苦い勝敗、天使たちの戸惑い
倒れ伏す天使をいざ捕らえんと、『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』を発動しようとした矢先。遥か頭上から大地めがけて突き抜けた何かを、マオはかろうじて防御することに成功していた。
防御魔法『シールド』により、咄嗟に引き寄せていたエルゼターニアごと絶対防壁によって護り抜いていたのである。
「きゃあぁっ!?」
「ぐっ──!」
とは言えダメージは無いにせよ、衝撃までは無効化できない。ましてそれなりの範囲がまとめて何かに叩きつけられたらしく、草原の土や草が薙ぎ払われるように大量に舞って視界を塞ぐ。
思わぬ奇襲だった。天使は無力化し、エルゼターニアが捕縛するのみとなった段階。マルケルの『発火魔眼』をも入手したこともあり、今後の予定についてマオの意識が割かれていた段でもあるタイミングでの、油断を完全に突かれた形。
舌打ち一つして、苛立たしげにマオは呻いた。
「くそ、『サーチ』しときゃ良かったか!? エル、ちょっと目を閉じていろ! 色々舞い上がるしな!」
「は、はい!?」
「煩わしい──まとめて吹き飛ばしてくれる! 『ハリケーン』!!」
エルゼターニアの身体を強く抱き寄せて安全な位置を確保しつつも、魔王はすかさず風の魔法を行使した。大規模な暴風を巻き起こす、魔法の中でも特に範囲の広いものの一つである。
即座にマオを中心にすさまじい風が荒れ狂う。視界を遮っていた草土たちもあっという間に『ハリケーン』に飲み込まれていく。
「……こんなもんか。手応えはなかったが」
「う、う? どう、なってるんすかマオさん!?」
「ん、もう目を開けて良いぜ。視界は晴れちゃいるが、例の羽付きは……?」
10秒程してから、マオは『ハリケーン』を収めた。エルゼターニアの頭をぽんぽんと軽く叩いて文字通り嵐が過ぎたことを示すと、彼女もゆっくりと目を開ける。
そこには見るも変わり果てた、散々に荒れ果てる草原が広がっていた。大地がまるでひっくり返ったような、草と土とがでたらめに混ざりあう有り様。
「こ、こんな……広範囲を、一瞬で」
「なるべく範囲と威力は抑えたんだ、緊急と思って勘弁してくれ。天使ももちろん巻き込むつもりだったんだが、変な横槍があるみたいだ」
「横槍……?」
「さっきのだよ。舐めた奇襲かましてきた輩さ。『サーチ』」
マオが呟く。魔法の一つであり彼女にとっての『気配感知』に相当する『サーチ』だ。
魔法という、極端に万能性の高い技能を生まれ持っているマオはそれゆえ、肉体的な機能や身体能力は一般的な亜人を下回る。人間よりは強靭だが、『気配感知』を用いることができない程度のものでしかないのだ。
そうした明確な弱点を補うのが探知魔法『サーチ』である。発声というアクションを挟む必要はあるが精度もそれなりに高いため、使用頻度もそれ相応に高いものとなっていた。
「……あの一瞬で奴を回収して、即座に雲の上とは逃げ足の早い。天使か知らんがそれなりのが補佐にいたか」
「え、と……さっきの天使を助けに来た、別の有翼亜人っすか?」
「だな。ふむ」
顎に手をやりマオは考えた。ほんの一瞬で天使を助けに入り、そして離脱した何者かを追跡するのは容易い。転移魔法『テレポート』を発動するだけで、かの闖入者の追撃も十分に行えるだろう。
すべきかするまいか──考えるまでもなくマオは肩を竦めた。
「何しろ得体が知れんのだし、下手に深追いするのもなあ」
「『エレクトロキャプチャー』さえ、あともう少し早く発動できていれば……!」
「その場合は乱入してきた奴とそのまま第2ラウンドだ。どうもさっきの羽付きよりかはやるようだし、面倒なことになってたかも知れんぜ?」
「……っ」
悔やむエルがあからさまに追撃への色気を出すのを、マオは皮肉げに窘める。謎の乱入者の正体が何であれ、マオを相手に目的を達成できるだけの実力はあるのだろう。
恐らくは先程の天使よりも上手──今のエルゼターニアには荷が重い相手であるのは確かだとマオは推測していた。ゆえに、彼女の血気盛んを抑えたのである。
「以前の私ならどうとでも殺れるもんだが……如何せん今は王国の賓客さんでね。他所の国でそう易々と大暴れはできない身の上だ」
「マオさんに矢面に立たせるつもりは無いっすよ……言っといて先程は、護られちゃいましたけど」
「力の差も分からなかった馬鹿天使をあしらってやっただけさ、気にするなよ」
言いながら『サーチ』による探知を継続させていく。遥か上空の敵は、瀕死の重症を負った天使を抱えているのか気配が寄り添っている。
そのままふらふらと彼方へと去っていくのを感知しながらも、マオはエルゼターニアの頭を撫でるのであった。
一方その頃──
遥か天空、マオが『サーチ』にて追跡している当の闖入者たちは。
「意識はあるか、エフェソス!?」
「う──あ、う。は、い。トリ、エント」
傷だらけの天使の女に必死に呼び掛ける有翼亜人、同じく天使。
スキンヘッドの、見かけ壮年の男性だ。片手で軽々と女を抱え、もう片手には槍を持っている。
呼び掛けに朦朧と天使の女──エフェソスは答える。ひとまず意識があることに安堵の息を漏らしながら男、トリエントは顔を苦渋にしかめた。
「何者だ、あの女……!? 鎌を持っていた小娘はともかく、あの長髪の方は冗談で済む存在ではなかろう! 共和国にあんなモノがいるなどと、レンサスは何も!」
「あれ、は……恐らく『魔眼』の、オリジナルで、しょうね……」
息も絶え絶えにエフェソス。先だっての『サイクロン』にて身体を散々に引き裂かれた女の姿は、控えめにいっても重傷だ。
見るも痛々しく血を流す姿だが、トリエントは彼女の言葉に一瞬、容態を気遣うことさえ忘れそうになっていた。
それ程までに、衝撃的な言葉であったのだ。
「『魔眼』のオリジナル!? ま、『魔王』か! 何故ここに、今は王国南西部にいるのではないのか!?」
「そこ、は何とも……ですが、恐るべき威力、すさまじい現象はまさしく伝承にある姿そのもの……間違いありません。あれこそが当代の『魔王』です」
「何たることか……っ!!」
歯噛みしてトリエントは叫んだ。彼とエフェソスが今現在使命としている目的について、最大級のイレギュラーが現れたのである。
天使エフェソスと天使トリエント。
彼ら『天使』は元々の住処であるところの、『天界』と呼ばれる異空間からとある目的のために現界していた。
エフェソスが『発火魔眼』を持つマルケルに与し、彼を護っていたのもその一環だ。
一方でトリエントは『魔眼』の出所たる『組織』の大幹部の下、共和国の各地に潜む者たちとの連絡役に徹していた。
今回はたまたま、エフェソスとの連絡のためにこの辺りを訪れていたのであるが……
「よもやこのような事態に出くわすとは、運が良かったとすべきか」
「貴方は、そうかも知れませんが……私は、どうしようもなく、不運でしたね……」
「そうだな……離脱するぞ。相手が『魔王』ならばこれ程の高度でも関係ないかも知れぬが」
言いながら人一人を抱えて慎重に、しかし可能な限り迅速にその場を離れんとしてトリエントは飛んだ。天使の翼が風を切る。
男の腕の中、エフェソスは痛みに力なく悶え──風圧が全身の傷に染みたのだ。とはいえ今はありがたい話だ。痛みがあれば、意識は保てる。
「追撃は、無しか? 見逃されている?」
「最上位天使が、二人揃って……追い討ちに怯え、こんなに無様に逃げるなんて……」
「やむを得まいさ、相手が相手だ」
不思議と来ない追撃を、訝しみつつもありがたく思いその場を離脱する。
悔しげにエフェソスが呻くのを苦笑して応じつつも、トリエントは先程奇襲を仕掛けた相手、すなわち『魔王』について思いを馳せた。
「文明破壊を目的とする最上位端末機構。殺戮戦争による間引きを行い、人間の異常進化を阻害するのが役割の、星の化身だったか」
「恐るべき、化け物でした……ただの一言で、信じがたい自然災害を起こして」
「魔法か。星の無限エネルギーを望んだ通りの事象に変換する、奇跡めいた大秘法。レンサスの『魔眼』の元だな」
魔王、その正体については天使たちも知っていた。
人類の過度な進化を抑制するための、星から遣わされた端末が一つ。かの存在に纏わる様々な伝説、および研究成果を彼らは永年、伝承し続けていたのだ──『天使』という種そのもののルーツに関わりがあるゆえに。
だからこそその恐ろしさ、すさまじさについての知識は彼らも持っていた。
数百年に一度起きる魔王による戦争には一切不干渉ではあったが、多く伝承が残っていたのだから当然と言えよう。むしろその正体や魔法のメカニズムについてなど、他の人類が知り得ないところまで深く学んでいた程だ。
とはいえやはり知識は知識。
現実に目の当たりにするその威力たるや、理解や想像を絶するものがあったのもたしかである。
「知識と実際ではやはり異なるものだな。まさかあれ程の暴風を引き起こすとは」
「よく、奇襲に成功しましたね。一歩間違えれば、貴方とて無事では」
「得体こそ知れんが単なる亜人が相手かと思っていたからな……超高度から『アストラルキャノン』を放てばいけるか、とは考えていた。たまたま上手くいっただけだな、まったくもって」
絶望的な相手に対してまさかの奇襲を敢行し、あまつさえエフェソスを救出さえしてみせたトリエント。
しかしそれも、相手の正体を知らないからこそ思い切り突撃できたという側面はあった。ゆえに恐らく、二度目はないだろうと苦笑する。
──と、そんな彼が飛行の最中、遥か眼下に目的地が見えてきたのを察して言う。
「見えてきたぞ。レンサスめ、どういうことか問い質さねばな」
「それより、も。今後どうするか、でしょう。魔王は元より、あの特務執行官も……恐らくは、重要な存在になって来ます」
「鎌の小娘か。たしかに人間にしてはよく、お前の動きに合わせて戦えてはいたが……」
「彼女の鎌、まだ何かあります。次第によっては、私たちの大義にさえ必要になる程に」
相対した、特務執行官の戦いぶりを振り返ってエフェソスは笑んだ。傷付いた身体の、内心にて想う──清々しい戦士だったと。
正義感、信念の強さ、そして真っ直ぐな戦い方。そのどれもが、本来のエフェソスにとり好ましい性質のものだ。
敵味方として、それも明確にエフェソスが悪である立ち位置として出会ってしまったことが悔やましい。そう考える程度には彼女はあの、特務執行官を気に入っていた。
「エルゼターニア、と言いましたか……快復したら、またお手合わせ願いたいものです」
「呑気なことを言うな……大義を忘れるなよ」
「もちろん、ですとも。悪に堕ちても我らは天使。すべては、世界のために──」
釘を刺すトリエントにも微笑む。どうあれ目的を見失いはしない。彼らが現界までしたその意義は、すべて大いなる大義の下に。
徐々に高度を下げていく天使たち。共和国は首都近郊、丘陵地帯の傍。にわかに生い茂る雑木林の中にこそ、目的地──『組織』のアジトはあるのであった。




