オアシス解放戦線、英雄たちの戦い・3
「『隠しルート』ってのはね、実はこの館の避難経路のことなんだよ、二人とも」
「避難……?」
「万一、この館を放棄しなければならないことがあるとしてさ。すぐさま最寄りの、信頼できる避難所に逃げられるように……元々地下にあった空間に、直通の道を舗装したんだ」
『森の館』本館の端から入ることのできる、地下へと続く大階段。隠しルート……すなわち館における緊急避難用の地下通路への道すがら、セーマはエルゼターニアとアインに向けて経路の子細を説明していた。
もしもの時、何らかの要因にて館を放棄せざるを得ない事態に際し、速やかに避難所へと逃げられるようにと構築されたのがこの経路だった。元々はメイドの一人、アリスがリリーナと共に発見した地下空間を、館と避難所とを繋ぐ経路として活用できないかと考えたのが切欠である。
館らしい、整然とした構造から岩肌の剥き出した通路へと移る。奇妙なまでに明るい道だが、遠く見える拓けた場所はより鮮明な光を放っているように見える。
これはセーマによればマオの手によるものだそうで、つい数か月前、快適な環境になるように改善を施したのだという。
なるほど、と頷くエルゼターニアだが、そもそもこれ程の地下に通路として利用できる空間があること自体が驚愕の事実だ。
誰が、何のためにこのようなものを? ……尋ねる彼女に、勇者は説明をしていく。
「王国南西部に流れる大きな川の傍流が、大森林の地下にまで通っていたんだ。長い年月をかけて少しずつ、広大な地下空間を形成してね」
「町のすぐ側にある川、っすよね? はぁー……そんな遠くから、こんなところにまで」
「こんなところにまで、どころじゃないんだなこれが」
感嘆の息を漏らすエルゼターニアに微笑みかける。まったくこの時点でも既に驚くべき自然の神秘であるが、まだまだ、本題はここからだ。
人差し指を立て、セーマはついにこの経路の秘密を語った。
「メイドさんたちが一回、その地下空間がどこまで広がっているのかを調べたんだ。そうしたら──」
「そ、そうしたら?」
「大森林どころじゃない。そこから更に南西に抜けて中央オアシス、果ては共和国の地下にまで抜けて海に辿り着くことが発覚したんだ」
「……!?」
「何ならそれぞれ、中央オアシスの首都近郊、共和国の国境直前の地表に出られるルートも発見した。今回はそれを使って奇襲をかけるってわけだね」
あまりの真実に、英雄たちは言葉を失った。とんでもないことだ。つまりは『森の館』を通じて王国以西、中央オアシスや共和国にまで至れるルートが存在しているというのである。
思わず顔を見合わせる、少年少女。
「それって……」
「すごくまずいこと、なんじゃ……」
それがどのような懸念に通じるか、分からないエルゼターニアとアインではない。場合によっては王国から中央オアシスどころか、共和国にまで背後からの奇襲をかけられる可能性が突如、浮上したというのだ。
万一、悪意ある何者かが利用すれば──最悪の場合、国さえひっくり返る。おそるべき未来の予感に顔をこわばらせるエルゼターニアへ、セーマも頷き、固い声で返した。
「俺も半年以上前に初めてこの経路の存在を知らされた時点でまず、軍事利用の可能性を危惧した。単なる避難用の経路を、下らない輩に下らない悪用されちゃ堪らないからね」
「い、今のところ経路の存在は、誰が……?」
「館の皆と、君と、アインくんだけ。だから俺も言い渋ったわけだし、君たちにも他言は絶対に控えてほしいんだ」
「言えるわけないですよ、こんなこと……」
アインが顔を真っ青にして呻く。彼からしてもさすがに共和国にまで伸びる地下ルートの存在は寝耳に水で、それが他者に知られれば何が起きかねないものか、よく分かっている。
むしろこんな恐ろしいルートをよく、セーマは使用するなどと言ってみせたものだ。尊敬する師とはいえさすがに戸惑いも強く視線を向ければ、彼は苦笑して肩をすくめた。
「一応、俺としても何も考えずに君たちに知らせたわけじゃないさ……今回のことが終わり次第、俺の責任を持って王国以西へのルートは封印する。マオにも協力してもらうし、多少地形を変えてでも後顧の憂いは絶つつもりだ」
きっぱりと言い切る。マオの力、すなわち星のエネルギーを用いた万能能力『魔法』にて王国以西へと続く地下通路を完全封印するというのだ。これには二人もなるほど、と頷く外はない。
何しろ魔王の力だ。エルゼターニアにとっては魔眼、アインにとっては魔剣の存在もあり、その大元となった魔法の反則的な性能に関しては疑い一つ持っていない。
にわかに流れる安心の空気。二人を納得させたことに満足してセーマはいよいよ、近付いてきた通路の終わり、遥かに広がる地底河川の大空洞を指差して言った。
「さあそろそろ出るぞ、地底世界だ──きっと感動すると思う。この世のものとも思えない、とんでもない光景さ」
──一方その頃。共和国と中央オアシスユートピアの国境、つまりは砂漠の開始地点にて。
エルゼターニアたち三人とは別に行動する部隊の面々が、顔を合わせてそれぞれ軽いやり取りをしていた。
「『剣姫』リリーナ様……! いやはやお会いできるとは光栄ですなァ」
「作戦とメンバーについては予め知っていても、やはりこうして会うとなると緊張するものですねぇ」
『クローズド・ヘヴン』の二人、オルビスとファズが眼前の美女を見て息を呑んでいる。S級冒険者の中でも最も強く、最も偉大と言われる『剣姫』リリーナと初めて会ったのだから、二人も常ならず緊張するのは仕方のないことだ。
そんな二人の冒険者たちに、リリーナは視線を向けて、戦士として挨拶を行う。
「貴君らが『クローズド・ヘヴン』の二人か……『プロフェッサー』オルビス殿と『壊感』ファズ殿。こちらこそお会いできて光栄だ、今日はよろしく頼む」
「是非によろしく。足手まといにだけはならんよう、ファズ坊共々気張らせてもらいます」
「よろしくお願いいたします」
握手を交わす三人。降って沸いたような共闘の機会は、不謹慎かもしれないが戦意が高揚するのを感じる。冒険者として最高峰に位置する者たちは、強気な笑みを浮かべていた。
そんな戦士たちを尻目に、ハーモニも不敵に笑う。こちらはこちらで、予てより気にしていた存在との共闘が気合いを高ぶらせているのだ。
「さてさて、『疾狼』ジナさん……アリスさんとリリーナさんが揃って太鼓判を押す若き天才の実力、楽しみにしてるよ!」
「若き天才って、また過大評価な。ボクにそこまで期待を寄せたって、失望しても知らないよ? ハーモニさん」
『森の館』メイドが一人、ワーウルフのジナ。見るからに幼い姿の少女だが、その戦闘力は他とは一線を画する。
何しろアリスやリリーナが手ずから鍛え上げ、アリスに至ってはもはや実力面において己をも凌駕したと言い切っているのだ。
元よりワーウルフとして備えている戦闘能力を加味してもなお、異質な才能と呼ばざるを得ない短期間での大成長……アリスの弟子たるハーモニからすれば、気にならないわけがない存在だ。
後進が己の遥か先を行くという羨望や嫉妬、それ以上にバトルジャンキーとしての期待や興奮を胸に、ヴァンパイアはワーウルフへと強気に言う。
「あのお二人が認める貴女なんだから、私は当然すごい人なんだって信じるよ。それにこの戦いが終わったらお手合わせ願うつもりだし、今からじーっくりと戦いぶりを拝ませておいてもらわないとね」
「え……何でまたそんな、面倒くさいことを」
「ワクワクするじゃん! 天才ワーウルフにどこまで食らいつけるか、自分の全部を使ってたしかめたい! そしてもっと高みを目指したいし、それに戦うことで貴女のことももっと知りたいし!」
「う、うーん。理解しきれないけど、バトルジャンキーって人種ですかね? まあ、良いですよ何でも。せっかくなんで受けて立ちます」
燃え盛るハーモニを前に、至ってジナは平静だ。冷淡ですらある。
世界的にも屈指の強者たる彼女だが、実のところ戦うことに対してそこまで思い入れがあるわけではない。嫌いなわけでもないし当然、己の強さや身に付けた技術に誇りも持っているが……そもそも興味が薄いのだ。バトルジャンキーのハーモニとは対極的だとさえ言える。
それは何故か? 単にジナの趣味嗜好が、バトルでない方を向いているからだ。
「中央オアシス……共和国から派生した独立自治圏。砂漠国家ならではの独特な文化を有しているし、過去著名な文豪や美術家もいくらか排出している、か。まさに砂漠の至宝、オアシスの光だね」
「……え。あ、あの?」
「砂漠を生きる民の風俗について記された『オアシス風土記』はこの土地を理解する上でとても有意義だけど、やっぱり実地は違うもんだね。帰り、観光とかできないかなぁ」
瞳を異様に煌めかせ、遥か砂漠を見据える。ジナはもはや、今回の作戦を終わらせた後のことに興味が移っている。わずかでも自由時間があるならば砂漠国家を現地で堪能し、文化や芸術を楽しみたいという欲が湧き出ているのだ。
唐突なワーウルフの様子に、困惑を隠せないハーモニ。
近くにいたソフィーリアが、苦笑して応えた。
「ジナさん、人間の文化や芸術にすごく傾倒していらっしゃるんです。それこそ人間以上に」
「文化や、芸術……?」
「『森の館』の皆さんが口を揃えて言うくらいですから、相当なんでしょうね……マオさんすらジナさんのこと、異端だって言ってましたし」
己のことを話す周囲にも関心を示さず、ジナはなおも興味の視線を広大な砂漠へと向けていた。ソフィーリアの言の通りだ──人間の文化、芸術に心魅せられた特異なるワーウルフ。それこそがジナだった。
あまりに人間へ傾倒しすぎるがゆえに里を飛び出した程で、今や亜人でありながら人間世界の知識を貪欲に収集し続ける学者としての一面すら持ち合わせている。
館においてもアリス、マオと並んで三賢者と称される知的好奇心の塊にして、異端の亜人。
思わぬジナの正体に、ハーモニはそう言えばと呟いた。
「『芸術狂いの変人』って、前にアリスさんから聞いた覚えがあるよ……でもまさか、ここまでのめり込んでるだなんて」
「でも戦いになると本当にすごいんですよ。私も一度しか見たことありませんが、徒手空拳でこう、すごいスピードとパワーで」
「徒手空拳かあ。普通なら『霧化』のあるヴァンパイアの方が圧倒的に有利だけど……」
もたらされた情報、ジナの戦法が徒手であることからいくらか有利不利を考えるハーモニ。常識的に考えればもちろんヴァンパイアの方が明らかに優勢なのだろう。何しろ『霧化』にて霧となってしまえば基本的に、あらゆる物理攻撃は無効となる。ましてや素手による格闘術などいくら鋭く研鑽されていようが、実体のないものを仕留めるなど不可能だ。
ただ……それでも目の前のジナは別だ。何しろハーモニと同じヴァンパイアとして遥か高みにいるアリスをさえ、超える実力者だというのだから。
間違いなく『霧化』するヴァンパイアに対しても何かしら有効打を放つ技術を持っているのだろう。それが恐ろしく、そして楽しみだとハーモニは笑った。
「ふっふっふっふー。すっごく楽しみだよ、この後のバトルが! となればよーし、ちゃっちゃと終わらせちゃいますか、オアシス解放!」
「目的は物騒だけど、早めに終わらせるってのには賛成かな……さて皆さん、そろそろ行きましょうよ。ほら、アリスも戻ってきたことだし」
やる気に満ち溢れたハーモニとはやはり対照的な素っ気なさで、ジナはそれでも号令を出した。
同時に暇に明かして斥候の真似事などに出ていた友の名を呼べば、遠くから霞のように薄い霧がやって来る。『霧化』していた、アリスだ。
ジナのすぐ隣に気体が集まり、人型を象る。一同よく知る少女の姿となり、アリスはあっけらかんと言うのだった。
「おう、ボチボチ行くかのー。関所くらいまでは見たが、聞いとった通りの物々しさじゃな。死んだ目をした有象無象がわんさかじゃったぞ」
「『魅了魔眼』健在ってことですなァ。やれやれ、真正面から突破とは骨が折れる」
「それもできるだけ派手に、ですからね。人間相手には中々、高いハードルです」
「うう、緊張します……アイン、大丈夫かなぁ」
偵察した結果、やはり関所は万全の迎撃体制であるらしい。オルビスとファズ、そしてソフィーリアがこれから予想される激戦を思い、重く息を吐く。
別動隊たる彼らの任はいたってシンプルだ──できるだけ派手に暴れつつ進撃する。本隊であるエルゼターニア、アイン、そしてセーマの三人による中央オアシスへの奇襲をより効果的にするため、人数を多めに割いているのだ。
「我らがやらねば主様たちに迷惑をおかけしてしまう。それだけは避けねばな」
「ですね。手加減が大変ですけど頑張りますか」
「ハーモニ、戦いに熱に入れすぎてやり過ぎるなよ?」
「分かってますって! 人間さんには極力、傷なんか付けませんよ」
一方で手慣れた様子の亜人たち。リリーナやアリスは元よりハーモニ、ジナも気負いなく自然な態度でこれより先の戦いに赴こうとしている。
すべては本隊のエルゼターニアやアイン、そしてセーマのために。
かくして別動隊のメンバーも、行動を開始した。
お陰さまで無事、100話まで書けました。ありがとうございます。
もう少しで「共和国魔眼事件エルゼターニア」も完全完結して第三部「連邦魔獣戦役」に続いていく感じです。
これからもどうかよろしくお願いいたしますー




