十 一回戦?
浩太が創元達の元に来てから三日ほどが経ったある日、天竜が再び店に姿を現した。
「来たか天竜。宴はいつやるのじゃ?」
竜子のそんな風に言う声が聞こえて来たので浩太は閉じている目にぎゅっと力を入れた。竜子が天竜が来るのじゃと事前に教えてくれていたので浩太は顔を伏せ目を閉じて待っていたのだった。
「竜子。元気そうで何よりなのだ。それなのだがちょっと予定が変わったのだ」
「外に誰かいるようなのじゃ。そいつらに関係があるのか?」
天竜の声がしたと思うとすぐに竜子が言葉を返した。
「天竜ちゃんいらっしゃい。こっちはいつでも準備オーケーよ」
創元が会話に加わった。
「おお。創元。お前も元気そうで何よりなのだ。話をする前にまずは外で待たせてる三人を呼ぶのだ。ホーマ、ギネカ、早川さん、入って来るのだ」
天竜が言うとはいという真面目そうな感じの女の子の声がし、浩太の近くに三人分の人の気配が近付いて来た。
「今日は眩しくないのだ。桜花浩太は目を開けるのだ」
天竜がそう言ったので浩太は目を開け俯けていた顔を上げた。
「桜花浩太も元気そうで何よりなのだ」
人の姿の天竜が言いながら浩太の顔を虹色の瞳でじっと見て来た。
「どうも」
浩太はこの天竜という竜は敵だと思うと素っ気なく適当に挨拶をした。
「地竜のホーマとテイカ―のギネカか。久し振りなのじゃ。もう一人のそいつは見知らぬ奴なのじゃ。お前らここになんの用があって来たのじゃ?」
竜子が刺々しい口調で言った。
「火竜の竜子にそのテイカーの創元。こんにちは。それに、酒贄の桜花浩太君もこんにちは。浩太君は初めてだな。我は地竜のホーマ。よろしく頼む」
浩太は警戒しつつ訝しげに名乗った相手を見ながらこんにちはとぶっきら棒に言った。地竜のホーマと名乗った人物は十代後半くらいの年恰好をした女の子だった。両方の耳の上にかかるくらいの長さで綺麗に整られた髪の色は濃い茶色をしていて浩太の方に向けられている目の中にある瞳も髪の毛と同じような色をしていた。肌は日焼けをしているのか褐色で短い髪と土色のタンクトップを着ている事もありとても活発そうな女の子に見えた。
「では~僕も~挨拶する~。地竜ホーマちゃんの~テイカ―をしてる~ギネカだよ~」
「うわっ。僕っ子。しかもビキニアーマー!!」
ギネカと名乗った金髪碧眼で海外の車やバイクの雑誌の表紙になぜか車やバイクと一緒に写っているモデルのような長身でグラマーな体系をした人物の姿を見た浩太は咄嗟にそう声を上げてしまった。
「そうよ~。かわいいでしょ~? やっぱり女騎士って言ったら~これが定番だと~ギネカは~思うの~」
言葉の所々を伸ばす実にゆったりとした独特な話し方でギネカが浩太の言葉に嬉しそうに言葉を返して来た。
「それに~。ほら~。たわわ~んでしょ~。触ってみる~」
ギネカがそう言うときらきらと輝く長い金髪を揺らしながら見事に成長している胸を両手でばるんばるんと揺すってみせた。
「さ、さ、さ、触って良いんすか?」
浩太は言いながらギネカの胸に吸い寄せられるように近付いた。
「浩太ちゃん。浮気は駄目っ」
創元の鋭い声がしたと思うと浩太の体はぐいっと後ろに引っ張られギネカの胸から遠ざかってしまった。
「あら~。胸を揉むくらい~浮気じゃないのに~」
ギネカが残念そうに言いながら寂しそうに微笑んだ。
「ホーマよ。お前と違ってお前のテイカ―はちっと育ち過ぎなのじゃ」
竜子がぎろっと音が聞こえて来そうな勢いでギネカを睨みながら言った。
「竜子それは酷い。我が胸の事気にしてるの知ってて。でも、竜子だってないだろう。我と同じだ」
ホーマが唇を尖らせながら竜子の言葉に応じた。
「わしは胸の事だとは一言も言ってないのじゃ。そんな風にすぐに思ってしまうとは哀れな奴なのじゃ。それとわしとお前は同じじゃないのじゃ。そこはきちんと理解しておいて欲しいのじゃ。わしの方がどう見ても大きいのじゃ。お前などと一緒にするななのじゃ」
竜子が言い終えると勢い良く胸をぐいんっと張った。
「そんな風にしたって大きさは変わらない。それにそうだな。同じじゃなかった。我の方が大きかった」
ホーマが竜子に対抗するようにぐぐいんっと胸を張った。
「もう二人とも。胸の大きさなんてどうでも良いじゃない。小さくたって大きくたってどっちも同じよ」
創元が二人の間に割って入った。
「同じじゃないのじゃ」
「そうだ。重要な問題だ」
竜子とホーマが同時に言った。
「いや~。皆普通のかわいい女の子に見えるのに実は竜だなんて。世の中ってのは本当に不思議な事があるもんだね」
いつの間に浩太の横に来ていたのかスーツ姿でいかにも仕事ができそうな切れ者サラリーマンといった感じの四十代くらいの男が声を掛けて来た。
「ああ、そうですね」
浩太は天竜がさっきホーマ、ギネカ、早川さん、入って来るのだって言ってたけどこの人が早川さんなのかな? と思いながら返事をしつつ相手の顔を見た。
「おっといけない。私の自己紹介がまだだったね。私は早川といいます」
早川さんが丁寧な口調で言ってから浩太に向かって頭を下げた。
「あ、はい。俺は桜花浩太です」
浩太は早川さんって凄くちゃんとした人みたいだから俺もちゃんとしないとと思うと慌てて言葉を返し頭を下げ返した。
「丁寧な挨拶をありがとう」
早川さんのそう言う声が聞こえて来たので浩太は頭を上げた。
「あたくしは松永創元よ。あーた、竜の事知ってるの?」
創元がすっとさり気なく会話に入って来た。
「これはどうも。早川です」
早川さんが創元に向かって浩太に向かってしたのと同じように言葉を出してから頭を下げた。
「あら。ご丁寧に。どうも」
創元が言うと早川さんが頭を上げた。
「さっき突然聞かされたばかりです。いつも通ってた居酒屋の経営者が竜だったなんて。驚きました」
早川さんが理知的な光を湛えた黒い瞳を創元に向け言った。
「それで、あーた、酒贄なのかしら?」
創元がなんでもない事のようにさらっと聞いた。
「ええ。そうです。なんでもこれから宴という催しに参加するとか。私とあなた達は敵同士というわけですね」
早川さんがその辺りの事はすべて分かっていますという顔をしながら言った。
「敵同士ね。あーたもここに迷い込んだ口かしら?」
創元が言うと、早川さんが一瞬考え込むような顔をしてから口を開いた。
「そうですね。迷い込んだといえば迷い込んだのかも知れません」
早川さんが言い終えるとどこか悲しそうな顔をした。
「天竜ちゃん。あたくし達とホーマ達が戦って勝った方とあーたが戦うって事で良いのかしら?」
創元が少し離れた所にいる天竜に向かって言った。
「そういう事なのだ。ホーマ達の方にも事情があるのだ」
「どういう事情なのじゃ?」
竜子が天竜に食って掛かった。
「天竜さんに叶えて欲しい願いがあって我が頼んだんだ」
ホーマが天竜を庇うように口を挟んだ。
「それは宴の主旨とは違うんじゃないかしら?」
創元がしょうがないわねという顔をしながら言った。
「創元の言う通りなのだ。だが、宴をやっても良いと思った理由の中にはホーマの願いの事もあったのだ。実は浩太の事で宴の話が出る前にホーマから相談を受けていたのだ」
天竜の言葉を聞いて竜子がふんっと鼻で笑った。
「ホーマの願いも叶えず、わしらの主張も通さないようにするには、まあ悪い方法ではないのじゃ。じゃが、わしとホーマが手を組んだとしたらどうなのじゃ? 願いを叶えるだのわしらとホーマらを戦わせるだのと宴の形を先に変えたのは天竜の方なのじゃ。わしらがそれにただ黙って従う事などないとわしは思うのじゃがな」
口を閉じた竜子がホーマの方に顔を向けた。
「竜子。ごめんなさい。我は天竜さんの決めた事に従う。竜子達と戦って勝ってから天竜さんと戦う」
ホーマの言葉を聞いた竜子の目付きが険しくなった。
「お前は馬鹿か? それでは自ら進んで負けに行くような物なのじゃ」
言葉を出した竜子の目をホーマが真剣な眼差しで見返した。
「天竜さんは勝てば我の願いを叶えてくれると約束してくれた。我は宴で戦う事になるとはいえそんな約束をしてくれた天竜さんを裏切る事はできない」
ホーマが一歩も譲らないというような口調で言い切った。
「ホーマ。どうして分からないのじゃ。裏切られてるのはお前の方なのじゃ。わしらとお前らが戦うなんておかしいとは思わないのか? お前の願いを叶えわしらの主張を通してやろうと天竜が本当に思ってるのならお前らとわしらを戦わせなくたって良いはずなのじゃ。別々に天竜と戦えばそれで済むのじゃ」
竜子が地団太を踏みそうな勢いで怒りながら怒鳴った。
「二人ともやめるのだ。余が決めた事なのだ。二人が喧嘩する事はないのだ。悪いのは余なのだ」
天竜が二人の傍に行き仲裁に入った。
「何が悪いのは余なのじゃ。悪いと思ってるならこのふざけた戦い方を変えるのじゃ」
竜子が天竜に向かって噛み付かんばかりの勢いで怒鳴った。
「それはできないのだ。主張を通す事も願いを聞き入れる事も今回の場合は無理を通すという意味では同じだと余は考えたのだ。しかも偶然にもほぼ同じ時期に宴をと考えた者が複数現れた。竜子、創元、ホーマ、ギネカよ。余の力をもってすればできる事とはいえ、お前達の主張と願いはこの世界のすべての理に反する物なのだ。だから良く考えて欲しいのだ。その為の試練、その為の宴なのだ。お前達の望むような事は簡単には行ってはいけない事なのだ」
天竜が早川さんと浩太を除いた皆の顔を順々に見ながら言った。
「竜子もうやめなさい。何を言っても天竜ちゃんの考えは変わらないわ」
創元が言いながら竜子の傍に行った。
「創元。お前はこれで良いのか? ホーマらと戦う事になるのじゃぞ」
「良くはないわ。けど、やるしかないじゃないの」
竜子と創元が口を閉じると目を合わせた。
「しょうがないのじゃ。分かったのじゃ。やってやるのじゃ」
竜子の言葉に創元が微笑みながら頷くと天竜の方を見た。
「それで、天竜ちゃん。一回戦はいつやるのかしら? 折角皆揃ってるし浩太ちゃんのこっちにいる期間を延ばしたくはないからできれば今すぐにでもやって欲しいんだけど」
創元の言葉を聞いた天竜がホーマの方を見た。
「天竜さん。こっちも早い方が良い。我達も今すぐで構わない」
ホーマが言うと天竜がこの場にいる全員の顔を見た。
「ではこれから宴一回戦を開催するのだ。皆、聖域に移動するのだ」
天竜が宣言するように大きな声で言った。




