閑話休題、そして次なる戦いへ
「エル、レインさん……よく無事に帰ってきてくれた。そして早速のご協力、感謝に絶えません『焔魔豪剣』アイン殿、ソフィーリア殿」
夕暮れ、日も沈みかけて空には昼と夜とが狭間を作り、それもすぐに暗闇に消えていくような頃合い。
共和国首都は治安維持局本部へと戻ったエルゼターニアたちをその門前にて待っていたのは、特務執行課長ヴィアだった。
ブラウンの髪をざっくばらんに伸ばしたいつものスーツスタイルで、馬車から降りた一行に優しく語りかける。
「強盗事件についての報告は明日、落ち着いてから聞こう。まずは荷を下ろして、ゆっくりと休んでくれ、二人とも──もちろんアイン殿やソフィーリア殿もですな」
「あ、いえ課長。むしろ急ぎの話がありまして」
「強盗事件のはずが、とんでもない方向に話が進み……」
「んん? ……分かった、とりあえず部屋に戻ってから聞こうか」
強盗事件の解決、ということでエルゼターニアとレインを送り出したヴィアだ。『オロバ』が絡んでいるなど知るはずもなく、二人の申し出に首をかしげる。
そしてもういくつか、気になるところにも触れた。
「それと……そちらの女性は?」
「あー、女性の方は協力者のハーモニさん、ヴァンパイアっす」
「やっほー、この度エルのパートナーになったハーモニだよ! いつでもどこでもエルと一緒に戦うから、よろしくね課長さん!」
「ヴァンパイア……!? 何でまた、しかもパートナーって」
「成り行きでそうなりました。実力は折り紙付きっすよ……べたべた引っ付いてくるのが難点っすけど」
「あーん良いじゃんエルぅ。スキンシップスキンシップ!」
気さくに挨拶するヴァンパイア・ハーモニ。当たり前のようにエルゼターニアに抱き付いては小柄な彼女の温もりを堪能している。
何が何やら意味の分からないヴィアは、さしあたり敵意はなさそうなので良しとするかとひとまず置いて、今度は神父と子供たちを見た。
捕縛されているものの至って変哲のない三人だが、わざわざ特務執行官が連行したということは何かあるのだろう……そう考える間に、今度はアインが答える。
「そして神父さんと子供たちは『オロバ』の一員。『磁力魔眼』を使うマリオスくんとリアスちゃん、そして彼らを利用していたクラバルさんです、ヴィア課長」
「……『オロバ』!? あの町にも潜伏していたのか!」
「戦闘にもなりました。彼らの他に天使が二人と、首謀者と見られる大幹部のスモーラが一人……いずれもアインに撃退されましたけど。さすがアイン、カッコよくて素敵!!」
「え、えへへ……ソフィーリアったら!」
説明しつつもアインに蕩けた愛情の相を向けるソフィーリアに、『焔魔豪剣』も照れながら応える。何とも緊張感も緊迫感もないものだが、ヴィアとしては目の前の能天気な二人はともかくとして『オロバ』の存在がまたも現れたことが衝撃だった。
「わ、分かった……いや分かってないが。と、とにかく特務執行課に戻ろう。ああいや、まずはそういうことなら保安部に『オロバ』の引き渡しをしないと」
「あ、それなら私、呼んできますね──」
「その必要はねーぜ、レインさん!」
ヴィアの言葉にレインが反応、保安官を呼ぼうと治安維持局本部へと向かおうとした、矢先だ。
その本部の方から咆哮めいた声が響いて、一同驚きながらもそちらを見た。
男がいる。白髪混じりの黒髪に、髭を蓄えた巨躯がさながら熊のような威圧感を湛える壮年男性。
豪快な笑みを浮かべる彼の後ろには、武装した保安官がずらりと並んでいる。
エルゼターニアが、その男を呼んだ。
「ゴルディン部長……!」
「おう、エルちゃん!! 今回もお疲れさんだったな、後は俺ら保安部に任せてくれや!」
気さくに笑う、その男ゴルディン。共和国治安維持局保安部の部長であり、国内の治安維持に関してその大部分を担う辣腕だ。
エルゼターニアに対しては常に優しく接するが、こと犯罪者相手となるとまさに鬼へと変貌する、そんな人物。
大勢の部下たちを引き連れて向かってくる彼に、特務執行官は言った。
「ありがとうございます……こちらのクラバルさんは既に戦意はありません。どうか穏便に身柄の拘束をお願いします」
「分かった……クラバルか。亜人なのか?」
「ええ、スライムっす。こちらの子たちは人間っすけど」
ゴルディンの視線に、クラバルは会釈して目を伏せ、マリオスとリアスは心配そうにそんな彼に寄り添った。
見るからに絆を感じさせるその様子。ふうむと保安部長は髭を撫で擦り、告げる。
「この子らは、今の話を聞くに『オロバ』に利用された手合だろうが……それなりに情は交わしていたか。まあこっちは保護するぜ」
「親を亜人に殺され、今また亜人に利用された哀れな子らです。どうか、どうか寛大なる御処置を……」
「く、クラバルぅ……」
「クラバルさん……」
頭を垂れて兄妹の保護を望むクラバルに、マリオスもリアスも涙を流して縋り付く。分かっていても覚悟していても、別れは辛いものなのだ──お互いにとって。
哀願する神父の肩を叩くゴルディン。犯罪者であれど子らを想うその姿に、優しく声をかける。
「任せとけ、クラバルとやら。お前さんが何をしたか、何をさせたかはともかくこの子らは共和国でしっかりと保護する。だから心穏やかに、神妙に沙汰を受けるんだ」
「ありがとうございます……仰る通り、すべてありのままに償います」
ホッとして項垂れるクラバル。ここに、彼の理想への歩みは完全に潰えたのだ。
──どうかこの男が背負った罪を償い、いつの日か、またマリオス、リアス兄妹と共に歩んでいける時が来るように。
ハーモニに抱きしめられるがままエルゼターニアはそっと、内心で祈るのであった。
クラバル、マリオス、リアスの身柄を保安部に引き渡した後、特務執行課に割り当てられた治安維持局内の一室にて、エルゼターニアたちは今回の一連の事件についてヴィアとゴルディンに向けて説明していた。
亜人による強盗事件。捜査の過程で知り合ったクラバルたち。下手人のオークたちを殺していたハーモニとの戦闘、そしてもたらされた神父の真実。
そこからは急転直下だ……クラバルとの二度の戦闘、スライムと『磁力魔眼』。エルゼターニアとハーモニのコンビでそれらを下した矢先、奇襲をかけるは『オロバ』たち。
絶体絶命のピンチ、そこに現れる英雄『焔魔豪剣』。圧倒的実力にてレンサス、トリエント、エフェソスを追い詰めるも、寸でのところで逃げられ──そしてクラバルたちを捕縛してここに至る。
そのような流れを纏められ、保安部長と特務執行課長の二人は感嘆とも、困惑ともつかない呻きをあげた。
「なるほど、なあ。事情は分かった」
「ただの強盗事件が、芋づる式に『オロバ』絡みに発展するか……災難というべきか何と言うか。まあエルちゃんとレインさんが無事に帰ってきてくれて何よりだぜ」
「ありがとうございます。全部ハーモニさんとアインさん、ソフィーリアさんのおかげっす」
労りにエルゼターニアは、改めて今回の件に際して力を貸してくれた仲間たちを見つめる。
天使に奇襲を受け絶体絶命、もはや刺し違える心境にまで至っていた己を止めてくれたハーモニ、助けてくれたアイン、治療してくれたソフィーリア。
誰一人とて欠けていれば今時分、エルゼターニアはこうして元気にはしていられなかっただろう。もしかすると死んでさえいた可能性も大いにある。
「お三方、本当にありがとうございました……おかげで助かりました」
「アインさんやソフィーリアちゃんはともかく、私には礼なんていらないよ、エル。水臭い」
「僕らにだっていらないよ……こちらこそ駆け付けるのが遅くなってごめんね」
「もう少し早く来られていれば、エルさんもハーモニさんもそこまで追い詰められなかったかも知れませんしね……」
「そんなことないっすよ。皆さんは、私の命の恩人っす」
「私からも礼を申し上げます。ハーモニさん、 アインさん、そしてソフィーリアさん。特務執行官にお力添え頂きまして、誠にありがとうございました」
ハーモニやアイン、ソフィーリアが苦笑いして謙るのを、エルゼターニアは頭を下げた。それに追随してヴィアもまた、頭を下げる──上司として、国を護る役に就くものとしての感謝だ。
それぞれが謙遜し合う中、ヴィアに付いて来る形で同席していたゴルディン部長が、自慢の髭を撫でて呻きにも近い呟きをポツリと投げた。
「しかし『オロバ』か……王国に飽きたらず共和国でも陰謀を繰り広げるとは、とんでもねえ奴らだ。何が目的なんだかな、一体」
厳めしく顔をしかめ面しての言葉には、単純な理解不能ゆえの困惑も垣間見える。『オロバ』という、およそ常人には理解しがたい行動原理で動く者たちを把握しかねての戸惑いだ。
それに対してアインが応える。
「人間に進化をもたらす──僕の師匠、『魔剣騒動』においても大きな活躍をなさった方が『オロバ』大幹部との会話で引き出した、奴らの目的です。その子細については解りかねますが」
「人間の、進化……抽象的すぎて何だか、わかりませんなあ。そもそも何故そんなことを目論むのやら」
「『魔剣騒動』の首謀者はそれとは別に、個人的な思惑もありました。今回のレンサスもまた、組織とは無関係に目的とするところがあるのかもしれませんね」
「マオさんもそんなことを言ってましたね……」
今は遠く王国にいる友、マオの言を思い返すエルゼターニア。かつての騒動の折、『プロジェクト・魔剣』を指揮していたワーウルフ・バルドーはたしかに、組織とは異なる目的のために動き、アインを利用していた。
ならばレンサスも何かしら、『オロバ』とは無関係に目指すものがあって然るべきだろうと、一同は認識を共通のものとする。
ヴィアが纏めの言葉を告げた。
「どうあれ我々は今後、『オロバ』大幹部レンサスの主導する『魔眼事件』の解決に力を入れよう。アイン殿、ソフィーリア殿、どうかご協力の程、よろしくお願いいたします」
「はい、お任せください!」
「必ずお力になってみせます!」
力強く要請に応じるアインとソフィーリア。二人とも迷いはない──『オロバ』打倒のため、『勇者』セーマと『魔王』マオからの依頼を達成するため、そして共和国を護るため。持てる力のすべてを以てことに当たろう、そのような気概が漲っている。
そしてヴィアは、次いでハーモニに視線を向ける。
「ハーモニ殿、貴女にもどうか、エルゼターニアのパートナーとして我々特務執行課にお力添えをいただきたい」
「まかせなよ、課長さん! エルと一緒に、『オロバ』でも『魔眼』でもぶっ飛ばしてやるから!」
「ありがたく思います」
溌剌に答えるハーモニに、ヴィアは頭を下げた。
一気に戦力が増えた……ヴァンパイアの英雄ハーモニに、S級冒険者『焔魔豪剣』アインとそのパートナー、ソフィーリア。いずれも並々ならぬ実力者たちばかりだ。
共和国の治安回復に、これはとてつもない一歩と言えるだろう。そう感じてヴィアとゴルディンは顔を見合わせて頷くのであった。
「ありがとうございます、ハーモニさん……でもやっぱり、このやたら引っ付いてくるのはちょっと……暑いっす」
「えー、良いじゃん良いじゃん! ほらあっちのお二人さんも似たような感じだし」
「アーインー」
「ソフィーリアー」
「ば、バカップル……!?」
今は落ち着き和やかに話す戦士たちのひととき。
かくして『魔眼事件』は次のステージへ向けて、ひとまずの平穏を得たのであった。




