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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
27/110

教会へ、レインの想い

 駐在所を出たエルゼターニアとレインは、再び傘を差して歩き始めた。ゆっくりと町並みを見て歩きながら、町外れにあるという精霊信仰教会の神父クラバルを訪ねるのだ。

 

 雨足は強いが、音は激しさを伴うものではない。風にカーテンが靡くような光景……大粒の水滴が止めどなく天から地へと降り注いでいた。

 

「静かな町によく似合う、しっとりとした風景ねえ」

「そうっすね。何か、雨でも歩いてて楽しくなってきます。鼻歌が出てくると言いますか」

 

 雨が傘を叩く音を聞きながら、風情ある景色を目で味わう。左右に民家の並ぶ通りは、よく見れば家の前に花壇が置いてある。色とりどりの花が咲き誇り、天からの恵みを受けて精一杯の彩りを見せているのだ。

 首都の、雨天でも賑わう町並みではまずお目にかかれないものだと二人は微笑みを湛え、ゆっくりと歩いていた。

 

 民家の並ぶ通りを抜ければ商店通り。このような天気にも関わらず多くの店が開いており、人通りこそまばらだが、それでもいくらか金銭と物品のやり取りをしている。売っているものも、食品から衣類、靴、装飾品、日用雑貨など様々だ。

 物珍しさに二人が眺めていると、町人だろう中年の男が話しかけてきた。

 

「おお? お姉さん方、保安官の服着てるけど新しい駐在さんかえ? こんな雨の日にご苦労さんだねえ」

「はい? あ、いえ。私たちは首都からきた、特務執行課の者でして──」

「特務執行課……特務執行課!?」

 

 驚きに叫ぶ男。それを聞き付けてか、傘を差しながらも店頭で物色していた他の町人たちもエルゼターニアたちの周囲にやって来る。

 敵意はない……むしろ好意的だ。それ以上の好奇心は垣間見えたが、それでも悪い感じではない。

 

「特務執行課ってーとあれか、亜人犯罪専門のプロフェッショナルがいるっていう!」

「一時期新聞で騒ぎになってたものね……何だっかしら、特務、特務?」

「特務執行官だよ……え、もしかしてその人も来てるの?」

「え。あ、はい。一応、私がその特務執行官っすね……」

「えええ!? 嘘、マジで!?」

 

 食い付きの良さ、とでも言うべきか。群がる町人たちにエルゼターニアが戸惑いつつも、自らの身分証明書を見せた──そこに示されたる『特務執行官』の文字。

 視認して町人たちが、呆然と呟く。

 

「こ、こんな小さな子が……?」

「この一年、亜人と戦ってるってのか?」

「そんなまさか」

「あ、あはは……一応、そうなります。もちろん、私一人だけじゃなくてたくさんの人の、サポートあってのことっすけど」

 

 特務執行課、及び特務執行官の存在については既に、共和国内においては各報道機関が報道しており知名度もそれなりに高い。

 対亜人用兵器『電磁兵装』を操り国内の亜人犯罪を取り締まる、治安維持局が誇る国内最強の戦士──そのようなセンセーショナルな文言と共に紹介された特務執行官というのは、それまで亜人犯罪に対抗できる人間がまるでいなかったこともあり、一時期は大層な話題にもなった程だ。

 

 とはいえ今ではそれ程、話題として取り上げられることはない。特務執行官の素性や活動について詳細に報道することは国家政策により差し止めが行われており、極力その職務遂行に支障を来さないように仕向けられた結果である。

 加えて特務執行官となってからすぐに、エルゼターニアがルヴァルクレークのフルパワーを引き出した結果、しばらく入院していたことも話題の鎮火に寄与していた。

 

 国など関係ないとばかりに尾ひれはひれ書き立てるゴシップ記者とて、さすがに話の種がなければネタにしようがない。

 そうした要因が複数重なって今、特務執行官というのは誰もが知るし興味はあるが、具体的に誰であり何をしているのかはまるで分からない、不可思議な存在として共和国民に認識されているのであった。

 

「今日はこの町で強盗を働いた亜人たちを捕らえにやって来ました。来るのが遅くなって、町にお住まいの皆様には永らく不安な思いをさせてしまいました。申し訳ありませんでした」

「え、あ、いや……そんなこと」

「来てくれたんだし構いやしないけど……本当にあなたが、亜人を捕らえるの?」

「はい。今は持参しておりませんので説得力は無いと思いますが、電磁兵装もしっかり持ってきています。明日の朝、きっとこの町に平和を取り戻して見せます」

 

 自信満々に不敵に笑う少女に、町人たちは戸惑いと困惑を見せる。共和国にてたった一人、亜人と戦うプロフェッショナル……てっきり筋骨隆々の、亜人と見紛うかのような大男を想像していた節があるのだ。

 それがいざ見てみれば小さな、本当に小さな女の子だ。周囲の町人たちと比べても小さい、まだあどけない少女。

 

 率直に、不安がある。このような子供が、果たして亜人を打倒できるのか……治安維持局員の制服を着て身分証明までしてきたのだ、特務執行官であることには疑いがないのだろうが、見た目と前評判のギャップが強く、それが町人たちには慣れないものとなっていた。

 

「本当かよ……こんな可愛らしい子がそんな、亜人なんて恐ろしい連中相手に」

「大丈夫? 他の保安官さんもいるんでしょう?」

「特務執行官って、もっとこう、やベー化物を想像してたわ……マッスル! みたいな」

「ちょっと頼りねえよなあ」

 

 疑念と不安と……ごく一部、隠しきれない嘲り。

 見るからに弱々しい、折れそうな程に細身の少女が亜人と戦うというのだ。悪い冗談か命知らずか、さもなくば誰かに脅されてのことかと思うのも無理はないことだ。

 

 そのような反応も、エルゼターニアにとっては慣れたものだった。あからさまに侮蔑的でないだけましですらある。

 ルヴァルクレークを背負っている状況ならば話は早い──身の丈より大きな鎌は、有無を言わせぬ説得力がある──のだが、逆に言えば彼女単体では冗談にしか聞こえないのだ。町人たちが訝しむのは当然だった。

 と、レインがにこりと微笑んだ。

 

「心配はご無用ですわ、皆様。こちらの特務執行官はまさしく一騎当千、電磁兵装を巧みに操りこれまで多くの亜人犯罪者を捕縛してきた、紛れもなくこの国で最強の戦士です」

「そ、そうなのか、やっぱり」

「この間など北東部は温泉地帯にて、天使とさえ互角以上に渡り合ったのですよ。神話やおとぎ話に出てくるような亜人種相手に、たったの一歩も退くことなく」

「れ、レインさん……?」

 

 どこか自慢げに語るレインの、雰囲気が怖い。エルゼターニアが小声で話しかけると、美女はやはり、にこりと笑った。奇妙なまでの迫力。

 町人たちも自然と気圧されたのか、こくこくと何度か頷く。慌ててエルゼターニアは割って入った。

 

「え、ええと! 我々はこれから、この町の精霊信仰教会を訪ねようと思うんすが! 方角はこちらであってますよね!?」

「お、おお、そうでさそうでさ! この通りを抜けた先にある、ちょいと高めの家でさ!」

 

 何やら突然、様子の変わった美女を遮る形での少女の問い。不思議とそれが天からの助けのように思え、町人たちは一斉に道の向こうを指差した。

 そう遠くはない地点にぽつねんと建てられた一軒家。保安官の話の通り、屋根に何やら彫像らしい物体が設置してあること以外、到って普通の民家だ。

 

「クラバルさんならこの時間帯、教会の中で何かよく分かんない祈りっぽいことしてるから、たぶんいますよ」

「よ、よく分かんない祈りっぽいこと……分かりました、ご協力ありがとうございますー! さあ行きましょうレインさん!」

「え、あ、そうね。それでは皆さん、ごきげんよう」

「ど、どーも」

 

 無理くりレインの背を押して、その場を進み離れんとするエルゼターニア。町人たちも呆気に取られつつも二人を見送る。

 

「な、何だったんだあ?」

「あれが特務執行課、特務執行官……思ってたのと、何か違うわねえ」

「可愛い子と、綺麗な人と。どちらかというと秘書とか受付だよなあ」

「俺、あっちの可愛い子、タイプかも」

「特務執行官の方? たしかに胸は大きかったけど……っていうか嫁の前で言うなスカタン!」

「あいてっ!」

「馬鹿だなあ、お前……」

 

 ざわつく一同。静かな町に突然現れたゲストはしばらくの間、町人たちの話の種になること請け合いであった。

 一方でエルゼターニアとレイン。ある程度道なりに進み人々の影も遠くなったところで、困惑した少女が美女に問うた。

 

「ど、どうしたんすかレインさん? 何かいきなり怖かったっすよ?」

「えっ!? あ、いえ。別に怒ってはいないのだけど……」

 

 指摘を受けてレインは、今まさに気付いたように驚きを示した。特務執行官の功績を語った際の、えも言われぬ迫力はまったくの無意識であったらしい。

 頬を掻き、困ったように彼女は言った。

 

「……いえ。少し、納得がいかなかったのはあるかしら」

「納得?」

「エルちゃんは立派に特務執行官の職務を果たして、共和国を護っているのに……それなのにどうしてあんなに疑われて、頼りないなんて言われなきゃいけないの、って。理不尽だけど、どうしてもね」

「あ、ああー……」

 

 エルゼターニアはそこでようやく、レインの言動の理由が得心できた。つまりは特務執行官がその働きを正当に評価されていない、というのが悔しかったためにあのような物言いとなったのだろう。

 この一年、常にすぐ近くで少女が苦しみながら戦ってきたのを支えていたがゆえの、はっきり言えば贔屓的なものの見方だ。

 

 そこまで想ってくれるのは個人的に嬉しいことだが、しかし公人としては言わねばならないとエルゼターニアは口を開いた。

 

「それは、正体がこの通り女子供じゃ仕方ないことっすよ。あの人たちにどうこう言うのはお門違いっす」

「そう、よね」

「大体、私たちはちやほやされたくて亜人と向き合ってるわけじゃないんすから……疑われても何と言われても、そこは受け流さなきゃいけないと思うんすよ」

「仰る通りです……」

 

 困ったように諭されると、レインも柳眉を下げて後悔の相を見せる。

 数秒の沈黙。雨の降りしきる音ばかりが響く中、言いすぎたかと焦るエルゼターニアだが……こほんと咳払いして、それでもと続けた。

 

「ありがとうございます、レインさん。特務執行課の仕事を、そんなにも愛してくださって」

「エルちゃん……」

「レインさんやヴィアさんが見守ってくれるから、私はきっと、心折れずに頑張れてるんすよ。いつも傍で支えてくれる、特務執行課の仲間たちのおかげっす」

 

 照れ臭そうに頬を染めて、それでも感謝を伝える。エルゼターニアにとって、不特定多数の人々に讃えられる以上に、すぐ側で支えてくれている仲間たちに認められている方がよほど嬉しさの実感が湧く。

 自分は一人きりではないと、勇気を与えてくれる人たち。その一人であるレインにしっかりと笑いかけると、彼女はたしかに笑い返してくれた。それだけで良いのだ。

 

 そうして二人、道を歩く。精霊信仰教会はすぐそこまで近づいていた。

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