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共和国の現状、特務執行課の使命

 共和国特務執行課の役割は、言ってしまえばシンプルなものだ。

 『共和国の秩序を乱す亜人の取締』──これに尽きる。一般的な人間の犯罪者は同じく治安維持局の直轄組織である保安部に任せ、こちらは亜人が引き起こすあらゆる犯罪に対抗する。

 これこそが特務執行課の使命であり、とりわけ電磁兵装ルヴァルクレークの使用を許された特務執行官、エルゼターニアの任務であるのだ。

 

「とはいえ、ちょっと最近多すぎるっすよ亜人の犯罪ー」

「まあなあ……お疲れさん」

 

 うんざりとデスクに突っ伏すエルゼターニアに、ヴィアはコーヒーの入ったカップを差し出した。

 受け取り、一口。ミルクと砂糖がたっぷりと入った甘みが口内に広がり、その温かみもあって彼女はほう……と一息ついた。

 季節は秋も中頃、そろそろ寒さが本格的に到来する季節だ。スモーラ捕縛に関しての報告書を書き終えた今、本日の業務としては一段落ついた頃合いになる。

 

 エルゼターニアの報告書を読みながら、ヴィアは言う。

 

「先月が48件、今月は半ばでもう33件……こそ泥みたいな軽犯罪を含めてるとはいえ、いよいよエル一人に任せられる量じゃなくなってきてるなあ」

「捜査自体は保安部の亜人犯罪対策課がやってくれてるっすけどー。いざ捕縛の段となると、やっぱり私とルヴァルクレークがメインっすもんねー」

「向こうの課員たちも対亜人用に鍛えてはいるんだが……正直、エルはもちろん冒険者たちと比べても見劣りはするからな」

「私はともかく冒険者はそりゃあ……対亜人のノウハウは世界規模っすから」

 

 ままならんものだと肩を竦める。冒険者という、ある種の対亜人専門家たちの存在の大きさが、今更ながら二人には痛感させられていた。

 

 冒険者──ギルドから斡旋されたあらゆる類いの依頼を好きなように遂行して報酬を得、それにより生計を立てる職業だ。

 中には当然、賊と化した亜人の討伐や捕縛なども含まれており、そうした荒事をこなせる実力者はどんどんとギルドから上級冒険者として認められていくため、必然的に対亜人の専門家が多い。

 

 人手に困る特務執行課としては、臨時にでもそうした冒険者たちの力を借りたいところであるが──

 

「冒険者ギルドにも依頼の形では出してるんだが、どうも釣れない……亜人と戦う割に報酬が渋いし、しかも拘束期間が長いもんだから仕方ないけど」

「もっと増やせないんすかぁ、報酬?」

「予算がな……いやそれ以前にそもそも、国内の冒険者じゃ亜人の相手になれる奴が少ないし」

「ほとんど戦争で死んじゃったっすもんね……はあ。とにかくお金っすか、やっぱり」

 

 苦々しく呻く。特務執行課長としてどうにもならない現実を告げるヴィアに、エルゼターニアも同じくため息を吐いた。

 何をするにしても予算が必要となる……特に亜人を相手取れるだけの戦力を持つとなるとほとんどの場合が上位冒険者であり、雇うとなると相応の金が必要だ。

 

 もちろん共和国とて出し渋りをしているわけではない。単純に、他の国家組織に必要な額も併せて工面する都合上、治安維持局直轄にすぎない一部門にそこまで注力するだけの資金もないのだ。

 戦後まもなく、未だ復興が必要な地域は共和国内にも多い……まずは何より生活基盤の建て直しが急務ゆえ、仕方のない話ではあった。

 

「まあ今、局長に掛け合って『クローズド・ヘヴン』の一人でも雇えないかと相談はしてるよ。彼らは報酬額より緊急性や好奇心を優先するから、あるいはこちらに来てくれるかも知れんしな」

「『クローズド・ヘヴン』って……S級冒険者10人からなる、超国家的治安維持組織っすよね?」

「ああ。誰一人とっても亜人を相手に有利に立ち回れるって話の実力者たちだ。エルとルヴァルクレークの組み合わせ以上かもな、あるいは」

 

 冒険者の中でも最高級とされる、S級に認定された者は今なお世界で50人程しかいない。

 そして、その数少ないS級冒険者たちの中でも特に強力な10人がチームを組んだのが『クローズド・ヘヴン』である。

 人間世界の秩序を維持するため、国の枠組みさえ越えて世界中で日夜活動している、戦後間もなくに発足された特別なチームなのだ。

 

 ヴィアが腕組みし、何やら惜しそうな声音で語る。

 

「今年の夏の始め頃、王国南西部で起きた『魔剣騒動』──あれの解決に『クローズド・ヘヴン』のメンバーが数人、関わってたって話だ。どうにか声をかけられないかと思ってたんだが、奴さんら大陸北部、つまり連邦の方に行ったらしくてな。惜しいことしたよ」

「そうなんすか? 『魔剣騒動』ってたしか、史上最年少のS級冒険者が誕生する切欠の事件っすよね?」

「『焔魔豪剣』アインだな。すごいよなあ、冒険者になってからたった半年でS級に昇級、しかも二つ名は王国が誇る名君こと『豊穣王』ローラン直々のネーミングって話だ」

「へぁー……天才っているところにはいるもんなんすねえ」

 

 共和国の東側、砂漠を越え大森林を抜けた先にある王国。『豊穣王』ローラン指導の下、世界経済の中心を担うかの大国で起きた騒動について、二人で唸る。

 

 大森林付近の王国南西部にて夏の始め、詳細は不明だが『魔剣』なる武器を巡り一部の亜人が殺人を引き起こした事件があった。

 世界最強のS級冒険者『剣姫』やその相方『疾狼』、『クローズド・ヘヴン』の幾人かに加えて『タイフーン』の二つ名を持つ冒険者など、名だたる実力者が総出で鎮圧したという最近でも特に話題性に富んだ事件。それが『魔剣騒動』である。

 

 何より特筆すべきは、騒動において無名の新人冒険者が一人、絢爛たる冒険者たち以上の活躍を見せて騒動に終止符を打ったことであろう。

 その冒険者、名をアインという少年は一連の功績を以て瞬く間にS級冒険者へと登り詰め、『豊穣王』直々に二つ名を授かったエピソードも併せ、今ではすっかり『新時代の英雄』としてその名を世界に轟かせていた。

 

「アインさんって王国南西部にいるんすよね? その人に依頼、出せないっすか?」

「いや、それも考えたんだが……調べたところ、どうも彼はまだ修行中らしくてな。友人だか師匠だか知らんが、とにかく知人と剣術を鍛えるべく王国南西部からはまだ、出る気はないんだとさ」

「へー……あ、じゃあじゃあ! 『剣姫』様はどうなんすか? あの方が力を貸してくれれば、あっという間に治安も良くなるっすよきっと!」

 

 一縷の望みを掛けてエルゼターニアは、『剣姫』に依頼できないかを問うた。ネームバリュー、実力共に『炎魔轟剣』はおろか『クローズド・ヘヴン』ですら遠く及ばない、生きる伝説そのものな冒険者の名だ。

 

 リリーナという、『堕天使』の亜人である美しい女性。かの戦争においても人間側に立ち、その圧倒的な剣術によって各地の戦場で多大な活躍を打ち立てた。

 100年以上前から冒険者として活動しており、あらゆる時代において大きな存在感を示してきた、すべての戦士にとっての頂点。

 世界最強との呼び声も高い『剣姫』リリーナさえ特務執行課に協力してくれるのならば、犯罪に走らんとする者たちもその威光を恐れて大人しくなることだろう。

 

 しかしヴィアは肩を竦めて首を横に振った。

 

「それが……実はな。『剣姫』もその相方の『疾狼』も、そもそも接触を図ることすら儘ならないんだ」

「……へ?」

「どうもあの二人は今、大森林の中に拵えられた館で……何でかメイドとして働いてるらしくてな。あんまり外界に出てこないし、出ても冒険者としては王国南西部付近の依頼しかこなしていないらしいんだよ」

「……メイドぉ!?」

 

 すっとんきょうな声をあげ、エルゼターニアは驚いた。『剣姫』リリーナは無論のこと、その相方である『疾狼』ジナまでもが、冒険者活動をそっちのけで大森林にてメイドなどしているというのか。

 おずおずと、エルゼターニアは尋ねた。

 

「え、ていうか館って。あんなところに誰が……あそこ、昔からたくさんの亜人が暮らす超危険区域じゃないっすか」

「そこがどうも分からん。調査員が言うには、王国南西部の町や村では『森の館』なんて呼称で、それなりに親しまれているようだが」

「『森の館』?」

「何十人もの亜人の美女が、揃ってメイドとして『ご主人様』とやらに仕えているそうだ。金持ちの道楽にしちゃ、度を越えて豪勢だわなあ」

「え……えぇ……?」

 

 得体の知れぬ『森の館』の風聞に、エルゼターニアは心底から顔をしかめて呻いた。

 大森林に館を拵える時点で相当マニアックな趣向だと言えるものを、あまつさえ亜人の女を何十人とメイドとして仕えさせているなどと……成金の極まった悪趣味としか思えずに、何よりも嫌悪感が先に立つ。

 

 そんな部下に苦笑を浮かべ、ヴィアはおどけて言った。

 

「ま、亜人は美人も多いし? 男としちゃあ憧れない話でもないけどな」

「課長……ドン引きっす」

「そう言うなって。とにかく、そういう事情から『剣姫』だの『疾狼』だのに依頼するのも無理筋ってことだ。ごく狭い地域でしか冒険者活動をしないのには理由もあるんだろうし、そもそもコンタクトだって取りづらいんだからな」

「うー……残念無念っすー」

 

 コーヒーを飲み、ぐったりと息を吐く。そういうことであるならばエルゼターニアは今後も、一人で多くの亜人と相対せねばならないということになる。

 うんざりして彼女はぼやいた。

 

「いっそ亜人をしばらくの間、共和国から追い出したり?」

「それすると、静かに暮らしている大多数の亜人が大暴れするぞ? 共和国も広いんだから、彼らの群れだってたくさんある。亜人排斥政策なんて以ての外だわなぁ」

「……っすよねー。それに何より、共和国の理念に反するっすもんねー」

 

 冗談で言ったものの、ヴィアに否定されるまでもなくエルゼターニア自身、亜人排斥など欠片とて望んではいない。

 亜人に友好的だとか否定的であるとかの個人としての思想の問題ではなく、それが共和国の理念であるからだ。共和国で生まれ育ち、今ではその理念を護る立場となった彼女にとって、それを否定するつもりなどあり得ないことだった。

 

「人間と亜人との、適切な距離感の下での友好関係……すなわち『共和』の理念。特務執行官として、この理念を破るつもりはないっすよ」

「そうしてくれよ、本当に……ルヴァルクレークは強力だ。どんな人間でも、とんでもない力を手にすればそれに溺れないとも限らないんだ」

 

 ともすれば不信とも取れる台詞だが、エルゼターニアにはむしろそれが、ヴィアなりの信頼の証だと思えていた。

 本気で危惧している相手にこのようなことは言わないだろうし、しっかりと自分のことは信じた上で、ルヴァルクレークを託してくれているのだ、と。

 

「ま……すまんがしばらくは、今のままの体制で頼む、エル。亜人犯罪対策課の連中も動員させるからさ」

「どうにか一人でも頼れる冒険者さん、喚べると良いっすけどねー……」

「そこも任せろ。既存の体制では手に余る状況になりつつあるのは間違いないんだ、何としてでも工面はするさ」

「マジ、お願いしますー……」

 

 心底から頼み込む声音のエルゼターニアに、これは火急の案件だなとヴィアは改めて頷く。

 ともあれ今この一時は平穏なのだと、冷めていくコーヒーを片手に過ごす、特務執行課の二人であった。

今話にて出てきた『魔剣騒動』については

「王国魔剣奇譚アイン」

ncode.syosetu.com/n6087fb/

を読むとより、分かりやすかったり楽しかったりするかもしれませんー

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