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ルヴァルクレークの力、謎多きクラウシフ

 山の麓の小屋に向け、馬車が走る。共和国は内陸部、北東地域は全体的に晴れ模様だ。

 草原を行く2台の馬車──共和国治安維持局保安部の、現地保安官たちによって用意されたその車内にて。

 エルゼターニアは静かに目を瞑り、精神を研ぎ澄ませていた。

 

「すー……はー……」

 

 深呼吸を繰り返す。深く息を吸って、深く息を吐いて。行う度に心身が、集中と共に静謐の中に没頭していくのを感じる。

 これを何度か繰り返して、彼女は目を見開いた。

 

「……よし、行ける」

「精神統一、あるいはルーティンか。手間はかかるが中々、効果はありそうだな」

 

 マオが呟く。今しがたのエルゼターニアの深呼吸が集中力の元、精神を統一させてポテンシャルを引き出すための技法だと見抜いてのものだ。

 

「戦闘において迷いは禁物だ。死に繋がるからね。今、君はその迷いを断とうとしたわけだ」

「はい。ただでさえ身体能力では遥か上を行く相手っすから。常に迷いなく動かないと」

「なるほど? 興味深いね」

 

 澄んだ瞳のエルゼターニアを、興味深く見つめるマオ。精神統一などこれまで考えたこともないことだが、実践しているところを見ればそれなりに有用にも思える。

 そういえば、と記憶を辿る。脳裏に浮かぶは銀髪の女騎士。かつて『魔王』たる自分の敵でもあった、人間の中でも飛び抜けた実力者。

 彼女もまた、同じようなことを言っていたという。

 

「『直感に殉じる』とか何とか……フィオティナが言ってたんだったな。ゴリラながら、思想や技術は本気で超一流なんだよなあ、あいつ」

「フィオティナ……もしやマオ殿、その方は王国騎士団長、『銀鬼』フィオティナ殿ですか?」

「ん、ああ、まあね……『世界最強の人間』だよ。知り合いってか、腐れ縁でね」

 

 保安官の言葉に頷いて、マオは答えた。

 王国騎士団長フィオティナ──『銀鬼』の異名で知られる女傑は、完全に人間の範疇を超えた実力と技能から、『世界最強の人間』とも呼ばれている。

 先の戦争においても亜人を相手に大暴れを繰り返した実力者に関して、マオが語る。

 

「あいつが自分の弟子、つまりは私のパートナーなんだけどさ。そいつに教えた言葉が『直感に殉じる』だそうだ……迷いを無理矢理捩じ伏せてでも、自分の直感にすべてを委ねろってことらしい」

「そ、それはそれで無理があるような……」

 

 戦くエルゼターニア。言うのは簡単だが、迷いを消してただ信じるがまま動くというのは恐ろしく難しいことだ……特に命を懸けた戦闘中ならば余計に。

 マオもそれは分かっているのだろう、虚ろに笑みを浮かべ、かの騎士団長について語る。

 

「下手に考えるより動いてる方が良いって考えなんだろうさ。何せあのゴリラ、『何回逃げても負けても最後にどうにか殺せればトータルで勝ち』とか平然と抜かすゴリラだからな。シンプルに殺して生き残ったらそれで良いんだよ」

「えぇ……?」

「ち、血腥いですね……」

「『世界最強の人間』扱いされるまで暴れたおした女だからな。頭おかしいんだよあいつ」

 

 殺意に満ち溢れた教えにエルゼターニアと保安官たちが絶句する。勝負とは最後に生きていた方が勝ちで死んだ方が負け──そう言っているに等しいフィオティナの教訓は、特務執行官としては中々、理解はできても取り入れにくいものではある。

 さすがは『銀鬼』、さすがは王国騎士団長。戦慄の走る治安維持局の面々にも構わず、マオはぼやいた。

 

「しかも弟子の方もしっかりその教えに影響受けてんだものなあ……弟子当人はどちらかと言えば合理的な理論派だったから良い塩梅に纏まったけど、孫弟子は完全にゴリラ3号と化しやがった。ったくあの小僧ときたら……」

「な、何だか大変なんすねえ……」

「というか、ゴリラ……」

 

 フィオティナに対してよほど、思うところや文句があるのか……何やらぶつくさと呟き続けるマオを、今度はエルゼターニアが眺めて苦笑いするのであった。

 ともあれ、走り続ける馬車。もうしばらくの決戦を控えて、着実に事態は進行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた先は山の麓、にわかに木々も見えてくる土地のすぐ近くである。

 そこから先は、戦いが起きることも考えれば徒歩が良い。エルゼターニアとマオ、そして保安官たちは馬車から降りて、辺りを見回した。

 

「だだっ広い草原……見張らしは良いな。小屋はあれか? ずいぶんとまた、ボロくさいが」

「ええ。監視が四方八方に……いました。あちらを」

 

 山も含め、のどかに草花の生い茂る景観の良い周囲。そこにぽつねんと建っている、いかにも放置された木組みの小屋が一つ。

 そこを指差してマオが問えば、答える保安官。あちこちを点々と指していく先を見ると、そこには同じ服装の保安官たちがいて、こちらに手を振っている。

 

 監視なのだろうが誰一人として隠れもせず、遠目から眺めているばかりだ。椅子だのシートまで用意している。これではほとんど日光浴に近い。

 思っていたよりも緊迫感の薄い光景に、エルゼターニアが頬を掻いた。

 

「……隠れてさえいないんすね。まあこの見晴らしで、どこに隠れろって話っすけど」

「加えて向こうには亜人がいます。『気配感知』相手に隠れたところで無駄ですからね……見ているだけで出来ることもこれといってないですし、開き直ってピクニックさながらですよ」

「図太いなー、お前ら……」

 

 マオも呆れるやら感心するやらだ。王国で亜人相手にここまで開き直れる騎士、ないし保安や冒険者などそうは見ない。

 お国柄、あるいは土地柄によるものなのだろうか……とにかく度胸だけは素晴らしいものがあると彼女は笑った。

 

「とはいえ、特務執行官が来てくださったのですから、ここからはミッションスタートです。おおい、準備に入れー!」

 

 保安官の男が両手を挙げて何度か跳ねた。それを皮切りに、動く監視役たち。

 即座に戦闘モードだ……有翼亜人はともかく放火犯だけは捕縛せんと、各自手に治安維持局員共通装備のサーベルと捕縛用の縄を手にして構えた。

 つい10秒前まで日光浴を楽しんでいた連中とも思えない変わり身の早さだ。それにはエルゼターニアもマオも目を丸くしている。

 

「は、早いっすね切り替え! 私も訓練は受けましたけど、ここまでサクッとはできないっす!」

「さすがに我々も、年季だけはありますから。なあに執行官もいずれはできるようになりますよ」

「大したもんだ……さすがにそこはベテラン揃いってわけだな」

 

 いかにルヴァルクレークを操り亜人と対等に戦えるエルゼターニアと言えど、元は一年前までただの村娘だった少女だ。

 最低限の訓練を受け次第に前線に投入されたこともあり、実戦で積んだノウハウ以外のマニュアルについては未だに未熟なところもある。

 こうした何気ない精神制御の技術などでも、やはりベテラン保安官には勝てないのが実際のところであった。

 

 エルゼターニアの尊敬の眼差しにくすぐったさを覚えながら、同行してきた保安官たちも総員、戦闘態勢に入る。

 

「さて、執行官。まずは投降を呼び掛けますが、その反応によってはそこから先をお願いします」

「はい、お任せください……『ルヴァルクレーク"クイックフェンサー"』」

「!」

 

 それに応じてエルゼターニアも、ボトルをルヴァルクレークのソケットに差し込み、その秘めたる性能を解放した──まずは『クイックフェンサー』。身のこなしを軽くする、補助機能だ。

 発生するプラズマと蒸気。特務執行官の身体を覆うそれを見て、マオが静かに息を呑み、顔を強張らせた。

 嫌と言う程に見覚えのあるプラズマに、小さく呻く。

 

「このエネルギー……そんな、馬鹿な!」

「マオさん?」

「……エルゼターニア。その鎌、『電磁兵装』だったな。造った奴は誰だ? どこにいる?」

 

 一気に深刻な空気を放つマオの問いかけ。ルヴァルクレークに反応したらしいが、エルゼターニアはその理由が掴めずに困惑しきりに答えた。

 とはいえ、話せることはろくにないのだが。

 

「え、と……今は共和国にはいないはずっす。戦後間もなくこの国に訪れ、3つの『電磁兵装』を開発後に忽然と姿を消しました。クラウシフ博士って、いうんすけど」

「クラウシフ……だと」

 

 その名、その存在──マオには聞き覚えのあるものだ。

 かの『魔剣騒動』にて首謀者の側に立ち、最後には捕縛された王国南西部ギルドの元ギルド長ドロス。その盟友の一人がクラウシフであると、他ならぬドロス自身から既に聞き及んでいる。

 

 既に何百年も前に、ドロスの元からも姿を消していた天才科学者……まさかこの場で、このタイミングで聞くことになるとはと、マオは皮肉げに顔を歪めた。

 

「それなら、そのエネルギーを再現できるのも頷けるが……どういうつもりだ。何が目的だ? 逃げ出したらしい輩が今になって」

「え……もしかして、お知り合いなんですか?!」

「知り合いのな。会ったことはないが……ゆえあって探してる最中だ。まったく、変なところで尻尾をちらつかせてくれる」

「は、はあ」

 

 ため息混じりのマオに、エルゼターニアと保安官たちは顔を見合わせた。何やらクラウシフ博士ゆかりの人物と知り合いらしいのは分かるが、どうも込み合った事情もあるらしく突っ込んだことを聞くのも憚られる雰囲気だ。

 少しばかり周囲を見回して、エルゼターニアはマオに、おずおずと言葉をかけた。

 

「あ、あのう……すみません、私らそろそろ、仕事に移りたいんすけど……下がっておいてもらえますか?」

「……ん、そうだな。悪い、少しばかり気が動転していた。私は安全なところから物見させてもらうから、まあ頑張れよ」

「は、はい! 頑張ります!」

「護衛に2名、保安官を付けます。くれぐれも現場に近づかないようにお願いいたします」

「はいよ」

 

 保安官に促され、マオが後退した……馬車の御者台に護衛二人と並んで座り、ことの成り行きを静観する構えだ。

 これなら万一があっても、マオだけは馬車を走らせれば離脱できるだろう。準備や良しとばかりに、エルゼターニアと保安官たちは小屋に近づいた。

 

「……呼び掛け後、反応がなければ30秒後に小屋ごと潰します。その場合、迅速に放火犯マルケルの確保をお願いします」

「分かりました」

「それから、私と有翼亜人の戦闘範囲内には極力入らないようにしてください。敵は知りませんが、こちらには遠距離広範囲攻撃もあります。巻き添えにならないように気を付けてもらえると助かります」

「肝に銘じます」

「執行官が亜人と戦っている隙に、我々はマルケルを捕らえましょう」

 

 歩きながら、最後の確認。監視員たちも徐々に小屋への距離を狭め、包囲するような形で取り巻いていく。

 そしてある程度まで近付いたところで立ち止まり、まずは呼び掛けが行われた。

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