豊作の願掛け(言霊)
芽吹きの緑 大地の茶 麦穂の金
陽だまりにあそぶ みどりごが
日ごと 月ごと 大きくなるよう
母のかいなに抱かれて
眠るごとに 大きくなるよう
雨に打たれ 風に吹かれ
倒れた分だけ 大きくなるよう
結べ、豊かな実りをどうかこの手に
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アミュウの口から呪文が紡がれていく。歌うように繰り返されるリズムに乗って、次第に言霊の力が組み紐に蓄えられ、魔法の使い手にのみ見えるほのかな光を放ち始める。二十センチほどの長さになったところで編むのを終えて、糸端を結んだ。
「結べ、豊かな実りをどうかこの手に」
アミュウは呪文を締めて、余分な紐をはさみで切り落とした。言霊の光は明るさを失い、ランプのあたたかな灯だけが組み紐を照らしている。アミュウはランプの傘を上げて線香に火を灯し、その煙に組み紐をくぐらせた。紐の鮮やかな配色を見つめて、イアン・タルコットのことを考えた。もうすぐ麦の種まきの季節がやってくるが、ジョンストン・タルコットの気力がそれまでに回復するとは到底思えない。彼の病は、焦らず時間をかけることが肝要なのだ。イアンの小さな肩に負われた頭陀袋の大きさを思い返すと、アミュウの口からため息が漏れた。不愛想な態度に苛付いた昼間の自分が大人げない。
―――――――――――――――――――――――――(第一章「見合い」より)――
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イアンはアミュウの手を払いのけた。しかしアミュウは振り払われたイアンの手をそっと取り、ポケットから組み紐を取り出すと、言霊を紡ぎながら、日に焼けたその手首に組み紐を巻き付けた。
……
流れるような声でアミュウが言霊を紡ぐ間、イアンは自分の手首をじっと見つめていた。最後にアミュウは紐の長さをイアンの腕に合わせて、きゅっと結び付けた。
「結べ、豊かな実りをどうかこの手に」
イアンは腕を傾きかけた太陽にかざして、その組み紐を眺める。
「……これは?」
アミュウは答えた。
「豊作の願掛けよ。イアン君。一人で抱え込んだら駄目。身内に頼れないなら、私を頼って。そのために私はここにいるのよ」
――――――――――――――――――――――――(第一章「イアン・タルコット」より)―――