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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
26/110

亜人種オーク、そして聖霊信仰

 ──オークという種は緑がかった肌に剥き出しの牙、多種多様な武器を使いこなす手先の器用さが種族的特徴の亜人である。

 

 進化の過程がある程度同一と見なされている亜人種、オーガには劣るものの腕力も優れている。しかも単独主義を是とする文化を持つオーガと異なり、基本的に群れを形成して行動する社会性も保持している。

 とはいえ解せない点があり、エルゼターニアは首をかしげた。

 

「それにしても……オークが人間を? この国のオークは古くから人間にも友好的で、戦争にも関与はしてなかったはずっすけど」

「そもそも彼らは常から温和で、理知的な亜人と聞いています。加えて畜産文化を有しているのですし、わざわざ人間の牧場を襲うなんてするものでしょうか?」

 

 レインも続けて疑問点を指摘する。彼女らの言う通り、オークが人間の牧場を強盗せんと押し入ったとするには諸々、歴史や文化、思想的な背景もあり考えづらいものがあった。

 というのも、共和国内に点在するオークの集落のすべてにおいて、既に人間との友好関係をある程度構築できているのだ。

 

 元より見かけによらず穏和で知的、かつ人間の文化文明にも興味と関心を示す傾向にある珍しい亜人種である。そんな彼らだから、かつての戦争においても魔王の召集を拒み、人間との積極的な交流を続けていた群れまで散見されていた程だ。

 保安官もその点を踏まえて指摘に答える。

 

「ええ、我々もそこは疑問に思いまして……この近辺のオークの群れに話をお伺いしてみました」

「……!?」

「ず、ずいぶん度胸あるんすね。いくら友好的ったって犯罪に関与した疑いのある亜人の群れに、わざわざ聞きに行くなんて」

 

 あっけらかんと勇敢な行為に及んだことを話す保安官に、特務執行課はおろか御者役の二人さえ絶句している。

 強盗を行ったのが本当にオークであり、しかもその群れにいる場合……聞きに行ったが最後、二度と戻れない可能性とて十二分にあるのだ。人間では基本的に亜人に勝つことが至難であることを考えれば、この町の保安官たちの取った行動は恐ろしく命知らずである。

 エルゼターニアが恐る恐る尋ねた。

 

「もしかしてここの保安官の方々は、対亜人戦に精通してるんすか? すごい腕利き揃いとか」

「いえいえ、まさかまさか! ここには全員で8名、駐在保安官がいますが束になったってオークの群れに突撃なんてできませんよ」

「心強い助っ人がおりまして。その方がいなければ、群れとの交渉などとてもできませんでした」

「……助っ人?」

 

 現地の保安官は二人、顔を見合わせて笑う。そこに込められた信頼は、外部から来た四人にも明らかなものだ。

 オークの群れと交渉するに際し、治安維持局員さえも頼りにしたという人物……思わぬ存在が示唆されたことに、一同戸惑いつつも先を促す。

 彼女たちはそして、助っ人の正体を語った。

 

「この町の精霊信仰教会で神父をやっていらっしゃる、クラバルさんという方がいます。そちらの方に同行していただき、交渉に成功した次第でして」

「精霊信仰、っすか。なるほど……精霊諸島の方なら亜人との交渉も可能かもしれないっすね」

「はるばる共和国でも布教活動だなんて、珍しいですね。あの土地の人がそんなことをするイメージは、正直言ってありませんでした」

 

 レインが意外そうに目を見開いた。精霊信仰、それは知識としては知っているものの普段、触れることはまるでない存在である。

 

 精霊諸島という地域がある。遥か海を越えて帝国領土が大半を占める大陸の近く、北西の海に点在する島々だ。

 そこでは『精霊』なる存在を崇拝する、精霊信仰という原始宗教が遥か古代から受け継がれている。歴史的、文化的にも人間のルーツを研究する上で、重大な位置付けにあるとされる土地である。

 

 何より特徴的な点はその精霊信仰の下、人間と亜人が完全に対等な立場で共存しているという点だろう。崇拝対象を同じくしていることからか、価値観の共有や同胞意識が種族の垣根を越えて存在しているのである。

 種族間恋愛さえ頻繁に行われていると噂されるその地域出身の者であるならば、なるほど亜人相手の交渉ごとも手慣れていてもおかしくはない。

 

 反面、そのような土地柄ゆえか外部への、あるいは外部からの干渉については積極的に行うことがないという排他的な一面もある。

 ましてや国外に対しての精霊信仰布教活動など滅多にしないとされているのだが……そのクラバルという神父は、わざわざ共和国に来て精霊信仰の教会を建てたのだという。

 

「昔からいる人なんすか、そのクラバルさんという方は?」

「いえ、戦後間もなく来られた方ですね……精霊信仰をより世界に広めて人々に寄り添うために布教に来られたそうで」

「とはいえ無理な勧誘をなさってはいません。優しくて気さくで、町の人ともすぐに打ち解けましたよ……率先して町の祭りやトラブル解決にも取り組んでくださる、素敵な良い人ですね」

「へぇー……すごいっすねえ。それでその人がオークの群れと交渉した、と」

 

 町の保安官にこうまで高い評価を受ける異国の神父。物珍しさからエルゼターニアも気にはなるのだが、今はそれより聞くべき話があると話を戻す。

 クラバル神父を介しての、オークの群れとの交渉。下手人たるオークに関して何かしら得られた情報はあるのか。

 保安官の女は頷き、答えた。

 

「交渉は見事成功し、下手人たちについてもその詳細な像が浮かび上がってきました。まさしく昨日のことですね」

「直近でしたか……それで、犯人たちの正体は?」

 

 問いかける御者役たちに、女保安官は告げる。

 オークの群れ、温和で理知的な彼らが語った犯罪者たちの素性。牧畜強盗を働いた者たちが、一体どこから来たのか。

 

「結論から言えば強盗を引き起こしたオークたちは、共和国で生まれ育った者たちではありません」

「……それはつまり、戦争の?」

「ええ。戦争が終結した際、共和国に落ち延びた残党のオークたちですね。群れにも接触を試みてきたそうですが、あまりに乱暴だったため受け入れを拒んだそうです」

「そして群れからもはぐれ、社会的な行き場をなくして犯罪に走った、と」

 

 オークはオークでも、共和国に元来暮らしていた者たちではなかった。元々他の国にいて魔王の傘下に入ったオークたちが、落ち延びて共和国南部に住み着いた、成れの果てだったというのだ。

 ふうむとエルゼターニアが言う。

 

「言っちゃうとよくあるパターンって奴っすね……国による送還措置とその呼び掛けも度々行われてるんすけど、それに乗らない辺り恐らくは人間への敵意もそれなりにありそうっすね」

「群れの長が言うところでは、『人間を滅ぼさねばならない』とばかり主張していたそうです」

「あー、やっぱり」

 

 嘆息一つ。彼女の言う通り、はっきり言えばこのご時世、世界中のどこを見てもよくある話だった。

 故郷に帰るに帰れず賊と化し、人間への敵意から犯罪に走るパターンは国際的な社会問題ともなっている。

 

 そうした亜人たちへの救済策として人間側による、祖国への送還を行う国もあるのだが……元より人間と敵対していた亜人たちだ。そのような提案に軽々と乗るはずもなく、状況の改善は遅々として進まないでいた。

 

「送還を餌にして亜人を誘き寄せ、罠に嵌めて一方的に虐殺する国もあります……当たり前ですが、人間の亜人への怨みも相当なものがありますし」

「誰もが皆、亜人と仲良くしたいと考えているなんてあるはずないっすからね。難しいところっすよ……ともかく、件のオークたちは群れとは関係なし、と」

 

 極めて険悪な関係である、今現在の人間と亜人。殺し殺されたのは互いに同じといえど、戦争を先に仕掛けてきたのは紛れもなく魔王率いる亜人の方なのだ。

 そのような連中に何故人間が気を遣わねばならないのか、という思いがあることは、『共和』の理念の下で人間と亜人のために戦うエルゼターニアにも安易に否定できない点が多い。

 

 だが断じて肯定もしない。エルゼターニアにはエルゼターニアの信じる理想の世界、理想の平和があるのだ。

 たとえ現実がどうあろうと、それが信念を挫く理由であってはならないと少女は考える。

 

 ゆえに、今は目の前の事件に集中する。一息に結果だけを求めることはできない。まずは一つずつ、平和を実現するために全力を尽くす──それが『特務執行官』の使命。

 

「分かりました。それでは翌朝、すぐに出動して連中の鎮圧に当たります。保安官の皆さんには捕縛後の下手人たちを連行していただきたいっす」

「はい、分かりました!」

「既に準備はできております、特務執行官!」

 

 短くまとめ、打ち合わせを終える。言ってしまえば簡単な話、荒事はエルゼターニアが行って他の者たちはその後始末役である。

 そうと決まればひとまず朝まで待機だ。特段観光地でも無い分、温泉村よりは多少なり時間を持て余すだろうが、それならばそれで身体をより、休ませれば良いと特務執行官は背筋を伸ばした。

 

「ふぃーっ……それじゃあ私たちは宿まで戻りますか、レインさん」

「そうねえ。ああでも、暇があればこの天気だけど、ちょっと町を見て回りたいかしら」

 

 レインがそんなことを言い出した。エルゼターニアとしても時間を潰せるならば、用事がないよりはある方が良いため、特に否やもなく頷く。

 それならばと、保安官が言った。

 

「先程言った、クラバルさんにも話を聞いてみると良いかもしれませんよ、お二方」

「精霊信仰についてはともかく、オークの群れと交渉した本人ですからね。私たちとはまた別の視点から意見を持っているかも知れませんし」

「クラバルさんっすか……たしかに、話を聞いてみる価値はありそうっすね」

 

 事件の調査に多大な貢献を果たした、町の神父クラバル。かの人物にも一応ながら話を聞くのも良いだろう。どんなに些細であれ、わずかであれ情報が得られるのならば御の字だ。

 レインと二人、頷く。観光と休息がてら町を見て回り、そして精霊信仰教会へと足を運んで神父クラバルから事件について聴取する。このような段取りで今日の用件は決まった。

 

「精霊信仰教会かあ……どんなんなんすかね? 何かこう、綺麗な色付きガラスがキラキラしてるとか」

「町の外れにある、彫像がトレードマークの建物です。ここからそう遠くはありませんよ」

「分かりました。それでは私たちはそちらへ向かいますね……明日、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ! よろしくお願いいたします」

 

 挨拶を交わし合い、一同は明日への意気込みを新たにする。

 そうしてからエルゼターニアとレインの二人は駐在所を出た。町を見て回り、そして精霊信仰教会へと向かうのであった。

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