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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
43/110

夢の果て、潰えし理想の正体は

 振り下ろされる刃、響く轟音。高密度のエネルギーがクラバルを直撃し、彼の身体は一気に崩れ果てた。

 大地が揺らぎ、草花が舞う。土埃も相まってにわかに何も見えなくなる中、エルゼターニアは着地してルヴァルクレークを油断なく構えた。

 

 黒のボトル『エクスキューショナー』。ルヴァルクレークのエネルギーを50%引き出すことで使用可能になる、事実上のエルゼターニアの最強技だ。

 刃に纏うプラズマを、極めて大きな斬撃として放ち対象を攻撃する、高火力にして広範囲の近距離技能。

 

 その威力は『リパブリックセイバー』をゆうに凌ぐ。代償はあるもののその分強力な、特務執行官の切り札であった。

 

「……特務執行、完了」

「ぅ……ぁ……」

 

 呟きと共に衝撃が治まる。

 静かに構えるエルゼターニアの眼前には、身体を袈裟懸けに断ち斬られ、首から下がほぼ水として崩壊して倒れているクラバルの姿があった……コアも露呈し、その半分程が焼け焦げている。

 コアに直撃こそさせなかったが、プラズマエネルギーの余波によりここまで破損したのだ。治らない程の傷ではないにせよ、しばらくは人の形を取ることも難しいだろう。

 

「……ぐっ!? うう、あ、うあ、あああっ」

 

 エルゼターニアが、激しい息遣いと共に呻いた。その表情は苦悶に満ちている。身体中に走る激痛が、少女を苦しめているのだ。

 ルヴァルクレークのエネルギーを引き出して『エクスキューショナー』を放った代償だ……フルパワーでないにしろこの時点で既に、人間の身には耐えきれない出力である。

 プラズマが身を焼き、肌を裂いたいくつもの傷から血が流れていくのが、特務執行官が払った代償の大きさを物語っていた。

 

「く、あ、うう……っ!」

「……エル!?」

「は、ハーモニ、さん……!」

 

 そんな少女の姿に、慌てて『霧化』を解いてハーモニが駆け寄った。ルヴァルクレークを杖がわりにして立つエルゼターニアを抱き止め、その身体を労るように撫でる。

 

「……そんな。強力だけど、強力すぎてエル自身まで傷付ける力だなんて」

「あ、はは……フルパワーだとこんなもんじゃ済まないっすから。まだマシ、っすよ」

「エル……!」

 

 血に濡れ、それでもやり遂げたと笑う。そんなエルゼターニアを力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱きしめてハーモニは彼女を労った。

 今しがたの『ルヴァルクレーク"エクスキューショナー"』は、ハーモニを以てしてもすさまじい威力であった。まともに食らえば己とて危ういだろうと確信する程に。

 

 だがそれが、使用者たるエルゼターニアの文字通り血肉を代償として放たれるものだなどと、予想だにもしていないことだ。

 このような力、道理で早々使おうとしないはずだ……法律による制限は、むしろエルゼターニアを護るためにあるのかも知れないとハーモニはことここに至り、考えていた。

 

「クラバルっ!」

「クラバルさん!!」

 

 そしてその眼前。『エクスキューショナー』を受けて倒れ伏すクラバルに、マリオスとリアスが駆け寄った。

 もはや戦意は感じられない姿だ。とはいえ相手は見るだけで凶悪な性能を発揮する『磁力魔眼』の使い手二人。いつその視線がこちらに向けられても対処できるように、エルゼターニアを抱き寄せながらもハーモニは、瞬時に『霧化』に移れるよう警戒を怠らないでいた。

 

「クラバル、しっかりしてよ!」

「死なないで、クラバルさん!!」

「ぅ……し、死に、は。しま、せんよ」

 

 泣きながら義父を呼ぶ子らの、声に応えてクラバルが言葉を発した。かろうじての掠れ声だ。

 ほぼ首だけと言って良い状態で、それでもうっすら微笑む。

 

「ふ、ふふ……完敗、ですね。私の夢、私の理想……ここに、潰えましたか」

「クラバル……! ごめんよ、俺たちが弱くて!」

「ごめんなさい、クラバルさん……!」

「何を、謝るのです二人とも……二人は、よく頑張ってくれました。ありがとう……貴方たちは、私の、誇りです」

 

 義父の穏やかな笑みに、子供たちは涙を流し続ける。

 敗北を認め降伏したことに心底ホッとしながらも、エルゼターニアはハーモニの腕の中、神父に尋ねた。

 

「……最後に聞かせてもらって良いっすか、クラバルさん」

「エルゼターニアさん……ええ、もちろん。貴女方にもご迷惑をお掛けしましたね」

 

 まさに、憑き物が落ちたような表情だった。清々しささえ感じる、すっきりとしたクラバルの表情。

 漠然と、エルゼターニアは直感した──この男は、こうなりたかったのかも知れない、と。

 

 誰かに止めて欲しかったのだ、恐らくは。もう自分では止まれなくなっていたから、誰かに力ずくででも止めて欲しかったのだ。

 この男がずっと歩んできた悪夢を、ここで終わらせられた。そのことに強い達成感を抱きながらも、エルゼターニアは本題に入った。

 彼の動機の、核心である。

 

「……結局、貴方の夢、理想とは何だったんすか? 子供たちを犠牲にしてまで、何がしたかったんすか」

「──平たく言えば。精霊信仰を世界に広めたかった、でしょうか」

 

 静かに、クラバルは語り始めた。謂わば布教のためと語る、その真意。

 

「実は、ですね……精霊諸島も今、亜人排斥が盛んなのですよ。あの戦争以来、人間と亜人の関係が一気に冷え込んでしまったのです」

「そんな、ことが」

「……聞いたことはあるよ。現地のヴァンパイアたちも、被害に遭いかけた」

 

 ハーモニの言葉に、クラバルは苦く笑う。精霊信仰の下、人間と亜人の共存を旨としてきた精霊諸島の現実を、静かに語っていく。

 

「これまでの戦争においても戦後、一時的に人間と亜人の関係が悪化することはありました。いずれも十年程で徐々に回復していったので、おそらくは今回もそうなるのでしょう」

「……それなら、良いんじゃ」

「ええ、長い目で見れば、ね。ですが私はふと、考えたのですよ」

「何を……?」

 

 問いかけるエルゼターニア。おそらくはその考えというのが、善良なるクラバルを致命的に間違わせてしまった根幹にあるものなのだろう。

 一息おいて、神父はそして言った。

 

「──精霊信仰の始祖たる初代『巫女』様。2000年前に人間と亜人を繋げた偉大なる御方がもしも、この時代におられたら……きっと、そんなに時間をかけずとも関係を修復してくださるのではないか、と。もっと言えば、世界中を精霊信仰の光で照らし、真なる恒久的な平和を実現してくださるのではないか、とね」

「初代『巫女』って……脚色された神話の人じゃ」

「その神話を、再現したかったのです……現実にいる形式的な『巫女』でなく、初代様をなぞらえて奇跡の数々を起こせるような『御子』を擁立して」

 

 クラバルの夢、理想。

 それはつまるところ、精霊信仰の神話を再現し、世界に広めることによって人間と亜人の関係を良いものとしたい、というものだった。

 その為に彼は、かつての初代『巫女』の役割を果たす存在を必要としたのだ……『御子』として。

 合点がいったようにハーモニが言う。

  

「なるほど? それでその『御子』とやらに、そこのガキんちょ二人を選んだわけだ。魔眼を与えてさ……あれも中々奇跡めいた真似はできそうだし」

「この国に来て『オロバ』と接触し……私は歓喜しました。元々『御子』による神話再現は、私が裏方となり奇跡を演出する予定でした。それが本物の奇跡を起こせるようになったのです……この二人を『御子』として擁立したのは、まったくの偶然でしたが」

「偶然……?」

 

 思わぬ言葉にエルゼターニアとハーモニが訝しむ。てっきり、予め目を付けていて兄妹に魔眼を埋め込んだとばかり思っていたのだが、何やら事情があるのだと言う。

 兄妹がクラバルを案じて泣き続ける中、そんな彼らに悼むように目を向け、神父は語った。

 

「言ったでしょう? この子らの親は亜人犯罪で死んだ、と……その時にね、二人も瀕死に追いやられたのですよ」

「えっ!?」

「その事件後に町に来た私が、病室でこの子たちを見た時の衝撃……決して忘れることはありません」

 

 当時を思い出したのか、クラバルは顔を強張らせる。

 町に来てすぐ、知った事件の被害者の存在。神父としての使命感から見舞った幼子二人は、あまりに酷く惨い姿にされていた。

 

「片眼を抉り取られ、全身を砕かれて。かろうじて息があったことが、それこそ奇跡だったくらいに……彼らは、ただの肉塊にされていました」

「そん、な……じゃあ魔眼は」

「魔眼のエネルギーは莫大です。埋め込んでしまえばすぐさま肉体に適合し、使用者の傷さえ癒してしまう程に、ね」

 

 そう言って穏やかに笑う。

 魔眼のエネルギーを、癒しの力に使うためクラバルは兄妹を改造したのだ。彼は、マリオスとリアスを救っていたのだ。

 絶句するエルゼターニアに、けれど、と苦い表情を浮かべる。

 

「結局、この子たちを利用したことに変わりはありません。『磁力魔眼』の使い方を教え、戦いに駆り出し……ゆくゆくは世界平和の礎として、犠牲にするつもりだったのですよ」

「クラバルさん……」

「神話再現の理想を、否定されたことで友とその家族を殺し……年端もいかない兄妹を己の夢の生け贄に捧げようとした。私は、赦されざる犯罪者です。貴女方が止めてくださらなければ、きっと、もっと酷いことを」

 

 悔やむように懺悔する神父に、誰も、かける言葉がなかった。

 罪は罪だ。特に最初の殺人は擁護のしようがない。真に世界平和を望む者ならば、そもそも殺人など犯しはしないだろう……彼の理想は徹頭徹尾、矛盾と欺瞞に満ちている。

 

 だがそれでも、兄妹を救ったことも事実ではあるのだ。善良なる心が、たしかに彼にはあるのだ。それが独善に暴走した結果、事態はここに収束してしまった。

 悲しい男だ。エルゼターニアは率直に、短絡的かつ独り善がりな、けれど優しいクラバルを哀れんだ。

 

「クラバルさん……罪を、償ってください」

「……はい。貴女にも申しわけないことをしました。これからの生は、これまでの罪を償うことに、費やす所存です」

「クラバル……俺たちは、どうしたら」

「クラバルさん……」

 

 マリオスとリアスが不安げにクラバルに寄り添う。命の恩人であり義父である彼と、離ればなれになるのか……そうした不安だ。

 言葉に詰まるクラバルに、エルゼターニアが告げた。

 

「その二人に関しても、今回の事件の重要参考人としてしばらくは治安維持局預かりとなります。きっと、精霊諸島での殺人に関する裁判でも証言台に立つこともあると思います」

「……つ、まり?」

「罪償いの中で、また、会えることもあるかもしれないってことっすよ。その結末がどうなるにせよ……希望は捨てちゃ絶対にダメっす、三人とも」

「……ありがとうございます、特務執行官。貴女がこの町に来てくれて、本当に良かった」

 

 一筋の涙をこぼし、クラバルは感謝の意を示した。兄妹もまた、わずかながら残る希望に縋るように、クラバルに寄り添っている。

 

 これでひとまずは一件落着だろう。後は治安維持局員に引き渡し、首都へ移送するのみだ。特務執行官の役割は、この町ではもうない。

 ホッと息を吐くエルゼターニア。色々あったがどうにか事態が解決した、そのことに胸を撫で下ろしていると──

 

「危ない、エル!!」

「えっ──」

 

 ハーモニが突然、少女の身体を突き飛ばし。

 

「『断罪・マテリアルバスター』!!」

「がっ……!?」

 

 彼方から一直線に飛来した、雷撃によって身体を貫かれた。

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