儚き理想、切り裂くは執行者の刃
開かれた戦端。駆け出したのはエルゼターニアとハーモニ。
既に彼女らは方策を練り、それに従って行動していた──すなわち『磁力魔眼』の無効化を最優先と定め、マリオスとリアスの兄妹に狙いを集中させたのだ。
「『磁力魔眼』ッ!」
「極力傷も痛みもなく、無力化する!!」
エルゼターニアはルヴァルクレーク、ハーモニは徒手空拳。それぞれがそれぞれの戦闘スタイルを以て突撃する。
あからさまに兄妹を先んじるその意図に、クラバルは叫んだ。
「まずは魔眼狙い……! 私一人ならばどうとでもなると、そう判断するのは分かっていました!」
「く、クラバルっ!」
「クラバルさん、私と兄さんを狙って来ますよ!?」
まっすぐに向かってくる特務執行官とヴァンパイアの姿に狼狽する、幼い兄妹。神父の方は先んじて魔眼を狙ってくることを予測していたが、二人はそんなことを露とも思っていなかったらしく怯えた様子で養父を見上げる。
子らを抱き寄せ、クラバルは微笑んで言った。
「二人とも、大丈夫ですよ……その魔眼の能力を活かすのです。拘束だけではないと、教えましたね?」
「あ、ああ! 分かってる、いくぞリアス!」
「うん!」
義父を信頼しきっているいたいけな彼らは、それゆえに指示を受け、迫り来る難敵に目を向ける。
恐るべき敵たちだ。亜人のヴァンパイアは元より、その亜人たちを倒し続ける特務執行官の強大さは、昨日追い詰められていたクラバルを見ても分かる。
だからこそ、兄妹は奮起した。ここで自分たちが彼女らを止めねば、やられるのは義父なのだ。
絶対に止めてみせると、幼い心のまま決死にマリオスとリアスは魔眼を向けた──兄はヴァンパイア、妹は特務執行官へ。
「『磁力魔眼"サウザー・マグネティカ"』!」
「『磁力魔眼"ノーザン・マグネティカ"』!!」
そして叫びと共に、魔眼の秘めたる能力は解き放たれた。煌めく瞳。燃えるような赤の兄と、凍てつくような青の妹。
瞬間、兄妹それぞれの片眼から光線が放たれ、真っ直ぐに対象へ向かった。
「ッ! 『クイックフェンサー』!!」
「『ヴァンピーア・ファントム』!」
反射的に迎え撃つエルゼターニアとハーモニ。片やルヴァルクレークの機能により強化された肉体で飛び上がり、片や『霧化』によって生み出した無数の分身たちの中に紛れ込み、行方を眩ませる。
当然のごとく兄妹の光線は外れ──分身『ヴァンピーア・ファントム』の一体ずつに命中した。
光線を受けるハーモニの分身たち。
マリオスが放った『サウザー・マグネティカ』は分身体を遥か後方へと吹き飛ばし霧散させ、リアスが放った『ノーザン・マグネティカ』は──
「クラバルさん、頼みます!」
「承知! 『激水静流・ハンマーフォール』!!」
ハーモニ分身体を己の元へと引き寄せ、それをクラバルが水と化した剛腕で以て粉砕した。
引き起こされたそれら異能。様子を観察していた上空のエルゼターニアと霧化したままのハーモニ本体は、お互いに確信を込めて叫ぶ。
「──マリオスの方は弾き飛ばして!」
『妹の方は引き寄せた! 『磁力魔眼』、性能見えたり!!』
発動した『磁力魔眼』の、兄妹それぞれの能力を把握しての言葉だった。二人は予め、決めていたのだ……マリオスとリアスを制圧するにあたり、まずは魔眼を見定めなければならない。
それゆえの『ヴァンピーア・ファントム』だった。分身を無数に作り、回避と共にあえて魔眼を受けるための標的を用意したのだ。
その結果、彼女らは兄妹が用いる能力の正体を看破できていた。『磁力魔眼』の名の通り、まさしく磁力めいたその、力。
兄マリオスの『サウザー・マグネティカ』は対象を引き離す光線。
妹リアスの『ノーザン・マグネティカ』は逆に、対象を引き寄せる光線を放つのだ。
そして二人の光線を同時に一つの対象に向けた時、引き離す力と引き寄せる力とが混じり合い、強力な拘束能力『マグネチック・サウス』及び『マグネチック・ノース』へと発展する。
単体でも十分な脅威だ。エルゼターニアは呟いた。
「特に妹……クラバルとコンビネーションを取っていた。引き寄せて、撃破は奴が!」
「見抜かれましたか……ですが、見抜いたところで強力さは変わりありません」
「私が引き付けてクラバルさんが倒して」
「ヤバい奴なら俺が吹き飛ばす! 無敵のコンビネーションさ!」
勝ち誇るようにマリオスが笑う。実際、完成度は高い……戦闘的なセンスのないクラバルを補佐する上で欠かせない補助として、二人の魔眼は噛み合っているとエルゼターニアには思えた。
しかして無敵は過言だろう。ルヴァルクレークを振るう。
「魔眼は……任せました! 『ルヴァルクレーク"プラズマスライサー"』!」
「! 来ましたか、遠距離攻撃!!」
上空から放たれる十数ものプラズマ光輪。先の戦いにおいても使われた技で、クラバルは咄嗟に反応した。
『激水静流・ハンマーフォール』を以てしても破れず、弾くしかできなかった強烈なる攻撃。捌くのは難しいが放置もできない。
「『ハンマーフォール』!! 軌道を逸らせば、いくらかは!!」
それでも彼は昨日同様、『ハンマーフォール』を放った。せめて軌道を逸らして弾けるならば、エルゼターニアとは近距離での間合いになる。そう考えてのことだ。
──しかし。
水流の剛腕は『プラズマスライサー』を弾くどころか軌道さえずらすことが出来なかった。むしろ腕を切り裂かれ、そのまま一心に向かってくるのだ。
愕然とスライムは叫んだ。
「馬鹿なっ!? 昨日より、威力が高い!?」
「そんな、クラバルさん!?」
リアスが悲鳴じみた声をあげる。マリオスなど絶句しており、三人にとってこの事態がまったくの予想外であることを示していた。
昨日の光輪よりも明らかに強力だった。少なくとも万全の状態で放った『ハンマーフォール』をこうまで軽く引き裂くなど、以前とは比べ物にならない。
混乱するクラバルたちを上空から見やり、エルゼターニアは呟いた。
「他国での殺人、この国での不法侵入、そして児童への犯罪教唆……貴様は既に国際的な犯罪者だ、クラバル」
「何を……!」
「『広範囲に及ぶ凶悪犯罪』に対しては、ルヴァルクレークの出力を50%まで発揮できる! 昨日より一段、私は強くなっているんだっ!!」
「法律による制限……っ!? き、昨日でさえ力をセーブしていたのですかッ!」
戦慄が神父を駆け巡った。昨日、己を圧倒してみせた特務執行官の手練手管、それさえも法律による制限を受けていたというのだ。
つまり彼女は本調子ではなかった。今現在が50%というならば、少なくともそれ未満の出力を以てなお、クラバルを戦闘不能寸前にまで追い込んでいたことになる。
もはや恐怖さえ見せてクラバルは叫んだ。
「貴女は! 人間が何故そこまでの力をっ!?」
「ルヴァルクレークの、『電磁兵装』の力だっ! 共和国とそこに住む人々を護るための力だ!!」
スライムの腕を切り開く『プラズマスライサー』に追従して、急降下するエルゼターニアは鎌を構えた。
プラズマと蒸気がルヴァルクレークから止めどなく放たれて、少女の体を包み込む。出力の上昇に伴って余剰エネルギーも凄まじく、その熱量は使用者たるエルゼターニアの肌を焼き、裂いて血を滲ませ、痛みさえ感じさせる程のものだ。
「く……っ!」
「馬鹿な、使用者自身にまでダメージが行くような力を……! どうしてそこまで!?」
理解できないとばかりにクラバルが言う。己の武器に傷付けられてまで、ひたすらに敵を追うその執念、その覚悟。
いずれも未だ年若い人間の少女が持つにはあまりにも不似合いだ……一種の狂気さえ感じさせる程に。
「何が貴女をそこまで動かすのですか!? 特務執行官!!」
「すべて──生きとし生ける、この国の命のために」
傷付きながらも少女は答える。特務執行官として、己を捨ててでも護らなければならないもの。
人、命、未来、明日。過去から繋がるかけがえのない現在のすべてを、無事に未来へ届けるために。
「脅かされるもの何一つ、決して見捨てないために! ルヴァルクレークよ、力を示せっ!!」
「クラバルっ!!」
「やらせませんっ!」
いよいよ『ハンマーフォール』が打ち破られて迫り来る特務執行官。クラバルを呼びながらもマリオスが前に出てその魔眼を向ける。妹のリアスもまた、義父の敵を見据えた。
「動きを止める! 『磁力魔眼──」
『止まるのはあんたらさ、ガキんちょども……!」
発動すれば拘束能力が発動する、そんな瀬戸際。クラバルもマリオスもリアスも、揃って視線と意識をエルゼターニアに向けている状況。
特大の隙だ──ヴァンパイアの英雄が、そのような好機を見逃すはずもない。
兄妹に纏わりつく濃厚な霧が、視界を塞いでいく。同時にマリオスの背後に実体化したハーモニが出現し、マリオスの顔面を後ろから鷲掴んだ。
「!? ぐううっ!!」
「兄さん!? どうしたの、何も見えない!?」
「技を放つまでもないね……要は視界さえ塞げば魔眼は無力化できる。『霧化』できる私みたいなヴァンパイアとの相性は最悪なわけだ、諦めなよ──エル、決めちゃって! 特務執行官の力、とくとご拝見!!」
立ち込める濃霧の中、兄妹が制圧された。マリオスにしろリアスにしろ、魔眼持ちの性質は『対象を見る』ことが前提となる以上、容易く相手の視界を奪えるヴァンパイアなどは天敵と言えよう。
『磁力魔眼』、封殺。後は神父を倒すのみ。
ハーモニがエールを送るのを聞き届け、エルゼターニアはルヴァルクレークを大きく振りかぶった。
既に『ハンマーフォール』は撃ち破れていて、『プラズマスライサー』がクラバルの周囲を切り刻みその動きを制限している。
必殺すべきは今。スライムの肉体を、一撃でコアごと仕留めるための超高火力を特務執行官は選んだ。
『電磁兵装運用法』特殊事項Bに定められた、ルヴァルクレーク50%のパワーを引き出すボトル──黒色のボトルは、既にソケットに差し込まれている。
後は放つのみ。為す術なく完全に孤立無援と化した犯罪者へと、迫る。
「終わりだ、クラバル!」
「くっ、ううう!!」
莫大なエネルギーを秘めた鎌が襲い来る。あまりにも桁違いの威力が垣間見えて、クラバルの脳裏にはこれまでの何もかもが一瞬にして過っていた。走馬灯。
──切欠は理想を否定されたことだった。いや否定されただけならまだしも、彼らは邪魔をして来た。クラバルの思想を危険なものとして、治安維持組織に相談していたのだ。
友人だった男の所業が許せずに、神父は手を汚した。友とその家族を、自らの水流を以て殺めたのだ。
後先を考えない、完全に衝動による犯行。後悔しないわけがなかったが、その時は殺意しかなかった。
そして彼は逃げ出した。夢を、理想を貫く場を求める……そんな建前で己を誤魔化して、世界を巡り逃亡したのだ。
いくつもの国を転々としたが、どこも馴染みはしなかった。追っ手がいたこともあり、結局一ヶ所には留まることなく、数年は放浪生活が続いた。
そのような道程の果て、辿り着いたのが共和国だ。密航により追っ手を振りきっての新天地は、今までになく居心地が良いものだった。
何よりも『オロバ』に接触できたことが大きかった。魔眼を手に入れ、兄妹に埋め込み養子として戦力にし、夢を果たすお膳立てが一気に整ったのである。
紆余曲折を経ての順風満帆な生活。マリオスとリアスに囲まれ、『オロバ』の支援をも受けての幸せな日々。
──それらすべてに報いが来たのだ。クラバルは、現実を見る。
特務執行官の大鎌は、今まさしく断罪の刃を振り下ろしていた。
「『ルヴァルクレーク──"エクスキューショナー"』ッ!!」




