高く高くその手を掲げて!S・S・S~(セインステッキストーリーズ)よりAct1
あの日、マコとヒナは必死だった。
美琴が走り去ったから。自分達を助ける為に、魔法を使う姿を見られてしまったから。
マコとヒナは、取猫に出会い自分たちの記憶を消してもらおうと願う。
そして、その選択は思わぬ反動を招く事となる。
「取猫さん!お願いです、あたし達の記憶を消して!消してくださいっ!」
マコが、白猫堂の入り口で叫ぶ。
「お願い・・です。美琴と会えなくなる位なら、記憶を失ったっていいんです。」
ヒナはドアを叩いて訴える。
「・・貴方達はどうやって、此処に来れたのですか?ここは、結界の中。普通の人間には来れない場所ですよ。貴女方にはこの結果意へ入れる力が隠されているのですね。」
ドアの向こうから白猫堂の主人、取猫の声がする。
「解らない。アタシにそんな力があるなんて。そんな事どうでもいい、ただ美琴と別れたくない。別れちゃ駄目なんだ。アタシ達は!」
「どうしてか、解らないんです。でも、遠い昔に約束した様な、そんな気がするんです。私達はどんな事が起き様と、ずっと友達でいようって。だから!お願いです!!私達の記憶を、美琴が魔法使いだったって記憶を消してください。」
ヒナが、何時もの口調を忘れて、必死に叫び願う。
「解りました。・・・お入りください。」
取猫の声と同時にドアが開く。
マコとヒナは、店内に入った。そこはありとあらゆる宝石が煌めく魔法の館。店外からは想像もつかない広さに、2人は驚き目を見張る。そして店のカウンターに立つ一人の白髪の紳士に気付いた。
「あ、あの。取猫さんですか?」ヒナが訊く。
「ええ、そうです。西野さん。」取猫の返事に小首を傾げて、
「あの、以前に何処かでお会いしましたか?です。」
「ええ、前にも消しましたから・・・記憶を。」
「え?前にもって、どう言う事ですか?」ヒナが、慌てて聞き返す。
「西野ヒナさん、野間マコさん。御両名は、以前何度か記憶を消さして頂きました。」
「ええっ!何度かって、一度じゃなくて?」マコが焦りつつ訊き返した。
「はい。何度か・・・。美琴様に関する事によって。」
取猫は、メガネを直しつつ静かに言った。
「これまでにも、記憶を消されていたのか。そうか!何度か・・変だなって思う事有ったけど。そうか、それでか!」マコが、過去を思い出しながら呟いた。
「・・・中島君の時・・・も、ですね。」ヒナが暗い表情で訊く。
「解りましたか。そうです、それ以外でも何回か・・・。記憶を何度も消せば、その内後遺症が出てきます。ヘタをすれば、全ての記憶を失いかねません。その事を美琴様は知っておられるのです。ですから、美琴様は自ら消えられたのです。彼方達の記憶を守る為に・・・」
マコとヒナは、言葉も無く立ち竦んでいる。
「アタシとヒナが、絶対に喋らなくても、美琴は戻ってきてくれないのですか?」
マコが漸く問い掛けた。
「ええ。戻られないと思います。それなら、最初から別れを告げられませんから。お二人の記憶が残っている限り。そして・・・。」
ヒナが最後の言葉に反応して、
「そして?そしてどうなのです?」
取猫は、メガネを外し、その瞳から涙を溢れさせ、
「お2人に本当の姿を見られてしまった記憶が御自信に有る限りは、決してお戻りにはならないでしょう。」取猫が言った言葉に、2人は絶句した。
「アタシ達の記憶を消しただけでは、戻ってきてはくれないと・・・。」
「そうなります。残念な事ですが。」
マコもヒナもそれ以上取猫に言えなかった。
「もう、どうしようもないのですか?美琴に会えないって事ですか?」
ヒナが涙を瞳に湛えて、やっと一言訊いて見る。
「・・・ない。とは、言いません。一つだけ方法がございます。」
マコとヒナが、その一言で顔を上げて、
「そ、その方法って?」マコが取猫に訊く。
「教えてください。その方法とは?」ヒナが縋る様に取猫に近付く。
「・・・。三人とも、その時の記憶を失えば、いいのです。」
「えっ?美琴も・・ですか?」ヒナが驚いて、確かめる。
「そうすれば、何も無かったことになりますから。」
「美琴にまた逢えるのなら、喜んで記憶を消します。その事を美琴に伝えられませんか?取猫さん。」
マコがお願いする。希望を与えられた表情で、ヒナも頷く。
「何とか美琴に伝えてください。私達こんな事で、離れたくないのです。また一緒に居たいのです。」
涙を拭きながらヒナが言う、メガネを外して。
「!西野さん。その瞳は?」取猫が気付く。
ヒナの瞳の色が、片方だけ色が違う事に。右目が金色に光っている事を。
「え?ああ、片方だけ最近変わる時があるんです。・・・これが記憶を失った後遺症なんですね。たぶん。」
少し困った様な顔でヒナが答えた。
マコは自分の右手の甲を見た。そこには薄くピンク色の痣が現れている。
「これも・・・そうなんですか?取猫さん。」
マコは右手の痣を取猫に見せた。
「何と!その紋章は、ネクロマンサーでは!」
「紋章?そういえば痣の中に何か描かれてる様な・・・。何だろ、これ。」
マコは左手で痣を撫でた。取猫は額から汗を流す。
ーこの娘達は一体?本来の姿は何者なのだろうか。大体普通の人間ではないとは思っていましたが。-
「あの、取猫さん?どうかしましたか?」ヒナは問い掛けた。
「野間さん、西野さん。あなた方は・・・。どの様な過去をお持ちなのですか?私の知る限り、とても普通の人間とは思えないのですが・・・。」
逆に取猫が、質問してくる。
「え?アタシ達は、普通の女子高生ですよ。そんな化物みたいに訊かないで下さい。」
マコがちょっと怒った顔で答える。だがヒナは、
「バケモノ・・・あの夢が本当だったら、ワタシは魔女。そう、美琴と同じ魔法使い。しかも悪い方の・・・邪な方の・・。」
ヒナは俯き、やがてメガネを掛け直して、
「でも、それが本当の姿だったとしても、今のワタシは普通の女の子。人間の女の子です。」
メガネの奥の瞳から、静かに取猫を見据えて言った。
「・・・これ以上記憶を消去すると、その反動で過去の記憶・・・失ってしまった記憶が蘇り、本当の姿を取り戻す事にななるかもしれません。それが良い事なのか、悪い事なのか、解りませんが。」
ヒナがマコに後を促す。マコは2人の決意だと言わんばかりに、
「アタシ達は、美琴に戻って欲しいだけ。ただ、何時も通りに話し、何時も通りに笑い合いたいだけ。・・それだけなんです。」
マコとヒナは、今一度自分たちの想いを取猫に告げた。
「・・・そうですか。美琴様への想いをそれ程迄に。実に羨ましい限りですな。・・・解りました。それでは私から3人様の友情に敬意を表し、これをプレゼント致しましょう。」
そう言って取猫は一つの宝箱からネックレスを取り出し、マコとヒナに手渡した。そのネックレスには雫型をした飴色の石が光っていた。
「これを、アタシ達に?」マコが恐縮して受け取る。
「綺麗・・です。」ヒナも、目を輝かせて手渡しで受け取る。
「ええ。どうぞ、お受け取りください。そのネックレスはきっと、あなた方と美琴様を繋いでくれるでしょう。」
「へぇー。魔法のネックレスみたいだ。ですね。」
ヒナが、宝石を見つめて言った。
「ばーか、ヒナ。これは、魔法のネックレスだろ。ねぇ、そうですよね。取猫さん。」
マコがヒナに釘を差す。
「はははっ、野間さん。どんな物でもその人が強く念じれば、それは魔法の宝物になるのですよ。」
「えっ?じゃあこのネックレスは、普通のアクセサリーなんですか?」マコが訊きかえす。
「さあ?今言った通りです。」取猫は、白を切る。
「うん。そうだよマコッタン!ワタシは信じる。このネックレスが美琴を連れ戻してくれるって、今迄通りの仲でいられるって!・・・そう、信じるから。」
「そうだな、ヒナ。アタシも強く願うよ。美琴と今迄通りツルメルって、何でも話せて笑い合える仲で居られるって!」ヒナとマコが手を握った。
「良い心、良い絆です、御2人供。さあ、それでは記憶を消します。宜しいですか?」
「はいっ!お願いします。」マコが答える。
そのマコの手をそっと握って、ヒナが微笑み掛けた。
「ああ、ヒナ。このまま手を繋いでいてくれ。」
「うん、マコッタン。何があっても離さない。・・・です。」
青い粉が舞う中、2人は微笑みながら見詰め合っていた。
2人が眠りに入った後、取猫は見つめ続けた。
2人の少女に、何事かが起きない様に願いながら。
「獣皇の涙が、何処まで押さえ切れるのか解りませんが、願わくば彼女達に幸運が授かります様に。」
取猫は、手を繋いだままの2人をソファーの上で静かに寝かせた。
ーああ、まただ。-マコは目を醒ます。
「また、この夢だ。」
アタシの前に、バケモノが居る。
何かの動物に似たその体、顔。しかし、そいつは人を襲い、魂を喰らう。今、正にそのバケモノは女の子を喰らおうと、おぞましい触手を伸ばして近付いて来る。
ー何故、アタシの前に現れた。何故人を襲う。何故、アタシの家族を殺した。許さない。許せない。-
右手の紋章が、紫色の光を放ち出す。アタシはすっと右手を高く掲げて、呪文を解放する。
「喰獣牙!」
紋章が光を放ち、魔法陣を描く。その中から魔法獣・黒使徒が飛び出し魔獣鬼に攻撃を加える。
黒使徒の攻撃であっさりバケモノは黒い粉となって消え去った。
黒使徒は一声吼えて、魔法陣の中へ戻った。
「つまらない、こんなザコを何匹消したって。アタシの憎しみは、怒りは治まらない。」
アタシは右手を下げて、紋章の光を消しその場を立ち去った。気を失った女の子をその場に残して。
ーああ、どうしてアタシはそんなに怒る。一体何がアタシを苦しめているんだ?それにあの右手の紋章は、何なんだ?魔法を操ってあの黒い虎を呼び出して、バケモノを消し去った。アタシは一体何者なんだ?-
マコは、それが自らの記憶の断片である事に気付き始める。
聖杖物語番外編です。
今回の物語は、あの3人娘の出会い、初めての出会いと、其れに纏わる<とある王妃>のお話です。
今作をお読み頂ければ、ある程度以降の物語の筋が、解ってしまうと言う、作者自爆のお話です(笑い)
それでは、今後とも「聖杖物語」シリーズを宜しくお願い致します。
さば・ノーブ