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特務執行官vs天使、魔王vs魔眼

 烈帛の気合いを以て放たれる槍の一撃を、柄でどうにかいなす。返す刃を振るえば、卓越した身のこなしで避けられ、悠々と宙に逃げられる。

 エルゼターニアと有翼亜人との戦いは、そのような互角の様相を呈していた。

 

「『ルヴァルクレーク"プラズマスライサー"』ッ!」

 

 放たれるプラズマの刃。エルゼターニアの意志のまま動く超速回転するそれが、空中の亜人めがけて10数個飛び掛かった。

 取り囲み、四方八方から迫り来るそれらは、まともに受ければ亜人とてひとたまりもない。

 

「先程の、小屋を破壊した技ですか……ですが甘い!」

 

 しかして女は吼えた。天高く掲げた槍から地表に放たれる、雷を思わせる電光。見た目の派手さに違わぬ威力があるのか、『プラズマスライサー』を次々と呑み込んで破壊していく。

 

「同じ技を二度続けてなどと、私を見くびられては困りますね」

「まだまだぁっ! 『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』ッ!」

 

 余裕綽々に、穏やかな笑みさえ浮かべる有翼亜人に、しかしエルゼターニアの猛追は続く。

 柄尻を敵に向けすかさず叫ぶ。途端に放たれた電磁ネットが、天高く浮かぶ女を捕獲せんと展開された。

 『エレクトロキャプチャー』……亜人の膂力を以てしても抗うことの難しい超強度のネットだ。

 

 さすがにそのような機能が見た目大鎌のルヴァルクレークに搭載されているとは思わないでいた亜人が、驚きの声をあげる。

 

「網!? ……動きを封じ込めるつもりですか!」

「羽さえ潰せば、やりづらさも減る!」

「小賢しい真似を!」

 

 迫り来る捕縛網に向け、槍を一閃。有翼亜人の雷光を纏いながらの一撃が、『エレクトロキャプチャー』を切り裂こうとしてぶつかり青白い火花をあげた。

 

「っ……この網、粘着性がある……!?」

 

 一息に引き裂く心算で放った槍が、しかし目的を達することができていない。『エレクトロキャプチャー』の用途ゆえの、捕らえた者に絡み付く粘着性が槍を封じているのだ。

 

「お、重い……!?」

 

 しかもその網の重さときたら、引っ張られるように地上にまで高度を落とさざるを得ない程である。有翼亜人対策なのだろう……とにかく重い!

 こうなるとさしもの有翼亜人も些かの焦りを感じた。敵前にて得物がこの様では、そのまま隙を晒しているも同然で。

 敵がそこを狙ってくるのは必然と言えた。

 

「『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』!! ──覚悟!」

「読めて……いますよ! 特務執行官っ!」

 

 ゆえに、エルゼターニアが次に何をしてくるかは読みやすい。

 高度の落ちた、じき地上にまで戻る敵に向け、必殺の大鎌を振り回して肉薄する。刃には既にプラズマと蒸気が満ち満ちており、如何なるものであれ必ず打ち倒すという意志に溢れている。

 

 亜人は、しかし──それでも槍を構えた。電磁ネットの影響により最早、持ち上げるのもやっとと言った有り様でさえあるが、まだやり様はある。

 

「私を──『天使』を、舐めないでいただきますっ!!」

「天使……!? だけど、もう遅いっ!」

「遅くはない、むしろ絶好! 『断罪・マテリアルバスター』!」

 

 有翼亜人……天使が叫んだ。技の発動だ。

 槍の先端から放たれる雷光が、絡み纏わるネットを打ち破り一直線に進む。その先にいるのは、エルゼターニア!

 

「っ!? くっ!!」

 

 完全にカウンターを合わせられた形となったエルゼターニアが、慌てて回避行動に移った。

 『クイックフェンサー』によって身軽になった身体がどうにか反応し、空高く飛び上がる。彼女めがけて突き抜ける雷光のレーザーを紙一重で交わしつつ、先程とは真逆の立ち位置の中、エルゼターニアは冷や汗と共に呻いた。

 

「あ、危ない……っ! 『クイックフェンサー』を発動してなかったら、直撃してた!?」

 

 放たれたレーザーは遥か地平の向こう、見えなくなる程の遠くにまで延々と延びているのが見える。

 それだけの熱量があるのだ……まともに受けていたら死んでいたかも分からない。それを思いゾッとするエルゼターニアだが、戦闘はまだ続いている。

 切り替えて眼下の敵を見下ろせば、どうしたことか天使はその場を動かずにエルゼターニアを見つめている。降りてこい──まるでそう言うかのように。

 

「……にしても、天使って」

 

 自由落下で地上へ戻りながら、訝しみつつ敵の正体について考える。

 『天使』……存在自体は古くから知られているものの、その実態はまったく未知なる亜人種だ。

 世界最強の戦士、S級冒険者『剣姫』リリーナの元々の種であったということくらいしか関連事項もない。つまりは正体不明に近しいと言える。

 

「何にせよ、話があるのか仕切り直すのか……!」

 

 状況はあまり良くない。今でさえ手を尽くしてようやく五分に持ち込めているのだが、ルヴァルクレークのエネルギーとて無限ではないのだ。

 ボトルの使用回数はまだ残っているが、この膠着状態の中、悪戯に技だけ使用するばかりではいずれ必ず限界が訪れるだろう。

 そもそもエルゼターニア自身の体力の問題もある。そう長々と今しがたのやり取りを繰り返せるとは思わない。

 

 総合的に見て、劣勢──そう見積もらざるを得ない。

 微かに漂ってきた死の気配に、エルゼターニアは静かに覚悟を決めて地上へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──マルケルの右目が紅く染まった瞬間、彼を取り囲んでいた保安官たちは皆、突然の炎に包まれた。

 まるで火種もありはしない、そんな中での発火。一瞬何が起こったか分からずに、しかし次第に次々と叫びをあげて倒れていく。

 

「ぐうっ……! ちくしょう、せっかく貯めたエネルギーがっ!」

 

 マルケルが叫んだ。右目は既に元の、黒い瞳に戻っている。

 狂気に歪んだ顔の半分を抑える。『魔眼』を用いた代償の、痛みが滲んでいた。

 

「だ、だが……はっ、ははは! 保安官どもが雁首揃えて燃えてやがる! 人間の、肉と脂の燃える臭い! 気持ち悪いがこれはこれで良いさ!」

 

 目の前で燃えていく人間たちを眺め、愉快そうに、痛快と言わんばかりにマルケル。心底から楽しい──人と言わず建物と言わず、何かが燃えるのはとにかく楽しいと、彼は嗤った。

 

「さあ……て、ずらかるか。そろそろこの辺りはつれえな、河岸を変えなきゃよ」

「その前に、私に少しばかり付き合ってもらえるかな?」

「──あ?」

 

 不意に聞こえてきた女の声に、マルケルは振り向いた。真後ろだ……それまで影も形もありはしなかったのに、彼女はたしかにそこにいた。

 エメラルドグリーンの髪が長く、地面に垂れ落ちるまでに伸びている。顔立ちの整った、身なりもきらびやかな勲章が多数飾られた貴族服だ。

 

 少女──『魔王』マオは、ニヤリと笑って力を行使した。星の端末機構たる彼女にのみ許された、奇跡の万能能力。

 

「『ウォーター』」

 

 呟きをトリガーとして、マオの掌から放たれる水。激しいが人を吹き飛ばす程の強さでもないそれは、燃えて苦しむ保安官たちの間を一気に通り抜け、瞬く間にその身を焼く炎をかき消していく。

 

「ぐ……あ……」

「……ぎ、ぃ」

  

 1秒とかからず消火は為された。後に残るは濡れた大地と呻く保安官たち。

 そして呆然としているマルケルとマオのみであった。

 

「これで良し。そう長いこと燃えていたわけでもなし、一月もせずに回復はするだろうが……惨い真似をする」

「何だ……テメェはぁ……っ」

 

 突如表れたマオ、そして『魔眼』による炎を容易く消されたことへの不快感、警戒感からマルケルが身構える。

 見た目こそただの小さな少女だが、尋常な者ではない──狂ってはいても冒険者としての鋭敏な嗅覚が、目の前の敵の恐ろしさを感知していた。

 

 そんなマルケルに向け、肩を竦める。

 あからさまに虚仮にしたような嘲笑を浮かべて、マオは言った。

 

「通りすがりの観光客、と言いたいところだが? その『眼』を見た以上、そうもいかんな」

「なっ……」

「話に聞く『魔眼』とやら、どんなもんかと思えば案の定ろくでもない……そいつは回収する。都合、右目を貰うことになるが命があるだけましと思え」

 

 そして踏み出す一歩目。容赦の欠片もないその言葉を受けて、いよいよマルケルは総毛立った。

 この女は冗談や脅しで言っているわけではない。本気で心の底から、己の『魔眼』を取ろうとしていると、その全身から漲る殺意が示していた。

 

「ひっ、ひいいいいっ!?」

「逃がすかよ……『ストップ』」

「!?」

 

 後退り、そして恥も外聞もなく逃げ去ろうとしたマルケルに慈悲なくかけられる、停止の魔法『ストップ』。

 対象の動きを停止させる能力が正しく発動し、卑劣なる放火魔を完全に拘束していた。

 身動ぎ一つ取れないマルケルに、その背中からかけられる、少女の声。

 

「ふっ、ふふふ……どうした? 使えよ、『発火魔眼』とやらを」

「う……ご、け……!?」

「くくく……エネルギー不足なんだろ? ただの人間が扱うには強力すぎて、そう連発はできないものなあ。3日に一度の頻度でしか放火しなかったのもどうせ、一回使うと次使えるようになるまでに、そのくらいかかるからだ」

 

 言いながら男に近付く。酷薄な笑みを浮かべ、マルケルの視界に回り込む。

 恐怖に歪んだ顔を見て更に笑みを深くして、かつての魔王は嘲った。

 

「身の丈に合わんものを与えられて、精神まで歪めたか。前にもそんな奴がいたが、お前はまだ正気も残ってるようだな」

「な、にを……!」

「その『眼』から解放してやるってんだよ。なあに、ちと死ぬ程痛くて苦しいが……殺しゃしないからそこは安心しろよ」

 

 そして伸ばされる手、指。ゆっくりと右目──『発火魔眼』の近くに添えられる。

 優しい温もり。だがマルケルにとり、今は恐怖そのものでしかない。ことここに至り彼にももう、少女が何をするつもりなのかは分かっていた。

 

 摘出するつもりなのだ。今ここで、これから。

 

「や、やめ、やめろ。やめ──」

「びーびー喚くな……寄生虫を取り除くようなもんだ。感謝してほしいくらいだ、ぜっ!」

「──っ!!」

 

 ずぶり、と。

 感じたあまりの痛みに、マルケルは叫び一つあげられずにいる。

 そもそも『ストップ』により動けないのだが、それでももがこうとする。筆舌に尽くしがたい地獄の時間が、今始まったのだ。

 

「お前はこの後、共和国に裁かれる」

 

 痛みで五感がまるで言うことを聞かない、錯乱状態に陥った精神で、聞いたか聞かなかったか少女の声。

 

「我が友、特務執行官エルゼターニアの面子もあろう。ゆえ出血大サービスだ、極力後遺症は残らぬように処置してやる。拾った命、精々噛み締めることだな」

「──! ──!!」

「……よし。これで、と」

 

 突き入れていた指を、ぞぶり、と引き抜く。

 丁寧に抉り取られた右目がその手の中にある……マルケルの右目は空洞と化していた。

 

 脳まで焼き付くような痛みと疲労。すっかり心身共に消耗しきったマルケルが、半ば気絶寸前でいるのを見ながら、マオは抜き取った『発火魔眼』に魔法を行使した。

 

「『ストップ』『フリーズ』……状態を保存した上で冷凍した。これならば劣化は起こさん。家に帰ったら研究だな」

 

 目玉を完全に覆い尽くすまで氷付けにしてマオが言う。

 後は保安官が来てマルケルを確保するだけだ。既に死屍累々、炎によって苦しめられた保安官たちが呻き続けている……彼らも急いで病院に運ばなければならない。

 

「……さて、エルの方を見てくるか」

 

 それは今から来る保安官たちに任せるとして、氷漬けの目玉を片手にマオは友の戦う地へと向かう。

 相手は天使だ、正直に言えばエルゼターニアには荷が重い。いざとなれば割って入ろうかと考えながらその場を後にするマオ。

 

「──」

 

 そして残される、マルケル。

 あまりの痛みに既に意識朦朧の状態のまま、彼はこのまま馬車でやって来た保安官たちに捕縛されるのであった。

いつもご愛読ありがとうございます。ブックマークとか感想とかどしどし募集中です、よろしくおねがいいたしますー

ところで活動報告にて『電磁兵装運用法』について簡単にまとめた記事を書きました。裏設定とかちょっとしたtipsにすぎず、本編を読むには何ら影響のない話ではありますが……気になるという方は是非、ご覧下さいー

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