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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
打ち破れ信仰、少女とヴァンパイア
24/110

特務執行課の華二輪、ゆらりぶらりと馬車の旅

 にわかに薄暗になってきた空。雲行きの怪しい街道を馬車が走る。治安維持局所有の特製馬車を、常のごとく御者役の保安官が二人、御者台にて手綱を引いて動かしていた。

 向かう先は共和国南部。海岸に潜むという亜人犯罪者を捕らえるための道程だ──すなわち特務執行官を連れての旅路である。

 

「ひとまずここから半日かけて南部へ行って、最寄りの町で朝まで休んでから捕縛っすか。バリバリ働くとは言ったものの、実質これだと半日休みっすねえ」

 

 今後の予定を呟く。車内のソファに座り、愛用の装備群を点検しているエルゼターニアだ。いつも通り栗色の髪をふわりとポニーテールに纏めているが、治安維持局員としての制服は上着を脱いで、白いシャツにスカートといった着こなしで作業をしている。

 

「そこは仕方ないわよエルちゃん。南部に着く頃には夜、夜は亜人が有利に立ち回って危険だもの」

「『気配感知』がありますもんね……」

「遠距離も遮蔽物も夜闇でさえも関係なくこちらを捕捉する、亜人たちの基本技能。つくづく人間以上の生命体なのよねえ」

 

 呟きに答えるのは、同じくソファに座る女。深い青の髪がウェーブがかった、ロングヘアの美女。特務執行課スタッフの一人、レインだ。

 普段は課長のヴィア共々、後方にて特務執行官の補佐を行うのが業務の彼女だが、今回はエルゼターニアに付いて南部へと同行していた。

 

「にしてもレインさんと現地に赴くなんて滅多にないっすね。何か新鮮っす」

「そうね。私は基本、事務関係でエルちゃんをサポートする役割だもの。ただ今回は、例の開発品のテストもあるから」

「開発品……こないだ話だけは聞きましたけど、ついにテスト段階に入ったんすね!」

「あくまでもテスト、試作品よ? ほら」

 

 期待に瞳を輝かせるエルゼターニアに、レインが苦笑しつつ応えた。携行していたバッグから、大きめの機材を取り出す。

 ルヴァルクレークのソケット部に似た挿入口が一つある、無骨な装置だ。つい先日、共和国開発局にある電磁兵装研究部が試作したもので、ルヴァルクレークの力を引き出すボトルのエネルギーを充填することができる。

 

「うぉっほーぅ……これが通称『バッテリーチャージャー』! どんな感じっすか?」

「まだ使ってないから何とも言えないけれど……試作の、しかも一号機だもの。あまり期待しない方が良いわよ?」

「そりゃまあ。でも、ボトルの使用回数をどこにいたって回復できるっていうのは夢のある話っすよ」

「現状、アウトドアでは使わない方が無難って開発局の人たちは言ってたかしらね……」

 

 これまでは特務執行課に設置された専用の設備でしか充填できなかったボトルだが、この充電器により旅先での充電も可能となる。

 つまりは特務執行官の職務上の弱点であった、何をするにしても定期的に首都へと戻らなければならない、という動線的効率の問題が解消される芽が出たということだ。

 

 どうしても首都を起点に動かねばならない現状が、充電器の存在一つで劇的に変化することが予想される。そうなればより早く、より手際よく共和国の敵を鎮圧し、罪なき命を護ることができるだろう──業務の効率化が進めばエルゼターニアの負担も相対的に軽くなる。

 それを思い、喜色満面に特務執行官は笑う。

 

「これさえ完成すれば、何かと一々首都に戻る必要もなくなりますね。行ったり来たりが案外、しんどい時もありまして!」

「そうね……そうした意味では勤務時間の短縮も見込める優れものね。でもエルちゃんがたまにしか首都に帰ってこなくなるかも知れないのは、寂しいわ」

「レインさん……」

 

 悲しげに俯くレインに、同性ながらエルゼターニアは美しさを感じていた。そうでなくとも治安維持局内でも男性職員の人気を集める女史であるものを、憂いの表情を浮かべる様はしっとりと匂い立つ華を思わせる。

 いつもエルゼターニアを妹のように可愛がり、またその身を案じてもくれている女性、レイン。女としても憧れるところがある少女としては、その気遣いに感動して応える外ない。

 

「大丈夫っすよ! この装置が正式に完成しても、折に触れて特務執行課に戻ってきますから」

「エルちゃん……お願い、どうか無理はしないでね? 私はエルちゃんが無事に帰ってきてくれることが、何よりも大切なんだから」

「え、えへへ……照れますよ、もうー」

 

 どこまでもまっすぐに見詰め、心配してくるレイン。これ程の美貌にここまで気を遣われるというのは、さすがに照れ臭くもありエルゼターニアは頬を緩めた。

 無垢な少女の笑みに、レインもまた、微笑みその頭を撫でる。穏やかな一時……そのようにして馬車の中、特務執行課の女性陣は仲睦まじく時間を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国南部は共和国にあっても特に歴史が古いとされている。一説によれば数千年前に、どこか別の大陸から船を用いてこの土地に入植してきたのが、共和国の起こりとも言われているのだ。

 

「詳しいことは分かってないんすよね?」

「ええ。1000年前の戦争で、その手の歴史文献は文明ごと焼き払われたという話だから」

 

 南部地方入りしたことを告げる看板を、車内から窓を通じて見る二人。歴史的なあれこれを話そうとはするのだが、それができない事情があった。

 

 1000年前。遥か古代に当たるその時代に戦争が起きた。15年前と同様の、魔王率いる亜人の群れによる人間殺戮戦争である。

 今に比べて亜人への対抗策を持たなかった人間側は為す術もなく蹂躙され、破壊され滅ぼされ──その当時存在していた文化文明を、ほぼ完全に喪失した。人間が生息していたすべての地域で、だ。

 今ある文明はその戦争以後に発展させたものに過ぎず、それ以前の痕跡は、時折出土する遺跡や古代文献などからしか辿れないのが実状であった。

 学校にて学んだ知識を思い返し、エルゼターニアが嘆息する。

 

「1000年前にしろ15年前にしろ……『魔王』ってのはそんなに人間が憎いんすかねえ? 文明さえ残さず破壊し尽くすなんて、狂ってますよ」

「その間にも度々、似たような戦争は起きていたって話だけれど、当時の人間たちの頑張りでどうにか抑え込めていたらしいわ」

「15年前の戦争も、『剣姫』様を筆頭にたくさんの英雄が生まれましたし……人間も負けてないっすね!」

「『剣姫』さんは亜人なのだけど、ね。魔王を倒したのもあの方なんじゃないかとされているし、やっぱり別格ねえ」

 

 15年前から10年続いた戦争にて、大活躍した英雄を讃える。

 かの戦いの最終局面にて、魔王を打ち倒したのは誰か──ことの詳細が一般に明らかにされていないため諸説分かれているのだが、最有力説とされているのはやはり、S級冒険者『剣姫』リリーナによるというものだ。

 戦争において幾度となく魔王と相対し、何度かは肉薄し追い詰めるまで至ったのは『剣姫』のみとされている。だからこそ、大災厄を退けたのは彼女なのではないか、という説が根強いのだ。

 ただし、とレインは呟く。

 

「『剣姫』さん、戦争が最終盤に差し掛かる辺りから戦場に姿を表さなくなってるのよね……ちょうど追い詰められた魔王軍が、ゲリラ戦に突入する直前くらいに」

「単独で魔王を追って、戦場には出られなかったとかじゃないんすか?」

「そうなのかしら? 何にせよ、魔王を倒せるなんてあの方くらいよね……自然災害を自在に引き起こす怪物相手にまともに戦えるなんて、他にいないわ」

 

 身震いすらするレイン。戦場にこそ出ていない彼女だが、伝え聞く大災害『魔王』の恐ろしさは想像だけでもおぞましいものがある。

 噴火、洪水、津波、竜巻、台風、暴風、地震、雪崩──果てはどうしたことか流星群さえ自在に引き起こす。およそ自然現象すべてを自在に操り、地形さえ一息に変えてしまう破壊の化身。

 魔王によって地図の書き換えが必要となった地点は、それこそ数え切れない程だ。

 

「数百年に一度現れる、謎に満ちた亜人種『魔王』──一体何なのかしらね。何の目的もなしに人間を殺戮しているわけじゃないとは思うのだけど」

「……そう、っすね」

 

 曖昧に頷きながらも、エルゼターニアの脳裏を掠めるは一人の少女。エメラルドグリーンの長髪が特徴的な、不思議なカリスマを持っていた王国の賓客。

 マオ──天使との戦いで危機に陥っていたところを助けに入り、圧倒的、かつ破壊的なまでの力で容易く事態を解決した謎の存在だ。『オロバ』の存在について警告してくれた、共和国にとって重大な人物でもある。

 

 思えば彼女も、竜巻や暴風といった自然現象を巻き起こす不思議な能力を有していた。亜人であることには違いないが、証明書にも『亜人(その他)』などと暈した書き方をするのみで、具体的に何という種であるのかは終ぞ、聞かないでいた。

 ふと過った疑念に、エルゼターニアは慌てて首を振る。

 

「……いやいやまさかまさか。王国の賓客さんなんだからそんなこと」

「エルちゃん?」

「大体、魔王はあの戦いでバッチリ死んだって話だし──あ、いえ! 何でもないっすよレインさん!」

「……?」

「あは、あはははー!!」

 

 首をかしげるレインに笑って誤魔化す。もちろん理屈的に考えてあり得ないことだ……マオが、魔王などと。

 とはいえ摩訶不思議な力を持っていたことは事実だ。天使は『魔眼』のオリジナルだと言っていたが……すなわち『オロバ』が前から着目していた亜人種であるとも言える。

 

 もっと詳しく、素性について聞いとけば良かったかとも一瞬考えるも、すぐにそれでも意味は薄いと考え直す。

 マオは己の種族を教えたがらない様子であったし、そうなると相手は王国の特級賓客だ、無理に聞き出せばその場で国際問題となる。どのみち打つ手は無かったのだ。

 

「何より、友達を疑うなんてしたくないし、ね」

 

 ぼそり、と呟く。エルゼターニアにとってもマオは友達だ……それも特務執行官となってからは初めて出来た友である。

 多少強引で自信家で、皮肉めいた言動なこともあるがその根底には優しさと気遣いがあった。短い付き合いながらも可能ならば側にいたいと思えた、大切な少女。

 そんな彼女を妄りに疑うなどとんでもないことだ。

 

「また、会えると良いな……共和国が落ち着いたらきっと、王国南西部に旅行に行こっと」

「見えてきたわよエルちゃん。あれが今日の目的地ね」

「え、あ、はい! ようやっと到着っすね」

 

 物思いに耽るエルゼターニアを現実に呼び戻す、レインの声。ついに共和国南部、海岸近くの町へと到着するのだ。

 朝から昼を過ぎ、時刻的にはもうしばらくで夕方になる。空を見上げればいよいよ雲行きも怪しい。今日は大人しく町で一泊し、明日の朝以降に海岸へ赴いて亜人と一戦、交えるのだ。

 

「天気、持ってくれて助かりましたね」

「まったくね……明日の天気はどうなるかしら。雨の中、亜人と戦うなんて避けたいところだけれど」

「海沿いで戦うとなると、どうしても濡れ鼠になりそうなんでそこは気にしてないっすよ」

「もう、身体を労りなさいな」

「え、えへへ」

 

 曇り空を見上げて言葉を交わす。ひとまずここから、今回の事件の幕は上がるのであった。

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