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開戦、天使と魔眼!

「聞こえるか! こちらは、共和国治安維持局である!」

 

 声が響く。犯罪者の隠れ家を取り囲む保安官たちを代表した、男性保安官の呼び掛けだ。

 半月で5件の火事を起こし、2名の尊い命を奪った罪人マルケル。そしてそれを庇い立てし、保安官三名を返り討ちにした正体不明の有翼亜人。

 決して捨て置けない犯罪者の立て籠るその小屋に向け、今、最後通告が行われていた。

 

「諸君らは既に包囲されている! 無駄な抵抗は止め、大人しく投降しろ! 繰り返す! 大人しく投降しろ!」

「これで大人しくしてくれるならそれが理想っすけど……」

 

 通告の最中、エルゼターニアが呟く。大概お決まりのこれら台詞に、そのまま大人しく投降したためしもないのだとルヴァルクレークを握り締める。

 静かにカウントが始まる。残り30秒。

 

 ボトルを取り出してソケットに差し込む。今回は緑のボトルだ……遠距離広範囲用の攻撃機能。ルヴァルクレークの出力を引き出していく。

 プラズマがより強くなり、蒸気も発生する。残り20秒。

 

「そうはいかないのが世の常……っすよねえ」

「投降しろ! 繰り返す、投降しろ! 投降しなければ強行手段を取ることになる!」

 

 なおも呼び掛けが続く中、ルヴァルクレークをゆっくりと、その場で振り回して回転させる。

 それに伴いプラズマと蒸気が混じり合った、円盤型のエネルギー体がエルゼターニアの周囲に発生していく。残り10秒。

 

「皆さん、しゃがんでください!」

「! 総員、防御!」

 

 特務執行官の鋭い声音に、保安官たちは即座に応えた。全員その場にて座り込み、背を丸めて防御行動を取る。

 エネルギー体は既に10以上、プラズマを撒き散らしながら中空に精製されていた。高速回転するそれは、エルゼターニアの意志によってあらゆるものを襲い、切り裂く刃である。残り5秒。

 

 そして、時は来た。

 

「30秒経過──『ルヴァルクレーク"プラズマスライサー"』!!」

 

 ルヴァルクレークを勢いよく小屋に向け、コードネームを唱える。瞬間、猛然とプラズマ体が小屋に向け、一斉に射出された!

 

 『ルヴァルクレーク"プラズマスライサー"』。プラズマで形成された刃の円盤を発生させ、思い通りに動かす機能。遠距離かつ広範囲にも攻撃できる、ルヴァルクレークに秘められた力の一部だ。

 

 刃はすぐさま小屋へと届いた。四方八方から小屋へと突入し、内部から縦横無尽に切り刻む『プラズマスライサー』。

 

「うおわあああああああ!?」

「! 声!」

「男のですな……やはりいるか、マルケル!」

 

 直後に小屋から響いた声に、エルゼターニアと保安官たちはすぐさま態勢を整えた。男の声、おそらくは放火犯マルケルのものだろう。

 エルゼターニアが先んじて小屋に近付く。『プラズマスライサー』は未だに小屋を切り刻んでいるが数が減っている。おそらくはいくつか、破壊されたのだ。

 それを為したであろう相手に向けて叫ぶ。

 

「有翼亜人……! さあ、出てこい!」

「……私をご指名とは、驚きましたね」

 

 するとズタズタの小屋から出てきた、女。黄金の髪を美しくたなびかせた、純白のドレス姿がひどく場違いな、背に翼を生やしている美女。手には身の丈よりもなお長い槍を携えている。

 その後ろには男がいた……ひどく狼狽した様子で、ギョロついた目をしている。

 エルゼターニアは二人に向けて油断なく構え、問う。

 

「巷を騒がせる放火魔マルケルと、それに協力している有翼亜人とはあんたらっすね?」

「ええ。いかにも後ろの男は放火を繰り返しています。そして私は、そんな彼を守護していますね」

 

 思いの外あっさりと認めた有翼亜人。男──マルケルはひどく焦った様子で、忙しなく周囲を見回している。

 亜人もまた、保安官たちが遠巻きにいるのを眺めて笑う。

 

「また、大勢ですね……何人来ようが無駄ですのに」

「あんたの相手は私一人っす。この数の保安官は、みーんなそこの男を捕まえるためにいるんすよ」

「……貴女が、私を? もしや先程の攻撃は貴女が」

 

 頷くエルゼターニア。そこで初めて、女の表情が軽い驚きに変じた。同時に興味深げに視線をやり、淡く微笑む。

 

「ふふ。これはまた、可愛らしい挑戦者が表れたわけですか」

「あんたと腕比べしに来たわけでもないんすけどね……どうあれこの場であんたの相手をするのは私っす」

「物騒ですね……マルケル。私はこのお嬢さんの相手をします。貴方はこの場から離脱してください」

「ひ……一人でか!? この数の保安官だぞ!?」

 

 威圧の気配を放ちながら、有翼亜人。背後の男に向けて告げると、翼を広げてにわかに宙に浮きはじめた。

 逃走ではないことは、構えた槍と膨らむ闘志からも分かる。喚くマルケルを冷たく見下ろして、彼女は言う。

 

「その『眼』があれば逃げ仰せるくらいはできましょう……それとも私とお嬢さんとの戦いの、巻き添えになりたいのですか?」

「……っ! く、そぅっ!!」

 

 亜人の視線を受け、激怒しながらもマルケルは走り始めた。

 ここに来て護衛を放棄したような態度と見下す視線は屈辱だが、巻き添えを食うのはたしかにごめんだ。

 

 取り囲む保安官たちの、比較的手薄なところにめがけて駆け出す。それを受けて一斉に捕縛に乗り出す者たちを尻目に、エルゼターニアと亜人は静かに向かい合った。

 

「名を聞いておきましょう、人間」

「え……?」

「私に挑んだ勇気ある愚物には、名前くらいは名乗らせてあげています。もっともその後は全員、半死半生にしましたが」

「っ! 貴様っ!」

 

 不敵に笑う亜人。その言葉に、エルゼターニアが激昂した。

 保安官を三人、病院送りにしておいてこの言動。決して捨て置けぬと彼女は叫ぶ。

 

「──我が名はエルゼターニア! 共和国を護り『共和』を貫く、『特務執行官』!!」

「ほう……お噂はかねがね。なるほど、となればその鎌が『電磁兵装』ですか」

「対象を『亜人による広範囲テロリズム』と断定! 電磁兵装運用法第三条特殊事項Bに則り──電磁兵装ルヴァルクレークの出力制限を解放!」

 

 エルゼターニアを特務執行官と知り、興味深げに視線を向ける、亜人。

 闘志に加えて好奇心と余裕も感じさせる表情だ──所詮人間と高を括っているのだろう。

 

 未だに名も、種族も知れぬ謎の女に向けてエルゼターニアは、ルヴァルクレークを発動させて高らかに言い放つ。

 

「共和国の盾、『特務執行官』の使命と責務において! 今こそ『共和』の敵を屠らんっ!」

「良い意気ですね……ぼやぼやしてると返り討ちに会いますか」

 

 いくつかのボトルをまとめてソケットに差し込み、莫大なプラズマと蒸気を発生させていく。

 完全なる臨戦態勢。エルゼターニアが闘志を剥き出しに構えるのに対し、亜人は静かに優雅な物腰のまま、闘志を漲らせた。

 戦いの時だ……互いに流れる一瞬の静寂。

 そして。

 

「──特務執行っ!」

「──参ります!」

 

 両者は駆け、互いの得物を振るう。

 エルゼターニアと亜人、鎌と槍とが今、ぶつかり合って戦端の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったか……にしてもまさか、こんなところで『天使』を見るとはね」

 

 最前線から離れたところにある、共和国治安維持局の馬車、その御者台にて。

 護衛二人に挟まれてマオが呟いた。

 

「天使……!?」

「あの亜人は天使だと言うのですか、マオさん!?」

 

 護衛の保安官たちが、マオの言葉に眼を剥いて叫んだ。『天使』……それがまったく神秘のヴェールに包まれた、謎の亜人種であるためだ。

 世界最強の戦士であるS級冒険者『剣姫』リリーナが『堕天使』という、明らかに天使に由来する種族であることは広く知られているのだが、肝心の天使については未だ謎に包まれたままなのである。

 

 そんな種族が今、悪事を成して特務執行官と戦いを繰り広げている。

 どういうことなのかと問う保安官たちに、マオは戦線を眺めつつ語った。

 

「あの嫌味ったらしい真っ白けの翼……ありゃ間違いない。普段引きこもってるだけの連中が、はてさて、何のつもりなんだか」 

「引きこもって、いる?」

「とにかく現世に出てこないんだよ。ずっと自分たちの住処の中だけで、よそと関わらずにやって来てるのさ……リリーナみたいな例外も、たまにはいるみたいだがね?」

 

 言いながら、思考を巡らせる。これまで少しも外界と交わってこなかった連中、この世界の裏側たる異空間に生息している者が、ここに来て何故現世にいるのか。

 追放された『堕天使』というわけではない。翼をもがれていないのが証拠だ……あの亜人は『天使』として活動している。

 

「ふーむ……今更宗旨替えする程の柔軟さはないだろうし、何か目的があって介入してきているのか? いずれにせよ、エルにはちょっと分が悪いかもな」

「そ、そうなのですか!?」

「何せ引きこもってひたすら自己鍛練してる偏屈どもだ。『剣姫』には到底及ばないにしろ、それでも並の亜人よりかは遥かに強いぜ、あいつら」

 

 マオの言葉に顔を青ざめさせる保安官たち。もしも特務執行官が敗れたら……想像するだに恐ろしい話だ。

 そんな彼らはさておいて、マオは視線を変えた。放火魔マルケルの捕り物も一応、観察している。

 

「あっちは……と」

 

 見れば、保安官たちに取り囲まれているマルケル。明らかに追い詰められている。

 こちらは早々に片が着くかと思うマオだったが──

 

「『発火魔眼"バーニング・ナウ"』!!」

「ぐおああああああっ!?」

 

 マルケルの片眼が紅く染まり、瞬間、保安官たちが炎で焼き払われる場面を眼にして、思わず絶句した。

 

「……あれは!?」

「な、何だ!? 炎が!?」

「火種を隠し持っていたの!?」

「違う……あれは手品やトリックの類いじゃない!!」

 

 何もないところに、いきなり火が吹き上がった。

 そうとしか表現できない事態に、マオの眦が釣り上がる。今しがた不可解な挙動を示したマルケルの眼、そして亜人ゆえの優れた聴覚の拾い上げた単語に心当たりがあったためだ。

 

「『魔眼』……! 共和国で動いていたというのか!」

「マオさん!?」

 

 すぐさま馬車から飛び降りるマオ。護衛たちが引き留めようとするも、彼女は構わずに叫んだ。

  

「ちょっと、駄目ですよ!」

「ここにいておいてください!」

「そんなこと言ってる場合じゃない、悪いが行くぜ! お前らのお仲間も助けてやるから、それで勘弁しろ! ──『テレポート』!!」

 

 そして発動する『テレポート』──魔王にのみ許された、星の無限エネルギーを引き出しての万能能力『魔法』。

 転移能力として発現したそれは瞬時にマオの姿をその場でかき消した。

 

「消えた……!? マオさんの、亜人としての能力か!?」

「いやそれより急いで! おそらくマルケルの元に向かったんだ、馬車走らせてっ!」

「わ、分かりました!」

 

 まったく予期せぬ消失に慌てふためく護衛たちだったが、すぐさまマオの行き先がマルケルの元であるだろうと見なして馬車を走らせる。

 『天使』と『魔眼』──これら予想外の要素が今、事態を複雑なものにさせようとしていた。

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