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ルヴァルクレーク、解き明かされる謎



「わ、可愛い……! この子が末っ子さんですか?」

「ええ。半年前に生まれたばかりなの、名前はホルン。女の子よ」

「ホルンちゃんかあ! よく見ると目元とか口許がエルの面影あるよね!」

「そこはお父さんかお母さんの名前を出してもらえます!?」

 

 ミトの腕の中、赤子があどけなく笑うのを見てハーモニは頬を緩めた。エルゼターニアは抗議したのだが実際、いつも見ている顔の面影をこそ、強く感じる。

 エルゼターニアの実家にて、両親と挨拶を交わした後のこと。夫婦が抱いていた赤子こそこの家の末っ子なのだと聞かされての今だった。

 

「べろべろ、ばあ! ……ふふ、可愛いなあ。この子、何番目のお子さんで?」

「9人目よ。男児が3人で、女児が6人」

「俺たちが18の時にエルを産んで、そこから16年だ……大体二年に一人、産んでることになるな!」

「はあー……! それはまた、お元気と言いますかお盛んと言いますか」

 

 感嘆するハーモニ。事前にエルゼターニアから、生まれたての赤子までいる大家族だとは聞かされていたが、実際に目の当たりにすると亜人ゆえの衝撃が走る。

 何しろ亜人種は総じて子を成しにくい。同種族の男女では何百年単位かけてようやく一人身籠る程度、滅多にないが異種族の男女の間ではもっと確率が低くなる。多産の種族もいるにはいるが、それとてスパンはやはり、非常に気の長いものだ。

 

 それを考えれば二年に一度、己らの血族を増やせているというのは驚愕と畏怖に値する話だ。

 長命ゆえに繁殖能力に乏しい亜人だからこその、短命だが繁殖能力に優れた人間に対する感動があった。

 吐息を漏らすハーモニに、エルゼターニアが苦笑する。

 

「ほんと、年中新婚みたいなノリなんすよ、うちの親は。そろそろ自重しても良いと思うんすけどねえ」

「何を言うんだエル。愛し合うのに年季は関係ないさ……まだまだ、この家は賑やかになるぞぉ!」

「この人ったらハーモニさんがいる前で、もう……!」

 

 娘に対し俄然、張り切るコルドベインと顔を赤らめて、けれど満更でもないミト。この調子では宣言の通り、二年後にはまた一人、家族が増えているのだろう。

 何とも賑やかで楽しい二人に、ハーモニは笑い、エルゼターニアはため息を吐くのであった。

 ……と、そんな折、また子供が二人、ハウスキーパーに連れられて居間にやって来た。いずれも小さな男の子だ。

 エルゼターニアを見るなり、その子らはあっ、と顔を輝かせた。

 

「エルおねーさん! おかえりなさい!」

「えるおねえさ! えるおねえさー!」

「テルフィスくん、それにハウネスくん。ただいま、エルお姉ちゃんですよー」

 

 とてとてと、あるいはよたよたと駆け寄ってくる幼子二人を、姉としてエルゼターニアは抱き止めた。子供特有の体温の高さが伝わってきて、寒い季節にはちょうど良いなあ、などと益体もないことを考える。

 ハーモニが、目を丸くして問う。

 

「その子たちは、弟?」

「はい。次男のテルフィスくんに三男のハウネスくん。4歳と2歳っすよ……ほら二人とも、お姉さんにご挨拶」

「テルフィスです!」

「はうねすです!」

「ハーモニです! よろしくねー」

 

 ひらひらと手を振り、少年二人に挨拶する。年を考えるに未だ学校には通っていないため家にいるのだろう……今日は普通に平日で、他のエルゼターニアの弟妹たちは現在、勉学に励んでいるところなのだと推測できた。

 コルドベインが補足して彼女に説明する。

 

「うちの男はもう一人、エルの二つ下でガイガンってのがいるんだが……今は学校だな」

「同じく妹のテトラ、クレア、シミラも学校っすね。皆良い子なんで、きっとハーモニさんとも仲良くなってくれると思います」

「本当に大家族なんだねえ……賑やかで楽しそう」

 

 つらつらと家族の名を並べる一家に、羨ましそうにハーモニが反応した。ヴァンパイアとして永らく生きてきた彼女にも当然、親はいるが逢わなくなって久しい。

 旧世代を追放した際に、彼らとも訣別したのだ……父母もまた、人間に凄惨な仕打ちを加えていたがゆえに。『新世代の七人』として、たとえ親でも非道を為す者とは相対せざるを得なかったのだ。

 

 だがそれはそれとして親子の情はたしかにある。人間に好意的なハーモニとは別に、親を想うハーモニもしっかりといるのだ。

 そんな彼女の一面が、にわかに感傷を帯びる。ホルンをミトに渡してから、目を細めて静かに笑い、呟く。

 

「……大事にしなよ、エル。こんなに素敵な家族の人たちがいるのに、こないだみたく刺し違えてでもとか言うのはやっぱり駄目だよ。生きて生きて生き抜いて、この人たちを安心させてあげなきゃ」

「う……い、今その話はちょっと」

「──刺し違えるって、おいエル。どういうことだ」

 

 ハーモニの心からの忠告。聞かれてはまずい話題に言及されてエルゼターニアは制止しようとしたが、その前にコルドベインは聞き逃さないでいた。

 

「さし? みー?」

「さしみー」

「……二人には少し、聞かせるには早いかと」

「お坊っちゃま方ー、向こうのお部屋で遊びましょうねぇー」

 

 テルフィスとハウネスが無邪気に、何が何だか分かっていない反応を返す。さすがにこの二人には血腥い話をするのが憚られるとエルゼターニアが呟けば、子供たちを連れてきたハウスキーパーがすぐさまその意を汲み取りテルフィスたちを抱き抱えて退出した。

 残るコルドベインが、改めてどういうことかを問う。

 

「聞かせてくれ……『刺し違える』とはどういうことなんだ? もしかして結構、大変なことになりそうだったのか」

「……分かりました」

 

 硬い声音は娘への心配に満ちている。一人の親として、当たり前と言って良い不安だ。

 特務執行官もこうなればただの長女、仕方なく申しわけなさげに、先だっての戦いを説明する外無かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一連の事件の経緯を語り終えられると、コルドベインもミトも深々と息を吐いた。呆れが少し──だが大部分は別の、複雑な感情が見え隠れする嘆息だ。

 エルゼターニアがびくりと肩を震わせるのを、ハーモニがその手を握って落ち着かせた。

 

 事情の説明はほとんどハーモニが行っていたが、むしろ両親に対して理解と寛容を求めるようなニュアンスでの物言いが多くなされていた。彼女としてもあまり過度にエルゼターニアが責められることは望んでいないことがよく分かるもので、当のエルゼターニア本人やコルドベイン、ミトらもそこは踏まえている。

 

「……大変だったんだな、エル」

「……はい」

 

 危うく娘が死ぬ寸前だった──それも半ば自殺めいた、刺し違える覚悟での瀬戸際。それでもコルドベインは静かに、神妙に労りの言葉をかけた。

 そこに怒りはない。あるのは娘の無茶への心配と、特務執行官としての姿勢への敬意と、何よりも生きて帰ってきたエルゼターニアへの喜びだ。ミトも涙ぐみながらも頷き、やがてぽつりと呟く。

 

「それでもエルは今、生きてここにいる。良かった……!」

「お母さん……お父さんも、ごめんなさい。私、無茶をしました」

 

 咽び泣く母を、肩を抱き慰める父。他ならぬ己の行動によってそのようにさせてしまったことを、エルゼターニアは深く謝罪した。

 特務執行官としては、あの時の覚悟は当然のことだ。迫り来る脅威、共和国の敵を前に降伏するなど『電磁兵装』を託された者としての正義と信念において断じてできはしない。

 

 だが一個人としてのエルゼターニアとしては別だ。最愛の家族、最愛の両親を悲しませてしまったことへの罪悪感が彼女の心を軋ませる。

 そんな苦い想いで頭を下げるエルゼターニアを、けれどコルドベインは首を横に振った。

 

「いいや、エル。心配だし、不安だし、悲しいし、怖いし辛いけれど……同じくらい誇らしい想いもあるんだ」

「貴女が、特務執行官として……『共和』とこの国、そして人々を護るため、そんなにも頑張っている。親として、人間として、私たちは貴女を誇りに思ってもいるのよ、エル」

 

 ミトと共に今のエルゼターニア、特務執行官としての娘を肯定する。

 命懸けで戦い、かけがえの無い命と幸せを多く護ってきたこと。そのために艱難辛苦にも耐え、それでも生き延びてくれたこと。エルゼターニアのこれまでの軌跡すべてを、コルドベインとミトの二人は涙ながらに受け入れていた。

 そして視線をハーモニへと向け、頭を深く下げる。

 

「ハーモニさん、娘を止めてくださりありがとうございました。親として、家族としてどんなに感謝してもし足りません」

「貴女は娘の恩人です。ありがとうございました……っ」

「え──い、いえいえ。そんなその、お気遣い無く! 大切なパートナーを護るなんて、人として当然ですよ!」

 

 相棒の両親からの感謝。娘の命を救い無茶を止めたパートナーへの、心からの礼を受けてハーモニは照れながらも笑う。

 同時に握っているエルゼターニアの手を優しく撫で、コルドベインとミトへ告げる。

 

「その……これからは、私がいつだってエルの傍にいますから。どんなに厳しい戦いでも必ず一緒に戦って、一緒に生き延びますから。どうかご安心くださいコルドベインさん、ミトさん」

「ハーモニさん……」

「ありがとうございますハーモニさん。どうかうちの娘を、エルゼターニアをよろしくお願いいたします……!」

 

 誓いを立てるヴァンパイアの女に、両親は改めて深く感謝を述べた。亜人とて、ヴァンパイアとてこのハーモニは、エルゼターニアを護り救ってくれる大切な人なのだと互いに顔を見て頷く。

 どこか流れる穏やかな時間。ミトの腕の中で眠るホルンも含め、麗らかな午後の穏やかなひととき。

 

 そんな中、エルゼターニアはこほんと咳払いなど一つして言った。

 

「……えー、そこら辺はともかくとして、っすね。今日はこの見た目の通り、特務執行官の職務の一つとしてやって来たんすよ」

「ん? たしかに、今日は珍しく私服じゃないんだなとは思っていたが」

「さっきもちょっと言ってたわね? 何かの仕事のついでに帰ってきたってことかしら?」

 

 コルドベインらの言うように、今日のエルゼターニアは特務執行課の制服を着た、特務執行官としての出で立ちで家に帰還している。

 黒い上着にスカート、指貫のグローブ。更には壁に立て掛けてある『電磁兵装』ルヴァルクレークの存在も込みで、まさしく共和国を護るべく戦う戦士としてのエルゼターニアの姿だ。

 

 普段実家に帰る際は休日なこともあり、完全にラフな私服姿ばかり見てきた両親。彼らにとっては非常に興味深い、仕事着の娘の姿だ。

 まじまじと眺める二人に苦笑しつつも、エルゼターニアは頷き言った。今日は平日、にも拘らず実家を訪ねたその理由。

 

「実は、この家の家系図を見に帰ってきたんすよ、二人とも。ありますよね?」

「家系図? そりゃ、あるにはあるが」

「見せて欲しいんすよ……私が特務執行官に選ばれた理由。課長が教えてくれた、ルヴァルクレークを扱うための決定的な条件を満たす人の名前が、そこに載ってあるはずなんす」

 

 家系図──先祖から当代に至るまでの血脈の来歴を記した、どの家庭にも存在する一つの歴史書だ。

 エルゼターニアの家の家系図に、課長の示したルヴァルクレークの使用条件、それを満たす切欠となった人物の名があるのだという。

 ごくりと喉を鳴らして、ハーモニが尋ねた。

 

「決定的な条件……って、何?」

「──『亜人の血を引く人間であること』。つまり私の、この家の家系図には一人だけ、亜人がいるんすよ」

「……えええ!?」

 

 衝撃的な答えに、ヴァンパイアの女は驚愕の叫びをあげる。

 ルヴァルクレークの謎の一端が今、解き明かされようとしていた。

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