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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
29/110

信心者の蠢き、謎に満ちたヴァンパイア

「ほへー……屋根の彫像は精霊信仰のシンボルなんすねえ」

「ええ。精霊諸島にて代々、信仰の象徴として選ばれている『巫女』……その初代様を象ったものとされています」

 

 クラバルによる、精霊信仰についての解説が行われていた。近辺を彷徨くヴァンパイアに事情を聞こうとひとまず話を落ち着けてからの、ちょっとした雑談の時間だ。

 元々、他国の文化や風習等に興味が強いエルゼターニアは特に精霊信仰についても詳しい話を聞きたがっており、クラバルとしてもそれが本業であるのだから、嬉々として話しているのである。

 

「伝説によれば初代巫女様は、万物にあまねく精霊をこの世に具現させ、その御力で精霊諸島の危機を幾度となく退けたといいます」

「精霊を……具現?」

 

 ぴんとこない話だった。精霊自体、共和国において浸透している概念でないためにイメージがしづらいものを、しかも具現させたというのだ。

 疑問符を浮かべるエルゼターニアに、クラバルも苦笑いして続けた。

 

「何しろ神話ですから。当時に起きた出来事をある程度、神秘的に脚色して伝承しているのでしょうね。実際、現代の巫女様にそのような能力はありません」

「すごいっすね……さすがは2000年続く宗教ともなると、神話のスケールもファンタジーっす」

 

 感嘆の声をあげるエルゼターニア。かつて学校においては歴史学に興味を抱いていた彼女は、それゆえ今聞かされた神話にも興奮を禁じ得ない。

 2000年──魔王による殲滅戦争により一度、完膚なきまでに文明の脈絡が途絶した世界にあって、その年月は驚異的の一言だ。どういったわけか精霊諸島においては、2000年前に発生した原始的なシャーマニズムが、やがて神話を伴い宗教へと発展し、ついにはその土地の生活や文化に深く根差したものへと至ったのだ。

 

「2000年だなんて……本当にすごいっす! 特に1000年前の魔王による戦争を乗り越えたのが信じられないっすよ」

「そうですね。とはいえやはりその時がターニングポイントだったらしく、それ以前までは続いていた『巫女神話』の記述が終わり、以降は現実に則した記述ばかりになりました」

「神話の終わり、歴史の始まり……! ううう、ロマンっす! ロマンっすよー!」

 

 鼻息も荒くエルゼターニアは瞳を煌めかせた。そこにあるのは信仰心ではなく、歴史への敬意と興味のみだ。クラバルも当然、そこは見抜いていたが……何よりまずは興味を持たれることが重要なのだと、やはり穏やかに笑っている。

 

「へー、姉ちゃん首都の人なんだ?」

「ええ、そうね。いつもは首都でお仕事してるわ」

「都会の女の人……きれー」

 

 一方でレインはマリオス、リアスの兄妹と話している。どうしたところで根本的に精霊信仰への興味も関心も薄いため、エルゼターニア程には熱心に話を聞くこともない。

 そんな折、ちらちらと別室から顔を出していた、まだまだ小さな子供二人が目に付いたのだ。彼女の意識が彼ら兄妹に向かうのも当然であった。

 

「首都ってうまい食いもんの店たくさんあんだろ? 良いなー」

「かわいい服もいっぱいなんですか?」

「そうねえ……でもこの町も、たくさんお店、あるみたいだけれど?」

「えー? でも何か、ださいし」

「首都が良いなあ」

 

 幼げに首都への憧れを口にする子たちに、レインは大人として微笑ましく思った。

 この町の静かさは、子供にとってはやはり退屈なのだろう──首都の喧騒を知る身からすればむしろ、こちらの方がよほど憧れる環境でさえあるのだが。

 そんな内心をおくびにも出さずレインは、笑顔で少年少女の頭を撫でて言うのであった。

 

「大きくなったら首都にも行けるわよ。でも、そうね。今はこの町の、良いところを探してみると良いんじゃないかしら」

「良いところ……」

「ええ。私は今日、初めてこの町に来たけれど、それでもたくさん良いところを見つけたわ。ずっと暮らしてるあなたたちならきっと、もっとたくさん良いところを見付けられるはずよ」

 

 あまり適当なことを言って、変に都会への想いを煽るのも良くはない。ゆえにレインはこの町のアピールをしてから、ふと窓から外を見てエルゼターニアに告げた。

 

「エルちゃん、辺りも暗くなってきたわ。明日に障るといけないから、そろそろお暇しましょう?」

「あ……はい、分かりました」

 

 家から見る空は暗雲ばかりの暗さではない。むしろ雲間から覗く空は星の煌めきを孕んでいて、時計を見ればすっかり夜の入口といった頃合いだ。

 これ以上はまずいと、エルゼターニアも帰路に着く意志を固めた。興味深く楽しい話を聞ける一時だが、何をおいても職務が第一だ。

 クラバルに対して向き直り、挨拶をする。

 

「すっかりお話に夢中になってしまい、こんな遅くまで失礼してしまいました。私たちはそろそろ宿へ戻りますね」

「いえいえ、こちらこそ熱く語らせていただきました。これ程までに精霊について知ろうとなさってもらえるのは、嬉しいことですよ」

 

 上機嫌に笑う神父。彼としても、自らの信仰対象にここまで興味を示されることは嬉しいのだ。

 エルゼターニアとレインは立ち上がり、家を出る。クラバル、マリオス、リアスの三人も玄関先まで見送りに来て、それぞれに別れを惜しむ。

 

「本日はようこそ、お出でくださいました。特務執行課のお仕事は大変でしょうが、どうか無理をなさらずお勤めください」

「またな、ねーちゃん!」

「ばいばい、レインさん!」

 

 手を振る子らに応えて二人も手を振った。外は雨も止み、冬めいた寒空が帳を下ろしている。

 エルゼターニアとレインもまた、別れを告げた。

 

「こちらこそ、本日は貴重なお時間ありがとうございました!」

「ありがとうございました。マリオスくん、リアスちゃん、またね」

 

 そうして立ち去る特務執行課。

 明日はいよいよ捕物だ──万全を期するため、彼女らは一路、宿へ目指して歩きだすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二人が去った教会にて。

 部屋内に戻ったクラバルは一人、呟いた。

 

「……あれが特務執行官ですか。何ともはや、やりづらい御方だ」

 

 その顔は苦渋が目立つ。都合、いずれは敵対する定めにある存在の人となりは、覚悟を決めたはずの神父にとってもあまりに好印象を抱かせるものだった。

 

「あのような少女相手に、しかも精霊への興味も持ってくれている子に……私はこれから、何をしてしまうのだろう」

「情が移ったか、クラバル」

 

 と──男の声がした。マリオスではない。家の二回へと繋がる階段を、音もなく降りてきた者の声だ。

 クラバルは男に視線をやり、苦々しくも言う。

 

「トリエントさん。ええ、まあ多分に。貴方も知ったでしょう、あの方、特務執行官がどのような方か」

「……ふん、何とも可愛らしい小娘だ。見ているだけで、我が身の置かれた現状を嫌でも認識させられる」

 

 彼の言葉に同じく苦い表情で返す、スキンヘッドの、羽を生やした亜人。

 『オロバ』に与する天使トリエントだ。彼はずっと、気配も感じさせぬまま家の上階からエルゼターニアを観察していたのだ!

 

「特務執行官……以前は遥か上空から見たゆえ、エフェソスとのやり取りも聞き取れていなかったがな。なるほど、気に入るのも頷ける娘だ」

「私たちのような悪い大人には、あの眩さは堪えますねえ」

「そうだな」

 

 苦笑を溢すトリエント。彼にとっても、初めて近くで見聞きした特務執行官エルゼターニアのパーソナルは、『オロバ』である以前に天使として好ましく思えるものだ。

 明朗快活、温厚篤実。国内の亜人犯罪をただ一人で鎮圧し続けてきた凄腕の戦士であることをまるで感じさせない、少女そのものな振る舞い。

 それらすべてがトリエントにとって微笑ましいものであった。同時に、それゆえの憎たらしさをも与えてくる程に。

 

「使命の為だ、迷いはないが……辛いものはある、な」

「私とて同じですよ。ひたむきな少女と敵対するのは、たとえ信じる道の途上であっても心が痛みます──痛むだけで、結局進んでしまうのがまた、罪深くはありますが」

「罪悪感、か」


 クラバルの言葉に反応する。自らを『神の使徒』と位置付ける天使の中にあって、トリエントは比較的、ニュートラルな立ち位置からものを考える傾向があった。

 すなわち天使という存在が抱える傲慢さと短絡さをしっかりと把握しており、それゆえ、クラバルの物言いにも頷かずにはいられなかったのだ。

  

「ましてや私など、彼女からすれば絶対に許せない悪党でしょう」

「お前だけでなく、私もエフェソスもそれは同じだ」

「いえ……特に私は、許されません」

 

 同情めいた言葉に首を振るクラバル。

 彼は理解していた。自分が、特務執行官の逆鱗に触れるであろうことをしでかしていると。あそこまで純粋に正道を行く娘であるのならば、この所業を知れば決して許しはしないだろう、と。

 

 己が罪業そのものへと、彼は声をかけた。

 

「マリオス、リアス。あれが特務執行官ですよ……その瞳に宿した『魔眼』を、恐らくは最初に行使する相手です」

「えー? 何か弱っちそうだぜー?」

「兄さんたら、もう」

 

 ──マリオス、リアス兄妹。年端もいかぬ少年少女の、それぞれの片眼が赤く染まった。

 トリエントが唸る。

 

「……仕込んでいたのか、この子らに」

「はい、この子らを助けた時に。数年かけてゆっくりと適合したため、使用に際しての負担も少ないとレンサスは言っていました」

「エフェソスの連れていた男とは違う、か。しかし戦えるのか?」

「戦わせませんよ」

 

 即答。何を当然のことをと言わんばかりですらあるクラバルに、怪訝な顔を向けるトリエント。

 魔眼を持つのなら、戦えなくてはならないだろう。いかに幼子、いかに哀れでも、そこは変えられない事実だ。

 しかしてクラバルは答える。マリオスとリアス、この兄妹に埋め込んだ『魔眼』の運用とはすなわち。

 

「実際に手を汚すのはどうあれ私です。この子たちは、私の補佐に過ぎません」

「欺瞞だな。協力させる以上、この子らも罪は背負うぞ」

「我が理想が実現すれば罪ではなくなります。その暁にはこの子たちこそ、新なる時代の英雄となる」

「目的を以て手段を正当化させるつもりか──まあいい」

 

 その理屈の、砂の城にも似た頼りなさ。それでもトリエントは不問とした。クラバルの理想、イデオロギーなどはこの際、問題ではない。

 

「それよりも特務執行官だ。馬鹿な亜人どものせいでまさか、ここまで早く接触するとはな」

「お陰で彼女の人となりを知れたのですから、良し悪しといったところでしょう」

 

 さておき考えるのは特務執行官の動向だ。そもそもこのタイミングで彼女がこの町に表れたこと自体、都合の悪い話ではあった。

 犯罪を起こした亜人たちへの苛立ちもそこそこに、更なる不安要素にも言及する。

 

「そして、よく分からんヴァンパイアが一人か。まさか我らを嗅ぎ付けたか?」

「何とも言えないところですねえ……『勇者』の下にヴァンパイアがいるのでしょう?」

「『女帝』アリスだな。『魔剣騒動』で我らを知ったなら、ヴァンパイアたちへ周知させていても不思議ではない」

 

 ヴァンパイアに関連して思い起こされるは王国南西部、『魔剣騒動』を鎮圧した勇者一派の一人、アリス。

 旧世代から現代にかけてヴァンパイア社会の重鎮として君臨し続ける、最強最古のヴァンパイア。彼女もまた、かの騒動で『オロバ』と敵対したと報告を受けている。ともなればヴァンパイア全体に事態の周知を徹底させていると考えるのが、自然ではあった。

 クラバルがふむと顎に手をやる。

 

「とは言え、未だ何のアクションも起こしていない私たちに気付くというのも考えにくいですし……『オロバ』を捜索する一環として、たまたまこの地を訪れていると考えるべきでしょうか」

「さてな。当て推量ばかりするのも埒は明かん。可能性の一つとして考慮しておく程度に考えるべきだろう」

「何にせよ、不気味な話です」

 

 姿も見えない謎のヴァンパイア。

 特務執行官の存在もあり、余計に不穏な成り行きを感じさせる、そんな存在。

 

 クラバルとトリエントは二人、予期せぬ事態の気配を密かに感じ取るのであった。

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