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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
32/110

vsハーモニ、戦闘狂の隙を突け!

「まずは、小手調べ!」

 

 爛々とした瞳と、笑顔──闘志を剥き出しにしているがどこか純粋な、無垢な表情を浮かべてヴァンパイアが迫り来る。そのスピードたるや人間の動体視力では目で追うことも難しい程だ。

 咄嗟にルヴァルクレークで応戦する。これまでの戦闘経験をフルに活かしての、背後に飛び退き視界を確保しながらの対応を行う。

 

「くっ……!?」

「あっははは! やっぱ避けるよねこのくらい! だけど案外、ここで終わる人も多いから貴女は偉い!!」

「冗、談っ」

 

 笑顔で言葉を投げるヴァンパイアに小さく毒づく。

 間一髪だった。『クイックフェンサー』によって増強された身体能力ゆえ、辛うじて振り抜かれた拳から逃げ仰せたのだ。

 とはいえ今の一瞬でエルゼターニアは、『クイックフェンサー』を以てしてもなお眼前の敵に応対しきれないことを悟っていた。少なくとも以前交戦した天使と同じか、あるいはそれ以上の相手。

 

 そこまで認識して特務執行官は決断した。回避と同時にすかさず攻勢に出る、決死の選択をしたのだ。

 迷いはない……後手に回れば押し切られる。及ばないからこそむしろ、押さなければ切り開けない場面だ!

 

「『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』!」

「おお!? 打って出るんだ! いいね、ノッて来たっ!」

 

 根本的な能力に大きな差があることを、ヴァンパイア・ハーモニの方も把握していた。ゆえに、ここで大鎌を振るい向かってくる特務執行官に驚愕し、そして笑う。

 まさかここまで思い切るとは。潔い判断だがいざ実行に移るとなれば難しいことだ。ただの人間が、何の経験もなしに初めからこんな行動に至れるわけがない。

 

「死線を潜り抜けた証か……! 年の頃20にもいかないだろうに、よくこうなるまで生き延びられたねえっ!!」

「ぜああっ!!」

「振り抜く勢いもある、攻めに迷いなし! すごい……怖じけていない!!」

「ルヴァルクレーク! 押し切れぇっ!!」

 

 敬意を込めた興奮の感嘆。本気で称えるものの逆に言えばそうするだけの余裕があるハーモニに、一切の余裕なくエルゼターニアは猛攻を続ける。

 プラズマを纏った鎌は一撃必殺、『リパブリックセイバー』を受ければさしものヴァンパイアとてひとたまりもない。それゆえハーモニも避ける。攻めては避けられ、避けられては攻める。

 

 ほんの十数秒の単調。その間に特務執行官は、よく分からないままに始まったこの戦闘の終わりを定めた──バトルジャンキーそのものな発言の数々、最初の一撃。そしてヴァンパイアの特性から相手の戦闘スタイルに大方の見当を付けていたのだ。

 

「……大体分かったよ特務執行官! なら次は、私を分かってよ!!」

「っ!? 来るかっ」

「いかにも! 『ヴァンピーア・ファントム』──とあーっ!」

 

 いくらかの斬撃を容易く回避してからの、今度はハーモニの切り返し。闘争心を露にしたその身体が、微かにぶれるや否や──まるで同じ風体と質感のハーモニが次々、数十体と現れて四方八方を囲む。

 

「分身っ!? これ、は……『霧化』の応用!?」

「即座に見抜くね! でも対応はできないでしょう!」

 

 答えずにすぐ、エルゼターニアは空高くへと跳んだ。囲まれている時点で上以外、行ける場所などなかった。

 すかさず数多のハーモニたちが追いかけて跳ぶ。当たり前だがこうなれば、どのみち捕捉される。しかしてそれで良い。それが良い。

 ルヴァルクレークの柄尻を地上へと向ける。

 

「『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』ッ!!」

「っ、仕込み鎌!?」

 

 追い縋るハーモニの山に向け、放たれる電磁ネット──『エレクトロキャプチャー』。柄尻から放たれる特性上、相手の虚を突く奇襲にも使える機能だ。

 天高くから放出されたネットはみるみる内に放射状に展開し、眼下の敵を地上へと押し込めていく。

 一纏めに捕らえられる群れの中のどこからか、声が響いた。

 

「やる……! でもまだまだぁ!!」

「まさか、まだ何か!?」

「この程度で終わるなら100年前に死んでるからさ、私もっ! ──『ヴァンピーア・クイックフォース』!!」

 

 新たなる技が叫ばれた、その瞬間。ネットに絡めとられたハーモニたちが一斉に、濃く立ち込める霧へと変じた。当然辺り一帯の視界が悪くなる中、落下していくエルゼターニアはゾッとする心地に呟く。

 

「まずい、視界が……!」

 

 人間のエルゼターニアにとり、それは致命的だ。そうでなくとも『霧化』したヴァンパイアの霧なのだ、敵陣に入り込むなどというレベルではない。

 どこからでも攻撃される状況。救いと言えば、さしもの特殊能力とて攻撃の瞬間にだけは実体化しなければならないことか。つまりここからが真の勝負なのだ。

 

 着地したエルゼターニア。周囲は相変わらず白く覆われて判別がつかない様相で、だからこそ彼女はむしろ、落ち着いて息を整えた。

 チャンスは一度きり──ハーモニのパーソナルが見当違いでなければ、恐らく最後の最後に一度だけ、逆転の目はある。

 己を奮い立てるように、特務執行官は短く叫ぶ。

 

「……来いっ!」

『なら遠慮なく!』

 

 それに答える姿なき声。ハーモニだ。すかさず濃霧がすべて、エルゼターニアのすぐ背後に収束した。

 少女の手足に己の手足を絡め、やがて実体化する。必然的に人間のか細い四肢はあらぬ方向へ曲げられた。

 

「ぎ──が、あああっ!?」

 

 走る激痛。曲がってはならない方向に腕と脚とを極められ地に組み伏せられる中、エルゼターニアはそれでもルヴァルクレークを手放さないままに呻く。

 

「ぐっ……! ぎ、か、う」

「『ヴァンピーア・ミゼラブル』。勝負あったね、特務執行官っ!!」

 

 ぎりぎりと、関節をあらぬ方向へ向ける。師から教わったこの奥義は、強弱の加減が容易、かつ加減すれば無傷での制圧、本気で放てば殺害できるという使い勝手の良さがハーモニには好ましいものだ。

 今回も極力加減して、痛みはあれど後遺症は遺さない程度のダメージに抑えて拘束している。にやりと笑い、満足げにヴァンパイアは言った。

 

「楽しかった……! 人間で、これ程までに戦える人がいるなんて! 特にあの電磁ネット! あれ自体大したものだけど、『ファントム』の性質を即座に理解して対応してみせたのがすごいよ! やっぱり貴女は高潔な戦士、特務執行官だった!!」

「が、ぐ……く、ぎいっ」

 

 興奮にすっかり顔を赤くして誉め言葉を連ねるハーモニを他所に、しかしてエルゼターニアはまだ、諦めてはいなかった。

 痛みの中、今にも手放しそうなルヴァルクレークをそれでも辛うじて持ち、微かに柄尻の先を変える。ヴァンパイアは気付かない……気付くはずもない。必殺の奥義を継続して放っている最中になお、わずかにでも抵抗の動きを行える者がいるなど、これまでになかったことだ。

 

「ああ、ようやく会えた! ごめんね、いきなりこんな乱暴をして! でも私は馬鹿で戦うことが大好きで、これでしか自分を伝えることができないから! 憧れの貴女に、余さず私を伝えたかった!! 国を一人で護ってきた戦士、特務執行官! 今、私は感動で胸が一杯だよ!!」

「る、ヴぁる、く、れえ、く」

「──え?」

 

 感極まっての叫びが響く中、ハーモニはたしかに聞いた。

 『ルヴァルクレーク』。その意味を解せぬまま、きょとんと目を丸くする無邪気なヴァンパイアに向けて。

 

「え──え、『エレクトロキャプチャー』っ!!」

「な、な──っ!?」

 

 今度こそ確実に、電磁ネットは命中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふう、と一息ついて、エルゼターニアは痛む身体を擦りつつ立ち上がった。しかし後に残るダメージがないことを確認して、改めて相手が相当に手加減していたことを感じる。

 

「それでも……それでも。こうして立っているからには私の勝ちっすね、ヴァンパイア」

「あ、あははー……いかにもだねー」

「バトルジャンキーで接近戦主体、明らかに自己陶酔の過ぎた言動。そんなあんたなら必ず、決着が付いたと判断したら油断すると思ってましたよ」

「お、お見事。いやあ、悪癖だとは分かっててもね。仲間たちにフォローを任せ続けた、これがツケかあ」

 

 低い声──それでも少女の可愛らしさが滲む声音で、静かに勝利を宣言する。視線は地面に転がるヴァンパイア・ハーモニ。『エレクトロキャプチャー』による電磁ネットが身体中を絡め取り、その動きを完全に拘束していた。

 何度か身を捩るも身動ぎ一つ取れない。それどころかヴァンパイアの特殊能力たる『霧化』さえできずにいて、ハーモニはため息混じりに困惑の声をあげる。

 

「何このネット、力が出せないー」

「……まだ何かするつもりなんすか? 『エレクトロキャプチャー』はほとんどすべての亜人を封印できる網っすよ。無駄な抵抗は止めることっすね」

「う、うー……あの、もしかして怒ってる?」

 

 冷たく言い捨てるエルゼターニアの言葉と視線に、ハーモニは幾ばくか堪えたらしく弱々しく怒りを問う。だがその質問自体、自分の行動の問題点を理解していないと言うことであり、エルゼターニアは更に顔を強ばらせてヴァンパイアの女を見つめていた。

 

「怒ってないと思ってるんすか? いきなり襲いかかってきて」

「そ、それは……ごめんなさい。でもさっきも言ったけど私、戦うことでしか相手と解り合えなくて!」

「今こうして言葉を交わしているのに、戦いでしか解り合えないはずないじゃないすか! 体よくコミュニケーションを言いわけにして、大好きな戦いがしたいだけっすよあんたは!」

「う、うううー!」

 

 怒りの指摘を受けて、呻くハーモニ。エルゼターニアよりも遥かに年上だろうに涙目で項垂れる姿は、どうにも年相応の落ち着きや威厳を感じさせない。

 そんな姿にどうにも毒気を抜かれそうな心地で、けれど油断はできないとエルゼターニアは改めて問うた。

 

「それで、あんた私に何の用なんすか? オークたちまで殺して、何がしたいんすか」

「それはもちろん! 特務執行官のお手伝いがしたくてだよ!」

「……はあ」

 

 力説するハーモニに、困惑の反応しか返せないエルゼターニア。

 特務執行官、すなわち自分の手伝いをしたいと言うのであれば、何もいきなり仕掛けてくることもないだろうに。いくら自分の想いを伝えんがためと言えどもあまりに乱暴だ。

 

「共和国を護る特務執行官! その強さ、人格、考え方や信念……実際に戦ってみてある程度分かったよ!」

「私にはあんたのことが何にも分からないんすけどね……」

「それはこれから知っていってよ! 私、貴女と一緒に戦うからさあ!」

「え……えええ……」

 

 瞳を輝かせて喜色満面に勝手なことを言い出すヴァンパイアに、戦闘後もあってかどっと疲れが出てきた特務執行官。

 どうあれ事態は、一つ次のステージへと向かっていた。

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