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明かされる邪悪、その名は『オロバ』

「……行ったよ、連中。先に言っとくが逃がしたからって変に落ち込むなよ? 君があの天使をたった一人で引き付けていたからこそ、あの放火犯は無力化できたんだ。君は立派に務めを果たした」

 

 『サーチ』で捕捉していた天使たちが、上空から遥か向こうの空へと離脱していくのを察知しつつマオは告げた。声音も優しく、エルゼターニアへの労りに満ちている。

 たった一人で天使を相手取り、劣勢と言えどもある程度の継戦さえしてみせたのだ。マオからしてみれば人間の身にてこれは素晴らしい健闘ぶりである。

 しかして当のエルゼターニアは渋面を浮かべていた。

 

「……っすけど、結局戦いは負けみたいなものっす」

「あのゴリラじゃあないがね、『最後に勝てりゃトータルで勝ち』だぜ、特務執行官。とにかく生き延びたらそれでひとまず良しとしとけ。よく戦ったよ、君は」

「は、はい」

 

 頭を撫で付けるマオの手。そして言葉の暖かみに慰められて、エルゼターニアは肩の力を抜いた──戦闘終了。

 正直に認めざるを得ないと彼女は内心で呟いた。マオの加勢なかりせば、間違いなくルヴァルクレークのフルパワーを解放して、勝っても負けても重傷を負っていただろう。

 

 天使を捕まえ損ねたことは痛恨の事態に他ならず、悔しさも大きい。

 それでもマオの言うとおり、生きてさえいれば次があるのだと考えを切り替えてエルゼターニアは、未だ密着していた彼女から離れて一人で立ってみせる。

 

「……ふう。まずはマオさん、ご協力ありがとうございました。結局お力をお貸しいただかなければならなかった不甲斐なさ、共和国の治安を護る者として心よりお詫び申し上げます」

「律儀な子だねえ……こちらこそ、勝手にしゃしゃり出て悪かったよ。いきなり変なもん見ちゃったからさ、ついはしゃいだ」

「変なもんっすか?」

 

 訝しむエルゼターニアに、マオは持っていた氷の塊を見せる。掌程度の大きさの透き通る結晶は、内部にあるものを完全に凍結、封印している。

 すなわち放火犯マルケルの右目──『発火魔眼』だ。

 丸い眼球に真紅の虹彩。どこからどう見ても眼球であることに、エルゼターニアは驚きの叫びをあげた。

 

「ええっ!? ちょ、何すかいきなり! 誰のっすか?!」

「例の放火野郎。この眼の力で保安どもを焼きやがってな……動けなくした上で抜き取ってやった。まったくろくでもないことに使いやがって」

「マルケルの、眼の力……!?」

 

 まるで意味の分からないマオの言葉に惑う。マルケルの眼を摘出したらしいことがまず驚きを通り越しているが、しかもその眼には何やら秘密があるのだという。

 眼を用いて保安官たちを焼き払った……信じがたいことだが、既に何度も信じられない事象を引き起こしているマオの言うことだ。信じざるを得ないとエルゼターニアは吐息混じりに問うた。

 

「……マオさん、何を知ってらっしゃるんすか?」

「この眼については何も知らんよ。だから持ち帰って研究するのさ」

「その眼が放火を行えるだけの力があるんなら、あの天使も含め共和国にとっても無視できないものっす……こちらに譲ってはいただけませんか?」

 

 眼を持ち帰ろうとするマオへの懇願。特別な、かつ危険な力を持った眼──共和国が十二分に研究を行い、その上で対策を講じなければならないだろう。趣味か何かは知らないが個人の手元に置いておかれては困る。それゆえの頼みだ。

 しかしてマオは首を左右に振った。彼女も、個人的な事情だけでこの眼を欲しがっているわけではない。

 

「悪いが無理だ。王国としても私としても、『奴ら』の悪巧みの尻尾を掴めたのに手離すことはできない」

「……『奴ら』?」

「この眼、『魔眼』とやらを作った馬鹿どもだ。同じく拵えやがった『魔剣』のせいで王国も私たちも迷惑していてなあ」

 

 明らかに何か、共和国も察知していない事柄について知っている素振りのマオ。

 『魔眼』、それがその眼の名なのかと推察するエルゼターニアは次いで、聞き捨てならない単語を拾う。

 

「魔剣って、まさか王国南西部で起きた『魔剣騒動』!? あれと繋がってる話とでも言うんすか、マオさん!?」

「いかにも。ふむ……良い機会だ、共和国も知っておくべきだろうかね? ローランによる公での情報共有も近く場を設けて行われるだろうが、差し迫って『奴ら』が動き始めているこの国は悠長にしてられんしな」

 

 マオはエルゼターニアに向き直る。深刻な眼差しに特務執行官もまた、緊張の面持ちで耳を傾けた。

 王国南西部にて起きた『魔剣騒動』。それを引き起こした何者かが今、共和国にその邪悪なる矛先を向けようとしている。それは共和国を護る者として、断じて捨て置けないことだ。

 

 そして魔王は知らしめる。

 魔剣に続き魔眼さえも製作し、己らの目的のためにまたしてもすべてを踏みにじらんとする愚者たち。

 1000年前から歴史の裏で暗躍してきたその邪悪なる存在の、名は。

 

「『オロバ』。人間の進化とやらをお題目に1000年間、裏でこそこそと薄汚いことばかりしてきた連中だ」

「『オロバ』……!」

「王国南西部を騒がせた例の魔剣も奴らの仕業でな。世界各国で似たようなことやらかそうと企んでるみたいだから、王国の『豊穣王』と協力体制を敷き、このマオさんが調査に乗り出してるってわけさ」

 

 告げられた名を、エルゼターニアは心に刻んだ。『オロバ』という、謎の力を持つ眼を以て今まさに共和国を狙う魔の手。

 王国とマオは先んじてその者たちの存在を掴み、企みを追っていたのだ。

 

「そう、だったんですか。ただ観光に来てたわけじゃなかったんすね」

「観光がメインではあるけどね。何せノーヒントだ、しらみ潰しにぶらぶら探すかなーってくらいで」

「は、はあ」

「まさかここまで早く見つけられるとも思っていなかった。いやーお陰でローランへの面目も立つよ、あいつ国の金で遊ばれるの嫌みたいだからねー」

「誰でも嫌だと思うんすけど……」

 

 力なく笑う。つまりは調査の名目で国から援助を受け、それを以て各国の旅行を堪能するつもりだったらしいマオに苦笑が浮かんだのだ。

 ともあれこれで、彼女が魔眼を渡したがらない事情もエルゼターニアには察せた。つまるところ王国も、魔眼には関心があるということだ。

 

「魔眼が欲しければ、マオさんよりも王国の『豊穣王』に話を付けるべきと」

「そういうこったな。共和国に嫌がらせしたいわけじゃなし、こちらで得られた研究成果は君らとも共有するんじゃないかな? 王国は『オロバ』に関しては国益度外視で動くつもりだし」

「助かります。っていうか、ヤル気満々っすね王国は」

「連中とは色々、因縁があるからねえ」

 

 どうであれ、魔眼についての情報は得られそうだとエルゼターニアは肩を下ろした。

 ことここに至り今後、引き起こされるであろう共和国における魔眼に絡む事件に際して、重要なサンプルを王国に持っていかれてそれきりではいかにもまずい。

 

「『魔眼事件』とでも言うべきっすかね。『魔剣騒動』に続き、今度はこの国がそんな企みに巻き込まれるなんて」

「こうなると王国からも君らに対して助っ人を用意するかもな。私からもプレゼントがあるし、くれぐれも一人で無茶するなよ? エルゼターニア」

「時と場合っすね、それは……にしても助っ人は助かります、本当に」

「明らかに人手足りてないものなあー」

 

 共和国の対亜人戦力の層の薄さ……という話ですらない、完全にエルゼターニアに依存しきった状況。

 まずはそこから改善すべきだと、二人は顔を見合わせて笑う。

 

 かくして明るみになる『オロバ』と魔眼、そして勃発した『魔眼事件』。

 その解決と首謀者打倒に向け、特務執行官エルゼターニアの新たなる戦いが幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからエルゼターニアとマオは、やってきた保安官たちの馬車に回収されて帰路へと着いた。

 3台の馬車が縦列に並び、行きしなののんびりとした道程とは裏腹に、スピードを出して急ぎ戻る。

 然もありなんと二人は御者台で顔を見合わせた。一番後ろの馬車ついては、エルゼターニアが、その手綱を握り操作していたのだ。

 

「これだけ怪我人がいたら、っすよね……」

「どいつも命に別状はないようだが、それでも少しとはいえ全身火ダルマだったんだ。しばらく病院はてんやわんやだろうな」

 

 言葉の通り各馬車には今現在、マルケルの『発火魔眼』により全身を燃やされた保安官たちが火傷に苦しんでいた。

 死にはしないまでも、すぐに病院に向かわねばならないことに変わりはない。

 

 そんな状況のためエルゼターニアともう二人、マオの護衛に当たっていた保安官たちが手分けして馬車を動かしているのだ。

 エルゼターニアとて天使との戦いで消耗はしていたが、それでも健在であることはたしかだ。だからこその緊急的措置であった。

 

 そしてもう一人、エルゼターニアの馬車内にて安置されている男もいる。比較的傷も浅く意識がある保安官数人により一応の監視を受けているその者についても、彼女は言及した。

 

「何よりも、マルケル……あの放火犯の怪我は火傷よりずっと重傷っすね。右目抉られたんで当然なんすけど」

「普通なら死んでるんだが、そこはマオさんパワーでちょいちょいっとね。王国でのことならそのまま殺しても良かったんだけど、ここは共和国で、しかも君の都合もあるからさ」

「……お心遣いに感謝いたします」

 

 平然と言い放つ、放火犯の右目を抉り取った張本人。あっけらかんとしたその言動に複雑な思いを抱きつつも、エルゼターニアはひとまずマオに感謝を述べた。

 魔眼などという、謎に包まれた危険な兵器を右目に宿していた犯人。その無力化を図るのならば、たしかにその眼を摘出してしまうのが一番手っ取り早いだろう。

 

 とはいえ、実際にできるかと言えば難しい。少なくともエルゼターニアとて相当の覚悟を決めねばそのような真似はできないし、他の保安官たちにもそのような胆力は中々無いだろう。

 

「さらっと抉っちゃうんすもんねえ……亜人って皆、そんなもんなんすか?」

「亜人に限らず人間だって、『出戻り』なら皆このくらいやるさ。私の相方だって本当に必要なことなら、それがどれだけエグい真似でも顔色一つ変えずにやるだろうし。」

「ええ……? ていうか『出戻り』なんすか、マオさんと相方さん」

「まあ、ちょっとばかりね。彼と出会ったのも戦場さ。ロマンティックだろ?」

 

 冗談めかして笑うマオ。多少、誤魔化しがかったニュアンスだ……まさかかの戦争を引き起こしたのが当のマオ本人で、しかも相方はマオを打ち倒して世界を救った『勇者』その人だなどと言えるはずもない。

 戦場で出会ったというのもつまるところは敵味方、殺し合う宿命を背負った者同士としての血腥い邂逅に他ならないのだ。

 

 ものは言いようだと苦笑を溢し、続けてマオが言う。

 

「ま、私も必要だから抉ったんだよ。この眼だけはさっさと解析しないといけない……魔剣よろしくどんなものが仕込まれてるか知れたもんじゃない」

「魔剣、何かあったんすか?」

「色々とね。人体改造だの精神干渉だの、ろくでもない代物のオンパレードさ……だから、これもそういうのがないか調べなければ」

 

 およそ穏やかではない言葉にエルゼターニアの顔がひきつるのを横目にしつつ、マオはかの剣に思いを馳せた──かつて王国南西部にて勃発した『魔剣騒動』の中心となった、魔剣。

 首謀者だったワーウルフの男がそこに込めたおぞましい呪いに軽く言及しつつ、マオは氷漬けとなったマルケルの右目を注意深く観察していく。

 

 そうしている間にも馬車は村へと走る。

 エルゼターニアの任務も、これでひとまずの区切りを迎えるのであった。

明日から通常進行、つまり二日に一日くらいの頻度になりますー

よろしくおねがいいたしますー

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