〈第8-2話〉キハール
ゴブリンの巣窟を攻略する一行。
猪突猛進の勢いで防衛を突破し、ついにバッテリーの大将が待つ大部屋の前まで到達した。
その先に待つ敵とは一体……!?
ここから先は大将との戦いだ。一層気を引き締めてかかろう。
「開けるよ。 みんな、いつでも相手にできるように備えて!」
相手がなんだろうと油断は禁物。
その思いとともに、大部屋への扉を開いた……
開いていく扉の隙間からは、数体のゴブリンの影が見える。
3、4、6……と、開けていくにつれてそれらは増えていく……おそらく、かなりの数が集結しているだろう。
開ききると、そこには無数のゴブリンが立ち塞がっている。その姿は哀れにも肉壁に近いだろう。
それによく見ればさっき手傷を負わせた個体もいる。一度敗走した奴らもここに集まって、反撃を試みているようだ。
まあ、されどゴブリンだ。私たちを打ち負かすなど油断しなければ……
すると、烏合の衆の中から一匹だけ他とは毛色が違う個体が前に出てきた。
「よくここまで来たな、蛮族ども……ここでこのキハール様が貴様らを皆殺しにしてくれよう!」
キハール……奴の手には大きな剣……いや、奴が握っているからそう見えるだけでアスカとかと比べたら大した大きさじゃないな。いわゆる短剣っていう武器だ。
「お前がバッテリーなのか?」
「そうとも、このアゾットをトリガーとする立派なバッテリーだ!」
アゾット……見た目はそのまま小さな剣だが、それでもトリガーだ。
並みの武器であるはずがないだろう。
「ふひひ……あれ!? アスカロンにロンギヌス、シユウにグリダフォンまでいるじゃないか!」
相手のトリガーフェアリーが出てきたか。
グレーの髪をした生意気そうなガキに見えるが、さっきも言った通り油断はできない。
「ほう……貴様ら、全員バッテリーのようだな……ま、まあいい。ねじ伏せるまでだ!」
あいつ、こっちが全員バッテリーって分かって若干怖気付いてるな。
ならばその残ったプライドも、私たちが粉砕してくれよう。
いざ、襲いかかろうとした時、キハールは手の平をこちらに見せ、待ての合図をしてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「何よ……全員皆殺しなんじゃないの?」
「いやいや、そっちは全員バッテリーなんだろ?こっちはバッテリーが一人なんだ。不公平だろ?」
は?全員で一人を集中攻撃してくればまだ望みはあるだろ……。戦いは物の数だって言うのに何言ってんだこいつ……
「ってことで、決闘をしよう。俺様とそっちの誰か一人が戦って、俺様が勝ったら大人しく帰ってもらう。もちろん、そっちが勝ったら好きにするといい」
……まあ、悪くはない話だろう。
こちらとしても、コイツら全員を仕留めるのはめんどくさい話だからな。
さて、私はまだ魔力切れが治りきっていないから誰にしようか……
「俺がいくぜ!」
ハインドか……うーん。
コイツは魔力が操れないし、純粋な打撃しかないんだよね……打点が足りないかもしれないし、なによりハインドのトリガーのクソガキが調子に……
「アリス、ここはハインドに任せておいた方が良さそうだ」
「私もそう思うよ〜。一番余力を残してるのはハインドだし」
「そう……ね。分かったわ。ハインド、行ってきなさい」
くっそー……魔力さえあれば……!
致し方あるまい、ハインドに任せるしかないか……。
「よっしゃあ! シユウ、行こうぜ!」
「団長たち、あたいの活躍をしっかり目に焼き付けるのよ!」
活躍させるのはお前じゃなくて、使い手のハインドなんだがな。
調子乗るんじゃないぞクソガキ。
「決まったようだな。よし、定位置に来い!」
騎士道の真似事か? モンスターのくせに……
「始め!」
さあ、戦闘開始だ。
ハインドは動かずにじっと動向を伺っている……どう戦う気だろうか。
「来ないならこっちからいくぞ!【フュール】!」
フュール……武器の切れ味や威力をあげる魔法か。
うまく使えば、通常の武器でもトリガーを打ち負かすことができるらしい。
これはいささか厄介なことになりそうだが……
「くらえ!」
キハールの一撃をハインドは難なく受け止める。
「はん、そんなんであたいを倒すなんて無理よ、アゾット!」
「……どうかな?」
すると、アゾットの柄頭が一度大きく光を放ったと同時に、キハールの攻撃にハインドが押され始めている……!
「なんだ!? 急に力が……!」
「フフフ、私の能力は補助や回復魔法の効果を増幅させること。シユウ、まさか圧勝できるとでも思ってた?」
「くう……!」
斧が短剣に押されている様は実にシュールだな……
とはいえ、このままの形勢では不利だ。ハインド、どうする……?
ジリ貧の攻防が続き、ハインドは攻撃が当たるのを必死に躱してはいるものの、劣勢が続いている……と、その時ハインドが動いた!
キハールの攻撃を斧の腹に受けさせ、そのまま滑らせるように退くと、無防備な横っ腹に一撃を見舞った。
「がぁっ!」
なるほど……フュールは自身の攻撃力を上げる魔法だが、カウンターを貰った時のダメージも大きくなる。その弱点を上手く突いたわけか……小賢しい。
キハールは試験の時の私みたいに、地面にぶつかって2回ほど転がされた。
「いててて……だが……【キュア】!」
おっと、今度は回復魔法か。これもおそらくアゾットの効果で効果がブーストされるか……
「っち、回復なんぞ使ってんじゃねえ!」
卑怯とは言うまいね……これは戦闘だ。
やはり、魔法が使えないというのはこういうときに不便だな……
攻撃を受けようにも、【ヒュール】。攻撃を当てても【キュア】……これではラチがあかないな。
ハインドのやつ、とっとと手を打たないと負けるぞ。
「……ッチィ、ハインド! アレをやるよ!」
さっきから揃って舌打ちばっかりだな……。
ハインドは一旦距離を取ると、斧を振りかぶっている……何をする気だ?
フルスイングでカウンターする気だろうか。いや、それにしては見え見えだからな……いくらゴブリンとは言えど、突っ込むようなマネはしないだろう。
「うおおおおおおお!」
……ハインドのやつ、カウンターなんかせずに突っ込んでいってる……いくらなんでも、短剣相手に斧を振りかぶって突撃なんて、無謀じゃないか?
最低限の動きで躱されて横っ腹にグサッと……
「【轟雷旋風】!!」
なんと、シユウから青い稲妻のようなものが発生して、それはまるで斧自体が稲妻に包まれているように見える……あんなものをくらえばタダでは済まないだろう……!
「なんだこれは!?」
その猛進する様にキハールは気圧されたのか、壁際へ追い詰められていく……
「これが、あたいの力だぁッ!!」
追い詰めたキハールに対して、ついにハインドが渾身の回転斬りを放つ……!
走っている時につけた遠心力、シユウの質量、そして青い稲妻とこの三つが揃った比類なき一撃……
……が、寸前で躱されてしまった。
外れた一撃は壁に突き刺さり、ドゴォッっという凄まじい衝撃音と、大きな振動が私たちを揺さぶった。
「……危ねえ危ねえ……流石に今のは死ぬかと思ったぞ、斧使い!」
しかし、それだけでは終わらなかった。
ハインドのあの一撃で、壁を伝って天井がミシミシと音を立てて、ガラガラと崩れだした!
「うおっ! あぶね!」
「な、なにぃ!?」
ハインドは咄嗟に回避して私たちの元へ戻ってこれたが、落盤はキハールの方の頭上から起きており、キハールとゴブリンたちは巻き込まれていた……
「大丈夫?ハインド」
「ああ、フレイ。俺は平気さ……しっかし驚いたな、シユウってやっぱすげえよ……」
「どう?これであたいの力はよくわかってくれた?」
雷属性の斧だったか……だが、ハナを高そうにしているシユウは見ててイラっとくるな……
「いてて……」
落盤の跡から、聞き覚えのある声が聞こえる……これは……
「クローム!?」
突然姿が消えたと思ったら、まさか真上の階に居たのか……
一体何をしていたんだ?
「いったい何が起きたんだ?保管庫を調べていたらいきなり地面が抜けたんだけど……」
まあ、驚くのも無理ないか。まさか武器一つで足場が崩落するなんてね……
ともあれ、クロームの近くに落ちているトリガーを回収しなければ。
「クローム、そいつの剣を寄こしてくれる?」
「あ、ああ」
彼の手からアゾットを回収し、袋の中にそれを入れた。
よし、これでひとまずは一歩前進だ。
情報は得られなかったが、モンスターからトリガーを奪い取れただけでも十分だろう。
「クローム! 袋を見つけたぜ! 中身は無事だ!」
どうやら、二人の探し物も見つかったようだ。
地上へ戻ろう。
***
外はまだ明るい……
とりあえず、二人とはここでお別れだな。
「じゃあ、私たちはここでお別れね」
「ああ、アリスたちも頑張ってな!」
よし、次の目的地を探すぞ!
アスカ「お疲れ!シユウ」
シユウ「……むう!」
グリダ「どうしたんだ?アゾットを仕留めたのに不満そうじゃないか」
ロン「多分、正々堂々と決着がつけられなかったからだと思うよ。ね?」
シユウ「……(コク)」
次回もお楽しみにね。