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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
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決死の撤退、ひとまずの決着

 炎が吹き上がる地獄めいた光景。穏やかな草原に猛るマグマの噴水が、無数に発生してはトリエントを襲っていた。

 

「ぐ、くっ!? こんな、こんなことが!」

 

 『イグニスボルケーノ・ドライバー』によるそうした攻撃をどうにか紙一重で回避し続ける。飛行しながらの華麗な身のこなしは、同じ天使でもエフェソスには未だ至れていない境地である。

 先の一撃で離脱を余儀なくされた彼女だが、それで良かったのかも知れないと彼は直感的に考えた──このマグマはまずい。エフェソスがこれを受けていたら、確実に死んでいたことだろう。そのことが彼女の師として、よく理解できたからだ。

 

「人間の為せる業ではない! 星の端末機構というのは、本当のことなのだな……っ!」

 

 そして同時に実感する、『焔魔豪剣』アインの力。人間を遥かに超える膂力、反射神経。何よりも焔を放ち、操り終いには地中奥深くを流れるマグマさえ意のままにする能力。

 星の端末機構──この世界、この星そのものが生み出した、星の安寧を護るため役割を果たす生物兵器──の一員がアインであることはもはや、疑うべくもない。

 だからこそトリエントは愕然と叫んだ。

 

「星が、人間に使命を託したのか! それ程の何かが『オロバ』にはあるというのか!!」

「そうだ、天使っ!」

 

 呼応してマグマの中から突撃してくる、アイン。何ら燃えることもなく、そのまま斬りかかってくる。

 立ち並ぶ溶岩柱を掻い潜りつつの攻防。巧みな槍さばきを以て立ち向かう天使だが、さすがに周囲の、少しでも触れれば即死しかねない熱量を避けながらではやり過ごすのが精一杯だ。

 

「『焔魔豪剣』っ! 貴様っ、人間めが振るって良い力ではないぞ!」

「それでも星は僕を選んだ! 新たな時代を担う者として、『オロバ』を打倒するようにと!」

「星の傀儡か!!」

「違う、僕の意志だ! 新しい時代のすべての人の、希望の焔となることを僕自身が選んだんだっ!! だからこそ、僕が戦うっ!」

 

 気炎をあげて剣を振るう。ヴァーミリオンによる斬撃はその一撃が重く、早く、そして的確だ。

 たしかに感じる、アインの心底からの気迫。紛れもなく彼は彼自身の意志により『オロバ』と戦う星の化身でいるのだと、トリエントは徐々に押されていく己に焦りを禁じ得ないままに理解していた。

 

 このままでは己も、エフェソスの二の舞になる──確信してトリエントは飛翔した。アインの斬撃を受けてその反動で、勢いよく飛び上がる。

 その際にマグマが片翼を掠め、火が燃え移った。それさえ構わぬと天使はなおも飛び上がる。溶岩さえも届かぬ天高くにて、燃えながらも呻く。

 

「ぐうううっ!? て、撤退せねば!」

「燃えながら逃げるのか!? マグマよ、静まれ!」

 

 たとえその身が焼けてもなお逃げの一手を打つ。完全に離脱態勢に入った天使を追うべく、アインは『イグニスボルケーノ・ドライバー』を解除した。

 彼の呼び掛け一つでマグマが収まっていく。周囲の草原には焦げ一つもたらさず、吹き出た裂け目さえも逆戻るかのように溶岩を納め、閉じられていく。

 アインの能力の妙だった。彼の炎は、作用するものとしないものとを選別できる。敵味方の区別を付けて攻撃を行える、極めて便利な炎なのだ。

 

「逃がさない……『オクトプロミネンス・ドライバー』!!」

 

 そして再び放つは炎竜。巨大な燃え盛る炎を召喚し、それに飛び乗り宙を舞う。

 猛烈なスピードにてトリエントを追えば、天使は己の放つ雷光にて片翼に広がった炎をかき消しながら、その表情をいよいよ恐怖に染め上げた。

 

「レンサス! 撤退せねばならない、この状況では奴には勝てないっ!!」

「そのようだな……! 『停止魔眼"オンリー・ユー"』!」

 

 助けを乞うように声をあげれば、『オロバ』大幹部レンサスもまた、焦りと恐怖とを見せつつトリエントに力を貸す。

 再びの『停止魔眼』だ。今度も対象はアインで、炎竜に乗ったまま彼は拘束されてそのまま中空に留まる。

 今の内にとレンサスは告げた。

 

「さっさと来い! 急いでここを離脱して、あの馬鹿エフェソスを回収して逃げるぞ!!」

「分かっている……っ!」

「分散しろ『オクトプロミネンス・ドライバー』! 」

 

 己自身を封じられてもなお、アインは追撃の手を緩めなかった。乗っている炎竜から炎が細分化し、七匹の炎が出でてトリエントを、更に言えばその先にいるレンサスをも狙う。

 

「僕を止めても炎は動くぞっ!! 逃げられると思うな『オロバ』、ここでお前たちは終わりだっ!!」

「させるかよ──トリエント、構うな突っ込めぇっ!」

「『アストラルキャノン』ッ!!」

 

 しかして『オロバ』大幹部もまた、只者ではなかった。トリエントに素早く指示をして──その通りに技まで使って戻ってくる彼を、その小さな身体で受け止めたのだ。

 

「が、ぐふ──げ、あ」

 

 事実上、トリエントの技をその身に受けたも同然だ。けれどレンサスは、吹き飛ばされる衝撃に軽く血さえ吐きながらもトリエントの身体にしがみついた。

 合流完了、後は逃げるのみ。『停止魔眼』を止め、今度は右目を虹色に輝かせて彼は言った。

 

「て、『転移魔眼"ウィー・アー"』……!」

「突撃技で無理矢理押し切った!? 炎よ! 奴らを逃がすなっ!」

 

 まさか自爆めいた真似をしてくるとは思っていなかったアインが虚を突かれつつも炎竜にて追撃を行う。

 敵へと迫る七筋の炎。しかしそこに割って入る者がいた──トリエントの技でレンサスが吹き飛ばされた、その衝撃でバランスを崩した大怪鳥。

 まるで盾となるような位置に躍り出たその怪鳥が、七筋の炎竜すべてを一身に受けた。

 

 当然耐えきれる威力でなくまるで食い散らかされるように怪鳥は燃やされ、抉られ屠られ墜ちていく。

 偶然ではないと、エルゼターニアが呟いた。

 

「天使の技を受けて己を回収させて、同時に盾まで用意した……!」

「あのスモーラ、戦い慣れ……じゃないな。逃げ慣れてるね。咄嗟の機転と言い周囲を盾にする躊躇のなさと言い、普段から追い詰められた時のことばっかり考えてるよあれは」

「自分の身を、一時でも危険に晒してまで退路を確保するなんて……!」

 

 反応するハーモニもソフィーリアも、レンサスの打った逃走手段に感心とも畏怖ともつかない感想を抱いている。

 結果的に、アインの追撃を振り切った手腕。たとえ身なりは子供でもその老獪さは『オロバ』大幹部なのだと、三人は改めてレンサスを見定めていた。

 

 そしてわずかにできた隙。当のレンサスは血反吐を吐きながらも瞳輝かせて叫ぶ。

 

「退路は得たぞ! 悪いが今日はここまでだ……逃げさせてもらう!!」

「恐るべき少年よ、さらばだ……!」

「待て、『オロバ』!」

「待てないな、『焔魔豪剣』! ──転移!!」

 

 追撃を振り切られたアインの視線の向こう、『転移魔眼』を発動させたレンサスとトリエントの姿が消える。

 『転移魔眼』の能力だ……セーマから聞いていた話を思い返す。『魔王』マオのテレポートに酷似した能力であることから、恐らくは既に戦場を離脱してアジトに戻っているのだろう。あるいは先に逃げ出したエフェソスを回収しているのかも知れないが、どちらにせよ追撃は不可能だ。

 

「……ふう。まさかあそこまでして逃げるなんて、やるなあ」

 

 すっかり影も形もかき消えた『オロバ』の者たちに、アインは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。痛恨といえば痛恨で、悔しさが無いとはもちろん言えないが、むしろ敵の形振り構わぬ逃走経路に純粋な驚きやある種の感心の方が大きい。

 あらゆる手段を使って逃走を成立させたレンサスに、かつて打ち倒したバルドーにも垣間見た、何かしら目的に対しての異様な執着を感じたのだ。

 

「バルドーのような、狂った感じは無いけど……似たような必死さはあったな。奴にも『オロバ』の目的とは別の、レンサス個人の目的があるのかなあ」

 

 かの『魔剣騒動』における首謀者のケースを思い出しながらも、アインはゆっくりと地表へ……エルゼターニアたちの下へと向かう。

 どうあれ戦闘は終わった。 寸でのところで特務執行官やその仲間が死ぬところであったところを助けることができたのだから、結果としては上々と言えるだろう。

 着地し、『オクトプロミネンス・ドライバー』を解除した英雄の相を持つ少年は、けれど愛らしく特務執行官たちへと笑いかける。

 

「お疲れ様! いやあ、何かギリギリだったみたいで間に合って良かった。怪我、どうかな?」

「ふぇ? ……あ、は、はい。お陰様で止血はバッチリっす。その、アインさんの方は大事無いっすか? レンサスの魔眼を受けてましたけど」

「僕なら無事だよ、ありがとう。魔眼って初めて食らったんだけど、魔剣とは別の意味で厄介だねーあはは!」

「は、はあ……魔剣の厄介さを知らないんすけど、そうなんすねえ」

 

 応急処置を受けて包帯まみれとなっているエルゼターニアの、命に別状が無い様子にホッとしつつもアインは答えた。

 一方のエルゼターニアの方も、戦闘中の覇気に溢れた姿とは裏腹の、呑気で木訥な笑顔を見せるアインに戸惑いを隠せずにいる。

 

 と、そんなアインにソフィーリアが近付いた。腕に絡み付くように身を寄せる。恋する乙女の所作に、英雄もまた更に相好を崩した。

 

「アインー! 格好良かったよ、素敵っ!」

「え、そう!? そういうソフィーリアこそ見事な応急処置だよ、芸術的! 惚れ直した!」

「やだもう、それ私の台詞! うっふふふ!」

「えへ、えへへ! ソフィーリアぁ!」

「芸術的だってさ、エル」

「額縁にでも飾られちゃいますかね、私」

 

 すっかり二人の世界に入る『焔魔豪剣』とそのパートナーに、ハーモニとエルゼターニアは薄ぼんやりと言葉を交わすばかりだ。

 この場に至ってはこの二人でさえ、危機を脱し命拾いしたことで気が抜けている。アインたちが来なければまず間違いなくエルゼターニアは天使たちに殺され、ハーモニとて逃げ延びることができたかは怪しかった場面からの奇跡めいた成り行きであるのだから、それも当然であった。

 

「まったく、命拾いしたよ……馬鹿な真似するどっかの娘さんがいるもんだから、肝が冷えたったらもう!」

「す、すみませんハーモニさん。もうしませんから」

「するにしても今度からは私と一緒にやるんだからね、エル。地獄にだって付き合うからさ、置いてきぼりは無しだよ」

「……はい」

 

 こちらも身を寄せ合い、手に手を取って握りしめる。互いの柔肌の、たしかに生きて流れる血の暖かみを感じて安堵する。

 もはや疑いようもない──ハーモニは、エルゼターニアの心強い味方だ。出会って一日しか経っていないし知り合う経緯も酷い有り様ではあったが、それでもエルゼターニアは今、ハーモニの存在に感謝している。

 

 共に戦い、時には身を案じ叱ってくれる人。マオもそうであったが、きっと、このような存在をこそ友人と呼ぶのだろう。

 得難い友人がこの短期間に二人もできた。それが堪らなく嬉しいエルゼターニアは、静かにハーモニの肩に身を預けた。

 

「……お疲れ様っす、ハーモニさん」

「……うん、お疲れ様、エル」

 

 ハーモニもまた、エルゼターニアの肩を抱き寄せる。

 かくして神父との決戦から移行した『オロバ』との戦いは、一先ずの区切りを迎えたのであった。

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