〈第2-2話〉眠れぬ試験
王立遊撃旅団「クロス・レギオンズ」の団長を志す少女、アリス。
一日目の模擬戦を無事に退け、ハインドに絡まれつつも二戦目の土俵へ向かう。
さて、次の相手は誰だろう……
再び土俵へ戻ってくると、反対にはメガネをかけて剣を腰に下げている男がいる。
こいつはたしか……アルバス・マルコシアスだったか。
錬金術を得意としているちょっと変わった奴らしい。
模擬戦前の一礼を済ませると、互いに定位置に着く。
《始め!!!》
さて、なにをしてくるか……ん?なんだあれは?
彼の右手には石のようなものが握られている。
そして、左手には木剣……一体、何をする気だ?
出方を伺い続けていると、相手はしびれを切らしたのかこちらに歩いてきた。
6メートル……5メートルほど近づかれた時、それは起きた。
なんと、彼が石で木剣を叩きつけると、そこから燃え盛る炎が放たれた。
「ッ!?」
咄嗟の判断で躱すが、脚に炎が掠めてしまった。
「お、おいおい、武装錬金は使えないはずだろ!?」 「反則じゃないのか!?」
否……反則ではない。
たしかに魔法は禁止だが、現地のものを使って攻撃できる武装錬金術は魔力を使うとはいえ、縛られていない。
そのうえ、武装錬金自体を使いこなせる人材が少なく、ああいう炎のようなものは掠っただけでも判定に入る……!
まさか、これほどの炎を作り出すなんて……相当な使い手がいたものだ!
アルバスは一定の距離を保ちながら、炎を乱射してくる。
あと二発が、どこかを掠めでもしたら私の負けだ……!
とはいえ、剣と飛び道具の炎じゃ、どう考えても炎に軍配があがる。
このままじゃ、近づけない……ジリ貧だ。
が、奴の木剣はなにかが変だ。
どこか短いような……おかしい、武器の長さは均一のはず……
炎を躱しながら、間を縮めずにアルバスの木剣を注視する。
するとやはり、炎を撃つ度に剣がどんどん短くなっているのが見えた。
錬金術とは必ず代償が伴うもの。
奴の場合、木剣がすり減る代わりに火炎を撃ち出していると見て、間違いない。
ならば撃てなくなるまでの間、跳ぶなり、避けるなり、潜るなりして躱せばいい話だ。
さあ、どうなるか……
およそ、十五発程度だろうか。
とうとう奴の木剣は、刀身が拳一個分くらいの長さになっている。
今こそ攻める時だ!
ジグザグに動いて火炎を躱しつつ、近づいていく。
そして、あと少し……3メートル程度……ここだ!
放たれた火炎をフレイの時と同じく、身体を低くして潜ってから渾身の斬りあげを当てる!
「ぐっ……ええい! ……あれ?」
その木剣は刀身がもうない。強いて言えばミリ残りってやつだ。
「もう火は使えないわね!」
この状況で柄ごと火炎に変えようものなら、その時点で武器を破壊された判定が出るだろう。
もうこの時点で、こちらの勝ちだ。
「ッ……!! うわああ!」
決死の悪あがきを片手で抑え、X字の斬撃をお見舞いした。
《勝負あり!》
ふう、危なげなくも勝利できた……私の今日の模擬戦は終わりだ。
「すげえ……あのドラゴンみたいな炎持ってる相手に……」 「こりゃあ、団長はあいつかもな……」
そうなってもらわなきゃ困る。こっちは持ってる思いが違うんだから。
さて、他の奴らが終わるまで休憩所にある戦略教本でも読んでおくか。
初日に戦闘ってことは、次の日はおそらく筆記だろう。
……もうこの本を何度読んだだろう……それでも不安が残る……
「おーい、アリス……なんだ、また此処にいたのか」
うわ来た。またハインド……こいつ邪魔なんだけどホントに。
「今度はなんの用よ?」
「そんな睨むなよ……ほら、みんながまだ戦ってるし、むこう行こうぜ?」
バカなのかこいつは?団長選抜の筆記試験は伊達じゃない。
そもそも、普通の司令官任命の試験ですら血塗られた道と化しているのに、この団長選抜はそれ以上の難しさだと聞いている。
付け加えて、団長選抜には団員を厳選する側面を持っている。
団員が一気に削られるということだ。
……やっぱり、こいつはやる気あるのか?
「あっち行って……私は今、明日の準備してるの」
「勉強か……めんどくさいよな〜勉強」
……私の怒りのボルテージがどんどん上がっていく……滅茶苦茶イライラする……
「ん……?なになに、敵の大部隊に包囲された、背後には流れの急激な川しかない。この時に一番取るべき方法……」
「あーもう! 邪魔しないでくれる!? 私はアンタと違って忙しいんだよ!!」
「……お、おう……すまん……」
やっと、諦めて戻っていってくれた……。
それとと同時に終了を意味する青色の光が、リストベルから放たれた。
……早く自室に帰ろう。
***自室へ***
使い古した教本を何度も読み返して、必死に覚えるべく奮闘する……
だが、どんなにやってもやっぱり不安だ。
過去の問題だけが出るはずがない。もしかしたら全部新規かもしれない。
シャワーを浴びる時も、寝るときも、それが気になってやまない。
「……寝れない……」
休むときに眠れない……緊張と、不安のせいで脳が寝てくれない。
このままだと寝不足……いや徹夜になってしまう……
「ちくしょう!」
ダメだ全然眠れない。こうなったらやるしかない。
スタンドを点け、ひたすらに問題に齧り付く。
問題を見返して、解き直して……
そして、夜が開けてしまった……!
***筆記試験会場***
「よし、全員いるな?これから筆記試験を始める。時間は50分だ、始め」
ち、ちょっと待て、50分!?
指揮官の試験ですら一時間は……ええい、やるしかないのか……!
秒針の音、ペンの文字を書く音……単調すぎて眠くなってくる……徹夜のツケがこんな時に……!
だ、ダメだ! 気をしっかりと持て、私!
……とりあえず、わかる問題から……くそ、すぐに答えが出てこない……
かといって、適当に答えるわけにはいかない……苦しい……!
《終了! 回収!》
どうしよう……下手すれば、団員が削られるテスト……除籍だけは死んでも避けないといけない……!
……一通り解いたが憂鬱だ……
「アリス……どうした?そんな暗い顔して……」
ハインド……もう「邪魔」と言う気力もない。
「お前まさか、徹夜したのか?せっかくの綺麗な黒髪に元気がないぞ」
分かりきったことを……もういいや。
どうせ明日は模擬戦だろうし……戻って寝よう……
なんとか立ち上がろうとするが、睡魔のせいでフラフラする……
「お、おいおい、大丈夫か?」
「……」
***自室***
はぁ……はぁ……戻ってくるだけで一苦労だ……。
ベッドに倒れこむと同時に、私の視界は暗闇の中へ消えていった。
今日は疲れた……。
次回もお楽しみにね。