバ』かお前自身の」

「両方だ。僕は僕の目的だけを優先したりはしないが、組織に忠実な良い子ちゃんなわけでもない」

 

 ソファに腰掛け足を組み、トリエントに答えるレンサス。その瞳は憎悪に燃えて表情は嘲りに満ちている。

 もうすっかり染み付いた顔付き──『彼女』を失ってから一瞬たりとて消えたことのない心に巣くう憎しみを、悲しいまでに映し出した相貌。

 やはり憐れみを覚えつつもトリエントは、今の発言について思うところを述べる。

 

「つまり『運命魔眼』精製とお前の復讐と……その両方を兼ねているということか」

「そうだ。魔眼のデータは揃ったし、『運命魔眼』設計もついに終わった。後はエネルギーを賄うだけだ」

「エネルギー……なるほど? あの魔眼を製造するに必要なのだ、生半可な量では足りるまい。そのために全国議会に乗じて首都を襲い、人間たちを贄とするか。かの時期の首都には国中の人間が集まる。祭じみていると聞くからな」

 

 『ミッション・魔眼』の本懐、『運命魔眼』。かつて『プロジェクト・魔剣』が『宿命魔剣』なる究極の魔剣の製造を目的としたのと同様、レンサスたちの目的は究極の魔眼の製造に他ならない。

 その魔眼を生み出すために、莫大なエネルギーがいる。普通の魔眼さえ一つ生み出すのに大層な量のエネルギーが必要であり、そのためにずいぶんと多くの命が犠牲となった。ましてや世界を見通す究極術式を扱うという『運命魔眼』など、それこそ無数の命を捧げねば完成には至らないだろう。

 

「だがレンサス、いかに人が集中するとはいえ高々町一つ。完成に足るエネルギーは確保できる見通しなのか?」

「するさ。するとも……たとえあの町の連中で足りずとも、今あの辺りにはお誂え向きのエネルギータンクがいるじゃないかよ、ハハハ……」

「何……?」

 

 嘲笑を漏らすレンサスを訝しむトリエント。だがすぐに思い至る──『運命魔眼』のエネルギーと成り得る存在。ついこの間その者には手痛い思いをさせられたばかりなのだ、気付かないわけがない。

 しかし信じがたい思いと共に、彼は愕然と口にした。

 

「奴を……『焔魔豪剣』を利用するのか、レンサス!」

「星の端末機構と言うからには、そのエネルギー源は星そのもの──無限だ。目ン玉一つ拵えるくらい造作もなかろうさ! あっはははは!」

「……『焔魔豪剣』アイン……っ!!」

 

 洪笑さえ見せるレンサスに構わず、トリエントの傍で女が呻いた。全身に包帯を巻いて、瞳ばかりが狂気にギラついている。

 エフェソス。かつて麗しの美貌を誇った天使は今や、アインの焔に焼かれ見る影もなく、その背に生えた翼さえも半分、骨組みだけとなっていた。

 同僚であり師でもあるトリエントが、気遣うように忠告を行う。

 

「エフェソス、お前は休んでおけ。もう少しもすれば傷も癒えるだろう。その後に我らが天界へと戻り、偉大なる天使長へことの子細を──」

「アイン……! アイン、アイン、『焔魔豪剣』!! 殺してやる、殺してやる……っ!! よくも私の顔に、身体に翼にこんな、こんなっ!!」

「……エフェソス」

「人間風情がっ!! こ、この私に対してよくもっ!! 殺してやるぅっ!!」

 

 もはや誰の言葉も聞こえていない、憎悪と執着に凝り固まった醜悪な様子。エフェソスは、己の身を焼き美貌を損なわせ、あまつさえ天使としての矜持も戦士としてのプライドさえもへし折ったアインに対し、自身にさえどうしようもできない鬱屈と狂気を向けるようになっていた。

 たった一撃で打ち負かされ、翼を燃やされ身体を焼かれた。あまりに認めがたい現実がたしかに、彼女の精神を大きく損ねたのだ。

 嘆息と共にレンサスがぼやく。

 

「馬鹿が……どんだけ打たれ弱いんだこの雑魚。弟子の育て方間違えたな、トリエント」

「返す言葉もないが、一つ言わせてもらえればエフェソスに限った話ではない。天使ならば概ねこうなる……無駄に気位ばかり高いのが種族的特長でな」

 

 答えるトリエントも諦念と遺憾に塗れた吐息混じりだ。弟子に限らず天使という亜人種の大きな欠点は、そのプライドの高さ。そしてそこから来る精神的脆さにあるという。

 

「最上位天使と言えど、俯瞰で物事を見ることができる者は少ない。天使長たる『第一位』ニケイア様であったり、その右腕たる『第二位』コンスタンツ様であったりくらいか」

「他種族を見下し過ぎなわけだ? その点で言えばお前はまだ、頭柔らかい方じゃないか。ハゲだけど」

「頭髪の有無は関係なかろう。だが、そうだな。私の場合……尊敬していた方が、そうした蔑視に対して否定的だったからな。その影響は強い」

 

 昔日を懐かしむようにトリエントは目を閉じた。かつて天使たちの中にあってもトップクラスの実力を誇り、最上位天使さえも凌駕するとまで噂された美しき天使。誰に対しても分け隔てなく優しく、当時未熟だった彼にとっても少なからず憧れだった、偉大なる存在。

 

 ところがどうしたことかある日突然、彼女は罪に問われて堕天した。翼を切り落とされて天界を追放され、俗世たるこの地上に一人放逐されてしまったのだ。

 誰にわけを問うても答える者はおろか、事情を知る者さえいなかった。いや、天使長ニケイアだけは何かしら含みを持たせた物言いをしていたが……今となってはもはや過去のこと、改めて問い質す気にもなれない。

 

 彼女が堕天して100年を過ぎる現在。今や最上位天使『第四位』にまで登り詰めたトリエントは、それでも畏れ多いとばかりに慎重な敬意を以てその名を呼んだ。

 

「──リリーナ様。堕天してからは冒険者として、『剣姫』の名で広く知られていると聞く」

「リリーナねえ。『魔剣騒動』の時に遠目から見たよ。今じゃ『勇者』の愛人だって話だが……おいおいトリエント、お前もしかしてあの女に惚れてたりしたのか?」

 

 ニヤニヤと頬を緩めてレンサス。あからさまにからかい目的の面白がったその声音は、たとえ如何なる返答によっても茶化してやろうという悪趣味さを窺わせる。

 むっつりとした武骨な面構えは欠片も崩れぬまま、トリエントは生真面目に言った。

 

「惚れた……男としての恋慕の有無か。今にして思えばあったのかも知れんな。遠目から見るばかりで、知り合うことはおろかお声掛けいただくことも終ぞ、なかったが」

「……」

「だが、ふむ。『勇者』の愛人というのが少しばかり気にかかるが、達者でいらっしゃるのならば何よりだ。堕天したにせよ素晴らしい方であったのだ。幸福にならねばそんなもの、嘘だろう」

 

 真摯に誠実に己と向き合い、心情を吐露するトリエント。そこには偽りや誤魔化し、照れ隠しの色は一切見えない。心底からリリーナに対して好意を抱いていたかつての自分を認め、しかし現在『勇者』の下で幸せに暮らしている彼女への祝福を述べていた。

 

 期待していた反応と違う。

 どこまでも生真面目な、それゆえにからかいにくい返答にレンサスは苦々しく顔を歪め、ぼやく他なかった。

 

「糞真面目め。そんなだからハゲるんだよお前」

「頭髪の有無は関係なかろう」

「あーうっさいつまんない! ったく、そういう物分かりの良い大人らしさなんか大嫌いだ!」

「聞いたのはお前だろうに……」

 

 耳を塞いで喚くレンサスに呆れ顔のトリエント。

 ともあれ彼ら『ミッション・魔眼』チームの進捗は、最終段階へと進みつつあった。

 

「殺す……アイン、『焔魔豪剣』! 殺してやる、殺してやる、殺してやるッ!!」

 

 猛るエフェソスの叫びと共に、嵐の決戦は近付いていた。

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