『磁力魔眼』、窮地のエルゼターニア
技と技とがぶつかり合う。エルゼターニアの『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』とクラバルの『激水静流・ハンマーフォール』。
両者共に一歩とて譲らぬ気概で放たれたそれらが衝突し、激しい衝撃波を生み出していた。
「ぐ……っ」
「う、く!?」
短く呻いた特務執行官と、大きな驚愕を表情に浮かべた神父と。結果から言えば、それがすべてだった。
ルヴァルクレークがクラバルの、水と化した両腕を霧散させていく。プラズマを纏いし鎌の威力が、亜人の身体能力を上回ったのだ。
「こんな、馬鹿な」
「まだまだぁっ! ルヴァルクレーク、斬り裂けぇっ!!」
続けて二度、三度と電磁兵装を振るう。その度にスライムの腕が裂かれて消え失せていく中、エルゼターニアは一歩、また一歩と距離を詰める。
こうなると焦るのはクラバルだ。まさかここまで力量差があるとも思えずに、彼は動揺を隠せずにいた。
「そ、んな……! 貴女は、貴女はこれ程までに!!」
「神父クラバル! 貴方を逮捕します──罪を、償えっ!!」
「で、きない! 今はまだ、そうするわけにはいかないっ!!」
ことここに至ってはもはや、この戦闘における劣勢を認めざるを得ずにクラバルは大きく飛び退いた。
解除される『ハンマーフォール』。その瞬間──このタイミングを、エルゼターニアは狙っていた。
「『プラズマスライサー』!!」
「!?」
少女の後方から飛来する、いくつもの光輪。先程の技で弾き飛ばした『プラズマスライサー』が、未だに存在し続けていたのだ。
『ハンマーフォール』で防ぎきったと思っていたそれらに、クラバルの瞳が動揺に見開かれた。
破壊するまでには至っていなかった。技を放った時点で手応えを感じていた彼にとり、それは衝撃的な事態だ。
ルヴァルクレークの用いるエネルギーの強大さは元より、クラバル自身の戦闘経験の薄さとセンスの無さが露呈していた──神父たる身にそんなものあるはずもないと彼自身、脳裏に言葉が過ぎる。
突発的な危機に強張る身体、追い付かない心。いくら亜人でもそんなあからさまな隙を晒せば致命的で。
ましてや人間と言えど歴戦の戦士であるエルゼターニアが、そのような隙を絶好と捉えぬはずもなかった。
「切り開け、『プラズマスライサー』!!」
「し、まっ──」
少女の意気に呼応してクラバルを切り刻む、光の刃『ルヴァルクレーク"プラズマスライサー"』。
亜人の頑強な皮膚とて切り裂けるその威力は折り紙付きだ。変幻自在に姿を変えられるがゆえに耐久力に欠けた不定形亜人の柔らかな身体など、瞬く間に切断されていく。
まずは両足。切り離されて吹き飛び、単なる水へと戻る己の一部を気にする間すら与えられずに、クラバルは一気に体制を崩していった。
「か、あ……!?」
崩れ落ちる神父へ、まるで獣が肉に群がるように刃が一斉に飛びかかる。頭と言わず胴体と言わず、ゼリー状の身体を裂いては砕く。
常人ならば──人間でなく、亜人であっても──死んでいる程の猛攻。だが不定形亜人たるスライムには実際、大したダメージではない。
どれだけ身体が崩れようが裂かれようが、肝心要たるはコア。中心核が無事であるならば一息おいた次の瞬間、何もかもノーダメージで復活を果たす。
ゆえに、ついに中心核が露となったことでクラバルの焦りが頂点に達したことは当然のことなのだ。
「ま、まずい……っ!!」
「見えた! コア、機能不全に持ち込めばっ!!」
頭部の半分が一時的に散じた、そこから剥き出しとなった胡桃サイズのコアを確認し、エルゼターニアはいよいよ鎌を振り上げた。
『リパブリックセイバー』。水の頭部のほんの一部を目掛けて、ルヴァルクレークを振り下ろさんとする。
クラバルの動き自体はほぼ封殺している状態で、剥き出しのコアをしっかりと視認した状態での絶好の好機。ここで終わらせる気概を以て、特務執行官の必殺技は放たれた。
「覚悟! 『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』ッ!!」
「こ、ま……!」
ここまでか。それすらまともに言うことも叶わぬ絶体絶命のクラバル。
目の前の少女の性格上、死ぬことはまずないだろうにしても捕縛されればそこで、己の夢は途絶えることが確定する。それを漠然と、やけにスローに見える視界の中で考えて、絶望に心が屈服しそうになる。
──ああ、けれど、これで私は。ようやく。
そんなことさえ、考え始めた刹那。
愛しき子らの、声が響いた。
「『磁力魔眼"マグネチック・サウス"』!!」
「『磁力魔眼"マグネチック・ノース"』!」
「っ!?」
眼前にて突如として止まる、特務執行官の動き。彼女の意図したところではない、愕然と驚愕、混乱の表情がそれを物語っている。
そしてクラバルは見た。少女を拘束する、赤と青の縄……めいた、光線。それをそれぞれの片眼から放出している、明後日の方向からの闖入者たち。
神父でさえ唖然として動けないでいる空間に、更に彼らの声が続く。
「ふう……間一髪! クラバル、大丈夫か!?」
「クラバルさん、今のうちに特務執行官さんから離れてください!」
「……マリオス。リアス」
半ば呆然と、クラバルは闖入者たる兄妹の名を呼んだ。
「これ、は……っ!! 動け、ない!?」
エルゼターニアは混乱の極みにいた。突如としてまったく動けなくなった身体に、動揺を禁じ得なかったのだ。
あと一息で亜人スライムの神父、クラバルを打ち倒せるはずだった瞬間の、一転した謎の窮地。
困惑の中、それでも聴覚が拾い上げた神父の言葉を受け、彼女はそんな馬鹿なと叫ぶ。
「マリオスとリアス!? あの子たちがこれを!?」
「そうだよ、特務執行官のねーちゃん」
答える声は幼い。明らかに子供の、更に言えば昨日聞いていた声。聖霊信仰教会にて養われていた孤児、マリオスのものだ。
続けて女の子の声がした。こちらもマリオスの妹、リアスの声だった。
「ごめんなさい、特務執行官さん……けれどクラバルさんのためなんです。『磁力魔眼』、痛みはないですけど動くことはできません」
「『魔眼』っ──貴様、クラバルッ!!」
魔眼。このタイミングでその単語を聞き、エルゼターニアは即座に事態を把握した。
『オロバ』の関係者だったのだ、クラバルは。そして己の目的のために年端もいかない兄妹を利用した。『魔眼』を……体内に埋め込んで。
怒りに特務執行官の身体が、動けないまでも震えた。あまりに許しがたい行為に激昂して叫ぶ。
「『オロバ』に与して子供たちを利用したのかッ!? 親をなくした子供たちを改造して、邪悪に荷担させたのか貴様ァッ!!」
「っ……」
壮絶に激怒するエルゼターニアに、クラバルは身体を再構築させながらも後ろめたさに顔をそらした。
事情はあった……あったにせよ、今糾弾された通りの思惑も、もちろんある。クラバルはたしかに、マリオス・リアス兄妹を利用するつもりでそれぞれの片眼に魔眼を仕込んだのだ。
「子供の身体を改造して、利用する算段で貴様はっ!」
「……!」
「ふざけるな! 何が夢だ、何が理想だ!! 親をなくした子らに貴様は、何をしたのか分かっているのかァッ!!」
完全に元の身体を構築した、穏和な顔付きでクラバルは俯き、唇を噛む。特務執行官の逆鱗に触れることは覚悟はしていたが、それでも辛いことだった。
彼女の言う通りだった。一字一句、すべて認める他ない。亜人に親を殺された少年少女に、異能の力を与えて己が目的の、ひいては『オロバ』の目的のために利用しているのだ。その下劣さ、罪深さは彼自身、痛い程に理解している。
「マリオスくん、リアスちゃん!」
そして、別な方向からも女の声がした。少し離れた馬車から一人、特務執行課のレインが姿を見せて兄妹に話しかけている。
「どうして……! 貴方たち、自分たちが何をやっているか分かっているの!?」
その声音は悲しみと戸惑いに満ちている。昨日、あれだけ親しげに話していた無邪気な兄妹が、その実、既に邪悪によって改造され、悪事に荷担して力を振るうことを良しとしていた。
嘆くレインに、兄妹はエルゼターニアから視線を逸らさずに応えた。
「分かってるって……恩人の役に立ってるんだ! クラバルの夢に、俺たちが必要みたいだからさ!」
「クラバルさんのお陰で私たちはここまで生きて来られたんです! だから、邪魔しないでください!」
「そんな……!!」
無垢な想い。恩人の、親代わりたるクラバルの役に立ちたいと願う子らの言葉が、レインを打ちのめしていた。
あまりに惨い話であった。ここまで慕ってくれている子供たちをクラバルは、『オロバ』に与して魔眼を仕込み、利用しているのだから。
「貴女方、特務執行課には決して許すことのできない話だろうと、分かっています」
クラバルが兄妹の傍に立ち、毅然と言った。
「ですが……我が理想が成就すればきっと、ご理解いただける。私がこの子らを利用したわけではない。むしろ私はこの子らの、礎となるために魔眼を与えたのだと」
「何をわけの分からないことを……っ!」
「この子らこそが新たな時代の象徴、真なる世代の新たなる『御子』なのです」
未だ拘束されているエルゼターニアに、クラバルは両腕を向けた。『ハンマーフォール』の体勢だ。
角度ゆえ見えないエルゼターニアにも危機は感じ取れており、必死にもがいて『磁力魔眼』から逃れようとするも叶わない。
「エルちゃん!」
「動かれては困りますね」
どうにか助けに入れないかとレインが駆け寄ろうとするも、クラバルの身体から伸びた水がそれを阻む。
戦闘能力のない身では、そうしたただの脅かしでさえも致命になりかねない。焦燥と恐怖に駈られて、彼女はエルゼターニアに叫ぶばかりだ。
「エルちゃん! 逃げて、逃げてぇっ!」
「殺しはしません。ですがその鎌を破壊する都合上……腕の一本はいただくことになるかも知れませんが」
「く、うううっ!」
「許してくれとは言いません……ですがどうか、戦場を離れたところから見ていてほしいですね。私とこの子らの、夢の道程を」
クラバルの言葉に、いよいよ窮地を察してエルゼターニアがもがく。
どうにか破れないか。受けるのはこれが初めての『魔眼』……何かしら弱点なり性質なりあるかもしれないと諦めずにあがき続ける。
そんな彼女に神父はいよいよ今一度、技を放つ。
「さようなら特務執行官……さようならエルゼターニアさん。いつかまた、昨日のように穏やかな想いで話せる日が来ることを、祈ります」
「ぐぅっ……!!」
「『激水清流・ハンマーフォール』!!」
激しくうねる水の両腕が、二重螺旋となって勢いよくエルゼターニアへと迫る。狙いは腕、そしてルヴァルクレーク。
『磁力魔眼』による拘束下で逃れる術はない。子供らに己の、人間を痛め付ける場面を見せることへの抵抗はあるが……遅かれ早かれ越えねばならないことだ。
ともあれこれで終わった。そう確信するクラバル。
『そうはさせないよ!』
「!?」
しかしてエルゼターニアに技が直撃する寸前。『ハンマーフォール』は何かによって弾かれ霧散した。




