特務執行! その名はエルゼターニア
15年前、戦争が起きた。
人間と、人間ならざる人類──すなわち『亜人』と呼ばれる存在たちとの戦争である。
世界規模で行われたそれは10年続き、人間側の勝利によって幕を下ろしたのが約5年前になる。
亜人を率いて人間相手の戦争を引き起こした『魔王』なる存在を、何者か戦争の英雄が打ち倒したという話だが……その詳細は各国の上層部のみが知っていることであり、一般市民には知る由もないことだ。
ともあれ首謀者が敗れたことで、人間側の勝利という形で戦争が終わった。しかしそれが平和な世界の到来を示しているというわけにもいかないのが、戦争というものの罪深さであろう。
すなわち、その爪痕によって未だ人間世界は復興の最中であるのだ。
戦争の影響が少ない地域はまだ良い。被害も小さく、それゆえに早く建て直しができた。
大陸のほぼ南半分を占める王国、その南西部地域に至ってはそもそも戦火に晒されておらず、今では世界屈指の平和地帯として観光客や移住者が増加の一途を辿っている程だ。
しかしそれ以外のほとんどの地域の場合、戦争の爪痕は大なり小なり残っている。破壊された土地、略奪された人々、あるいは家族や隣人を踏みにじられた者たちの回復は時間がかかる。
それに加えて戦後、魔王に従っていた亜人たちの生き残りが賊と化し、悪事を働くケースも多い。
──今まさに、少女が相対している犯罪者もまた、賊と化した元魔王軍の亜人であった。
「さぁーてスモーラさん、逮捕っすよ! 罪状は言わずもがな殺人! 市街地にて子供一人と大人二人殺した罪、バッチリ償ってもらいます!」
「くっ……人間の、それも小娘がよくも舐めた口を!」
栗色の、ふわりとした質感の長髪をポニーテールにまとめた、制服姿の少女が不敵に笑う。その手には背丈よりも長い柄の大鎌を握り携えている。
対するは亜人。背丈こそ人間の子供と遜色ない程度のサイズだが、その顔立ちは中年男性のものだ。『スモーラ』という名で知られる、手先が器用で小回りの利く体型が特徴の亜人種であった。
「戦争こそ破れたが、一対一なら負けんぞ! 貴様のような小娘風情、頭を粉々にしてやるっ!」
「怖いっすねー……さすがは亜人、人間が束になってようやくってレベルっすもんねー」
野太い声の中年スモーラが放つ恫喝に、少女はおどけて怖がって見せた。余裕綽々といったその様子に、スモーラは得体の知れない不気味さを覚えて後ずさる。
亜人の脅威を知らないわけではないだろう──鍛え上げた人間の戦士が四人がかりでようやく一人の亜人と対等に戦える。そこまでの身体能力の差が、人間と亜人との間にはあるのだ。
にも拘らず笑みを浮かべる制服の少女に、スモーラは一瞬、逃走を考えるが……首を左右に振り否定した。
人間の、それも年端もいかない娘相手に尻尾を巻いて逃げるなど、断じて認められないことだ。
戦争においても、あの『化物』を除いては決して逃げることはなかった。そんな勇敢なる戦士としての矜持が、スモーラから目前の不気味な少女からの撤退を許さずにいた。
波打つ海岸が近くに見える、ある晴れた日の小高い丘の上。見合う二人の、スモーラが先に構えた。
臨戦態勢に入り、腰から提げていたナイフを取り出す。スモーラ種特有の手先の器用さで以て作り上げた切れ味抜群のナイフだ。素早いスピードで敵に肉薄し、頸動脈を掻き切ればすぐに決着は付く。
いつものことだ、簡単だ──そうほくそ笑む中年スモーラに対して、少女もまた、大鎌を構えた。
一人、厳かに呟く。
「対象、『亜人によるテロリズム』。電磁兵装運用法第3条は特殊事項Cに則り、電磁兵装『ルヴァルクレーク』の攻性機能を限定的に解放」
「遺言か、小娘ぇぇえっ!!」
駆け出すスモーラ。生まれながらにして人間を遥かに越える身体能力は当然、その脚力も凄まじいポテンシャルを秘めている。
それなりに距離はあるが、肉薄するまでにそう時間もかかりはしない……恐るべきスピードで迫るスモーラに、しかし少女はなおも、冷静に呟く。
「我が名はエルゼターニア。共和国の盾、『特務執行官』の責務と使命において!」
「死ねぇぇぇっ!!」
少女──エルゼターニアは、腰に巻いたベルトの側部のホルダーから一つ、小さな青いボトルを取り出した。ルヴァルクレークと銘された大鎌の先端に6つある、ボトルがぴたりと入るサイズのソケットに挿し込む。
瞬間、大鎌がプラズマを放ち青白く光り始めた。ソケット周りの排気孔から蒸気が吹き出し、プラズマと反応して火花を散らす。
「……これは、あの『化物』の!?」
「射程距離──逃がさないっすよ!」
あれは。あの光はまずい。
怖気が走る感覚に慌ててスモーラが方向転換を図るも、既にエルゼターニアが振り回す青い閃光の大鎌は彼を捉えていて。
少女は一度だけにっこりと朗らかに笑い、すぐにそれを、必殺の技を放つ決戦の形相へと変じた。
「今ここに、『共和』の敵を屠らんっ! ──特務執行!」
「や、めろぉぉおっ!」
青白い光を纏う、大鎌の刃が振るわれる。すべてを打倒するその一閃は、少女の意志の下、スモーラへと迷いなく向かう。
共和国を脅かす敵を打ち倒すその技の名を、エルゼターニアは高らかに叫んだ。
「『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』ッ!!」
「ぐぁ──あああっ!?」
横薙ぎに放たれたプラズマの閃光──『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』。電磁兵装ルヴァルクレークの持つ力の一端を発動させて放つ近接技が、逃げんとしたスモーラの胴体を強かに打ち据えた。
断末魔めいた呻きをあげ、その場に崩れ落ちる中年スモーラ。死んではいない……気絶してはいるものの、まだ息がある。
「……ふいー、っす。さてさて、お縄お縄ー」
すぐさまエルゼターニアが携帯式のロープでスモーラの手足を拘束し始めた。
亜人の膂力をもってしてもなお身動きが取れないよう、特殊な方法で縛っていく。そもそもロープ自体が硬度の高い金属を用いているため、少なくともスモーラならばこれで抵抗はできなくなる。
ものの数分とかからずに捕縛を完了したエルゼターニアは、そこで改めて人心地付けた。
ルヴァルクレークのソケットからボトルを取り出してホルダーに戻す。大鎌からプラズマと蒸気が失われて、すっかり落ち着いた辺りで彼女は独り言ちた。
「にしても、これで今月33件目っすかぁ……まだまだ落ち着かないっすねぇ、共和国は」
やれやれ、と未だ遠い平和を想いしみじみと吐露する。少し離れた王国南西部など平和そのものらしいと聞くが、少しくらい分けてくれても良いのにと少女は唇を尖らせた。
──ここは王国南西部は大森林を国外へと向かって抜け、砂漠地帯を越えた先にある共和国。
海洋国として栄えたものの、かの戦争においては国内のあちらこちらに大きな被害を被り、今なお亜人の残党や賊たちに苦しめられている国の、その最西端に位置する辺りであった。
大陸最西端、海洋に面した貿易都市は共和国の首都。
国政を執り行う議事堂の真横にある施設、治安維持局本部の中にエルゼターニアの職場はある。
階段を軽快に登って3階、左手に曲がってすぐにある一室だ……『特務執行課』の札が掛けられたドアを勢い良く開けて、彼女は満面の笑みと共に挨拶を行った。
「たっだっいっまー!! っすー!」
「おっかっえっりー、と」
元気の良いエルゼターニアに併せて、飄々と適当な調子の声。部屋の中、一番奥のデスクに座る男のものだ。
手前には机がいくつか並べられ、そこで書類と格闘している女性スタッフが彼女をちらりと見る。しかしよほど忙しいのだろう、お帰りなさいと笑顔で言うに留まり、また自分の作業に没頭していった。
一方で奥の男はエルゼターニアに声をかけてくる。
「エル、首尾は?」
「はーい! 例のスモーラは無事捕縛、保安部に引き渡して来ましたー」
「ん、お疲れさん。報告書は例によって一週間以内でな。簡単なもので良いから」
「了解っすー」
言いながら室内を移動、まずはルヴァルクレークを専用の保管庫に設置する。次いで先の戦闘にて使用したボトルをベルトのホルダーから抜き取り自分のデスクに腰掛け、向かいで作業している女性スタッフに話しかけた。
「『リパブリックセイバー』の使用回数が尽きたんすけど、また充電の手続きお願いできますか、レインさん?」
「ええ、お疲れ様。他のはまだ大丈夫?」
「はい。他はまだまだ回数ありますねー」
「了解」
スタッフ……レインは『ルヴァルクレーク"リパブリックセイバー"』を放つのに必要なボトルを受け取った。
深い青のウェーブがかったロングヘアが知的な印象を与える、エルゼターニアよりはいくらか歳上の美女だ。この特務執行課においては事務や経理などデスクワークを担当しており、現場での荒事担当のエルゼターニアのサポートも務めている才女である。
「エル、ルヴァルクレークの調子はどうだ? 報告書から見るに大分、慣れてきたみたいだが」
部屋の奥、一番立派なデスクに座る男が話しかけてきた。20代半ば頃の、ブラウンの髪をざっくばらんに伸ばしているスーツ姿の男。特務執行課のボスである、いわゆる課長だ。
「はい、ヴィアさん。最初はちょっと、セットするボトルの種類とか使い方の違いとかで苦戦しましたけど……もう大丈夫っす!」
「そうか、それなら良かった。何せほら、謎が多いしややこしいからさ、アレは」
元気一杯に答えるエルに、課長ことヴィアは頭を掻いて苦笑した。
ルヴァルクレーク──対亜人用の兵器であり、製作者曰く『電磁兵装』と呼称されるシリーズの一つである大鎌は、人間に亜人と戦える力を与えてはくれるものの、その全容は共和国の誰一人として分かっていないブラックボックスだらけの武器だ。
「たしか、クラウシフ博士……でしたっけ? ふらっと現れて、ルヴァルクレークも含めて3つの電磁兵装を共和国にもたらしたんすよね?」
「ああ、戦後間もなくな。その内一つは外交に回されて、今じゃ帝国の守護役『インペリアル・フルーレ』の第一位が使っているって話だ」
ヴィアが説明する。電磁兵装……まったく未知のエネルギーを用いる、今の人間の技術力を遥かに超越している武装の数々。これらはすべて一人の科学者によってもたらされたものだ。
自らをクラウシフと名乗るその博士はその後、何処と知れず行方を眩ませたが……度重なる亜人によるテロリズムを受け、最近になりルヴァルクレークが実戦投入される運びとなったのである。
「で、もう一つは研究に回されて学者さんたちが四苦八苦と……ルヴァルクレーク、よくウチで確保できましたね」
「というか、アレを用いるためにこの『特務執行課』ができたようなもんだからな……予算確保にしろ何にしろ苦労したんだぞ? 特にルヴァルクレークの使用者を選定するのは骨が折れた」
「あはは……お疲れ様っす」
疲れたように肩を回すヴィアに、エルゼターニアは労いの言葉をかけた。
ルヴァルクレークは言うまでもなく共和国にとり非常に重要な兵器だ。それゆえ、厳格な選定の末に使用者が選ばれたというのは常々聞かされている。
いつも気になっていることを、彼女はやはり今回も尋ねた。
「にしても、何で私だったんすか? もっと他に強い人とかいたと思うんすけど。適正テストだって、そう突飛なものでもありませんでしたし」
「ああ……まあ、もう少ししたら話せると思う。いい加減、使用者当人なんだから打ち明けても良いだろって言ってるんだが、治安維持局長が中々頷いてくれなくてな」
「うげ、超お偉いさんっすね……」
特務執行課が所属する治安維持局──その名の通り共和国の治安を維持するため、あらゆる行動を執り行う組織だ。
そのトップである局長が首を縦に振らないというのであれば、エルゼターニアとしても無理に聞き出せることではない。
「はあ……まあ、その内には話してほしいっすね」
「そこは勿論だ。局長もお前さんのことは随分気にかけていたし、もう少しすれば知らされるだろうさ」
「だと良いんすけど」
肩を竦める。そうとなればこの話はここで一旦打ちきりだ。
デスクから報告書用の原稿用紙を取り出す。荒事も終わったことだし、ここからはエルゼターニアもデスクワークに取りかからねばならない。
午後の麗らかな一時に、ペンが走り出す。
こうして特務執行官エルゼターニアの一日は過ぎていくのであった。
GW中は毎日更新しますー
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