聴取、明かされる神父の正体
聴取は未だ続く。ひとまずハーモニについてある程度信頼と信用を置いたエルゼターニアであるが、それはそれとしてオークたちを殺すに至った経緯についてはきっちり聞き出さなければいけなかった。
「……つまり。私を探して国内をうろちょろしてこの地域に訪れた時、たまたま強盗事件を引き起こしたオークたちが、町への襲撃を企てている場面に出くわしたと」
「うん。だからそいつらを襲って全員殺したんだー。まともな言い分なら半殺しにしとこうと思ったんだけど、『人間は根絶やしにしなければならない』の一点張りだったからねー」
当時を振り返るハーモニを、エルゼターニアは渋面を浮かべて眺めていた。話を聞くに、止めに入ったこと自体は賞賛すべきかもしれないが……さりとていかなる理由にせよ皆殺しはあまりにも乱暴だ。
ヴァンパイアとオークという、人間社会の外で行われた虐殺劇。それゆえ法的に何か罪に問えるわけでもないのだが、それでも特務執行官の少女は言及せずにはいられなかった。
「簡単に……殺せちゃうものなんすね。貴女に限らず、人間でも『出戻り』の方なんかは忌避感が薄いと聞きますが」
「慣れるとどうしてもねえ。私は100年前から命のやり取りは日常だし、『出戻り』の人間さんなんか特に戦争を体験してるから。亜人の群れを相手に生き延びようってんだからさ、そりゃ殺してでも必死だよ」
人間も亜人も関係なく、すべての生きとし生けるものにとり命とはたった一つきりだ。
それを奪い合うことに抵抗の無い者たち。ハーモニの言葉に多少は理屈を理解するものの、納得はいかないエルゼターニア。
このご時世ゆえ仕方の無いことなのだろうと己を誤魔化しながら、それでも続けて彼女は問うた。
「もしかして、ここに至るまでの道中にも今回のように、犯罪を企てていた亜人を?」
「まあ、ちょっとはね。話には聞いてたけど、本当に治安が悪くなってるんだなーって痛感させられたくらいには」
「そうっすか……」
本来であれば特務執行官たるエルゼターニアが応対すべき案件のそれらを、秘密裏に始末していたと述べるハーモニ。
責めることはできない──手が回らなかったゆえに彼女がそうしたのだし、何より企ての段階で阻止するというのは特務執行課の職務性質上、難しいことではあるのだ。
いつだってことが起きてからしか動くことのできない、そんな我が身に先んじて国の危機を未然に防いだ彼女を、否定はしがたい。
忸怩たる思いにエルゼターニアは言葉をこぼした。
「情けない話ですが、私たち特務執行課だけではどうしても、国中の亜人犯罪に最善の対応を取ることは難しく……お手数をお掛けしてしまったみたいっすね」
「そんなことないよ、エル。私は私で好き勝手に動いてただけだし……これからは一緒に戦えるんだからさ、きっと貴女の負担も減るよ!」
フォローを入れるハーモニ。彼女にも既に、エルゼターニアのパーソナルがある程度見えてきていた──責任感、使命感が強い潔癖な理想主義者。
特務執行官としての義務を果たすべく、あるいは己さえ使い潰してしまいかねない程の危うい真面目さ。それを見抜いていからこその、こうしたフォローであった。
「大丈夫、私がきっと力になるから! もうエルだけが孤独に、すべてを背負って戦う必要なんてないよ!」
「だけ、って……私はこれでも一人じゃないっすよ? レインさんや特務執行課長、治安維持局の保安官の皆さんだって私を支えてくれています」
「戦いもなると一人でしょ? それじゃあ結局、最後にはエルだけが傷付くじゃん……もう、そういうことにはさせないからね。傷付くなら一緒に傷付こうよ、ね?」
「……っ」
その言葉に含みはない。ないがその場にいたレインや保安官たちにとって、辛いものではあった。
分かっているのだ。自分たちは結局のところ、エルゼターニアの力になれてはいない。精々事前のお膳立てを整えるのが関の山で、それとて言い替えれば死地を割り出すだけ割り出して、後は特務執行官に丸投げしているとも言える。
命を懸けて国を護る少女に対して、後方の自分たちのなんと気楽な身分であることか。この国の一時の平和の裏ではいつも、誰も知らないどこかで、死ぬかもしれない戦いに身を投じ続ける少女がいるというのに。
常々抱いている罪悪感が、ヴァンパイアの言葉で頭をもたげていく。
そんな中、エルゼターニアは呆れたように言う。
「傷付かないのが一番なんすけどねえ……とにかく助かります。最近じゃ『オロバ』とかいう変な連中が国内で陰謀を巡らせてるらしいですし、戦力はとにかく増強しないと」
「……『オロバ』!? え、『オロバ』ってあの!?」
劇的な反応を示すハーモニ。『オロバ』について知っているのかとエルゼターニアも驚き尋ねれば、彼女は何度も大きく頷いてくる。
「夏ごろに王国南西部にあるヴァンパイア互助会本部での集会でね……師匠とその身内の方から情報がもたらされているんだ。あっちでも起こってた『魔剣騒動』の、黒幕だって」
「師匠……? さっきからちょくちょく話に出てますが、その方もヴァンパイアっすか?」
「うん。『女帝』ヴァンパイア・アリス。旧世代の重鎮にして、今や互助会のご意見番を務めておられる最強最古のヴァンパイアだよ」
誇らしげに語るハーモニ。よほどその『師匠』──ヴァンパイア・アリスのことを慕っているのだろうことが、エルゼターニアからも窺える程にその声音は高らかだ。
「私たち『新世代の七人』全員に戦い方を教えてくださった、偉大なヴァンパイア。その方も『魔剣騒動』に関わってたみたいでさ、『オロバ』の存在について警告してくださったんだ」
「へぇー……じゃあマオさんとも知り合いだったりするかもっすね。私の友人で、その方も『魔剣騒動』に少なからず参加していたそうですが」
『魔剣騒動』に付随して思い浮かべるは、マオ──先日知り合った友人である、詳細は不明ながら強力な戦闘能力を持った亜人の少女だ。
そう言えば少しだけ、アリスがどうのジナがどうのと口走っていた気がすると記憶を振り返るエルゼターニアに、ハーモニはしかし曖昧に首を振って答える。
「そうなの? ……最近のアリスさん、いよいよ隠居を考えてらっしゃるみたいでさ。ヴァンパイア社会そのものから距離を置くみたいで、あんまりよく分かってないんだよね」
「あ、そうなんすね」
「元々100年前の時点でそうしたかったみたいなんだけど、私らが不甲斐なくてさ。ずるずると引き留めちゃって、申しわけないことしてたよ」
「100年も引き留めに応じてたとか、すごい気長な人っすね……」
時間のスケールがやはり亜人ゆえ、人間とは比較にならない程の長さであることに感心するエルゼターニア。
ハーモニたちの師匠とは余程、付き合いの良い御仁なのだろう。そう思いながらもさておき、話を本道に戻して彼女は言った。
「それでハーモニさん、『オロバ』がこの国で暗躍してることについては御存知なかったと」
「うん、今聞いてびっくりだよ! 一応、怪しそうな亜人がいる地域から調べてはいたけど……」
「……怪しそうな亜人? そんなの分かるんすか?」
「互助会の情報網ってのがあるんだ。人間社会と共存する都合上、ヴァンパイアだって色々と調べものする必要があるしね」
世界各国に散らばるヴァンパイアたちは、互助会を通して種族として結び付いている。そうした中で各国の現状について調査し報告しあうことで、互いの情報共有を密とし相互補助を確固たるものとすることもまた、組織として重要なことであった。
この共和国においても無論、互助会は各地に調査の網を張っていた。何かしら異常はないか、怪しい者が居はしないか、と。
そうして浮かんできたのが共和国南部だと、ハーモニは語った。
「数年前に亜人が一人、この近くの町に潜伏してるみたいなんだ。そいつは種族的特徴を上手く隠して、人間として活動している」
「亜人が、町に……!?」
「単なる人間好きの変わり者、ってだけなら放置できたんだけどね。問題はそいつの来歴……故郷で人間さんを殺して、各地を転々と逃亡した末にこの国に辿り着いていたんだ」
「そんな……馬鹿な!」
衝撃的な話であった。町に、過去殺人を犯した亜人が潜んでいるなどと。
にわかに信じがたいエルゼターニアであるが、ハーモニの極めて深刻な表情とヴァンパイア互助会によるものという情報には信憑性が感じられていた。
それでも抵抗するかのように、言い募る。
「あり得ないっすよ! そんな輩の侵入を国が、少なくとも入国管理局が見逃すわけ無いっす!」
「戦後、外国から来た者は入国の時点でパーソナルデータを登録して、数ヵ月に一度の報告義務が課せられているわ。いくら人間を装ったところで、国には筒抜けのはずよ?」
レインも困惑しきりに反論する。通常、外国からの来訪者は人間も亜人も区別なく、入国管理局による一切の情報登録が行われている。
加えて長期滞在の場合は定期的な報告義務があり、どこで何をしているのか、いつでも国が把握しているシステムが構築されているのだ。
そのような体制の中で、外国で殺人を犯した亜人が人間の振りをして町に潜むなど不可能としか思えない。
エルゼターニアとレインのそんな言葉に、至って冷静にハーモニは答えた。
「それは正規の手段で入国した場合に限る、でしょう?」
「……まさか、不法入国! でも、どうやって? この国へのアクセスルートは現状、海路しかないのに」
「王国側からは大森林と、何より中央オアシスによって遮断されているし……船に密入するにしても、入国管理局と治安維持局、海運管理局のトリプルチェックを逃れるだなんて」
現在、この共和国に外部から訪れるには、船を用いた海上ルート以外の方法が存在していない。王国側からは多種多様な亜人種のひしめく大森林が壁となっており、またそこを抜けたとしても完全鎖国状態として一切の出入国が禁止されている砂漠国家・中央オアシス地帯が道を阻んでいるためだ。
そして海路においては唯一の出入国の窓口と言うこともあり、特に監視と警戒の眼が強い。入国者を管理する入国管理局、治安維持を目的とする治安維持局、そして海路を利用する船の一切を取り仕切る海運管理局の三つの国家組織による念入りなチェック体制を整えているのだ。
いかな亜人とてこれ程までに限定されたルートの、ここまで強固なチェックを掻い潜れるものではない。
有翼亜人の線も考えられたが……彼らとてそう一息に長い間飛べるわけでは無いため、海を越えることはおろか中央オアシスを飛び越えることも難しい。そうなればどこかで地に降りることになり、その時点で密入国者として追われる身となるだろう。
何より人間に成り済ますにあたり翼が邪魔になる。亜人種『サキュバス』のように小さく折り畳める翼を持つ者たちもいるが、それでも背中は膨らみ違和感は拭えず、永らく定住するとなればすぐにばれてしまう。
考え込む特務執行課の二人に、ハーモニはなおも続けた。
「どうやってかは私も知らないけどね……実際、あの町に人間として暮らしている亜人の名と風貌が、互助会の方で得ている情報とぴったり一致しているんだ。他人の空似とは考えにくい」
「……ちなみに、どのような情報っすか?」
エルゼターニアの問いに、彼女は答えた。
「元は聖霊諸島に住んでいた男で、人間さんとも仲良く暮らしていたそうだけど……どうしたわけかある日突然、三人の人間さんを殺してそのまま逃亡したんだ。青白い肌で、まるで寝てるみたいに薄く閉じられた目が特徴だそうだよ」
「……は?」
「……え」
語られる情報が、伝えてくる一つのイメージ。
聖霊諸島。青白い肌、薄目。そんな男を、彼女らはつい先日に見ていた。いや見ていたばかりではなく実際に交流し、あまつさえ和やかにやり取りまでして見せた。
そんな馬鹿な。
胸中を巡る想いも虚しく、ハーモニは決定的な言葉を告げるのであった。
「名前がたしか……クラバル。『スライム』の亜人、クラバルだよ」




