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朝の首都、市民を護る執行官

 翌日の朝。晴天に恵まれた、海沿いの景色に青空が映える共和国首都の町並み。

 まだまだ昼には遠いが、多くの人が露店の並ぶ町並みを賑やかなものにしている。海に面した町ならではの新鮮な魚介類があちらこちらで売られている、活気溢れる光景だ。

 

 そんな中をエルゼターニアは、保安官と共に歩いて見回っていた。

 保安部の中でも町内の警らを受け持つ、保安課の課員二人だ。エルゼターニアは普段から、特段の用事がない時はこうして彼らの巡回に同行している。

 

「うーん、良い天気っすね! 今日は何も起きないでいてくれると良いんすけど」

 

 清々しい心地で朝の新鮮な空気を吸い込み伸びをする。少女の柔らかな身体が更に解れていくのを横目に、並び歩く保安官たちは口々に言った。

 

「どうでしょうかね……首都では何も起きないかも知れませんが、首都以外の村や町で何か起きるかもしれませんし」

「今は捜査中の案件ばかりで、いざ捕縛って段階のものはありやせんがね執行官。何ぞあり次第、その大鎌には活躍してもらわんと」

「……そうっすよねー!」

 

 青年と中年の保安官コンビの言葉に、エルゼターニアは肩を落として笑う。

 分かってはいたがそれなりにうんざりする話だ。何しろここのところほぼ毎日、首都のみならず共和国のあちらこちらを回っては捕縛対象の亜人と矛を交えている。

 いくらルヴァルクレークの使用者として亜人相手でも互角以上に戦えるとはいえ、体力も気力も無限ではないのだ。背にした大鎌の柄を一撫でして、エルゼターニアは呟いた。

 

「まあでも、保安部の人らも大変っすもんねえ。私はほら、言っちゃえば出向いて倒すだけっすけど、そっちは捜査とかあるじゃないすか」

「ん……まあ、こっちはこっちで色々ありますがね。それでも執行官の負担に比べりゃ全然、何てこたありゃしやせん」

「こちらは頭数だけは相当いますから。実質一人で亜人犯罪を受け持つ執行官とは比べ物になりませんよ」

 

 労うエルゼターニアにすかさず答える。二人とも、社交辞令ではなく本心からだ──目の前の少女を見る。

 栗色のポニーテールを揺らした可愛らしい顔立ちの、美少女と形容して良い子だ。歳はまだ18のそんな彼女が、どうしたことか物騒な鎌を携えて共和国中の亜人犯罪に立ち向かっている。上司や同僚のサポートがあるとはいえ、荒事となればどうしてもたった一人で、だ。

 

 治安維持局直轄組織、特務執行課所属の特務執行官。一年程前からその任についた少女を、二人はひどく物悲しい気持ちで見てしまうことがある。

 立場としては保安官とは比べ物にならない程に上の存在だ。いくつもの特権を持つエリートで、下手をすればその権限は保安部のトップたる保安部長にすら匹敵するかも知れない。

 

 だがそれがどうしたというのだ。

 そんなことと引き換えにこの小さなエルゼターニアは今、たった一人で共和国を亜人から護るべく日夜戦っているのだ。つい一年前までは彼女もまた、自分たちこそが命を懸けて護るべき存在だったというのに。

 やるせない想いに二人、保安官たちは青空を見上げた。憎らしい程に澄み渡った空。

 

「……早いとこ、人間も亜人も落ち着いてくれんもんかねえ」

「まったくですね、先輩……少なくとも執行官が、その鎌を振るわないような時代が来てくれれば良いんですが」

「? どーしたんすかお二人とも?」

 

 悲惨な戦争を終えて数年、なおも落ち着く兆しのない共和国の今。

 早く共和国の理念、『共和』が正しく機能するよう建て直さなければならないと、保安官たちはそう思うのであった。

 

「──ドロボー! 泥棒、泥棒!! 誰か、誰かっ! ……助けてーっ!!」

 

 と、そんな折り。町中に悲鳴が響いた。女の声だ……すかさずエルゼターニアと保安官たちは臨戦態勢を整える。

 四六時中、いつ起きるとも限らない犯罪に対すべく、彼らの身体は既にいかなる時でも最大限のポテンシャルを発揮できるよう訓練されているのだ。

 

 急いで声のした方へと走る。保安官たちは腰から提げていた剣を抜き、エルゼターニアは背負っていたルヴァルクレークを持ち出した。

 ベルトのホルダーからボトルを取り出す。『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』を発動させた青色とは違う、赤色のボトルだ。そのままソケットに挿入すれば、ルヴァルクレークからプラズマと蒸気が放たれていく。

 そのままエルゼターニアは叫んだ。

 

「お二方、先に行きます!」

「頼みます!」

「無茶しねえでくだせえよ執行官!」

「了解っす! ──『ルヴァルクレーク"クイックフェンサー"』!!」

 

 ルヴァルクレークに備えられた機能を発動させる。攻撃ではなく、移動……己の身を高速で動かすための技だ。

 プラズマと蒸気がエルゼターニアの全身を包む。途端に彼女の身体は雲より軽く風より早い身軽さを身に付け、人間ではあり得ない跳躍を可能とした。

 行き交う人々の上空高く、エルゼターニアは軽やかに舞うがごとくに飛んだ。声はそう遠くないところから聞こえた、上からなら見えるはずだと目を凝らす。

 

「──いた!」

 

 案の定、エルゼターニアは現場をすぐに発見した。転けたのか倒れている被害者らしき女性と、行き交う人を乱暴に掻き分けて走り抜けている、女物のバッグを抱えている男。身体能力や特徴から見ておそらくは人間だろう。

 

 そうとなればエルゼターニアに迷いはない。対亜人用兵器のルヴァルクレークだが、現行犯を捕らえる場合、たとえ相手が人間であってもその行使は許可されている。

 

「対象を『窃盗の現行犯』と断定! 電磁兵装運用法第3条は特殊事項Eに則り、電磁兵装『ルヴァルクレーク』の攻性機能を限定的に解放!」

 

 電磁兵装運用法──『電磁兵装の運用に関する法律』。

 特務執行課発足に際して制定された、国家の名の下にルヴァルクレークを運用するにあたっての法律上の取り決めである。

 具体的には状況や用途、対象によってルヴァルクレークの出力制限を義務付けるもので、例えばエルゼターニアがこれに背いた場合、処罰措置として電磁兵装の機能を引き出すためのボトルがいくつか没収されることとなる。

 

 ボトルがなければルヴァルクレークとてただの大鎌だ、草刈りくらいにしか役に立たなくなる。それゆえにエルゼターニアにとってこの法律は絶対に遵守しなければならないものであった。

 

「特殊事項D……『人間、亜人の類を問わず現行犯の場合』、解放率は10%!」

 

 空高くから犯人を見据え、エルゼターニアはまた、ホルダーからボトルを取り出した。今度は黄色だ……ソケットに差し込む。

 ルヴァルクレークからプラズマと蒸気が吹き出す。未だ『ルヴァルクレーク"クイック・フェンサー"』も発動させたまま、彼女は地上めがけて急降下した。

 

 犯人は未だこちらに気付いていない。人通りの穏やかな通りに出た辺りで、ルヴァルクレークの柄尻を対象に向けてエルゼターニアは叫んだ。

 

「特務執行──『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』!」

「──がっ?!」

 

 瞬間、柄尻から放たれる網状のプラズマ。真上から展開された捕獲用の電磁ネットが、犯人を押し倒すようにして取り押さえた。

 突然の捕獲劇に周囲の市民が一斉にネットから距離を置き、混乱に叫んだ。

 

「うお、何だぁ!?」

「え、上からいきなり!?」

「こ、これ……網か? 」

「はいはーいお邪魔するっすよー!」

 

 戸惑いの広がる町に、降り立つエルゼターニア。いきなり空から制服の、身の丈以上の大鎌を携えた少女がやって来たのだ。その場にいる者は皆、目を白黒させている。

 それにも構わず彼女は『ルヴァルクレーク"エレクトロ・キャプチャー"』によって拘束された窃盗犯に近付いた。

 

「……ん、やっぱ人間っすね。となれば後は保安預りっすか」

「う、ぐっ!? な、何だこりゃ、離せ、この!」

「抵抗は無駄っすよー。一度捕らえれば最後、亜人の膂力ですら抗えないんすから!」

 

 にっかり笑うエルゼターニア。

 男を拘束している電磁ネットは、どういった原理によるものかルヴァルクレークのエネルギーそのもので構築されているため、恐ろしいまでの強度で以て対象の動きを封殺することが可能だ。

 人間どころか亜人でさえ、そう楽々と突破はできないだろう……とりもなおさずエルゼターニアは、周囲の人々に向けて懐から取り出した手帳を見せた。治安維持局に属する職員全員が持つ、身分証明書も兼ねた手帳だ。

 

「お騒がせして申し訳ありません、治安維持局の者です! 窃盗犯はこの通り捕まえましたので、どうかご安心ください! ご協力ありがとうございました!」

 

 そして市民に向けて、己の素性と状況を知らしめておく。治安維持局員による犯罪者捕縛の一幕であったことを周知しておかねば、要らぬ不安や疑念を与えてしまいかねない。

 実際、エルゼターニアのその言葉で、遠巻きに眺めていた市民たちは揃って安堵の表情を浮かべていた。

 

「治安維持局か……良かった、亜人じゃねえんだな」

「にしても今、空高くからやってきてたな……人間とも思えないんだけど」

「あのおっきな鎌、『電磁兵装』でしょ? 対亜人用兵器の」

「えっ、あれが!? 一時期新聞でやたら記事になってた!」

「うーん……有名なのかそうでないのか、っすねえ」

 

 苦笑するエルゼターニア。一般市民たちにもある程度は電磁兵装について知らされており、特に大鎌型のものが対亜人テロリズムを目的として治安維持局に投入されたことまで知っている者も少なくはない。

 とはいえ大半にとってはそこまで生活に密接に関わるわけでもない。ゆえに『何となく覚えてはいるがその詳細は知らない』程度の認識がほとんどであった。無理からぬことである。

 

「はいよ皆さんちょいとごめんよー!」

「道空けてください! 保安が通りますよ!」

 

 と、そこで保安官二人が群衆を掻き分けて到着した。彼らもそれなりに急いでいたようで、息が微かに乱れている。

 彼らはエルゼターニアに近付くと、笑って頭を下げた。

 

「いや、執行官! いつもながら見事なお手並みでした」

「見るに人間のようですね。後の処理は我々保安部にお任せください。執行官、ご協力ありがとうございます」

「いえいえー。お役に立てたのなら幸いっす」

 

 にへらと笑う少女に、保安官二人は感謝と感心を抱きつつも同時に、末恐ろしいとも感ぜられていた。

 圧倒的な早さでの取り押さえ。やはり電磁兵装とは、やはり特務執行官とはすさまじいものだと再認識したのだ。

 周囲の目も、どこか尊敬と畏怖とを併せたものになっている。それらを受けてなお、構わずに彼女はルヴァルクレークを振るった。

 

「『エレクトロキャプチャー』、解除!」

「ぐ、が、げげ、げ──」

 

 電磁ネットを乱雑に、刈り取るように鎌で引っかけて取り除く。プラズマによって構築された網は、それだけであっという間に空中に飛散してかき消えた。

 後に残るのは窃盗犯の男だけだ──痙攣して動けないでいる。『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』による後遺症、一時的な麻痺である。

 

「ふう。お二方、どうぞ」

「どうも! よし、窃盗の現行犯で逮捕する!」

「バッグ……これだな窃盗品は。被害に遭われたご婦人は、と──あ、来た来た」

 

 すかさず保安官が男を取り押さえ、窃盗した女物のバッグを回収する。そのまま片割れが、こちらへ向かってくる被害者の女性を見つけて声をかけた。

 

「ご婦人、こいつですかい?」

「あ……! そうです、そのバッグです! ああ……!!」

「中身をご確認くだせえな。財布とか抜き取られてるかも知れませんので」

「はい──ああ、大丈夫です。良かった、良かったぁ!」

 

 受け取ったバッグを大切に抱え、中身を検める。そしてたしかに何一つの欠けもないことを確認して、女性はその場に崩れ落ちた。安堵によるものだ。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます……!」

「大事ないようでしたら何よりです。ねえ、執行官」

「はい! ……無事で良かったっす、お姉さん」

 

 泣き咽ぶ女性に、保安官もエルゼターニアも優しく笑いかける。

 朝一番からのちょっとした捕物劇ではあったが、結果としては上々……市民の幸福を護れたことに、治安維持局の面々は微笑むのであった。

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