表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
36/110

神父の夕暮れ、突き付けるは罪業

 夕方。黄金に煌めく夕照の、赤く染まる共和国南部の町並みが、鮮やかに昼と夜との狭間を映し出す頃合い。

 町の近郊にある聖霊信仰教会にて、クラバルは一人、祭壇に向かいしゃがみこんで祈りを捧げていた。

 

「世にあまねく聖霊よ──生きとし生けるすべてを繋げ司るもの──偉大なるスピリットよ──」

 

 小さく呟くその言葉は祝詞。聖霊信仰に殉ずる者が総じて唱える聖句の一節だ。

 熱心な信心者であるクラバルは一言一句とて漏らさず暗記している──2000年前に聖霊たちと心通わせ、その存在を具現し力とした『初代巫女』の遺した言葉を記したとされる聖典からの引用であった。

 

「人間に幸あれ──亜人に祝福あれ──万物に歓びあれ──あまねく命は皆──聖霊より出でて聖霊へと還る──」

 

 半ばトランス状態で唱え続けるクラバル。そんな彼を遠目から眺め、マリオス、リアスの兄妹は顔を見合せ話し合う。

 

「毎日毎日朝と夕方と、よくやるよなー本当」

「それだけ聖霊様を大事にしてるのよ、兄さん。兄さんも見習ってお祈りしてきたら?」

「じょーだん! 俺にはあんな長ったらしい台詞、覚えられないよ」

「だよねー」

 

 くすくす笑う妹に、兄はつまらなさそうにちえっと舌打ち一つ。学業においては兄より妹の方がよほど熱心で、むしろマリオスは運動の方が得手なのだと口を尖らせる。そんな彼が面白く、リアスは更に笑みを深めていた。

 

「いつか命の辿り着く──いと高きところに座したる聖霊よ──我らが祈りに救いあれ」

 

 と、クラバルの聖句がそこで終わった。一連の祝詞を唱え、夕方の祈りが終わったのだ。

 立ち上がり、兄妹の方を向くクラバル。その顔はやはり青白く薄く細められた目が特徴的で、至って温厚、穏和な顔立ちである。

 

「お待たせしました、二人とも……さあ、夕食の用意をしましょうか。今日はマリオスの好きな、牛のワイン煮込みですよ」

「! やった!」

「ふふ、良かったねー兄さん」

 

 今夜の献立が好物であることに色めき立つ兄を、優しく見守る神父と妹。

 そこにあるのは紛いなく日常だった。どこにでもありふれた、家族の一シーン。

 

「何だよリアスぅ、お前だって好きだろ、肉」

「そうだけど、兄さん程そればっかりじゃないもーん。野菜だってちゃんと食べてるんだから!」

「ちぇっ……あんなの食べたって仕方ないじゃん。不味いし、臭いし」

「いけませんよマリオス、野菜もしっかり食べないと……、っ」

 

 微笑み、子らに接していると不意にクラバルの胸が痛んだ。このままで良いではないかと、囁く声がする。

 故郷で罪を犯し、逃げ出した愚かな身に何という平穏、何という幸福な日々か──この子らが無事に育つのを、ただただ静かに眺めて生きていく。そんな道を歩めば、それはそれで良いのではないか。そんな声がした。

 

「……今更、何を馬鹿な」

 

 失笑する。目の前の当たり前の幸福に、つい己を甘やかさんと妄想に浸ってしまったと彼は自戒した。

 彼には理想がある。故郷たる聖霊諸島にいた頃からずっと、抱き実現せんと志してきた夢だ。その夢のためなら、愛すべき隣人さえ殺しても構わなかった程に……彼には、理想があったのだ。

 

 今更日和るわけにはいかない。奪ってしまった命たち、利用してしまった子供たち、そして何より、そこまでして道を歩んできたこれまでの己に対してそれはあまりに不誠実だ。

 きっと道の果て、最後の最期には己の罪を贖うことになるだろう……恐らくは命を以て。けれど、いやだからこそ逃げることはしたくなかった。

 これこそが信仰に殉ずる者の気概だと、クラバルは確信していた。

 

「……クラバル?」

「クラバルさん?」

「っ。あ、いえ……失礼しました。少し考えごとを」

 

 兄妹に言葉を掛けられ、彼は思考を打ち切った。目の前にいる愛し子たちの、頭を目一杯の想いで優しく撫でる。

 そうだ、止まるわけにはいかない。この子らの、ためにも。

 決意を新たに、穏やかに微笑む。

 

「さあ、用意しましょう。二人は食器を、私は料理を運びます」

「うん! へへ、腹ぺこー」

「兄さんはお皿ね。私はコップとスプーンにフォークとナイフ。えへ……私もお腹空いちゃって」

「ああ、それはいけない。急ぎましょう、二人ともよく食べて腹を満たし、しっかりと育つのですよ……、と?」

 

 その時だ。クラバルの亜人としての感覚、すなわち『気配感知』に何やら引っ掛かるものがあった。

 人間の気配だ……4つ。歩くよりずっと速く、いずれも同じペースでこちらへ向かっている。恐らくは馬車だろう。

 町を外れたこの辺りには教会しかないため、必然的にクラバルに何かしら用事があるのだろうと窺い知れた。そうなれば、思い浮かべるのは先日のあの、特務執行官。

 治安維持のため、日夜戦う健気な少女の姿を記憶に蘇らせて、彼は一人首を捻った。

 

「今になって何用でしょうかね? まさか、私や『オロバ』に気付いた……?」

 

 咄嗟に考え得る動機はそのくらいしか考えられない。とは言えその場合、どうやって感付いたのかが不明瞭ではある。

 そうなるとやはり、別の用向きがあってここへと来るのだろう。彼はふむと唸った。

 

「……聖霊信仰に本格的な興味を抱いていただけた、というのであればとてもありがたいのですがね」

「クラバル? どしたん?」

「いえ。それより先に、食事を済ませてください二人とも。来客がありますので私は、そちらの対応をします」

 

 ともあれ兄妹には関係がない話だ……今のところ。

 そう考えて彼らには夕食を薦める。夕陽も暮れ行く頃合いに、クラバルは応対準備を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、どうもお疲れ様です。どうなさいましたか、こんな夕暮れに」

「突然お邪魔して申しわけありません。無事に事件を解決できましたので、ご協力いただいたクラバルさんにお礼でも、と思いまして」

 

 そう言って、眼前の特務執行官はにこりと笑った。背にした大鎌が夕映えを受け、光り輝いている。

 少女の言葉を受けて、神父は内心安堵していた。このような時間にわざわざ訪れるのだから、何かしら嫌な予感を覚えていたのだが、どうやら杞憂であったらしいと小さく息を吐く。

 

 教会の玄関前、広い草の海原が広がる風景。沈み行く陽を遠く、にわかに夜風が吹き草原を揺らすそんな場所で、クラバルは来客者たるエルゼターニアと話をしていた。

 少し離れたところに特務執行課の馬車が停まっている──御者が二人、微かに強張った表情で手綱を握りしめたままだ。

 その不自然さにも気付かず神父は笑って言う。

 

「そうでしたか……いやそれは何よりです。人々の安寧を脅かす輩がすぐ近くにいては、この町も平静ではいられないですからね」

「そうっすねえ。今回はまだ殺人が起きてなかっただけましっすけど……やっぱり犯罪は犯罪っすからね。罪には報いを受けさせないと、人間の世は成り行かないっすし」

「……そう、ですね」

 

 罪には、報いを。その言葉が心に刺さらない程、クラバルは愚鈍ではなかった。

 彼は、故郷にて三人を殺している。そしてそのことを償いもせぬまま逃げて、この共和国へと辿り着いた正真正銘の殺人犯だ。凶悪性で言えばそれこそ強盗をさえ凌駕するだろう。

 

 そのことに強い罪悪感を覚えているからこそ、彼の心は報いを語るエルゼターニアに、たしかに打ちのめされる想いでいた。

 しかして努めておくびにも出さず、応対する。

 

「何にせよ、お勤めお疲れ様でした……ああ、そうだ。よろしければ皆さんで、食事でもどうですか? ちょうど今、夕食を始めたばかりでして」

「ありがたいお申し出っすけど、申しわけありませんが遠慮しておきます。これから事情聴取がありますので」

「それはまた、お忙しいのですね……無理だけはなさらないように、早目に切り上げて明日からでも良いのでは?」

 

 仕事熱心なエルゼターニアを気遣う。何ともはや立派な少女だ、特務執行官としての責務を遂行する、そのことに邁進している。

 クラバルにとりその姿勢は好ましいものだ。たとえいずれは敵として傷付け、あるいは殺さねばならない相手かも知れなくても、どうにも応援したい心地になる。

 

 とはいえもう夕方だ。別段明日で良いのではないかと問うと、エルゼターニアは首を左右に振って答えた。

 

「いえいえ。事情聴取は次第によってはすぐ終わりますから……貴方次第っすね」

「……え?」

「今回ここに来たのは挨拶でもあり、協力への感謝とお礼でもあります。けれどそれ以上に、やらねばならないこと、問わねばならないことがあるから来たんすよ、クラバルさん」

「問わねばならない、こと?」

 

 困惑にクラバルの薄目がわずかに見開かれる。予想していた、あるいは期待していた流れと異なってきていた。

 挨拶をして、何なら適度に夕食など振る舞えばそれで終わり。彼らはこの地を去り、また何処かの現場へと向かうのだろうと……そう思っていた。

 

 それがどうしたことか、何か問うことがあるのだという。

 まだ何か、聖霊信仰について知りたいことがあるのか? などと考えつつ、けれどその裏では、にわかに最悪の事態さえ予感しながらも耳を傾ける。

 少女は、単刀直入に切り出した。

 

「聖霊諸島における一家殺害事件について、とある筋から情報を得ました。クラバルさん……貴方、亜人っすね?」

「!!」

 

 脳天から爪先までを貫かんとする衝撃に、クラバルは腰を抜かしそうだった。

 知られていた。三人の人間を……己の友とその父母を殺したおぞましい我が罪業が、既にこの特務執行官の、いや共和国の知るところとなっていた。ましてや己が人間でない、亜人であることさえ。

 

 何故? どうして? どうやって?

 

 混乱に立ち尽くす人の良さげな顔をした亜人に、エルゼターニアは嘆息と共に続ける。

 

「……信じたくは、なかったっす。少し話をしただけでも分かっていました、貴方は本当に誠実で敬虔な方っす」

「あ──う、うう」

「けれど、その反応。何を語るより……明白っすよ。明白なんすよ、本当に」

 

 苦しげに、心底から辛そうに少女が嘆く。信じたかった。けれど、確信せざるを得ない。そんな懊悩が垣間見える様子に、クラバルの息は止まる。

 違う、と言いたかった。私ではない、人違いだと欺き、騙し、誤魔化したかった。

 

 けれどできない。それを為すには、クラバルは余りに正直すぎた。

 正直で、誠実で、真面目にすぎた。ゆえに口先を弄することができずに、観念したように告げるしかなかった。

 認めざるを得なかったのだ……己が聖霊諸島にて罪を犯し、あまつさえ逃走して共和国に流れ着いた輩である、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ