〈第10-2話〉うるせえぞクソガキ
魔将に関する情報を集めるため、王都ロイヤルを離れてスノウダートを目指すことにしたクロスレギオンズ。最近全線開通したという「列車」に乗り、雪と寒さの過酷な環境の北部へと進むのだった。
「んん……?」
ふと、目を覚ますとそこはあの真っ白な空間だった。
ここは何処だっけ……。
ぼんやりしながら真っ白な天井を見ていると、思い出した。
ここは夢の中。トリガーがいる場所だったはずだ。
上体を少し起こして前を見ると、アスカが背を向けて立っていた。
彼女は私が起きたことに気づくと、いつもの笑顔をしてこちらを見ている。
「やあ、アリス。またこの場所で会ったね」
彼女はいつも明るい。
火属性だからかもしれないけど、なんでだろう。
「ええ。……この空間って、寝ればいつでも来れるの?」
かなり素朴な疑問だけど、これは知っておきたい。
「いいや。持ってるトリガーが近くにあって、1日が過ぎた時に寝ていたら来れるんだ」
やけに限定的……ということは、夜に寝ているときしか会えないってわけか。
うっかり昼寝をした時に、すぐ起こしてもらいたかったんだけどね。
それはそれとして、彼女には聞きたいことが割と多い。
「……トリガーって、手入れしないとやっぱりダメだよね?」
アスカは「もちろん」と言うように首を縦に振った。
「それは他の武器と同じだよ。刀身が汚れたりしたら、うまく魔力を循環させられないんだ」
トリガーというのは、所持者の魔力を循環させることによって機能する。
何故、魔法が使えないハインドがシユウであんな大技を放てたかというと、魔力自体は誰でも内包しているのであって、魔法が使えるかどうかは別という話だ。
……というのを本で見たことがあった。
「でも、一週間に一回くらいで研いでくれたらいいかな」
研がなきゃいけないとはいえ、一週間に一回なんて驚異的な間隔だ。
要は、1日研いだらその週は振り放題ということ。普通の武器ではありえないな……!
「なるほどね。研ぐ必要はあるってことか」
「うん。……でも、デュランダルは研がなくても平気なんだ。羨ましいなぁ」
デュランダル……クロームが持っていたトリガーか。
あの武器もそんな能力を持っているとはね。
「……そろそろかな」
「もう? アスカと話していると、時間が経つのが早いわね」
朝が近いのか……そんな感覚はまるで無いけど、いずれはあの瞼が降りるときが分かるんだろう。
「それじゃあ、一旦さよなら」
その時、瞼が降りてきた。
***
……電車の揺れる感覚が身体を伝う……
「……はっ」
目が覚めると、四人はもう起きている様子だった。
「お、眠り姫も起きたか」
ハインドの声……? えっ……この感じは、私だけずっと寝ていたのか……?
団員は皆、こちらをじっと見ている。
フレイまで心配そうな表情をしている。
「アリス、昼寝してると思ったらなっかなか起きないし……大丈夫なの? 夕食も、朝食も食べなさそうだったから私が食べちゃったよ」
「……え!?」
昼寝……? あのときか。
……ってことは、あの時からずっとだったのか!? っていうか、私の分まで……
「今、何時!?」
「何時って……朝の11時だぜ」
なんてことだ……まずいもなにも、貴重な時間を完全に寝過ごしてしまった……。
「ね、ねえ、なんで起こさなかったの!?」
時間を無駄にした怒りをハインドにぶつける。
「んなこと言ったって……あんな気持ちよさそうに寝ていたら起こせないぜ? なあ?」
アルバスとフレイは揃って頷く。
……おい、私の気持ちのやり場はどこだ?
「ま、まあ、落ち着きなって。外を見てみなよ」
「外……?」
フレイの提案通り窓を眺めると、見た事のある白いものが積もっているのが見える。
……雪だ。
となると、ロイヤルの北……スノウダートはそう遠くないはずだ。
窓へ目を凝らすと、一面が白銀の世界が広がっている……!
「……綺麗」
窓のどこに目を移しても雪が見える。幻想的な世界だ……
さらに、よく見ればクロノアの北の海「北海」もギリギリ見える。
グゥ……
あっ……今の音は……くそ、なんでこんな時に!
「「「ん?」」」
団員が、ここぞとばかりに完璧なハモりを……!
「えっ……」
「あ、アリス?もしかしてさっきの音は……」
言葉が出ない……全員が私を見てるし、音の出どころはもうバレてる……!
「な、なによ!」
ああ! 腹の音だよ! 夕食と朝食を食べてなかったんだ! 仕方ないだろ!
「お、おい、そんな顔赤くするなよ、腹が減ると誰だって鳴るだろ?」
「そうだよ、だからそんなに恥ずかしがらなくていいのに……アルバスもそう思うよね?」
「まあな。生理現象なんて、誰も抗えないのさ」
……ッチ、何も言えない。
まあいいや……誰も冷やかしは言わなかったし……
「へえ、人間って、腹減るとそんなだらしない音が出ちゃうんだ……恥ずかし……」
……おい、今、耳障りなことを言ったのは何処のクソガキだ?
怒りをそのままに、向かいにいるハインドの方へ目を向ける。
「お、おい、シユウ! 余計なこと言うんじゃねえ!」
「だって事実でしょ?団長ともあろうものが寝過ごして、三食まともに食べないだなんて」
こいつ……世の中には触れていいことと悪いことがある……っていうのは知ってるかな?
「シユウちゃん! 今のは言っちゃダメでしょ!」
「ふん、あたいよりロクに戦果も挙げてないくせによく言うね、ロン」
……このクソガキ、ホント腹立つんだけど……窓から落とすぞ!?
「ちょ、ちょっと止めようよ、アリスがキレちゃう前に……」
「アスカはいいよね。炎が出せるし、倒した数はあたいよりも全然上だし……」
……プッツンと、私の中で何かが切れた。
「ハインド、その耳障りなクソガ……斧をこっちに寄こしなさい。黙らせるから」
「え、ええ!? とりあえず外を見て落ち着こうぜ? な? な?」
「昼食のサービスです」
不意にドアが開いて、四つのトレイを重ねて持っているウエイターがそこにいた。
場は一瞬凍りつくと、すぐに静寂が訪れた。
テーブルの上にトレイを置きおわると、ウエイターはドアを閉めて、戻って行った。
……これで良かったのかな?
トレイの上には蓋のある何かが載っている。
蓋を取ると、もう幾度と見た形のパンとチキン、サラダやポテトなどが詰め合わせになっている日常的な昼食だ。
おいしそうだ……早速、一緒に入っていたフォークを取り出して食べ始める。
「……ごめんな、アリス。シユウのやつは、アリスとアスカが羨ましいのさ」
「ちょっと、ハインド! 余計なこと言わないでよ!」
「うるせぇ! お前が余計なことを言わなきゃ、こんなこと言わなかったぜ! 少しは反省しろよな!」
……羨ましい……か。
もういい、今は食べることに集中しないと。
流石に、二食抜いた後に食べるものはどんなものでも美味しく感じる。
パンや、サラダがこんなに美味いなんて、初めてだ。
そして、気が付けば、食べるものは食い尽くしていた。
「おお。アリス、もう食べ終わったのかよ!」
「すごいなぁ……あっ、すごく今更だけどごめんね、アリス……」
クソガキのことはもういい……。
って、フレイのやつ自分の分だけじゃなく、アルバスの分まで既に食べ終わってるじゃないか……大食いで早食いにもほどがあるぞ……
「アリス、トレイは重ねて置いておけば回収されるからな」
一波乱あったが、そろそろ目的地に着くんじゃなかろうか。
窓を再び覗くと、人工物がすぐそこにある。ここがスノウダートか……!
「もう着くぞ。降りる準備はいいな?」
いよいよだ。列車の速度が下がっていくのを感じる。
窓にはホームの様子が横から入ってきた。
スノウダートの駅は建物の中に有って、雪を防いでいるようだ。
列車が停まる感覚と同時に、目的を心の中で再確認する。
そして、ホームに足をつけたとき、私は来るべき次の戦いに備えて気を引き締めた……!
タイトルに関しては、アリスがやりました。
次回もお楽しみにね。