動き出す英雄、王国南西部にて
大陸中央を広く占める王国領、その南西部にある町。
『砦町』とも呼ばれる、外周を巨大な砦が囲うのが観光資源ともなっているその町のとある施設にて、彼らは集まっていた。
いわゆる、冒険者ギルドだ。その内部にある食事処のテーブルで、男女四人が座って食事と共に歓談していた──時は昼頃、多くの冒険者たちが飲み食いに会話を楽しむ喧騒の中。
その内の一人、エメラルドグリーンの長髪を床まで伸ばした少女、マオがおもむろに告げる。
「というわけで小僧、お前半月くらい後で良いから共和国行け。『オロバ』のアホどもを叩きのめして、ついでにうちの館の連中に土産も買ってこい」
「え」
いきなりの言葉に、対面に座る少年が困惑に目を丸くした。
赤い髪色をした、まだあどけない幼さが残る年頃の、一見すると少女にさえ見えかねない少年だ。とはいえ彼は冒険者、華奢に見える肉体はそれでも鍛え抜かれており、その身、その瞳には覇気を宿した英雄の相を備えている。
少年の隣には青い髪を結った少女が座っており、そちらもやはり、戸惑いに瞳を揺らしていた。
そしてマオの隣。同じく座っていた男がすかさず、彼女にツッコミを入れた。
「説明しろこの馬鹿! あと厚かましい頼みを添えるな。自分は結局土産物買ってこなかったのに」
「楽しすぎて忘れてたんだよ! アリスはじめメイドどもに散々からかわれて失敗したなあ、もう」
「楽しかったんなら何よりだが、だからって人に頼むことじゃないだろ……」
そう言って男はため息を吐く。黒目黒髪、中肉中背。どこにでもいる平凡な顔立ちの、見た目は少年少女らとそう変わらない程度。
だが知る人ぞ知る……彼こそが王国南西部は大森林にある『森の館』の主。かつて戦争にて魔王マオを打倒して世界を救った英雄。
異世界から来た改造人間、人造亜人。すなわち勇者セーマその人であった。
「土産云々は気にしないでよ、アインくん。ソフィーリアさんも」
「は、はあ」
「共和国の方は冗談というわけじゃないんですね……」
「ま、そっちはね」
セーマに応える少年少女──アインとソフィーリア。
数ヵ月前にこの土地で起きた『魔剣騒動』に巻き込まれ、成り行きからその鎮圧に大きな貢献を果たした二人。史上最年少のS級冒険者『焔魔豪剣』とその唯一無二のパートナーだ。
彼等が子細を問えば、セーマは一つ頷いて説明を始める。
「こないだ一週間、マオが共和国に旅行がてら『オロバ』の調査に行ってたのは知ってるよね」
「あ、はいそれは。あくまでも旅行がメインで、『オロバ』に関しては期待してなかったとも聞いてます」
「連中の動向については基本、しらみ潰しだからね」
セーマにしろアインにしろソフィーリアにしろ、『オロバ』への敵対心は強い。とりわけセーマとアインはそれぞれの身の上で因縁があり、積極的に陰謀を調べんとするマオに肯定的な立場だ。
とはいえどこを探すにしてもノーヒントゆえ、まぐれに近い総当たりをしなければならない事情も分かっていた。そのため、それなりに時間がかかろうとも予想して各自のんびりと地元で暮らしていたのであるが……
「──え、まさか『オロバ』がいたんですか!?」
「早いですね、すごいです!」
「俺も驚いたよ……いやまさか王国の賓客となって最初の旅行で見つけてくるなんて。さすがだな、マオ」
わずかな期間でいきなり邪悪の気配を割り出したその手際、運の良さ。少年少女が驚きと軽い尊敬の視線を向け、セーマがストレートに褒めてくる中、マオはふふんと鼻高々に笑う。
「この程度マオさんには造作もないさ! いやあ報告に行ったローランもきょとんとしてたよ。直後に旅行費を要求したらすぐに渋い顔になりやがったけど」
「お前な……いや、今回はしっかり成果を挙げたから筋は通ってるか」
「よっぽど国のお金を出したくないんですね、陛下」
『オロバ』調査費という形で資金援助を行うことになっている王国は『豊穣王』ローラン。それでもできるならば国民の血税を一個人に渡すなどしたくはないのだろうなと、かの王の親友であるセーマや面会したことのあるアインは顔を見合わせて苦笑いを浮かべるばかりだ。
続けてマオが、悪役めいた笑顔を浮かべて低く笑う。
「幸先良く手柄を挙げたからさ、今後も何かと要求を通しやすいと思うんだよね! くくく、旅行費の名目であれやこれや、追加要求してやろうかなー」
「さすがにそこまでやったらローランでなく俺が相手になるぞ、マオ」
「う……」
悪辣な笑顔を浮かべるマオに、セーマが真顔でぼそりと呟いた。途端にひきつる少女の顔。
然もありなん。およそ世界最強と言って良い脅威の能力、魔法を駆使するマオではあるがそれでもたった一人、セーマにだけはどうしても敵わないのだから。
そもそも戦時中から今まで、彼と戦って勝てたことなど一切ないのだ。さしもの自信家もそうなると弱気も見せて、目をそらしつつ言う。
「分かってるよ、冗談だよ! ちゃんと使った分しか要求しないってば!」
「頼むぞ、本当に……さて、ともかく。旅行先の共和国でマオは、『オロバ』が活動するのを見た。『魔眼』とやらを用いて何か企んでいるらしい」
「魔眼……! 剣の次は、眼ですか」
「人間に力を与え、犯罪を行わせているそうだ。魔剣の時とやり口は同じだな」
かつての『魔剣騒動』と似た手口が、今度は共和国で行われている。それを聞き、アインの顔付きは一気に険しいものへと変わる。
彼自身、魔剣の担い手として利用された過去がある。幸いにして早期にセーマと出会ったことでその力を世のため人のため、正しい方向へと用いることができたが──利用されるだけされて心を壊し、大罪を犯さざるを得なかった者とも相対したことがある。
ゆえに許せない。己の目的のために人の命と生活と尊厳を踏みにじる『オロバ』は、新時代の英雄たるアインにとって絶対に打倒せねばならない邪悪だ。
燃え盛る焔を思わせる覇気を宿した瞳が、セーマの瞳と視線を重ねる。師であり友でもある救世の勇者はそれに応えた。
「だから、アインくん。俺とマオから君に依頼する──共和国に行き、暗躍する『オロバ』を討伐してきてほしい。今あの国で孤軍奮闘している『特務執行官』の少女、エルゼターニアさんに協力する形で」
「依頼は分かりました。けど、『特務執行官』?」
「旅先で会ってね、『オロバ』と戦ってるところを見たのさ。ついでに骨休めにも付き合ってな」
目を細めるマオ。『オロバ』を抜きにしても良い出会いだった──エルゼターニアに見た正義の信念の輝きを思い返し、改めてアインに向き直る。
「今の共和国、亜人に対抗できるのがエルしかいないんだ。本人は情熱を以て国を護るべく戦ってるけど、正直に言えば余裕が無さすぎる。戦争中のセーマくん程でないにしろ、あれじゃ直に限界が来てしまう」
「たった一人で、亜人を相手にしてるんですか!?」
「そんな……」
「ひどい話だ……というか思っていた以上に層が薄くなってるんだな、共和国」
エルゼターニアの置かれた窮状に、一同がその身を案じる。共和国の戦力不足も驚きだが、何よりそんな中で一人きりの戦いを続けてきた少女に畏敬を禁じ得ない。
そしてマオは続けて頼んだ。
「だから小僧、いや『焔魔豪剣』アイン。できる限り、あの子の力になってやってくれ。頼むよ」
「マオさん……分かりました! 微力ですけど、必ずエルゼターニアさんの助けとなって『オロバ』を打ち倒します!」
「私もアインに付いて行きます! サポートなら任せてください!」
力強く頷き、勇者と魔王からの依頼を受諾したアインとソフィーリア。
こうして世界でも有数の実力者であるS級冒険者『焔魔豪剣』が、共和国へと向かいエルゼターニアに力を貸す手筈が整ったのであった。
そして食事を終えて帰りの道すがら、アインやソフィーリアと別れ、セーマとマオの二人で町を出た草原。
後は『テレポート』で家へと帰るだけなのだが……今日は陽射しも良く、二人は軽い運動がてら散歩をして雑談に興じていた。
「にしてもマオ、そのエルゼターニアさんをずいぶん気に入ったんだな。アインくんにああも頼み込むなんて」
セーマが微笑んで言う。身内以外には皮肉屋で態度の悪いマオがこうまで気遣いをみせる、かの特務執行官。
よほどの人物なのだろうと興味を持って尋ねると、マオは皮肉げに肩を竦めた。
「実際に会ったら君も同じことすると思うよ、たぶん。マジで仕事第一で、しかも激務ばっかりときてる。ほぼ毎日亜人相手にしてるみたいだし」
「ブラックだなぁ……」
「上司が気を利かせて一週間、温泉地で養生してこいってのに一日で切り上げて帰ろうとしてたんだから本人の意識も相当ヤバい。ありゃ誰か頼れる仲間がいないと、本当に参ってしまうと見たね」
心配と言うよりはむしろ、多分に呆れ返った声音でエルゼターニアを語る。仕事熱心なのは結構だが、度が過ぎると当然良いことにはならない。
それが分かるからこそマオは彼女の身を案じ、アインに念押しするように頼んだのだ。
「ま、彼女の友としてはね。できる限り便宜を図ってやろうかなーと」
「友……そっか。お前の友達なんだな、エルゼターニアさんは」
「私の素性が知れるまでは、だろうけどさ。知れたらきっと、そうはいかなくなる」
「……マオ」
何でもないように軽い口調だが、セーマにはそれが強がりだと分かっていた。それゆえ、彼女を背後から抱き締めてその頭を撫でる。普段であれば照れ隠しの抗議もあろうが、マオは彼の腕に身を任せるがままだ。
──人間を友とするには、マオの行いは人間にとり凶悪すぎた。その思いはセーマにもある。
何千、何万と人間が死んだあの戦争の、首謀者本人なのだ。それが星という超越的な存在の都合による、大局的に見れば正しい行いだったとしても、そんなことは被害者たる人間からすれば何ら関係のない話だ。
いつか、訣別する時は来るだろう。エルゼターニアがいかなる人物かは分からないが、魔王と知ってなお、マオを受け入れられるかは一般的に言って難しいと判断せざるを得ない。
逡巡してからセーマは、慰めるように耳許で囁く。
「……せめてそれまでは、エルゼターニアさんと仲良くやると良い。終わりが決まっていたとしても、そこに至るまでの過程はきっと、大切なんだ」
「ん……だね。まあ、滅多に会うこともないんだが」
「それでもだよ。そして辛かったり苦しかったりしたら、遠慮なく俺や館の皆に甘えろ。俺たちはお前の家族だからさ」
抱擁と共に愛しい男の声、優しい言葉を受けてマオは静かに笑った。この勇者にしろ、彼に仕えるメイドたちにしろ、どこまでも温かく優しい。
こんなに素晴らしい者たちと、家族と言っても良い関係になれたこと。それそのものが誇らしいことだろう……そう感じて、彼女は想いを呟いた。
「ありがとう」
その言葉に、セーマは抱き締める力をわずかに強めることで応える。
共和国の特務執行官、エルゼターニア。王国から遠く離れた地にて奮闘する彼女に、二人は静かに想いを馳せるのであった。
次話から第2章ですー




