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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
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焔の英雄、『焔魔豪剣』アイン

 飛来した炎のうねりから放たれた、更なる七筋の炎。見る人が見ればそれを『竜』、すなわち未だ人間も亜人も到達していない、『人類未踏破区域』にのみ生息する生物を模していると見抜けただろうが、今この場にいる者には分かるはずもないことだ。

 

「ぐうっ!?」

「レンサスッ!! ──いかん、我々もまずい!」

「つ、追撃してくる!?」

 

 ましてや『オロバ』の三人はその炎竜に襲われ、回避あるいは防御するのに手一杯で何が起きているのかの把握すらしかねていた。

 恐ろしく威力の高い炎だ──レンサスの乗る巨大鳥が炎を掠めた熱だけでバランスを崩し、トリエントは迎撃せんとして逆に打ち落とされ、回避しているエフェソスさえ、執拗に追い縋る炎に背筋を凍らせる程に。

 

「な──何が、起きてるの」

「エル!!」

 

 呆然と上空にて起きている地獄めいた光景を眺めて、呟くしかないエルゼターニア。決死の覚悟で最期の戦いを挑んだ矢先に、あまりに意味不明な事態が発生したのだ。混乱するのは当然だった。

 そんな彼女に、半ば這いずるようにしてハーモニが近寄り、そして無理矢理抱き寄せ草原に倒れ込んだ。傷だらけの上に唖然としている少女に抵抗できるはずもなく、当たり前のように二人、身体を絡ませ転がる。

 ハーモニが、必死の形相で叫んだ。

 

「何て、何て──馬鹿なことするんだ、この馬鹿っ!!」

「え、え? は、ハーモニさん……!?」

 

 激怒。恐怖と不安さえ混じらせての怒りに、エルゼターニアは困惑の声をあげた。

 抱きついて、お互いの吐息が重なる程にまで顔を寄せた至近距離。ハーモニは泣きながらも叱咤を続ける。

 

「死ぬ気なんか出さないでよッ!! そんな簡単に自分の命を捨てないでよ、エルゼターニアッ!!」

「ハーモニさん……」

「これまでたった一人で戦ってきて、戦い抜いてきて! その結末がこんなのじゃ、あんまりだよ……っ!!」

 

 涙を流す真紅の瞳。端正な顔立ちのヴァンパイアは、怒り泣く表情さえも美しい。

 漠然とそう考えるエルゼターニア。ハーモニは、その額に己の額を付け、もはや距離もない状態からまっすぐに視線を重ねた。

 

「諦めないでよ、お願いだから……っ! 最後の最後まで希望を捨てないで、生き抜いて! 私も、私が一緒だからっ!!」

「は、え。は、はい」

「ほんと頼むよ……! 私は、貴女に託されたり、遺されたり看取ったりしたくないんだ! 一緒に隣で、それこそ最後まで戦いたいんだよ、エル!」

「……すみま、せん。ハーモニさん」

 

 本気の懇願に、エルゼターニアは唇を噛み、頷く。

 ハーモニに、ヴァンパイアの英雄にここまでさせてしまった。未だ危機は脱せずとも、特務執行官はそれでも考えを改めていた──ハーモニとなら、共に最後まで。

 彼女は護るべき者でなく、支え合う者なのだ。そのことを真実感じ取り、エルゼターニアもまた、彼女に応える。

 

「……一緒に、戦いましょう。お互いもう満身創痍でも、死ぬためでなく、生きるために」

「そして死ぬなら一緒に死のう。二人ならきっと寂しくないよ、エル」

「もう死ぬ気はないっすよ……! ハーモニさん、共に、いきましょう!」

「うん……うん!」

 

 強い生気を宿した瞳に、ハーモニはようやく微笑んだ。死ぬためでなく生きるために、生き抜いて死ぬために戦うことを選んだエルゼターニアが、ひどく嬉しい。

 どうにか二人、支え合って立ち上がる。遥か上空では未だ、炎の群れに『オロバ』が翻弄される異様な光景が広がっていて。

 エルゼターニアはそれにしても、と呟いた。

 

「あれは……あの炎は何なんすか。心当たりありますか、ハーモニさん?」

「無いよあんなの……見たこともない。『オロバ』の奴らを攻撃してる辺り、少なくとも奴らの味方じゃなさそうだけ、ど……!?」

 

 二人して謎の炎を訝しんでいると、炎に新たな動きが見られた。

 最初に飛来した炎竜が一匹、こちらに向かってやってきたのだ。敵意は感じられない、緩やかなスピードだ……そもそも敵意があったところで『オロバ』三人を相手取れる炎など、今のエルゼターニアにもハーモニにも対抗する術はない。

 

 多少近づいた辺り、地上に相当寄せた位置にて炎から男女が飛び降りた。

 赤い髪の少年と、青い髪の少女だ。少年の方は真紅のコートを羽織った全身を朱に染めた派手な色合いで、まずはそちらに目がいく。

 そんなエルゼターニアたちに、少年は構わず声をかけた。

 

「大丈夫……じゃないよねどう見ても!」

「ふぇっ!? あ、はあ。まあ、怪我してますね、少なくとも私は……」

「だね! ソフィーリア、お願い!」

「分かった!」

 

 ソフィーリア。そう呼ばれて青い髪の少女が二人に駆け寄った。その手には大きな箱が携えられている。

 思わず身構えるエルゼターニアとハーモニに、少年が続けて言った。

 

「僕らは味方だ! 特務執行課長ヴィアさんにも話を通してる。安心して良いよ、二人とも」

「課長の……!? あ、貴方たちは一体!?」

「王国からの助っ人さ……マオさんたちから依頼を受けた、冒険者のね!」

 

 力強く笑いかける、その少年。

 まるで少女のような童顔の、可愛らしい顔立ちなのだがその瞳、その覇気はエルゼターニアとハーモニにも自然と理解させられるものだった──英雄たる素質を持ち、それを開花させているのだと。

 そしてもう一つ、エルゼターニアには捨て置けない言葉があった。最近できた、かけがえの無い友の名前。

 

「マオさんが、冒険者に依頼を……!」

「マオ? 誰、エル」

「王国の特級賓客っす、ハーモニさん。この間『オロバ』の、あの天使エフェソスとの戦いで協力してもらって、私と友達にもなってくれた亜人の女性っすよ」

 

 言いながら思い浮かべる。エメラルドグリーンの長い髪を靡かせて不敵に笑い毒舌を吐く、けれど人を思いやり助けることも当たり前のこととして行える、そんな優しい少女だ。

 真実のところ、その正体はかつて戦争を引き起こした張本人たる『魔王』その人なのだが、そんなことは露と知らないエルゼターニアは感激に身を震わせて呟いた。

 

「マオさん、私に『プレゼント』があるって……! あ、貴方たちのことだったんすね!」

「ぷ、プレゼント? ……えーと、まあたぶん。マオさん、すごく君のことを心配してたよ。どうか『特務執行官』の力になって欲しいって、格下の僕らに強く頼み込んでたくらいに」

「……マオさんっ」

 

 ただの口約束、あるいは励まし、リップサービスとばかりに思っていたマオの言葉。それが、まさか本当のものだったとは。

 来てくれた。最高のタイミングで、素晴らしい援軍が。何よりもマオがそこまで自分を想ってくれていたことに無性に嬉しさを感じて、エルゼターニアは熱い友情に瞳を潤ませた。

 感激しきりのエルゼターニアを抱き支えつつ、ハーモニが少年に問いかける。

 

「え、と……とにかく、助けが来てくれたんだよね? 奴ら、どうにかできそう?」

「うん、この場は僕に任せて! ……ところで君は?」

「私? ヴァンパイアのハーモニ。こっちの特務執行官、エルゼターニアの相棒なんだけどさ……さっき奇襲を食らってちょっと、ダメージが大きくてね。正直ピンチだったんだ、助かるよ」

「奇襲……なるほど、本当に間一髪だったのか。危ないところだったなあ。『オクトプロミネンス・ドライバー』でかっ飛ばして正解だった」

 

 ヴァンパイアの簡潔な言葉に合点をいかせ、呟きながらも少年は、未だ炎竜渦巻く上空へと視線をやった。

 エルゼターニアにはソフィーリアが、大きな箱から取り出した薬や包帯で応急処置をしている。てきぱきとした治療を受ける傍ら二人が少年を見ていると、彼は腰に提げていた剣を頭上高くに掲げた。

 

 銀朱の剣──太陽の光を受けて燃えるように輝いている。見るからに業物の、すさまじい気迫を放つ逸品だ。

 そして少年は声を発する。

 

「炎よ、戻れ!」

 

 言葉と共に七匹の炎竜が、彼の掲げた剣目掛けて進路を変え、そして吸い込まれていく。

 使い手も剣も燃えていない。不可思議な現象にエルゼターニアもハーモニも目を丸くしていると、ひとまず窮地を脱したらしい『オロバ』の者たちが、息も絶え絶えに少年を見据えて叫んだ。

 

「き……貴様っ!! 何者だ!?」

「我々を、こうまで翻弄するなどと……!!」

 

 トリエントとエフェソスが警戒心を剥き出しにして構えつつ、誰何を問うていた。二人とも肩で息をし、体のあちこちに火傷を負っている。

 もう一人、『オロバ』大幹部レンサスだけは少し様子が違った。青ざめた顔で、少年を見ている。

 

「お、お前……見たことあるぞ。夏に、バルドーが一大攻勢を掛けた、あの『炎の魔剣』の」

「……ワインドの時のことを言っているのか? その姿、もしかしてお前がセーマさんの言っていたレンサスか」

「『勇者』の知り合いかっ!? お、お前は炎の魔剣士だな!? バルドーを倒して『プロジェクト・魔剣』を阻止した、あの!」

 

 戦慄に震え、レンサスは指差した。見覚えのある指先の少年は、『オロバ』にとって脅威そのものと言える。

 

 ──数ヵ月前の『魔剣騒動』にてレンサスも、少しの間だが戦闘に参加していた。首謀者であった『オロバ』大幹部バルドーの支援のため、彼の仕掛けた大攻勢に参加したのだ。

 その時、彼はその少年剣士を遠目から確認していた。『プロジェクト・魔剣』の要として組み込まれた、炎の魔剣を操る新米冒険者。

 

 『勇者』と縁を結び、件の計画に決定的な終止符を打った『新時代の英雄』。組織にとっても捨て置けぬ障害である赤毛の少年は、レンサスに応え名乗りを挙げた。

 

「その通り──僕の名はアイン! S級冒険者『焔魔豪剣』アインだ!!」

「S級冒険者……っ、『焔魔豪剣』アイン!!」

 

 その名、その存在。エルゼターニアも当然知っていた、『焔魔豪剣』アイン。

 最も新しく、そして史上最年少のS級冒険者。戦後世界の人間たちにとっての新たなる希望として王国の『豊穣王』ローランが名付けた二つ名と併せて、今や世界規模にその存在が知れ渡る天才剣士。

 

 まさしく共和国、特務執行課、ひいては特務執行官が何よりも求めていた人材だ。

 仰天するエルゼターニアに構わず、少年──アインは更に続ける。

  

「そして、同時に『オロバ』! お前たちを打倒すべしと大いなる存在から力を与えられた、星の端末機構が一員でもある!!」

「星の……端末機構だとぉっ!?」

 

 『星の端末機構』。その言葉の意味はエルゼターニアたちにはとんと分からなかったが、『オロバ』の面々には衝撃的だったらしく、レンサスはおろかトリエント、エフェソスら『天使』たちまであからさまに狼狽している。

 エフェソスが動揺のまま声に出す。

 

「馬鹿な! 星が人間に!?」

「星だからこそ人間に力を貸してくれるんだ! 命と尊厳を踏みにじる、お前たちのような邪悪を倒すために!!」

 

 問答を重ねつつ、アインは銀朱の剣を構えた。

 『焔星剣・ヴァーミリオン』と銘されたこの剣は、アインの体のに宿る大いなる力、すなわち星の無限エネルギーを炎に転じ凝縮させることによって剣として形成した、星の焔の剣だ。

 膨れ上がるアインの戦意。三人の敵を相手に一切怯むこと無く、『焔魔豪剣』は宣言した。

 

「これからの新しい時代に、旧い邪悪を引きずらせないために……! 僕が相手だ、『オロバ』!!」

「この……! 舐めるなガキがッ! いくぞエフェソス、トリエント! こいつは、ここで殺さないとヤバい!!」

 

 闘いの宣言。どうあれ『オロバ』と戦うつもりらしいアインに、激昂してレンサスが叫んだ。

 天使たちもまた、それに応じてそれぞれの槍を構え突撃する。

 

「言われるまでもない! やるぞエフェソス!」

「お任せください、トリエント!」

 

 傷を負っていてもなお、一切翳りを見せることのないスピードとパワー。エルゼターニアのフルパワーを以てしても恐らくは届かないであろう手練れの二人が、一斉に襲いかかる。

 

 かくして事態は、焔魔豪剣と『オロバ』との戦いへと移行していくのであった。

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