高く高くその手を掲げて!S・S・S~(セインステッキストーリーズ)よりAct8
一人で逃げる姫那に、魔獣鬼の下僕たる式鬼が迫る。
最早、逃げても無駄だと悟った姫那は、闘うことを決心する。
「はあっはあっはあっ、嫌ァ!」
ケンと別れて逃げるワタシに、魔獣鬼の使徒たる式鬼が襲い掛かって来た。
「げへへっ、此処までですな魔王姫さん。滅んでもらいましょうかね。」
ゲスい言葉を投げ掛けて、触手を振り上げる。
ワタシは何とかして逃げようとしていたが、もう逃げ切れない事を悟った。
「どうしても、ワタシを滅ぼしたいの?」
ワタシが諦めたと感じた式鬼が罵る。
「そうですねぇ、それしかないですねえ。大人しく滅んで下さいよぉ、魔王姫さん。げへへっ。」
ワタシは覚悟を決めた。そう・・・。
「そう・・・。この魔王姫を、アナタが・・・。滅ぼせるの・・かしらね。」
ワタシの右目が、金色に輝く。長い髪が逆立ち、
「やれるものなら、やってみなさいよ!」
右手を式鬼に向ける。
「ぐっ!?滅びてしまえぇっ!」
式鬼の触手が、襲い掛かる。それを見ても、ワタシは動じなかった。
「黒の炎!」
黒い炎弾が、右手から放たれた。
炎弾は、触手も式鬼も一度に焼き払う。
「ぐっぎゃああっ!」
式鬼は叫び、炎に焼かれる。
ーやった!式鬼をやっつけた。-
ワタシは安堵して気を緩めてしまった。
<ビシュッ!>
ーえ?何で?やっつけた筈なのに・・・。-
ワタシの右手に触手を絡み付けた式鬼が、
「残念だったな、魔王姫さん。まだ倒されちゃあいねーゼ。さあ、お仕置きだ。」
焼き爛れた体で、式鬼が迫ってくる。
「いっ嫌っ!来ないでぇ!」
ワタシは泣き声で叫ぶ。
「さあ、おしおっ!ぎいやああっ!」
式鬼の背中で何かが起きた。式鬼が慌てて振り返る。そこには・・・。
暗い闇の隙間に差した光の中に、その娘達は居た。
右手を高く掲げたその姿は、守りし者そのもの。
「なっ!なんだぁ?このハナタレ娘どもは?」
式鬼は、眼を疑って声に出す。
「ん・・だあ?ハナタレ娘だと?誰のことを言ったんだ。ダークホラー?」
右手を掲げた少女が、式鬼に問う。その傍らに立つ少女が、
「間に合って良かった。あなたが姫那ちゃん?」
ワタシに向って訊いてくる。
「え?ええ。そうですけど・・。」
ワタシは訊かれるまま返事する。するとその子が、
「あたしは、美琴。これから宜しくね。」
「は?はい?」
ワタシは何が何だか解らなくて、
「あの、どうして?」訊いてみる。
「姫那、アタシ達は友達だろ。美琴は、アタシの友達なんだ。そう!友達の友達はみんな友達なんだぜ。」
右手を高く掲げた少女が、一歩進んで姿を光に照らされて言った。
「まっ、魔虎ちゃん!」
ー来てくれたんだ、本当に。ワタシの友達が・・。-
ワタシの瞳から涙が溢れる。
「何だぁ、おまえらは。魔王姫共々滅ぼしてやる。」
式鬼が、荒々しく叫ぶが、
「誰が誰に対して、言ってんだ、お前!」
魔虎が、冷めた目で式鬼に言い放って、
「滅びるのは、お前だ!行けっ、黒虎っ!」
黒使徒を解放する。黒虎が式鬼に喰らい付き、
「ぎゃああっ。」
あっけなく粉々になって、飛び散った。
「ふん。口ほどにも無い。」
魔虎が冷めた瞳のまま、式鬼が居た空間を眺めながら言った。
<とて、とて、とて・・>
魔虎の横に居た美琴が、ワタシに近寄って、
「大丈夫?姫那ちゃん。」
そう言って右手を差し伸べてきた。
「あ、うん。ありがとう。」
ワタシは、その手を握って。
ー!!何?この感覚!この手は一体!?-
美琴の手を握った瞬間、ワタシは幻覚を見た。それはとても温かく、とても懐かしい想い。
ーあっ、この手は・・・お父様?・・違う・・この温かさは・・お母様?お母様の手?-
「お母様?優那お母様?」
ワタシは美琴の手を握ったまま、口に出して訊いてしまった。
「姫那?姫那なの?大きくなったわね。赤ちゃんだったあなたが、こんなに大きくなって。」
美琴の口から信じられない言葉が出る。
ワタシが呆然としていると、
「お母さんね、謝りたかった。ずっと。姫那ばかりにこんな苦労かけて、こんな苦しい思いをさせて。ごめんね、ごめんなさい、姫那。」
そう言う美琴の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「お母様?」
ワタシには美琴が、お母様と重なって見えた。記憶には無い母の面影と。
「姫那、今お母さんは、この娘の体を通して話せているの。この姫巫女、美琴様の。どうしても姫那に、謝りたくて。お願いしたの。・・この人と供に。」
ワタシの手に、また違う力強く温かいぬくもりが感じられる。そう、この力強く暖かい手は。
「お父様!」
ワタシは思わず、叫んでしまう。最期の時優しく頭を撫でてくれた愛しい父。最期にだけ逢えた、本当のお父様。
「お父様っ、お父様ぁっ!」
ワタシは涙が溢れて両手で美琴の、お父様の手を強く握る。
「姫那、ありがとう。父と呼んでくれて。そして謝る。こんな苦しい思いをさせて、闇の世界に産んでしまって・・一人ぼっちにさせてしまって・・すまない。」
ーああ、お父様が言ってくれた。お父様がありがとうって言ってくれたもう、何もいらない、もう死んだっていい。-
「お父様っ、ワタシも連れて行って。お母様の居る場所に。お父様とお母様と、一緒に居たいの。」
ワタシは必死に叫ぶ。心の願いを、身体の救済を。でも・・。
「駄目なの、姫那。此処には来てはいけないの。此処はとても暗く、辛い場所だから。」
優那の心が悲しそうに告げる。
「姫那は、まだ来てはいけない。私達の所へは。此処は光の当たる所じゃないの。天国じゃないの。暗くて寒い地獄。邪な魂が来る魔獣界の幽閉の間。あなたを、こんな所へ来させるわけにはいかないから。あなたが行く場所は聖獣界。そうなって欲しいから。」
お母様が涙声で言った。
「姫那、私からもお願いする。優那と私の魂が浄化したら、聖獣界へ戻れた時は、再び逢いに来る。その時まで待って、生き抜いてくれ。・・頼む・」
お父様までワタシを引き止める。
ーワタシ、寂しいの。一人ぼっちは嫌。誰にも胸のうちを話せないなんて、嫌だから・・。-
「それでも・・、ワタシは・・。」
ワタシの心を見抜いた様に、
「姫那、お前には友が出来たじゃないか、大切な友達が。一緒に居てくれる人が。」
「そうよ、この姫巫女も、あなたの事を大事に思ってくれている。ずっとこの先、ずっと未来まで変わらずに。」
ワタシは、両親に訊く。
「ずっと未来?どうしてそんな事が言えるの?みらいなんて解らないのに・・・。」
訴えるように問うワタシに、聞いた事が無い女の人の声が答えた。
「ううん、ヒナ。ずっとずっと何時までも変わらないよ。あたし達の絆は、あたし達の友情は。だから、死んじゃ駄目、生きてあたしと一緒に未来へ歩もうよ。」
ー誰なの?凄く暖かくて、優しくて。お姉さんの声なのに、まるで同い年の友達に話すように言ってくれる。-
「あなたは誰なの?ワタシの何なの?」疑問を投げ掛けたら、
「うふふっ、あたし?あなたの友達だよ。美琴だよ。この娘がずっと大きくなって、獣皇妃になった美琴。ヒナ達がずっと支えてくれて、虎牙と戴冠出来て、皇妃になれた美琴だよ。聖教術師姫那。そう、それが未来のヒナの名称。あたしの大切な片腕、聖獣界の智識。」
ーな、何の事だか・・・解んない。-
ワタシがちんぷんかんぷんな顔をしていると。
「んーっ、ごほんっ。あ、ごめんね、難しい事言って。兎に角ヒナは、魔虎と、美琴の友達なんだから、ずっと一緒に居てよね。お願いね。」
「え?えっと、あの・・はい。」
ワタシは声の主に押されて承諾してしまう。
「姫那、良かった。姫那は、未来で獣皇の側近になれるのよね。だとしたらその時には、きっと私達も天国に行ける。転世の門へ行けるから。その時にはきっと、逢えるからね。お母さんとお父様と。」
「本当?お母様。じゃあ、その時まで耐えるから、待つから、約束して。」
「ええ、約束する。姫那が転世の門に来たら、真っ先に逢いに行くって。」
「その時を待っているからな。姫那。」
お父様も、約束してくれた。
ーうん、もう言わないから。簡単に死ぬなんて言わないから。安心して、お母様、お父様。-
「解ったよお父様、お母様。きっと何時の日にか逢いに行くからね。」
「待ってるわ。ずっとずっと姫那が来るのを。」
「姫那。生きろ、生きて悔いの無い人生を送れ。それが私達夫婦の願い、喜びなのだから。」
「うん、また逢おうね。何時の日にか、きっと・・。」
ワタシの視界に光が戻る。
美琴の手を強く、握り締めていた。
「あ、あの。姫那ちゃん?」
目の前に居る美琴に対して、片膝を付き。
「獣皇妃、美琴様。何時までもこの姫那を、お近くに置いて擱いてくださいませ。お願いします。」
ワタシは臣下の礼をする。
そんなワタシに、
「え?あの、その。姫那ちゃん?獣皇妃って?何の事?」
美琴が、焦って訊き返す。
「姫那、お前も美琴の不思議な力を知ったのか?」
魔虎が姫那の肩にそっと手を置いて訊いた。
「え?あれ?魔虎ちゃん。あれ?ワタシどうしちゃったのかな?」
ワタシが慌てて訊くと、魔虎ちゃんが、
「いいんだ、姫那。お前が無事なら。」
そう言って、強く抱きしめてくれた。
「うん、うん。ありがとう。」
また一粒の涙が、そっと零れ落ちた。そんなワタシの耳元で、
「姫那、お前の従者はどうした。白髪の魔獣鬼は、何処に居る。」
ー大変だ、ケンの事を忘れていた!直ぐに助けに行かないと。-
「ねえっ、魔虎ちゃん!ケンが、ケンパが闘ってるの。ワタシを守る為に、一人でっ!」
ワタシは叫ぶ、助けを求めて。
「直ぐに行こう。助けないとな!」魔虎ちゃんが、言ってくれる。そして・・。
「あたしも、征くよ。・・ヒナ・・。」
ピンク色の瞳をした美琴が、力強く頷いた。
娘達は姫那の従者ケンパの元へ駆け付けた。闘いの中、ケンパは姫那と供に居る娘に気付いた。
その娘の中に居る本当の者に・・・。自分達を闇から救ってくれる存在に・・。
次回、闇からの解放
次回も読んでくれなきゃ駄目よーん!




