戦士たちの絆、いざ決戦へ
精霊信仰教会から逃れ、エルゼターニアたちが辿り着いたのは町の保安官駐在所だった。今夜はここを拠点として過ごし、明日の朝には再び教会へと向かい、そのまま決戦となる。
町の保安官たちが青い顔で緊迫した様相を呈する休憩室の中、特務執行官とその仲間たちはひとまずの落ち着きを得ていた。
「とりあえず、明日の朝までは休憩っすね……夜襲を仕掛けて来なければの話っすけど」
エルゼターニアがソファにて座り、ミルクを啜りながら呟いた。ハーモニ、クラバルと亜人との二連戦を経た身体をぐったりと脱力させ、わずかでも体力を回復せんと努めている。
そんな彼女の隣、密着して気遣うように手を握っているヴァンパイア・ハーモニが、エルゼターニアの言葉に答えた。
「そこは大丈夫だと思うよ。あの年頃のガキんちょはもうおねむだろうし、スライムだってあんな調子じゃあ魔眼抜きで単身、私たちに殴りかかってくるような面白味はないんだろうし」
「どこにも面白要素ないっすよね? ……ていうか何で、私の手を握ってんすか」
「え? ホッとしないかなーって。ほら、人肌って温もるじゃん」
「そんなもんっすかねえ……?」
首をかしげつつも、特務執行官はハーモニの言葉に考え込む。たしかに今は既に夜半も深まる頃合いで、子供たちは普通、とっくに寝ていてもおかしくはない。
加えて神父クラバル単身での襲撃、というのも考えにくい話だ。彼とて己の力量は分かっているだろう──戦いとなればハーモニはおろかエルゼターニアにも打ち負ける。
いかに奇襲と言えど魔眼の補助なしにそれを行う程、あのスライムは愚かではないと二人は確信していた。
部屋の中には現地の保安官たちが、不安げにレインたちと話をしている。これまでずっと人間だと思っていた町外れの神父が実は亜人で、しかも元は殺人犯だというのだ。無理もないことだった。
少しでも落ち着かせようと慰め、いたわる言葉をかけるレインたちを横目に、エルゼターニアとハーモニは身を寄せ合いながらも先の戦いを振り返っていく。
「結局、戦士じゃないんだよねーあいつ。エルとの戦いでも油断しまくり、動揺しっぱなしでさ。技とか力以前に気迫でもう負けてたもの」
「戦い慣れのしてなさは、たしかにありましたね……」
戦っていた時、クラバルの様子はどのようなものであったか。エルゼターニアとハーモニはかのスライムについて気付いたことをコメントし合う。
明日には改めて戦う相手について二人、認識を等しくしているのだ……共に戦うコンビとして、敵に対して共通の見解を持っておかなければ、そのズレが致命的なひずみを持つことにもなり得る。それゆえの話し合いだった。
「斬撃や打撃によるダメージを受けない、不定形亜人としての性質にとにかく頼りきりだった感じっすね。だから『プラズマスライサー』を絡めての連続攻撃でコアを露呈させた途端、完全に狼狽していました」
「あんな飛び道具があることを知らなかった、ってのは多分にあるんだろうけどね……物理攻撃無効って長所ばかり過信して、肉体自体は脆いっていう決定的な短所を意識してなかったのは、お粗末以外の何物でもないねー」
戦士としての観点でクラバルを見るに、エルゼターニアもハーモニも、どうしても辛辣な評価はせずにいられない。
とにかく粗が目立っていた……命のやり取りという、何が起きるか分からない鉄火場における心構えからしてなっていない男と言わざるを得なかったのだ。
「『ハンマーフォール』だっけ。あれも技としては成立してるんだけど、両腕を使ってた割に威力はあんまり高くはなかったね」
「『プラズマスライサー』を破壊できてなかった上に、何より『リパブリックセイバー』で十分対処できましたからね。最初は相殺してその隙に射線から逃れようかと思ってたんすけど、普通にごり押せました」
「一応、人間さんを殺せるだけの技ではあったんだけど……エルを、人間の戦士を舐めてたのかも。つまりは、そういう手合いと戦った経験がないんだろうねー」
想定外の事態に一々動揺して硬直し、隙を突かれてはそのまま為す術を失くす。
己の肉体的体質の強みだけを過信して、弱点をカバーする意識を持っていない。
最低限の殺傷力はあるが、戦士との戦いを想定した性能とは言えない技。
いずれもエルゼターニア程の戦士を相手取るに、あまりに拙い要素だ。そもそも開戦初期の段階で既に相手を舐めてかかっていた時点で、戦う者に必要な心構えが一から十まで不足していたとさえ言える。
つまりはこういうことだと、ハーモニは纏めた。
「──普通の神父だね。何企んでるんだか知らないけど、あんなんじゃすぐに殺られて終いだよ」
「妙に自信ありげだったんで、何か隠し玉があるかと警戒してたんすけどね……『磁力魔眼』でなく、彼自身の持つ何かしらの技能という形で」
「なまじっか殺人経験があるからね、あれも。『人間を容易く殺せる自分』って認識があるから、戦士だろうが人間は所詮人間だってエルを舐めてたんだよ。私相手にはちゃんと警戒しまくってたのがその証さ」
つまりはクラバルとは、殺人経験を経て気が大きくなっただけの、戦士でも何でもないただの神父である。
それが彼女の結論だった。ため息を吐く、バトルジャンキーのヴァンパイア。
「ちょーっと、拍子抜けだなー。せっかくエルと組んでの初戦だっていうのに、相手は戦士でもないただの殺人犯だなんてさ」
「油断は禁物っすよ、ハーモニさん? 向こうには『磁力魔眼』の兄妹がいるんすから。クラバル単体はどうにかなるとしても、あの子たちのサポートは脅威っす」
つまらなさそうに口を尖らせるハーモニを、エルゼターニアが嗜めた。バトルが大好きなヴァンパイアの、落胆する気持ちは納得できなくもないのだが、さりとてあからさまにやる気を失うのも油断のしすぎではある。
何よりもクラバルには『磁力魔眼』の兄妹、マリオスとリアスがいる。単独では大したことのない神父であるが、比類なき凶悪な能力がサポートに付いているのだ。
兄妹が魔眼を以て敵を拘束、クラバルが『ハンマーフォール』にてそれを撃破。実際にエルゼターニアが味わう寸前だった戦法を思い返し、微かに震える。
「戦闘中にいきなり動けなくなるって、本当に怖いっすね……あのままだともしかしたら死んでたかも知れないと考えると、余計に」
「エル……大丈夫。エルは生きてるよ」
今更ながら、込み上げる恐怖。戦士であっても特務執行官であっても、一人の人間として死の恐怖は付き纏う。
休息を迎えたからこそ表出した、わずかな恐れ。それをハーモニは、優しく彼女を抱き寄せることで慰めた。
「もう大丈夫。もう、エルはそんな風にして、後になって一人で怖がることなんてないんだよ」
「ハーモニさん……」
「私がいるから。エルと一緒に戦って、エルを守るから。そうして戦いが終わったら、こうして抱きしめあってお互いを労おうよ、ね?」
その温もりと言葉は、エルゼターニアには率直にありがたかった。
これまで一人、戦いを終えてから何もない時間、暗がりで蹲って震えた経験も数えきれない。責任感、使命感の裏で傷付いた心と体の、悲鳴に耐える夜もあった。
それをこうして抱きしめて、包んでくれる友がいる。そのことがどれだけ救いになるか、分からないエルゼターニアではない。
抱きしめるハーモニの手に手を当てて、そっと握る。見上げれば、すぐ近くに見える真紅の瞳。
その美しさに見とれながら、少女は微笑んだ。
「……ありがとうございますハーモニさん。でも、私は守られっぱなしじゃないっすよ」
「もちろん! 私も頼りにしてるからさ。助け合おうね、エル!」
「はい、お互いに……力を合わせていきましょう」
目と目を合わせて力強く頷きあう。
特務執行官とヴァンパイア。人間と亜人。けれどその間にあるのはたしかに、共に死線を潜らんとする者同士の絆であった。
翌日の朝。陽が昇り、一日が始まりゆくそんな頃合い。
エルゼターニアとハーモニは二人、並んで精霊信仰教会付近、昨日戦った草原にいた。
「スライムが動き出した。私らに気付いて出てくるよ……ガキんちょも一緒だ」
「『気配感知』を扱う者同士となると、互いに分かるもんなんすね」
「精度と範囲は私のが上みたいだけどねー。奴の『気配感知』は視覚と嗅覚がメインみたいだけど、私は視覚と聴覚と触覚がメインだし」
「そういう、五感由来のものなんすか……?」
こちらに気付いてやってきているらしいクラバルたちを待つ最中、ハーモニの雑談に付き合うエルゼターニア。
『気配感知』が亜人の、種族ごとに異なる五感能力による広範囲探知能力と知ってにわかに目を丸くしている。
亜人に関するそうした情報は、人間社会に出回る機会が少ない。人間を恐れる亜人からしてみれば己の手の内を明かすようなものであるため、当然なのだが……
そのような意味でもハーモニを今後、共闘するコンビとして迎えられたことは大いにメリットがあると少女は思わぬ収穫に気分を良くしていた。
「いよいよ来るよ、エル……準備は良いかい?」
「はい。『バッテリーチャージャー』でボトルエネルギーもそれなりに充填できましたし、万全っす。ハーモニさんはどうすか?」
「問題なーし! 相手が物足りないのが残念なくらい、フィジカルもメンタルもパーフェクトさ!」
「それは重畳っす」
互いに目を合わせ、不敵に笑む。
昨日、エルゼターニアが使用していたボトルに関してはレインが携行していた試作『バッテリーチャージャー』が大いに成果を遂げていた。一本分のボトルをフルに充填できるその機能を以て、『クイックフェンサー』、『エレクトロキャプチャー』、そして『リパブリックセイバー』の三本のボトルをいずれもそこそこに回復できたのだ。
これらボトルをセットして、エルゼターニアはルヴァルクレークを握りしめた。『クイックフェンサー』は既に発動しており、プラズマと蒸気が少女の身を包む。
ハーモニの方も気合い万全だ。極めて自然体であるものの、闘志が漲りいつであっても戦いに没頭できるよう、心身が整っている。
「……来た!」
そうしてエルゼターニアの視界、遠く教会からやってくる親子が見えてきた。
神父クラバルと、その養子マリオスとリアス。彼らもまた、覚悟を決めた様子で歩いてくる。
特にクラバルは決死の形相だ。今日を勝負と定めた、そんな姿だった。
やがて適度に距離を取り、二人と三人が向き合う。特務執行官とヴァンパイア。スライムと『磁力魔眼』。
暫し無言で見合い、やがてエルゼターニアが口火を切った。
「これが最後っす。投降してください」
「申しわけありませんが、それは無理です」
「……そうっすか」
即答。ことここに至り問答は無用だと、短く切って捨てた言葉がすべてを物語っていた。
やるか、やられるか。今日ここでどちらかは勝ち、どちらかは負けるのだ。もはや止まれない。
少しだけ。
ほんの少しだけ、エルゼターニアは俯いた。
相手は許しがたい所業をした男だ。人を殺し、国を欺き、あまつさえ子供を道具にした犯罪者だ。
だが、それでも彼女には理解できていた。彼は誠実で、真面目で、そしてマリオスとリアスを愛している、と。
──そんな者を非道に走らせる夢や理想など、一刻も早く終わらせてやらねばならない。
たとえその後、男に辛い現実が待っていたとしても。
「……『電磁兵装運用法』、特殊事項B。『亜人による広範囲に及ぶ凶悪犯罪』と断定し──ルヴァルクレークの出力を50%解放」
悪夢と化した夢、野望と化した理想など見続けるよりきっと、ずっと希望があるはずなのだ。
「我が名はエルゼターニア。共和国の盾、『特務執行官』の使命と責務において──特務執行!!」
「そしてその相方、ハーモニ! ヴァンパイアが『新世代の七人』リーダーとして──行くぞ、スライム!!」
この朝を、終わりない地獄を歩まんとする神父の夜明けとしてみせる。
そう信じて、二人は駆け出した。




