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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『共和国魔眼事件』
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オアシス解放戦線、英雄たちの戦い・9

「どういう、ことだ……? 何故我が『魅了魔眼』が、我が星の無限エネルギーがレジストされる。何故、君たちから我が力と同質のものが感じられるのだ」

 

 呆然と呟くザロンストン。早々に付くと信じ込んでいた己の勝利が霧散したことに、明らかに思考が追い付いていない様子だ。

 『魅了魔眼"ワンダフル・ワールド"』による洗脳の衝撃波はたしかに、眼前のエルゼターニアとアインを直撃した。これまでの経験上、ここまで完全に入ったならば有無を言わさず一瞬で対象の意志を奪い去り、己の意のままに動く操り人形へと変貌しているはずなのだ。

 

 だというのに二人は未だ、正気を保ったままでいる。少しの影響さえ受けていないのだ。

 これは異常なことだった。抵抗できるはずのない力が防がれた。どうしたことか魔眼とまったく同じ、星の無限エネルギーを放って『魅了魔眼』を相殺したのだ。

 明らかに動揺する中央オアシスユートピア大総統に向け、少年少女たちは告げる。

 

「私もアインさんも、星の無限エネルギーを引き出せる! 同じ条件なら、貴様の魔眼など何の脅威でもない!!」

「星の力を悪用するお前を、星の端末機構として捨て置くことはできない。お前がこれまで踏みにじってきた、すべての命と尊厳に……これからのすべてをかけて償え!」

「……馬鹿な」

 

 余裕綽々の笑顔から一転、蒼白した顔面で現実に相対する。冷静さを失わないところはさすがに国のトップたる態度だが、力を封じられればどこにでもいる男でしかない。そのことは本人が誰よりも分かっていることだ。

 

 内心で、狼狽する。想定していない事態だった──亜人ならばともかく人間に『魅了魔眼』を防がれるなど、あり得ないと最初から除外していた可能性である。

 レンサスから魔眼を受け取る時、そうした言質は得ていた。単純な身体機能でレジストできる亜人でもなければ、後はそれこそ、同質のエネルギーを以て打ち消すくらいしか対抗手段はないのだと。

 

 であれば、この二人の言っていることは恐らくは真実なのだろう。あまりに信じがたい話だが、目の前の事実がすべてだ。

 震える声で、ザロンストンは呻いた。

 

「魔眼を持つ、少女……そして星の端末機構! 馬鹿な、何故君たちがそのような力を持っている! 人間にすぎない君たちが、星の無限エネルギーなどと!」

「成り行きから、だけどね……今は自分の意思で振るっている力だ。お前や『オロバ』のような邪悪を、打ち倒すために」

「レンサスさんからいただいた、この『転移魔眼』! 我が血と理想と信念のため、正しいことに使うと決めている! だからこそ今ここにいるんだ──さあ、降伏しろ大総統! もう貴様に打つ手はないはずだっ!!」

「魔眼の方は、レンサスのものか……っ!」

 

 油断なく構え、降伏を促すエルゼターニアとアイン。放つエネルギーはザロンストンを圧倒し、いつでも打ち倒せるのだと言外に威圧してくる。

 実際、少しでも抵抗すれば即座に彼女らは切りかかるのだろう。プラズマを纏う大鎌と焔を放つ剣は、見るからに恐るべき威力を秘めていた。

 

 ここまでか……? ザロンストンの脳裏に諦念が浮かぶ。ことここに至り、彼に残された手段は少ない。『不死魔眼』シーラがいれば多少は切り抜ける芽もあったが、彼女は今しがた上空を貫いた光に向けて飛び立っていった。

 恐らくはあれも誘導だったのだろう。まんまと分断されてしまったわけだと彼は気付いた。『魅了魔眼』を無効化できるのならば、後はシーラをどうにかすれば良いだけのことなのだ、と。

 

 万事休す。ザロンストンはついに諦めを口にした。

 

「……分かったとも。中央オアシスユートピア、我が理想郷の構築はもはや諦めよう。この数年、長いようで短い夢だった」

「降伏するか、ザロンストン!」

「ああ、ああ。降伏するともさ。『誰にも干渉されない』、私の私による私のための世界。それが中央オアシスユートピアの理念だったのだが……諦めよう。私は、理想を諦める」

 

 この期に及んでなお、ザロンストンは誰かに向けて演説するような仕草を繰り返している。劇場で、役者が観衆に向けるようにして、過剰な素振りで訥々と語っていた。

 降伏すると、諦めると口にしている彼に、しかしエルゼターニアとアインは警戒を増していく。あからさまに何かあると直感していた。

 

 この男、『諦めたが諦めていない』!

 

「──だがせめて、君たちだけは潰しておくか。こうまで築いたものを無為にされた怨みは晴らしてやらねば、私が哀れだろう?」

「! 抵抗する気かっ!?」

「『する気か』ではない、『している』のだ。スラムヴァールの技術は既に、私の体を対象に発動している」

 

 にたり、ザロンストンは嗤う。背筋の凍る笑みと言葉に、聞き捨てならないものを察して叫んだのはアインだ。

 ──スラムヴァール。去年夏の魔剣騒動にて少しだけだが接触した、『オロバ』大幹部である。

 この場にて出てくるはずのない名前だ。戦慄と共に、少年は問うた。

 

「スラムヴァール……!? 何を言っている、どうしてここでレンサス以外の大幹部の名前が出た!? あの女も絡んでいるのか!」

「少しだけだがね。ご存知とは思うが私は『オロバ』に資金提供を行っていた。その見返りに魔眼をもらったわけだが……何も援助したのはレンサスだけではない」

「ほ、他の幹部にも協力していたのか、貴様はッ!?」

 

 エルゼターニアも事態を把握して叫ぶ。レンサスの話からてっきり『ミッション・魔眼』ばかりに絡んでいたのだと思い込んでいたが、どうやらこの男、別の大幹部の進行させている企みにも関与していたらしい。

 肥満した腹を撫で擦る。してやったりと会心の笑みと共に、ザロンストンは少女に告げた。

 

「『魔人計画』……! レンサス同様あのスラムヴァールからも見返りに、私は力を与えてもらっている! 一度発動すればもはや不可逆ゆえ、どうしようもないと持て余していた力だがね。こうなると、ふふふ、せめてもの意趣返しには打ってつけだ!!」

「くっ……『インペトゥスファイア・ドライバー』っ!!」

 

 咄嗟にアインは斬りかかった。何をしでかすか知れたものでない以上、四の五の言わずにまずは行動不能にするべきだと判断したのだ。

 

 焔を刃に纏わせての一撃は、人間にとっては亜人以上の必殺の威力。受けきれるわけがないのだ、本来ならば。

 だが──それをザロンストンは受け止めた。無造作にヴァーミリオンの刃を掴み、握り締める。凄まじい握力だ、人間の域ではない!

 

「な──」

「アインさん!?」

「ふふ、ふふふ、ふふふふ。来たぞ、漲って来た……っ!!」

 

 ヴァーミリオンごとアインを弾き飛ばし、狂ったようにザロンストンは身悶えした。次第に、その姿さえ変わっていく。

 肉が、ぼこぼこと泡立つ。身も骨も波打つように激しく隆起し、形を変えていく。肥えた肉体が、人間どころか亜人ですらない何かに、造り変わっていく。

 

「な、んだ──!?」

「あ、う……ば、けもの」

「さあ、さあ、ご覧あれ! 最初で最後の我が全身全霊! スラムヴァールが進める『魔人計画』の要、その試作品!! ──ぬぅううううあっ!!」

 

 この世のものとは思えない光景に絶句するエルゼターニアたちを前に、やがて変化を終えた『ソレ』が立ちはだかる。かつてザロンストンだったものは、有り体に言えば怪物だ。

 アインの何倍もの背丈、エルゼターニアの何倍もの筋肉。皮は向け、骨と肉が露出した、けれど顔だけは人間だった頃の面影を残す無惨な様相。

 醜く、恐ろしく、おぞましい姿。しかしてソレはひどく満足げに、残酷げに笑う。

 

「……これぞ『魔人』なり。あくまでプロトタイプだがね、ふふふ。これならば君たちにもきっと、打ち勝てるものと私は信じよう」

「ま、魔人……?」

「これが、『オロバ』の力、なのか……っ!?」

「そうだ、そうとも。これぞかの組織が目的たる『新人間』、その雛型」

 

 ザロンストン、いや『魔人』は大きく腕を振り上げる。巨体もあり、とてつもない威圧感を放つ圧倒的なスケール。

 あからさまなまでの攻撃態勢に、動揺と混乱をきたしたままでもエルゼターニアとアインは構える。まったく理解不能の事態が起きているが、状況が落ち着くことを許さない。

 

「さあ戦士たちよ。我が命をかけた最期の戦い──」

「く、来るぞエルちゃん!」

「は、はい! この……負けるものか、『魔人』ッ!!」

「──どうか諸共に果ててくれ!! 一人で死ぬのは寂しいものだから、なぁッ!!」

 

 そして豪腕は振り落とされる。

 未知の化け物、『魔人』との戦い。予想外の戦闘が、今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『不死魔眼』シーラが目を覚ますと、すぐ傍にセーマがいた。どうやら介抱されていたようで、丸めたタオルを枕として後頭部に敷かれている。結局砂漠の上なため良い寝心地とは言えないが、何もないよりは遥かにましな心地だ。

 目覚める前よりずっとクリアな心境、鮮明な意識で少女は呟いた。

 

「ウチ……負けたんだね。『不死魔眼』、なくなっちゃった」

「おはよう、シーラ……そうだね、君は負けた。俺がその魔眼を壊して、倒したんだ。恨んでくれて良い」

 

 傍らにて胡座をかき、水筒を手渡してくるセーマ。身を起こし、シーラはそれに口付けた──ひやりとした果実水が甘く、体に染み入る。

 変な男だと、苦笑して答える。

 

「恨まないよ、ウチだって一応戦士だもん。むしろ、何か……スッキリしてて変な気分」

「悪影響を及ぼしていた無限エネルギーが無くなったんだ。そうなるのも当然だよ」

「そっか。閣下……ウチを拾ってくれたザロンストン様には悪いけど、今の方が楽かな、なんて」

 

 淡く微笑む少女には、意識を失う直前に見せた狂気の欠片もない。異常な言葉遣いも消えており、どこにでもいる女の子といった様子だ。

 正真正銘、魔眼の呪縛から解き放たれたのだ。確信してセーマはホッと息を吐いた。どうにか彼女を救い出せた、その達成感に安堵する。

 エルゼターニアとアインが飛び去った空、首都へと続く砂漠を見据える。やり遂げた心地で、気楽に彼は呟いた。

 

「さて、後は敵の首魁だけか。『魅了魔眼』さえ無効化したなら、あの二人なら大丈夫とは思うが」

「……んー、それはどうだろ。ザロンストン様、魔眼以外にも何かあるみたいだし。『オロバ』大幹部のスラムヴァールってのとも色々、やってたよ昔」

「……スラムヴァール!? 嘘だろ、あの女も今回の件に絡んでいたのか!」

 

 予想外の名が出たことに驚くセーマ。魔剣騒動の折、会食を経てやり取りをした女だ……スラムヴァール。『オロバ』大幹部の一人であり、にこやかな言動の裏に深淵めいた狂気を垣間見せていた。

 レンサスだけではなく彼女とも関係があったのだ、中央オアシスユートピアの大総統は。呆れた思いで言う。

 

「馬鹿じゃないのか、その閣下とやらは……『オロバ』なんかにそこまで肩入れして、何がしたいのやら」

「あの方、ザロンストン様は人間が怖いんだよ。でも寂しがりだから、一人も嫌なんだ」

 

 ぽつりとシーラが呟いた。ザロンストンの周囲でただ一人、自由意思を保ったまま仕えていた彼女だからこそ見える、悪辣な洗脳者の心境。

 すべてを支配下におき理想郷を築いた男の真実は、実のところ繊細なエゴイストに過ぎなかった。

 

「……皆を人形にして傍に置いとけば怖くもないし寂しくもないってさ。中央オアシスユートピアは、ザロンストン様のためだけの世界なんだよ」

「勝手な男だな。人形にした『皆』の数年は、そんなことで踏みにじられた」

「そう、だね。でも、ウチは……拾われるまでは一人ぼっちで、誰もいなかったから。何だか放っておけなくて。力になりたかった」

「……そっか」

 

 良くも悪くも優しい子だと、セーマは内心でシーラを評した。どこまでも独善的な理想郷の主に、唯一寄り添った彼女は真に孤独の痛みを知っているのだろう。ザロンストンの矛盾に気付きながらも、けれど恩と同情、共感から支え続けた姿は年相応に未熟で、けれどだからこそ暖かさを持つ。

 真にザロンストンを思うのならば、反抗すべきだったのだ。けれどそれをしなかったのは弱さであり強さだ。セーマはシーラの頭を優しく撫で、立ち上がった。

 手を差しのべて、座ったままのシーラに言う。

 

「どうあれ君もザロンストンとやらに荷担した、中央オアシスを踏みにじった側だ。背負った罪はいずれ償わなければならない」

「……うん。赦されなくても、そうだよね」

「だからまずは、見届けようシーラ。君の仕えた者の終わりを見て、理想郷の終わりを見て……そこからどうやって生きていくかを考えるんだ。君さえ良ければ、俺も一緒に考えるから」

「え……」

 

 罪と罰、そして救いを示すセーマに少女は目を見開いた。厳しさというにはあまりにも優しい言葉だ。何の関係もないのに一緒に考えるなど、よほど酔狂でなければ出てこない。

 本質的にシーラは、この『勇者』とやらの甘さを感じた。気になった相手に過剰に寄り添おうとする彼の姿は、他ならぬ自分と重なるとも。

 

「似た者同士、か」

「? シーラ、どうした?」

「何でもないよ。うん……ありがとうセーマ、さん。ちょっとだけ、お世話になります」

「ああ、よろしく。それじゃあ行こうか、首都へ」

 

 どこかシンパシーを感じつつもその手を握る。ひどく暖かく、それがシーラには嬉しかった。

 そして二人は首都へ向け、歩き始めるのだった。

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