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家族、帰るべき場所

 ハーモニが己の種族に関しての、齟齬なき知識をエルゼターニアに教え始めてしばらく。レクチャーも半ばのところではあるが馬車が目的地に到達し、二人は一時中断して降車していた。

 存外に分かりやすい教え方をされたエルゼターニアがううむと唸る。

 

「案外、聞き応えありました……ハーモニさん、教え上手さんっすね。意外っす」

「ふっふーん! そうでしょ? 用が終わったらまた続き、やるからねエル!」

「いえ、それはちょっと。さすがにそこまで聞きたいものでもないっす」

「何でよー!?」

 

 冷淡に返すエルゼターニアに抗議しつつも、ハーモニは彼女に横並び、眼前にあるその建築物を見た。

 それなりに大きな、豪邸とまではいかないが多少の資産があることは感じさせる家だ。噴水があるとか、あるいはきらびやかな門があるとかでないにしろ、あからさまに金が掛かっている。手入れも隅々まで行き届いており、ただの成金という臭いも感じさせない。

 思っていた以上に立派な家を目の当たりにし、呆けたようにハーモニが言った。

 

「え、何これすごっ。エルん家、めっちゃ裕福じゃん。お貴族様じゃんこれ」

「そこまでじゃないっすし、そもそも貴族なんて身分はこの国にはありませんよ……ただまあ、裕福な家だなっていうのは自覚ありますけど」

 

 ばつが悪そうにエルゼターニア。それなりに裕福な家の生まれであることは事実にしても、あまりそれをひけらかしたり吹聴したりというのはしたくない思いだ。とは言えハーモニは純粋な驚きと好奇心から感嘆の声をあげており、それがくすぐったくも多少、嬉しくもある。

 複雑な想いに苦笑しつつ、少女は玄関口に立った。ドアノッカーを数回鳴らす。

 

 『気配感知』にて察知した気配に思うところがあるのか、ハーモニが問うてきた。

 

「結構、中には人がいるみたいだね。来客中だったり?」

「たぶん違いますね。うちは大家族っすから……ハウスキーパーさんも合わせるとかなりの人数っす」

「へ──」

「はいはいどちら様……!?」

 

 目を丸くしてきょとんとするヴァンパイアの、声を遮るようにしてドアが開かれた。中から出てくる、給仕服の中年女性。

 ハウスキーパーだ……丸々と肥えてはいるが清潔感のある、パワフルな印象を受ける。そんな彼女はエルゼターニアを見るや否や、目を丸くして笑顔で声をあげた。

 

「まあまあまあ、エルお嬢様! ようこそお帰りくださいました!」

「ただいまっす。いつもお疲れ様っす」

「いえいえお嬢様こそ、特務執行官のお役目、いつもお疲れ様でございます……!」

 

 人の良さが滲み出た顔に、目を潤ませてハウスキーパーの女が笑う。

 エルゼターニアの背後、ハーモニがくい、と服を引っ張る。

 

「ねえエル、この人は? それに『お嬢様』って」

「あ、ご紹介しますね。こちらは家のハウスキーパーを務めてくださっている、ダイアナさん。私が生まれた頃からずっとお世話になっている、家族のような方っすよ」

「家族だなんてそんなそんな……お嬢様、ありがとうございます。それで、そちらの方は?」

「ハーモニさんっす。私の──『特務執行官』エルゼターニアのパートナーで、ヴァンパイアの協力者さんっす。何度も窮地を救ってくださった、大切な人っすよ」

 

 ハウスキーパー・ダイアナとハーモニ、それぞれをそれぞれに紹介する。ハーモニは言わずもがな大切な相棒なのだが、ダイアナも永らく世話になってきた家族同然の存在だ。

 仲良くなってくれると良いのだけれど、とエルゼターニアが考えている内に、二人は二人で自己紹介を始めていた。

 

「こんにちはダイアナさん! 私はハーモニ、ニューエイジ・ヴァンパイア『新世代の七人』リーダーで、エルの唯一無二の相棒だよ!」

「ヴァンパイア……!? あ、いえ失礼。私はダイアナと申します。お嬢様を助けてくださったそうで、ありがとうございます」

「大切な人だもん、何があっても助けるよ! よろしくね!」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 ヴァンパイア、つまりは亜人であることに一瞬、身を強張らせるダイアナであったが、すぐに気を取り直してハーモニに会釈を行う。

 時世柄、亜人というだけで警戒されるのが現在の共和国だ。ダイアナとて例外ではなかったが……仕える家の娘であり、また対亜人のプロフェッショナルとして国中に名を轟かせる『特務執行官』たるエルゼターニアがパートナーと呼ぶのだからと、努めて友好的な姿勢を取る。

 

 ハウスキーパーとしての矜持さえ垣間見えるその態度に、ハーモニは好ましいものを感じたようだった……ニコリと笑いかけ、次いでエルゼターニアに話しかける。

 

「素敵なハウスキーパーさんだね、エルお嬢様!」

「そうでしょう? あとお嬢様は止めてください。自分でも柄じゃないって分かってますし」

「えー……似合ってると思うんだけど。町の深窓令嬢エルゼターニア、なーんて」

「別に蝶よ花よと育てられた覚えもないっすねえ……」

 

 苦笑いするエルゼターニア。ハーモニは相変わらず密着していて、どこから見ても仲の良い関係性を窺えさせる。

 ダイアナはそんな二人ににこりと笑い、そして言うのだった。

 

「とにかくお入りください。旦那様方もきっと、お喜びになられますよ」

 

 その言葉に二人頷く。

 かくして少女は実家への帰還を果たしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりとはいえ勝手知ったる家の中は、やはり一般的な家庭に比べて著しく広く、大きく、そして豪華だ。

 ハウスキーパーもダイアナだけでなく何人もおり、揃って温かくエルゼターニアを迎え入れてくれた。もっとも、その様子がハーモニには興味深いものだったらしく、やたらと視線を向けてきているのが、少女にはどこか心地の悪いものがありはしたのだが。

 

 そうしてやって来た居間。ソファやテーブル、台座だの装飾品のいずれもが、あからさまでない程度に上質なものだ。

 やはりそちらにも目を向けるかと思われたハーモニだったが、むしろソファから立ち上がりやってくる男女に気を取られたようであった。

 いずれも30そこそこの、身なりよく見目も良い夫婦だ。妻の方は赤子を抱いており、エルゼターニアに親愛の表情を浮かべ、話し掛けてくる。

 

「お帰り、エル。今回も無事で戻ってきてくれたな、父さんは嬉しいぞ」

「お帰りなさい、エル。あら、今日は私服じゃないのね? それに、その……鎌?」

「ただいまっすー。あー、実は今日は仕事で来てまして」

 

 いつになく気安い感じで応えるエルゼターニアに、ハーモニは分かりきったことを確信していた……すなわちこの夫婦こそ、この少女の両親なのだ、と。

 そこで夫婦の視線が向けられる。娘に寄り添う女への、柔らかくも誰何を問うものだ。

 エルゼターニアは笑顔で答えた。

 

「紹介しますね。こちらハーモニさん。『特務執行官』たる私のパートナーの、ヴァンパイアさんっす」

「あ、ハーモニです! 新世代のヴァンパイアで、エルゼターニアさんの相棒をさせてもらってます。よろしくお願いします、お二人とも」

「まあ、ヴァンパイアさん……! いつも娘がお世話になっております、エルゼターニアの母、ミトと申します。よろしくお願いしますね、ハーモニさん」

「父のコルドベインです。よろしくお願いいたします、ハーモニさん……しかし、亜人の方とは。得難いパートナーに恵まれたな、エル」

 

 先のハウスキーパー・ダイアナ同様、ヴァンパイアたるハーモニに一瞬、驚いた夫妻であったが……そこには嫌悪もなければ警戒さえない。むしろ極めて友好的な、親愛さまで感じる。

 そのことに意外な想いを抱くハーモニをよそに、エルゼターニアは嬉しそうに笑った。

 

「はい! 死ぬ寸前だったところを助けていただいた、最高のパートナーっすよ!」

「死……そう、なのね」

「むう」

 

 さらりと命が脅かされていたことを明かす娘に、コルドベインもミトも渋面を浮かべた。元より分かっていたことなのだが、いざ本人の口から聞かされるとやはり、親として辛く苦しい思いになる。

 コルドベインが呻いた。

 

「やっぱり、危ない仕事なんだよな。『特務執行官』」

「……ねえ。やっぱりもうそんな仕事は止めて、家に戻って来れないかしら?」

「あはは……すみません、心配かけて。でも私、この仕事が好きなんすよ。国と『共和』、人間と亜人の役に立てますから。大変っすけど、とても価値のある仕事っす」

 

 屈託なく笑い、己の役目への強い誇りと使命感を見せるエルゼターニア。そんな娘を見て、両親は微かに息を漏らした。

 

 ──思えばこの子は初めからそうだった。

 思い返す、エルゼターニアが『電磁兵装』の使用適合者として選ばれた日のこと。特務執行課長ヴィアの説得と、何より本人の強い情熱によって夫婦は半ば渋々、彼女を『特務執行官』としての勤めへと送り出したのだ。

 

 本音を言えば断じて、娘を対亜人の最前線になど行かせたくはなかった。だがそれでも行かせたのは、やはり彼らにも共和国への、そして『共和』の理念への愛情が強いがゆえだろう。

 国を愛する気持ちは、何もエルゼターニアに限った話ではない。彼女の『共和』への想いは、両親から引き継いだものでもあるのだ。

 

「エル、お前は本当に『共和』への想いが強いよ……俺たちが影響を与えちまったのかも、な」

「国と理念は大切だけれど……それが娘を戦いに行かせることになるだなんて」

「あ、エルの使命感とか情熱って親譲りなんだ」

 

 嘆く両親に聞こえないよう、小さくハーモニが呟いた。ここに来て、エルゼターニアの飽くなき『共和』への想いの原点を垣間見た心地だ。

 両親からの伝統だったのだ。いやもしかするともっと遡り、はるか先祖から脈々と『共和』への忠誠心を受け継いできたのかもしれない。

 

 突然変異的に、エルゼターニアただ一人だけが異様なまでに『共和』へと命を捧げる気概を持ったわけでなく、そうなるに足る土壌が形成されていたのだ。

 ちょっとした疑問だっただけに、解消される心地でハーモニは腑に落ちる感覚を味わっていた。

 

「無理だけはしないでくれ、エル。『共和』も大事だが、俺たちは何よりお前の方が大切なんだ」

「お願い、生きて帰ってきてね……頼むから、頼むから」

「……分かってますよ、二人とも。今は心強い助っ人さんもいるんすから、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい、お父さん、お母さん」

 

  常に特務執行官としての誇りを胸に邁進するエルゼターニアも、さすがに両親には弱いようだった。困ったように、けれどどこか、嬉しそうに笑う。

 

 そんな横顔にハーモニは、この家こそ紛れもなく彼女の帰る場所であり、この人たちこそ紛れもなく、彼女を愛してい家族なのだと確信して、同じく微笑むのであった。

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