かつてからこれからへ、新たな時代を担う者
駆ける馬車を操ること一時間と少し。エルゼターニアたちは何事もなく村への帰還を果たしていた。
出立した時と同様、1台だけだ……途中の岐路で他2台の馬車とは進路を別にしている。彼らはそれぞれ、温泉村とは別にこの地域に存在する二つの町へと向かったのだ。
これは各町村の保安官たちが共同でことに当たっていたがゆえの措置である。怪我を負った保安官たちは皆、それぞれの担当している場所の病院で手当てを受けることとなっていた。
一つの病院に全員が押し掛けても混乱を招くだけだろうという思惑からのものだ。それゆえエルゼターニアの馬車だけがこうして、村へと到達しているのだった。
「はい馬車通るよー! 怪我人優先ー!!」
「急患だ! 皆さん道空けて!」
「何人もいるんだ、お客さんらもこっちを優先してくれ!」
そして村は今、常にない緊急事態に門番たちが怒号を響かせていた。何しろ保安官たちが複数人、明らかに怪我を負った様子でいるのだからただごとではない。
加えて負傷者の中には、どうしたことか右目の無い者までいる。保安官ではないのは服装からも知れたが、それ以前に紛れもなく一番の重傷だ。すぐさま病院に連れていかなければ命さえ危ういと、門番たちはすぐさま馬車ごとエルゼターニアたちを村へと通した。
村内の往来を急ぎ進む馬車、しかも門番がひどく焦った様子で先導しているのだ。
これは大変なことが起きたと、観光地という土地柄かのんびりした気質の住民さえあわてふためいて道を空ける、緊迫した様相を呈していた。
「おーおー、普段呑気だとこういう時に騒然とするもんだなー」
「ここら辺も多少、荒事があったりはするんすけど……保安官がこんなにたくさん、怪我することなんて滅多に無いっすからね」
手綱を引いて御者台の上、村内を行くマオとエルゼターニアの二人がぽつぽつと言葉を交わす。
ここまで来れば後はもう、病院にまで患者を連れていけば終わりだ。周囲の喧騒とは裏腹にどうにも脱力した様子で、少女らは話を続ける。
「保安だからこそ、か。王国南西部は新米冒険者が一人二人倒れたくらいで大騒ぎだったそうだから、やっぱあの土地のんびりしすぎだよなあ」
「そっちの方が絶対に良いっすよ。いつかはこの国も、そんな風になってくれると良いんすけど」
「戦争が風化していけばそうなるだろ。現にあれからもう5年、大分各地の状況も落ち着いてきてるって聞くぜ」
「共和国は相変わらず、月30件40件ペースで亜人犯罪が起きてるんすけどねー」
「そんなに」
眼を丸くしてマオ。亜人による犯罪の落ち着くことがない共和国の現状についてはそれなりに把握していたつもりだったが、いざ数字として教えられると予想以上のものらしかった。
月にそれだけの亜人が何かしら問題を起こしているということは、すなわちそれらに対してたった一人で立ち向かうエルゼターニアの負担の重さをも端的に示していて。
マオは努めて優しく、声をかけるのだった。
「……とりあえずこれであと数日は休みだろ? 今の内にゆっくり羽を伸ばせよ、エル」
「え? いえ、『オロバ』とか『魔眼』とか早く報告しないと行けませんし、この後すぐに帰ろうかと──」
「真面目か!? 良いから休めよせっかくなんだし! お前そんなだと本当に悲惨なことになるぞ!?」
なおも職務遂行に精力を傾けんとする特務執行官の姿に、もはや堪らずマオが叫んだ。
この少女の前のめりな仕事への熱意は、方向性は違えどどこか在りし日の『勇者』を思い起こさせる──せざるを得なかった彼とは異なりこちらはやりたくてやっている節があるのだが、重すぎる負担に喘いでいるのはどちらも同じだ。
つまり、エルゼターニアもこのまま行くといずれは彼と同じ末路が待っていると言えるのだ。マオはそれを、強く危惧していた。
「一流の戦士の条件はな、休める時にはきちんと休むことだ! 『共和』の理念とやらを護りたいお前は一流にならなきゃ駄目だろ! 休め休め、まったく!」
「う……は、はあ。でも良いのかなあ……」
「どうせ数日くらいじゃ何も変わらん。大体な、そういう報告ごとは他の下っ端にでもやらせとけ。共和国最強の人間なんだからもっとふんぞり返っとけよ」
「最強ってそんな。畏れ多いっすよ」
困惑して最強呼ばわりを否定するエルゼターニア。しかし現状の共和国においては紛れもなく事実なのだと、マオは呆れた目で彼女を見た。
亜人をたった一人で相手取れる人間自体、世界全体を通してもそうはいない。50人程度のS級冒険者や一部のA級冒険者、国仕えの騎士や兵士にも一握り数えるくらいのものだ。
ともすれば100人いるかいないか、そんな超上位層の中に、紛れもなくエルゼターニアは食い込める……たとえルヴァルクレークの性能による補正が強力なものだとしても、そこまで含めて彼女の実力なのだ。
まるで自覚の無い特務執行官に、魔王はやれやれとため息を吐いた。
「傲慢になれとは言わんがね、エル。もうちょい自信持ちなよ。君は強い。共和国の人間の中では最強だろうし、何なら王国南西部でプー寸前の生活してるくせにレベルだけは無駄に高いその日暮らしどもと比較しても、間違いなくトップクラスだ」
「その日暮らし……まさか冒険者さんのことっすか?」
「どうでも良いよそこは。そんで、まだまだ伸びる素養もある。その得物……ルヴァルクレークつったな? そいつのポテンシャルはそんなもんじゃないはずだし」
御者台に座るエルゼターニアの隣、立て掛けてある大鎌を指差して言う。少女を特務執行官たらしめる電磁兵装にうろんげな視線さえ向け、マオはぼやくように話し始めた。
「クラウシフ……その鎌を拵えたのはかつて、『オロバ』で科学者として働いていたという輩だ」
「……!? え、何すかそれ!?」
「もう数百年も前の話だから今じゃ無関係みたいだがな。色々とずいぶん、性質の悪い代物を開発してくれたみたいで。その内取っ捕まえてやろうと考えているよ」
驚愕に染まるエルゼターニア。愛用している武器、共和国を護る正義の刃たるルヴァルクレークの製作者がまさか、かの『オロバ』、『魔眼事件』を引き起こしている連中のかつての一味だったとは。
絶句する少女を半ば無視し、マオは続けて言う。恐るべき邪法、異世界にさえ干渉するおぞましき術式の基礎を作り上げた大罪人たる天才科学者。その者が造り上げた武器に宿る、力を。
「そのルヴァルクレークには、未知なる力が宿っている。規模こそ比べるべくもない程に小さいが、かつて世界を救った大英雄と同質のものがね」
「力……大、英雄?」
「もっと言えば魔剣にも組み込まれていた節のある力だ。あれも少なからずクラウシフが絡んでいたんだろうな……とはいえ向こうは目的の違いもあり、その鎌とは方向性が異なるようだが」
「は、はあ」
半ば置いてけぼりで話を進めるマオに、まったく付いていけずに混乱するエルゼターニア。
今日は朝から衝撃的なことが続いている……天使との戦い、マオの実力、『オロバ』と『魔眼事件』──そして、ルヴァルクレークとクラウシフの正体。
目まぐるしい情報の洪水に溺れそうになる心地さえ感じながら、エルゼターニアはそれでも尋ねる。
「つまり……ルヴァルクレークって実は、『オロバ』由来の武器だったりするんすか?」
「少なくとも関連はしてるだろうなあ。『オロバ』に在籍していた頃に得たノウハウは確実に組み込まれてると見て良い。そうでなけりゃ、あんなエネルギーを出せるものかよ」
「そ、んな」
明るみとなった巨悪が、愛用していた武器のルーツと言える存在だった。衝撃的な事実にさしものエルゼターニアの顔も強張りを隠せない。
共和国を護り、命を救うための武器。その正体が実のところ、倒すべき敵と源流を同じくするなどというのは複雑な思いを禁じ得ない。
わずかばかり俯く。そんな特務執行官の肩を優しく叩き、魔王は言った。
「気にはなるだろうが考えすぎるな──というか気にすることじゃない」
「マオさん……」
「たとえ発端が何であれ今この時、君という正義がルヴァルクレークを正しく用いている。だったらそれで良いさ」
その言葉はあるいは、エルゼターニアにのみ向けられたものではないだろう。かつて世界を救った大英雄も、少し前に発生した新時代の英雄も、その力の根幹部分に『オロバ』の存在がある。
けれど彼らは組織と戦った。悪から生まれた力を以て、悪と戦う道を選んだのだ。
「力とか、強さ自体に価値なんて無いんだよ、エル。どう使うかによってそういうのは決まるんだ」
「価値、ですか?」
「与えられた力でも成り行きの話でも、己の意思で正しい方向へ用いようとする心根。それこそが人間の強さだと私は思うし、君の素晴らしい長所だとも信じるよ」
「己の意思で、正しく生きる……」
言いながらもマオは、内心で苦笑いしていた──『魔王』たる自分がこのような説法を垂れるなど、身内に知れたらからかわれるでは済まない。
人間の間引きを目的として発生し、生まれつき備えた魔法を駆使して戦争を引き起こした。彼女こそ己の意思など関係なく動いていたとも言える。
使命の遂行は星の化身として正しいものと確信しているが、さりとて今のエルゼターニアのような強い熱意を持っていたかというとそんなこともなかった。それは彼女の宿敵にして今現在は相方である『勇者』もそうだろう──彼は妹を人質に取られ、やむなく戦争に駆り出された。己の意思など介在するはずもない。
だからだろうか。あの『焔魔豪剣』にしろ『特務執行官』にしろ、己の自発的意思によって理想を歩まんとする若者たちの姿は、勇者や魔王にしてみればどこまでも輝かしく見えるのだ。
「自信持てよ、エルゼターニア。君とルヴァルクレークの価値を決めるのは、他ならぬ君自身なんだから」
「……ありがとうございます、マオさん。そうっすね、私が、私の価値を決めるんすよね」
「誰より素晴らしい生き方ができるはずだ、君なら。このマオさんの目に狂いはないぜ」
ゆえに励ます。己の道を歩まんとする、未熟ながらも可能性に満ちたその在り方こそマオが、星が見出だした『人間』という種への希望を端的に示していて。
数ヵ月前に勇者が『焔魔豪剣』を見出だしたように今、魔王は『特務執行官』を見出だしたのだった。
かつてからこれからへ──移ろうとしているこれからの時代を担う、新たな英雄の一人としてである。
「歩き続けろよ、人間。歩みを止めない限り、進化は止まらない。どこまでも、信じて進むんだ」
「──はい!」
力強く頷くエルゼターニア。改めて己の使命、己の意志に対しての情熱が身体を漲らせる。
村内をゆっくりと走る馬車の上、御者台にて。特務執行官の新しい決意が成されたのであった。
明日以降、基本的には月曜、水曜、金曜の更新になりますー
土曜にはノクターンの方で同一世界観の作品を更新しますので、どちらもよろしくですー




