〈第14-2話〉せっかち
不帰の森で包囲を崩し、二手に分かれたクロスレギオンズ。
反撃に転じ、吹雪の猛威との激戦を繰り広げる。
そして、戦いの果てにアリスたちがアルマスを、フレイたちがフェイルを下したのだった。
フェイルのバッテリーが木から落ちる様を見たモンスターたちは、散りじりになって逃げていく。
森の奥へ、出口の方へ、そして空へ逃げていった。
「終わったな……」
「まだよ、ハインド。奴から情報を吐かせる」
木の近くで、雪にうつ伏せで倒れているバッテリーに近づく。
奴を仰向けに転がすと、その首元に剣を突きつけた。
「……なんだ、人間……勝敗は決しただろう……? 敗者の俺にまだ用があるのか……?」
動く気力もないのか、奴は片手に携えていたはずのトリガーを手放していた。
「ええ、少し聞きたいことがあってね。あなた、「魔将」について何か知ってるでしょ?」
「……誰だそいつは……? 俺たちは以前に「ギャラクス」っていう奴の部下には会った……そいつは俺たちにトリガーを……アルマスとフェイルを寄こした……」
トリガーをよこした……そして、ギャラクスというモンスター……只者ではないことは明らかだ。
「……これ以上言う気はない……人間に吐けることはこれだけだ……早く殺すがいい……」
ッチ……肝心なことを聞く前に黙秘か……
なら、用済みだ。
喉を剣で刺し貫く……その時、急に後ろから声がした。
「まて、アリス。まだ殺すな」
「なんでよ、アルバス?」
彼の手には茶色の小瓶があった。
見るからに薬品が入っていることはわかるが……一体なんだ?
「なんだ……俺を拷問したところで無駄だ……」
「ああ、それは見ればわかる。お前はそれ以上喋る必要はない。だが、これを飲んでほしい」
彼はモンスターに近づくと、口元にそれを見せた。
「これは睡眠薬だ。お前を助けるつもりはないが、情報をくれた。だから、せめてもの手向けとしてこれを飲め。痛みを忘れて楽になれるぞ」
モンスターはしばらく俯くと、最後の力を振り絞ってそれを飲み干した。
「…………こ、これは……!?……ぐぅ……!」
モンスターは苦しみだした……それは痛みを忘れるどころか、むしろ苦痛に拍車をかけているようにしか見えない……。
アルバスはその様を予測できていたように、無表情のままだ。
「よし……応えろ、お前の知っているギャラクスに関する情報を全て」
すると、先程とは打って変わってモンスターはその口をすぐに開いた。
「……奴は……奴の部下は南東の……ラグナスに……そこから……物資を……」
ついにモンスターはガクッと脱力し、事切れた。
「アルバス、さっきのって……」
「ああ、自白剤だ。こんなこともあろうかと、酒場で錬金して用意しておいたのさ」
手際の良い男だ。彼がいなければ、この大きな情報は手に入れられなかった。
「でも、あの砂漠の国に行くのかよ……」
ラグナス公国はロイヤルから南に位置する砂だらけの国で、ロイヤルとは同盟を結んでいる。
「そうね……次の目的地は決まった。そのトリガーを回収して、街に一旦帰るよ」
「おうよ!酒場の奴らに自慢してこようぜ!」
フェイルを回収して、私たちは森を去った。
そして朱に染まる中、再び街の酒場に戻ってきた。
「……おや……お嬢さん方は……」
マスター……いや、以前にそこにいた者たちも驚いた顔をしている。
「お、おい……まさか吹雪の猛威を……」
「ええ、倒してきた。これで、スノウダートがモンスターに襲撃されることも減るでしょう」
周囲は少し固まると、次第に拍手の音と賞賛の声が聞こえてくる。
「おお!流石ロイヤル!」「やるじゃねえか!」「やっぱ只の子供じゃねえ!」
すっかり宴会ムードってやつだ。
「いやあ、それほどでも……」
……でも、この休息と栄誉もただの通過点にしか過ぎない。
魔将を……ギャラクスを討たないかぎり、トリガーが世界のモンスターに回っていく……
「ハインド、照れるのは勝手だけど飲むなら手短にしなさい」
「え、ええ……せっかくの機会じゃんか……もう少しゆっくりしてこうぜ?」
その前に、一刻も早く討たねばならない……こんなところで道草を食っているわけには……
「ハインドの言う通り、ちょっとは休もうよ〜。私、槍を回しすぎてすごく疲れたよ〜」
「フレイもこう言ってる。少し休むべきだぞ。アリス」
……休息も大切だ。ここまで団員も疲弊しているし、休むべきか。
「しょうがないな……少しよ」
「よし!マスター、あの美味いホットコーヒーを四つ頼むぜ!」
ハインド……フレイ……アルバス……私は急ぎすぎてるのだろうか……
でも、迅速に動くことは脅威の早期解決ができるし、被害も一番少なくて済む……
「ああ。美味いな……苦すぎず、甘すぎずの中間ですごく飲みやすい」
三人がコーヒーを飲む中、私はコーヒーを見つめていた。
そこに映る私は、かなり疲れているように見える……やっぱり、気を張りすぎたのか……
でも、迅速に動くことは敵の手段を潰せて、一番少ない被害で済む……24時間休むことなく動ける肉体があれば良いのに……
そんなことを考えてしまう私は、人としてせっかち過ぎるのだろうか……
「お、アリス。飲まないならもらうぜ」
「え……の、飲むわよ!」
そう言って、私はそれを飲んだ。
「もうちょい味わえよ……なあ?」
知らぬうちに飲み干していた……味わうことなんて、あまり考えてなかった。
頭の中の優先順位は、常に魔将討伐なんだと思う。
散っていった両親のためにも、守らなければならない祖国の為にも……そんな思いばかりだ。
「アリス、もう少しリラックスしようよ〜。いつまでも気を張ってたら、体力が持たないよ」
フレイ……私は分かりきっている筈だ。
安全と迅速は二律背反なんだと……果たすべき任務と守るべき仲間……。
私は団長なんだ。
誰よりも団について知っていて、その誰よりも責任が重い。
それがこのザマだ。
「ふう、美味かった……アリス、そろそろ行こうぜ!」
「……うん」
本当に私で良かったのかな。
他の三人の方が適してるだろうし、妹様はどうして……
「どうしたよ、アリス。元気ないし……宿で休むか?」
宿で休む……?休むことなら列車に揺られている間にできる筈だ。
「休もうよ。最近シャワー浴びてなかったし……」
……どうすればいいんだろう。
「私が決めていいの……?」
みんなは少し驚いた。
でも、ハインドのやつはすぐにケロッと戻った。
「ったりめーじゃん!アリスは旅団の団長だろ?元気出せって!」
……そうだ。私は望んで団長を目指したんだ。
国を守るために、トリガーを一体残らずモンスターから奪うために……!
「……(ありがとう)」
「え、なんだって?」
「なんでもない! みんな、今日は宿で休むよ」
「わーい!」 「よっしゃ!」 「それがいいな」
おかげで我に帰れた。
私は一人で戦っているわけじゃない。
団員になれなかった他の候補者たちの志、妹様からの期待。復讐、使命、執念……この世界をいつか平和にするために……そのためには血の池を泳いででも、火の床を裸足で歩いてでも進むつもりなんだ。
それが私の原動力……これを捨ててはいけない。
だというのに、私はなにを血迷っていたんだ。
こんなことを口では言えないけど、代わりにこの日記に書いておく。
『情けない団長でごめん。みんなありがとう。明日からまた頑張るよ』
アルマス「っち……ところでここは何処だ?」
フェイル「なんか袋の中に入れられたのは覚えてるけど……」
アゾット「あ、あれ、アルマスとフェイル……二人もここに来たんだ。ってことは、アスカたちに負けたってこと?」
アルマス「アゾットか……ああ、その通りだ。斧のクソガキに負けちまった」
フェイル「ロンの大技すごかったな~あれが見れただけでもアルマスと一緒でよかった」
アルマス「何言ってんだよ……っていうか、あの後負けたのかよ!」
アゾット「二人は相当仲がいいんだね」
アルマス「おいおい、勘弁してくれよ。だれがコイツと……」
フェイル「そんなこと言わずに、アゾットはホントのことを言っただけでしょう?」
アルマス「はぁ? てめえはなんでもかんでもポジティブに受け取りすぎなんだよ」
アゾット「事実なのは否定しないのか……良いことが聞けた!」
次回もお楽しみにね。