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シエル、受け継がれる祖先の想い

 衝撃的な答えに、ハーモニはおろか両親たるコルドベインとミトでさえ驚愕の様相を呈していた。

 『亜人の血を引く人間であること』──明かされたルヴァルクレーク使用の条件。それはつまり、使用者たるエルゼターニアには亜人の血が流れているということだ。

 

「……私自身、信じられない思いもあります。人間と亜人のハーフ自体が希少も良いところなのに、まさかそこから血脈が続いて、その果てにいるのが今の私だなんて」

「ハーフが人間社会に残ることからして珍しいのに、更にそこから血筋を繋げていくとか……聞いたこと無いよそんなの」

 

 信じがたくもハーモニが呟く、まさにその通りであった。

 人間と亜人の、いわゆるハーフ自体は希少だがいくつか実在例がある。そもそも異種族間での恋愛が希であることに加え、子供を成しにくい亜人の体質上の問題もあるため本当に滅多なことでは見られないのだが、それでも文献を漁れば少しばかりのケースについて紐解くことは十分に可能だ。

 

 だが更に、そのハーフが人間社会に残留して更に家庭を築くことなど聞かない話だ。

 亜人程でないにせよ人間を遥かに上回る身体能力に寿命を備えるハーフたちはそれゆえ、人間社会においては世間的につま弾きにされがちなことが多い。

 それゆえほとんどが生まれてすぐ、あるいはしばらくしてから亜人の方の親に連れられて人のテリトリーから姿を消す。

 親当人同士が愛しあっていたとしても、ハーフが受け入れられるだけの社会的土壌はない。それがハーフを巡る人間社会の現実だった。

 

 ところがエルゼターニアの家系、とあるタイミングで亜人と交わって生まれたハーフは成り行きが異なっていたらしい。ハーフでありながらも人間社会を追われることなく過ごし、あまつさえ更に人間と子を成し家庭を築いたというのだ。

 そうして生まれたクォーターも同じようにして過ごし、家庭を築き子を成して。ワンエイス、ワンシックスティーン、そしてそれ以降……延々と血脈を遺しながらも今、エルゼターニアの代に到達したのである。

 愕然とハーモニが呟く。

 

「どんな確率なのさ、それ……少しずつ人間さんの血の割合が増えて子供をこさえやすくなっていったにしても、信じられない奇跡じゃない」

「国の記録によると、約400年前にその亜人が私の祖先と子を成したそうなんすよ。なので今はもう、ほぼ亜人としての特徴は薄れているみたいっすけど……そもそもここまで至るのがあり得ない話だって、課長も言ってましたね」

 

 亜人の血を引く以上、遺伝的に子を成しにくいというハンディキャップさえ乗り越えた、奇跡めいた家系。その末裔がエルゼターニアであり、そしてルヴァルクレークの使用条件を満たしたのだ。

 

「国が把握しているとは言え、私の方でも家系図で確認しときたかったので今回、その亜人と周辺家族の名を教えてもらって帰省したんすよ。見せてもらって良いっすかね、お父さん」

「あ……ああ、勿論だ! 俺だってそんなの気になるし、すぐ持ってくるさ!」

 

 娘からの要望に、慌ててコルドベインが立ち上がった。家系図を持ち出すべく、居間を退出する。

 残された母ミトが、努めて冷静に返した。

 

「それでその……ルヴァルクレーク? の使用条件は、亜人の血を引いていることなのよね?」

「はい。なので私の家族なら、お母さんは別にして誰でも使えるはずっすよ、理屈の上では」

「元々はハーフに使わせることを前提にしてたんだろうけど……ハーフどころかその末裔のエルが持つことになるなんて、奇縁も良いところだねぇ」

 

 『亜人の血を引く人間であること』という条件に限って見れば、エルゼターニアが当て嵌まるのならば当然、彼女の家族もまた全員が該当する。今となってはオンリーワンな存在であるが、一番最初の段階では別に、特務執行官が必ずエルゼターニアでなければならないわけではなかったのだ。

 それでは何故、他ならぬ彼女だったのか。その辺りについても当人の口から言及されていく。

 

「私が特務執行官に選ばれたのも結局、兄弟の中で一番年長で成人が間近だったことと、お父さんとは違って定職に就いて家族を養わなければならない立場ではなかったから、らしいっす」

「そんな消極的な理由で、エルを一年間も孤独に戦わせたんだ……それは、何だかな」

 

 不満も露にハーモニがぼやいた。運悪く家族の中から選ばれたに過ぎないのならば、そんなエルゼターニアがひたすらに死地を駆け抜ける羽目に陥ったことが、あまりに哀れに想えてくる。

 思わず両手でエルゼターニアの手を握る。痛みがないように加減された、けれど必死の力加減に、当の本人がハーモニを慰めるように笑いかけた。

 

「私は、特務執行官に選ばれて良かったと思っていますよハーモニさん」

「エル……」

「私以上に幼い兄弟たちにはさせられないっす。もちろんお父さんは仕事がありますし……それに、仕事の内容もとてもやりがいがありますから。ハーモニさんにも、こうして出会えましたしね」

 

 朗らかに今の己、現状の立ち位置を全肯定する特務執行官。何よりもハーモニに出会えたことを理由に良しとされれば、ヴァンパイアの女には二の句が継げない。

 ただ健気で愛らしい、信念の少女を見つめて笑い返すばかりのハーモニであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「持ってきたぞ、家系図!」

 

 そう言って巻物を携え、居間に戻ってきたコルドベイン。見るからに困惑しており、彼にとっても己の血筋に亜人のものが混じっていたなどとは露にも思っていなかったのが分かる。

 テーブルに広げられる家系図。エルゼターニアとその弟妹たちを末とし、コルドベインとミト、及び親戚類が次いで並んでいた。

 親族の名前がところ狭しと記されたそれを見て、ハーモニが呟く。

 

「うわ、すご……人間さんの家系図って始めて見るけどこんなんなんだ。世代交代が早いとやっぱり、ずらりといるなあ」

「亜人にもこういうもの、あるんすか?」

「種族によってまちまちじゃない? ヴァンパイアは記録まで残してるけど、それだっていいとこ十人で下手しなくても数万年だもん。密度が違うよ密度が」

「す、数万……」

 

 さすがスケールが恐ろしい程に長い。人間と亜人の最も大きな差異として、まずは寿命が挙げられることが多いと聞くエルゼターニアだが、改めてその極端すぎる生の長さには開いた口が塞がらない心地だ。

 ともあれ驚いてばかりもいられない。家系図の中から亜人らしき者がいるか、調べていかねばならない。その人の名前は課長から聞いてはいるものの記された名の数が数である。じっくり腰を据えて取り組まねばなるまい。

 

 そこからは延々と連なる血脈を遡っていく作業だ。相当に古い家柄のようで、何十代分、何十人と名が並ぶ。

 数千年は平気で生きる亜人ゆえか、ハーモニが興味深くも気付いたことを呟いた。

 

「……亜人の血がどっかで入ったってことは、そこからしばらくの子孫は普通に生きてるんじゃないの? どうなってるんだろう、その辺」

「そう言えば……そうね。でもそんな長生きのご先祖様にお会いしたこともないし」

 

 言われて振り返るも、まるで覚えがなくミトは疑問を呈した。これまで夫の家が、亜人の血を引いていたなどとまるで知らなかった彼女としても、先祖の動向は気になるところだ。

 しかしてエルゼターニアは首を横に振り、静かに答えた。

 

「いえ。受けた説明ではそうした子孫、私にとってのご先祖様たちは皆、今はこの国を離れてどこか、放浪するか定住するかしているはずっす」

「一人残らず? 何でまたそんな」

「恐らくは、この国を厭うたのかも知れませんね……」

「エル?」

 

 何かしら知っている様子の娘に、コルドベインは視線を向けた。未だ健在であろう、亜人の血が濃かった頃の先祖。別段会いたいとは思わないが、多少気になるのも事実だ。

 問いかけるその目に、特務執行官はやや目を伏せ、ぽつぽつと話し始める──共和国の悲劇。『共和』の理念がもたらした、この国の闇について。

 

「一番最初にこの家系図に出てきた亜人……女性なんすけどね。今はもう、この世にいないんすよ。お亡くなりになってらっしゃるんす」

「え……」

「当時、流行していた死病の対策のため、貴重な亜人側の実験体として名乗りを挙げ……様々な実験を繰り返した末、衰弱して死んだとのことっす」

 

 語る言葉はおぞましく、コルドベインやミトどころかハーモニも、話したエルゼターニア自身でさえもその内容に身を震わせる。

 実験体。様々な実験の末に死んだと言うならば、すなわちそれは人体実験の犠牲者に他ならない。

 一応、とエルゼターニアが続ける。

 

「実験台となったのは本人の強い希望だったとの話っす。その病で夫や子供を亡くしたそうなので、あるいは復讐とかだったのかもしれません。亜人さえ命を奪われかねない、恐ろしい伝染病だったそうっすから」

「病で、家族を何人も失ってるんだ……」

「これか! ここの系譜だ、死人がいる! ……ここだけ、そんな風に記載がある」

「ん……たしかにこの人っすね。本人と夫、そして子供の名前が国で把握しているものと一致してます」

 

 コルドベインが家系図の、ある一点を指差した。今しがたの話と符合が一致する、唯一の部分。

 夫と妻、そして二人の子。その内夫と子の一人には×印が付けられていた──小さく書かれている『病没』の文字。

 そこだけが異様だった。他の系図には、天寿に依らず死んだことはもちろん死因とて書かれてはいない。夫と子の二人の死とそのわけを、決して忘れまい、後の世にさえ忘れさせまいと刻まれたかのような文字。

 

 それを書いたのは誰か? 語るまでもない。

 最愛を二人、一度に失った哀れなる妻の名を、エルゼターニアは読んだ。

 

「──シエル。私の家の祖先の一人で、亜人」

「夫と子を流行り病で亡くし、自らもその病に対抗すべく実験台となった、人か」

「そんな人の子供なら、母親を殺したこの国を疎んでも仕方ない、のかなあ」

 

 やるせなくもハーモニが嘆いた。実際のところがどうであったのか──本当にシエルは望んで実験台になったのかなど、今となっては誰にも分かることではない。

 だがたしかに、病で最愛を亡くした亜人の女がいたのだ。そして自らも実験の果てに磨耗し衰弱死して、子孫の何人かは国を離れた。

 

 数奇な人生を歩んだシエル。その子孫たるエルゼターニアが、彼女を悼むように述べる。

 

「『共和』……あるいはシエルさんは、この理念の体現者だったのかもしれません。人間と交わり家族を築いて子供を産んだ、亜人の女性」

「適切な距離を保っての友好関係、とはいかなかったみたいだけれどね……」

「実際に志願したのか強制であるのか。そこがどうあれ結果としては、人間のために死んだも同然っすからね」

 

 共和国の理念であり、エルゼターニアが信奉し命をかけて護りたいと願う『共和』思想。それは人間と亜人の、適切な距離感における友好関係を良しとするものだ。

 その観点から言えば、シエルは人間に寄り過ぎたとも言えるだろう……人間のために身を滅ぼしてしまっては、そう言わざるを得ない。

 

 けれど、エルゼターニアにはシエルという亜人の歩んだ道程に、紛れもない『共和』を感じるのだ。人間のために、命さえ尽くしたその姿勢は……共和国のため、命を燃やすエルゼターニアにとって強いシンパシーを抱かせる。

 

「……それでも、この人はすごい方だとも思うんすよ。共和国の一員として、心から尊敬します」

 

 祖先へのたしかな敬意と憧れに、特務執行官の少女は家系図に記されたシエルの文字を、指先で触れるのであった。

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