親から子へと、受け継がれるもの
クラバルとの決戦、そして『オロバ』による奇襲と絶体絶命の窮地からの、S級冒険者『焔魔豪剣』アイン参戦とその圧倒的実力による撃退。
目まぐるしくも移り変わり続けた状況はようやく落ち着きを取り戻し、エルゼターニアとハーモニも人心地をつけて立ち上がった。
怪我によるダメージは依然として小さくはないが……アインのパートナー、ソフィーリアによる適切な応急手当の甲斐もあって命に別状はない二人だ。
それでもお互い支え合って立つ彼女らに、アインとソフィーリアが心配から気遣いの声をかけた。
「二人とも、辛いなら座ったり寝転んだりのままで良いよ……『オクトプロミネンス・ドライバー』で宿まで送ってもいいし」
「手当てはしましたけどそれでもダメージはあるはずです、特にエルゼターニアさんは。どうか無理はしないでください」
ソフィーリアはともかくアインの、年相応の不安げな表情が妙に似つかわしくないものに思えて、エルゼターニアは苦笑いを浮かべた。
つい先程、死を覚悟して臨んだ難敵たちをいとも容易く退けた桁違いの実力者。英雄としての風格さえ纏う少年冒険者が今、まるで可憐な少女めいた弱気な顔をしているのが何ともアンバランスだったのだ。
あちこちが痛む身体をハーモニに半ば、委ね。エルゼターニアはそれでも元気に応じた。
「お気遣い、感謝しますアインさん、ソフィーリアさん。ですが大丈夫っすよ、お陰様でこれでもずいぶん、具合は良くなってるんすから」
「私も、外傷自体は『霧化』で治したし後は体力の問題だけさ。こうしてエルを支えるくらい何てことないし、自力で動けるよ。ありがと」
「いやいや、それ程でも。僕らも君たちと一緒に首都に戻るつもりだしさ。何かあったらいつでも力になるよ」
ハーモニもまた、己の現状を説明した上で自力で行動できることを示す。アインは爽やかに笑って頷いた。
今後特務執行課に協力するというだけあって、さしあたってはエルゼターニアたちと行動を共にするつもりらしい。その旨を告げる『焔魔豪剣』に心底からの感謝を込めて、特務執行官は頭を下げた。
「何から何まで、本当にありがとうございますお二人とも……こうして生き延びられたのも、アインさんたちのお陰っす」
「私からもありがとう、『焔魔豪剣』とそのパートナー。二人は私たちの命の恩人だよ」
「……どういたしまして。僕も、君たちを助けることができて本当に良かった」
感慨深くもアインは答えた──数ヵ月前、かの『勇者』セーマもきっと、こんな想いだったのかも知れないとふと、頭に浮かぶ。
誰あろうアイン自身、かつて亜人に殺される寸前だったところをセーマに救われていた。それゆえ、眼前の少女二人が当時の自分に重なって見えて。
あの『森の館』の主は、こんな風に自分を見ていたのかなと思えたのだ。
「僕の方こそ……あの人には改めて感謝、だな」
「え?」
「ああいや、こっちの話。それより早くどこか、落ち着けるところに行こう」
「戦闘開始からそろそろ一時間……仲間たちの馬車がそろそろ来るはずっす。それに乗って首都に帰りましょう」
「それと……あの三人も連れて、だね」
ハーモニが呟く。視線の先には倒れ伏すクラバルに、寄り添うマリオス、リアスの兄妹。敗れ去り、今や心穏やかに沙汰を待つ身となった神父一家がそこにいた。
特務執行官の責務を果たすべく、エルゼターニアがハーモニに寄り添われながらもそちらへ近付く。
「……クラバルさん。貴方を逮捕します。マリオスくんとリアスちゃんも、保護という形で治安維持局が預かります」
「分かりました……言うまでもありませんが、この子たちは親を失くしたところを私につけこまれた。邪悪に利用された、哀れな被害者です。寛大な御処置を、どうか」
「もちろんです。しばらくは観察付きとなりますが、二人には共和国の民として健やかな生活を送れるよう、特務執行官として約束いたします」
倒れながらも、クラバルは安心したように息を吐いて目を閉じた。
そんな彼に、涙を流して兄妹は言う。
「クラバル、そりゃないぜ……!」
「貴方は私たちを、助けてくれたのに……っ」
「利用価値があったからです。貴方たちは、私の夢のための道具に過ぎませんでした──ですが今、君たちの悪夢ももう終わる」
冷たさの欠片もない、紛れもない愛情の籠った突き放し。言動とはまったくそぐわない暖かみが、クラバルの、本来持つ善良さをどうしようもなく表していた。
このような人が、どうしてここまで行き着いてしまったのか──エルゼターニアはやりきれない思いを噛み殺して、親子の最後の会話を見守る。
親から子へ。たとえ成り行きからのものだとしても、たしかな絆を育んできた想いの継承。
「二人とも。うまく、幸福になりなさい。きっと精霊様が、そばに居て見守ってくださる」
「っ」
「賢く、健康に。そして、そして……正しくいきなさい。マリオス、リアス。道を踏み外すのは簡単で、踏み外してしまうともう二度と戻れはしないから……だからこそ、正義は定められているのです。悪に堕ちさせぬため、道を違えさせぬために。そして、幸せになるために」
「クラバルさん……!」
「どうか幸せになりなさい。誰かを幸せにできるくらい幸せになることが、きっと、本当に世界を良くするための第一歩なのです。私のように手遅れになってから気付いては、いけない」
泣きじゃくる息子、娘へ。
親の言葉が重く深く、たしかにその心へと継承される。
エルゼターニアもハーモニも、アインもソフィーリアも。今しばらくは、神妙に佇むばかりであった。
その後少しして、治安維持局の馬車が到着してエルゼターニアたちを回収した。御者役の保安官二人と特務執行課員レインの三人がやって来たのだ。
エルゼターニアにハーモニ、そして捕縛されたクラバル、マリオス、リアス。その五人までは彼らも想定していたのだが、何故か現場に着いて見ればもう二人、少年少女がいる。
「え、ええと……この子たちは?」
困惑しきりにレインが誰何を問えば、エルゼターニアが答えるより早く、当の本人たちが名乗りを挙げた。
冒険者として大切な要素の一つだ……自己の売り込み。どこであれ名が売れるのは仕事の増加にも繋がるという、新米冒険者からわずか半年でS級にまで登り詰めた少年らしい初な感覚からのものである。
「あー、改めて皆にご挨拶。僕はアイン、王国南西部からやって来たS級冒険者で、二つ名は『焔魔豪剣』です」
「そしてアインのパートナー、ソフィーリアです。私はまだC級冒険者だったりしますけど、アインのサポートなら誰にも負けません!」
「……『焔魔豪剣』!? 史上最年少のS級冒険者が、どうしてこんなところにまで!?」
まさかまさかの正体に仰天してレインが叫んだ。『焔魔豪剣』の存在と功績は広く国内外を問わず知れ渡っていて、この共和国とて例外ではない。
特務執行課が以前、共和国の治安改善のための協力者を募る活動の一環としてS級冒険者についても調査していたこともあり、レインも当然アインについてはある程度知っている。
だからこそ余計に意味が分からなかった──アインは未だ修行中の身として、王国南西部から活動拠点を移すつもりはないと調査にてはっきりと把握している。
それが何故共和国の、それもエルゼターニアの傍にいるのか。
「マオさんがアインさんに頼んで下さったんすよ、レインさん」
「マオさんって、たしか温泉村で知り合ったっていう、王国の特級賓客の」
「はい! 私の、最高の友達っす!」
嬉しげに笑うエルゼターニア。マオがアインを遣わしてくれた、そのことがあまりにも嬉しい。単純な戦力の増強というだけでなく、口約束にすぎない『プレゼント』をしっかりと贈ってくれる程にこちらを慮ってくれたことに、強い友情と感激とを抱いたのだ。
その『プレゼント』ことアイン当人もまた、微笑んで反応する。
「マオさんは君のこと、すごく心配していたよ……絶対に無茶をしてるだろうから、必ず力になってやってくれって。あの人が身内以外にあそこまで気を揉むなんて滅多にないことだよ、エルゼターニアちゃん」
「そ、そうなんすか? 何か、すごく光栄っすね……えへ、えへへ」
「……むむむ」
アインからしても、エルゼターニアを案ずるマオの姿は特筆に値するものだった。身内──セーマや『森の館』の住人たちに対して以外は等しく辛辣な態度を崩さない皮肉屋、それが『魔王』マオだ。
そんな彼女が身内以外でただ一人、エルゼターニアに関してだけは常ならぬ心配と気配りとを見せていたのだから。
予想以上に友情を感じてくれていたマオに向け、照れ笑いなど浮かべるエルゼターニア。一方でそんな彼女を支えているハーモニが、わずかに唇を尖らせて呻いた。
すぐ傍にいるヴァンパイアの声に、少女が顔を上げる。
「どうしたんすか、ハーモニさん」
「……やー、そのう。みっともないけどね?」
「え?」
「やきもち」
短く呟いて、ハーモニはエルゼターニアをより強く、けれど痛みがないように抱き寄せた。うっすらと頬を染め、ばつが悪そうに白状する。
「だから、やきもち。そのマオさんって人の方がエルの役に立てたなって感じだし、それに信頼されてるみたいでさ」
「え……えぇ……? いや別に、ハーモニさんはハーモニさんで私は」
「分かってる。私が勝手に凹んでるだけなんだ……あんな奇襲ごときで身動き取れなくなって、危うくエルを死なせかけてさ。それでそこのアインさんに助けられたかと思えば、彼を派遣したのはマオさんで」
「あ……」
独白するハーモニに、エルゼターニアも気が付いた。つまりは、あまり役に立てなかったと彼女は思い込み、落ち込んでいるのだ。
バトルジャンキーと自称する程に戦闘が好きで、それゆえに己の実力に対する自信も大きかったのだろう。ところが結局、天使たちには奇襲を受けて戦闘不能、エルゼターニアに庇われた挙げ句、マオが送り出したアインに助けられ──
ヴァンパイアの英雄としての自尊心とてこれではショックを受けて当然だ。思い至り、エルゼターニアはハーモニを抱きしめ返した。
感謝を込めて告げる。
「役に立てなかったなんて思い込み、怒りますよハーモニさん。貴女のお陰で私は『磁力魔眼』から生き延びて、クラバルさんを止めることができたんすよ?」
「エル……」
「それに何より、刺し違えるつもりでいた私に生きる気力をくれた、支えてくれた人はハーモニさん、貴女っす。こればかりはマオさんもアインさんも関係ない、貴女がくれた温もりなんすから」
あの時──エフェソスとトリエントに決死の覚悟で挑んだ時。本気で怒り、泣いて止めてくれたのはハーモニだった。死ぬな、生きろと訴えて、エルゼターニアに最期まで諦めずに生きて生き抜いてから死ぬ勇気をくれたのが、このハーモニなのだ。
そして同時にその瞬間、エルゼターニアにとってこのヴァンパイアは真なる相棒となった。友人でもなく協力者でもなく、共に力を合わせ支え合い、一緒に難局に立ち向かい生きていく唯一無二のパートナーとして、他ならぬハーモニにこそなってほしいと願ったのだ。
だからこそ、そんな彼女に問う。
「私は、貴女を相棒だと思いたい。共に生きて共に死ぬ、大切なパートナーだと。ハーモニさんはどうっすか? 私を、そういう風に思ってくれますか?」
「も──もちろん! もちろんだよエル! 私も、私もエルと一緒にいたい!!」
「良かった……だったら落ち込まないでください。マオさんも大切な友人っすけど、貴女はまた別に大切な、相棒なんすから」
「……うん! ありがとう、エル!」
エルゼターニアの言葉を受け、ハーモニは華やいだ笑みを浮かべた。必要なのだと言われ、傷付いた心が癒えるのを実感する。
次こそは必ず、役に立てる立ち回りをしよう。
そう考えながらも、ヴァンパイアの英雄は特務執行官の少女の、柔らかな温もりと鼓動をたしかめるように抱きしめるのであった。




