一 がび~ん
二千十七年三月九日。日本国某県某市某町にある某大学のキャンパス内は合格発表を見に来た受験生達で賑わっていた。
「一二三四。一二三四。こんな番号なんだ。すぐ分かるだろ」
叫ぶように言いながら桜花浩太は受験番号掲示板の前に群がる受験生達をかき分け掲示板に近付いて行った。
「一二三四。一二三四」
ここだという位置に着いた浩太は掲示板上部の左端から下に向かって順に自分の受験番号を呟きながら掲示されている受験番号を目で追って行った。
「ない」
三回端から端までを見てから絶望しつつ呟いた。二回目、三回目はそれこそ目を皿のようにして見ていた。それなのに浩太の受験番号はどこにもなかった。
「あ。あった」
いや。あった。あったのだがなぜか浩太の受験番号は受験番号が載っている大きな紙の右端の一番下の他の受験番号から少し離れた位置にぽつんと載っていた。
「上記の受験番号の受験生は教務課窓口まで至急来て下さい」
受験番号の下にはそんな言葉も書かれている。
「補欠? 補欠合格なのか?」
絶望から一転して希望に胸を熱くしながら呟くように言い浩太は受験生の群れをかき分けながら進み始めた。
「すいません。あの、受験番号を見たんですけど」
この大学を受験したのは二度目だったので教務課窓口までの道順を知っていた浩太は迷わずに教務課窓口に行くと教務課窓口の前面にある受付カウンターの前に立ち中に向かって大きな声で言った。
「受験番号を? えっと、どういう?」
カウンターの向こう側の一番近い場所にいたショートカットの若い女性職員が怪訝そうな顔をしながら浩太の声に答え浩太に近付いて来た。
「だから受験番号を見たんです」
浩太は再度繰り返した。
「受験番号をですか? それで?」
カウンター越しに浩太の傍まで来た女性職員が今度は言いながら小首を傾げた。なんで伝わらないんだ? と一瞬思ってからすぐに浩太は自分の言い方が悪いんだと気が付いた。
「ああっと。俺の受験番号だけ端っこにあって。番号の下に教務課に来いって書いてあって」
浩太の言葉を聞いた女性職員が何かを考えているような顔をしたと思うとしばし間を空けてからあー納得という顔をした。
「君は桜花浩太君ですね?」
女性職員が確認するように言った。
「え、えっと、さくらはなこうたです。おうかじゃないです」
名字の読み方が間違っていたので浩太は反射的に間違いを正した。
「そうですか、ごめんなさい」
女性職員が気まずそうに言いながらちょこんと小さく頭を下げた。
「それで俺は合格ですか? 合格ですよね?」
名字の読み方とかはどうでも良かった。結果だ。早く結果を知りたいと思うと浩太はカウンターの中に体を突っ込むようにして聞いた。女性職員が驚いて後ろに数歩さがった。
「それは、あの」
女性職員が視線をそらして言い淀んだ。
「え? え? 不合格?」
浩太が言うと女性職員がはいと言って小さく頷いた。
「じゃあなんで? なんで番号が?」
浩太の声は瞬時に悲鳴のような物になっていた。
「それは、ですね。止めを刺すようでかわいそうなんですけど、言っておかないとまたこんなミスをするかも知れないとこちらでは考えてですね」
女性職員がちらちらと申し訳なそうに浩太の顔を見ながら言い辛そうに言った。
「と、止め?」
止めって何? 俺は何をされるの? 浩太は言い終えてからごくりと音をたてて唾を飲み込んだ。
「君、マークシートが全教科一列ずつずれていたんです。それが不合格の原因なんです」
女性職員が消え入るようなか細い声で言い顔を俯けた。
「ぜ、ぜぜぜぜ全教科!?」
がびーんとなった浩太は絶叫してからその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。不合格決定。三浪決定。一瞬も燃え上がる事なく灰燼と化した浩太の頭の中にそんな言葉どもが躍った。
「大丈夫ですか? 保健室で休みますか?」
頭の上から女性職員の声が降って来た。
「あ、あうー。だいひょふれふ」
悲しみのあまりに言葉すらまともに出せなくなりながら浩太はなんとか答えるとこれまたなんとか立ち上がり教務課に背を向け歩き出した。