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出会い、エメラルドグリーンの少女

 次の日の早朝、エルゼターニアは共和国首都を発った。件の連続放火事件に絡む亜人を捕縛するため、北東地域の村へ向かうのだ。

 冷え込んできた季節、まだ暗がりの目立つ空の下。首都を出れば遥か広がる海を背に、内陸に向けて整備された道路を馬車が進む。

 

 その車中にてエルゼターニアは、朝食のパンを頬張りコーヒーを飲んでいた。この馬車は保安部がその職務において用いる特別製であり、男女二人の保安官が御者役となってエルゼターニアを北東地域へと運んでいる。

 けぷ、と満腹の腹を撫で擦って彼女は言った。

 

「とりあえず一週間、出張申請と宿の手配はしてもらったんすけど……早いところ終わらせて、なるべく早く帰りたいっすねえ」

「たまには羽を伸ばしても良いんじゃないですか、執行官? あの辺りは温泉街としても有名ですし」

 

 退屈紛れに御者台の御者たちに話し掛ける、車中のエルゼターニア。早期解決、早期帰還を望む生真面目な特務執行官に、御者の一人、女の方が苦笑した。

 もう一人、男の方の御者も軽い声音で応える。

 

「そうですよ執行官。常日頃からオーバーワークなんですし、たまには休むべきですよ」

「え、いえ……でもその間、亜人犯罪が起きたりするかもって考えちゃうと」

「今は珍しく、これから向かう連続放火以外に亜人絡みらしい事件の捜査もないですし。そこは大丈夫でしょう」

「う、うーん……そりゃあたしかに、そろそろまとまった休暇も取れたら取るように、課長からも言われてますけどぉ」

 

 責任感によるものか、あるいは強迫観念によるものか。どこか休息に対して消極的な特務執行官の少女。しかしタイミングとしては丁度、今が休暇を取るには適しているのだと力説されては二の句が継げない。

 

 特務執行官の職務は基本、保安課による捜査後に行われるのが常だ。窃盗や傷害程度ならば現行犯もあり得るし、大規模なテロリズムなどは事前鎮圧に動くこともあるが……それでもやはり、ほとんどの場合は事件後、保安部の捜査によって特定した犯人を捕縛するために出動する。

 

 つまりは今現在、放火事件を除けばこれといった執行対象がいない状態なのだ。となればせっかくの温泉街、さっさと犯人を捕らえてゆっくり養生するよう促されるのも当然ではあった。

 

「特務執行官の激務ぶりは保安部でも語り草ですからね。ちょっとくらい温泉でふやけたって、誰も文句言いませんよ」

「たった一人で共和国中巡って、ほとんど毎日亜人と戦って……どんなにお金積まれてもやりたくないって、うちの課長なんか言ってましたよ」

「そんなにっすか!?」

 

 あんまりな言い様にエルゼターニアは叫んだ。彼女自身、激務であるという認識に異論はないが、それでも保安部全体で噂される程とも思ってはいない。

 頭を掻いて、彼女はぶつぶつと呻いた。

 

「そりゃあ、拘束時間は長いっすけど……慣れると結構、やりがいあるんすよ? 亜人だってルヴァルクレークのお陰で互角以上なわけですし」

「ルヴァルクレーク……『電磁兵装』ですね。でも正直、それがあっても亜人と正面きっては戦いたくないです」

「というかその『電磁兵装』にしても、法律で使用制限がかかってるんですよね」

「う……え、ええまあ」

 

 痛いところを突かれた。そのような思いで苦々しい表情を浮かべ、エルゼターニアは説明する。

 

「『電磁兵装運用法』の第三条に定められた特殊事項……AからEまでのいずれかに該当する場合、それに応じた出力のボトルを使えるんすけどぉ」

「つまり……それ以外の場合は使えない、と」

「えーっと、はい……あ、一応アレっすよ。使用者の命の危機だったり、人命救助のためだったりすると無条件でフルパワーのボトルを使えます」

 

 

(もっとも、100%は私の身体の方が保たないんすけどねー……)

 

 

 説明するに憚られる部分は内心にて留める。対亜人用特別兵器『電磁兵装』ルヴァルクレーク。そのフルパワーはもはや人間に扱えるレベルではない。

 発現したプラズマは己の身さえ焼き、技を放てばあまりの威力に使用者をさえ傷付ける。

 

 以前一度だけ、エルゼターニアが特務執行官になったばかりの頃だ。人命救助のために100%の出力を発揮するボトルを使用したことがある。

 結果として圧倒的な性能によって危機は免れたのだが、彼女自身は反動によるダメージで半月程の入院を余儀なくされる程にまで傷付いてしまった。

 

 それ以来、ルヴァルクレークのエネルギーは最大でも50%までしか発揮させていない。幸いにしてフルパワーでしか抗せない状況に追い込まれることもなかったのだが、それとていつまで続くか分からない。

 

 このようなことを話せば間違いなく、特務執行官という職業のイメージが恐ろしいことになるだろう。

 そう考えて、エルゼターニアはその辺については笑って隠すのであった。

 

「まあ、あれっすよ。皆さんが思うよりかは悪い仕事でもないっす。共和国と、この国に生きる人間と亜人と、そして『共和』の理想と……全部まとめて護るために命を尽くせる、やりがいがあるんすから!」

 

 胸を張って己の職責を誇る。犯罪を犯した亜人を捕らえることで、人間だけでなく大多数の罪なき亜人たちをも、謂われなき風評から護る──それがひいては共和国、その骨子たる『共和』思想を護ることへと繋がるのだ。

 そう信じて笑うエルゼターニアに、御者の二人は感嘆の息を漏らした。

 

「……すごいなあ、執行官は」

「本当……尊敬しますよ、その使命感。保安部も負けてられないなあ」

 

 共和国の理想、『共和』思想への献身。

 戦争を経て人間と亜人の関係が険悪な状態であるからこそ、共和国に仕える役人たちは特にその理念を貫くことが求められている。

 だが果たして、エルゼターニアと同じ立場に置かれてなお、ここまでの情熱で使命を遂行しようと思えるのか……自信を持って答えることはできそうにない。

 

 強い信念を垣間見せた少女執行官に敬意を払いつつ、御者たちは馬を走らせる。

 もう空も明るい。村へ到着するまでの半日程、一時の平穏が彼らに訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼もやや過ぎた頃に馬車は目的地へと辿り着き、エルゼターニアはその地へと降り立った。

 共和国は内陸部、北東地域にある村だ。温泉で有名な地域にあるゆえ、当然ながら温泉を売りにしている。

 門構えからして大きな看板にて温泉の存在をアピールしているのだから実に分かりやすい。

 御者たちが馬車を規定の厩舎に落ち着けているのを尻目に、少女は伸びをしながら門前の守衛に話しかけた。

 

「どうもお疲れさまっすー。治安維持局特務執行課、エルゼターニアっすー」

「あ、どうもご苦労様ですー」

 

 治安維持局員としての身分を示す手帳を差し出す。これ一つで国内はおろか、国外における大概の身分証明がクリアできる優れものだ。

 実際、守衛はそれを見るなりエルゼターニアの身分を疑うことなく頷き、受け入れた。すなわち入村が認められたのである。

 

「ようこそ温泉村へ! ここはいくつもの風呂場がありますからね、スタンプラリーなんかもありますよ!」

「そうなんすか? 良いっすねぇ……後から楽しませてもらいます」

 

 村全体から漂う、どことない熱気と硫黄の臭い……温泉の気配をまざまざと感じ取ってエルゼターニアは、どうにも先の御者たちの『たまには休むべき』という言葉が脳内でリフレインしている己に気付いた。

 

 骨休めしたい。そんな欲望がむくむくと沸き起こるのを、彼女は自制を以て打ち消す。

 少なくともまずは仕事だ……休むにしろそうでないにしろ、職務を果たしてからでなければならない。何しろ放火ともなれば普通に命に関わる犯罪なのだ、断じて遊んでいる暇もない。

 

「らっしゃーいらっしゃーい、温泉卵いかがかねー」

「温泉ケーキあるでよー」

「熱い温泉、浸かった後には冷えた果実水ー!」

「……うう、欲望の村っすぅ」

 

 通りはまさしく温泉商店街といった様相で、あちこちで湯屋が並び、店頭にて土産物やその場で食べる品々が景気の良い声と共に売られている。

 昼もまだ食べていないエルゼターニアには、温泉も併せて恐ろしい程に願望を刺激する通りだ。涙を堪える心地で少女は、その先にある保安部の駐在所を目指した。

 

「……ずいぶんとまあ、変わったもん背負ってるんだな? お嬢ちゃん」

「ふぇ?」

 

 と、道すがら声をかけられてエルゼターニアは振り返る。それなりに人のいる中でも、特に目立つ存在がそこにいた。

 エメラルドグリーンの長髪を、地面に着く程にまで伸ばしている美しい顔立ちの少女である。温泉から出たばかりなのか、着流しにタオルなど持ってまじまじとこちらを見つめている。

 エルゼターニアもまた、きょとんと目を丸くした。

 

「……えーっと?」

「いや、それ。その鎌だよ。草刈り用にしちゃ物々しいし、何よりこんな村でそんなもん背負ってるの君くらいだぜ? 変質者か、それとも単独で一揆でも起こすのか?」

「違いますけど!? これでも治安維持局員っす!」

 

 憤然と手帳を突きつける。たしかにルヴァルクレークは人に紛れるにあたっては恐ろしく物々しい場違いさがあるが、それでもいきなり変質者だの一揆呼ばわりはされたくない。

 失礼な少女はふーん? と気のない反応と共に手帳を見た。特務執行官であることを確認して呟く。

 

「ふむ……この国で今、亜人どもを一人で狩り倒してるってのはお前さんか。『特務執行官』エルゼターニアね。噂には聞いてたがなるほど、なるほど」

「あの、あなたは……?」

「ただの旅行客だ。王国からのな」

 

 ほれ、と懐からカードを投げ渡される。落とすまいと慌てて受け取ってみれば、そこに示されている情報に息を呑んだ。

 

「……『特級王国賓客待遇証明書』!? つ、つまり王国の賓客さんっすか!?」

「いかにも。王国南西部住まいなんだが、ちょっと観光がてら湯治でもってね。そしたら変なもん背負ってる変な奴がいたんだ、声くらいかけるさ」

「そ、そうでしたか」

 

 少女の言葉もどこか虚ろに、エルゼターニアは証明書を見た。

 『王国賓客待遇証明書』……王国に身を寄せる賓客である証明書であり、当然ながら国際的な効力も持つ。つまりこのエメラルドグリーンの長髪が美しい少女は、王国でも特別な待遇を受ける立場にいるのだ。

 

 とんでもないところで、とんでもない人物に絡まれた──下手を打てば国際問題となり得る事態に冷や汗すら浮かばせながら、エルゼターニアは証明書に記された名を読み上げた。

 

「マオ……さん、っすか」

「名が軽くなるから覚えなくて良い……と言いたいところだが? 『小僧』の時と違い私から絡んどいてそれは、あんまりだな」

 

 皮肉げに笑う。その所作一つ一つに、見かけにそぐわぬ威厳のようなカリスマ性を感じ取り。

 エルゼターニアが身を竦ませる中、彼女はその名を改めて名乗った。

 

「いかにも我が名はマオ。王国の賓客にして王国南西部より参った旅行客だ……エルゼターニア。興が乗った、しばらく君について回ろうかね」

「え……ええええ!?」

 

 いきなりの提案に驚き叫ぶ。

 思わぬ出会い、思わぬ事態。しかしこの時を境に、エルゼターニアの物語は始まることを──

 

「くくく……『変なもん』ぶら下げてるから目を付けられるのさ。見物だね、これは」

 

 あるいはこの、マオという少女だけが知っているのかも知れなかった。

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