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月夜の段  作者: 東京 澪音
3/3

僕らの恋

下部温泉にチェックインした僕は、温泉で疲れを癒し、夕飯を頂き部屋に戻ってきた。

窓を開けると旅館の前を流れる下部川のせせらぎが聞こえる。


僕は窓際に座ると、夜空を眺めていた。


ネオンライトに邪魔される事のない澄んだ夜空。星がとても綺麗に見える。

標高が高いせいか、気持ち星が近くに見えるのは気のせいだろうか?


そんな事を思いながらも、心の片隅ではいまだに思い出せずにいる約束の事を考えていた。

僕は写真を取り出し、彼女に問いかける?


「あの頃僕らが約束した事は何だったんだろうか?」


答える筈のない写真の中の彼女は、優しく微笑むだけだった。


時計を見ると23時5分を針は指していた。


約束の時はもう目の前だ。


僕は部屋の明かりを消すと、布団に潜り込んだ。


明日は早めに約束の場所に行こうと思っている。

彼女が何時に来るかわからないし、最近まで約束を忘れていた僕の、せめてもの罪滅ぼし。


10年ぶりに会う彼女はどんな女性になっているだろうか?

そんな事を考えながら僕は眠りに落ちた。


翌朝、目を覚ましたのは7時を少し過ぎた頃だった。

僕は少し寝汗をかいていたので、朝食の前に軽く汗を流す為お風呂に向かう。


ここ下部温泉は武田信玄の隠し湯とも呼ばれている。

ぬるめのお湯は長く浸かっている事も出来る程で、湯上りにまた汗をかくという事もない位のちょうどいい温度だ。


30分程お風呂に浸かった後、広間で朝食を取り、8時半にチェックアウトした。


温泉を出ると僕は52号線に戻り、30分ほどかけて昨日訪れた道の駅に向かう。

更にそこから少し南下し、喫茶店を右に右折すると道なり真っすぐ801号線を車で走る。


途中802号線に合流するので、そこから昔利用していたバス停、徳間を目指す。

徳間バス停からは一本道の為迷う事はないが、昔の記憶の為、僕は地図で確認しながら、月夜の段を目指す。


昔の記憶とは違い、道もそれなりに綺麗に舗装されている。

調べておいた情報だと、徳間から月夜の段までは約8キロ。

車ならさほど遠くない距離だが、徒歩だと大分ある。


よくこんな道を当時の僕らは歩いてきたものだ。

少し驚きつつ道を進むと目的地が見えた。


”月夜の段”


間違いないここだ。

二人で非難した東屋はかなり朽ち果てていたが、景色には見覚えがある。


僕は脇に車を止めると東屋の中を確認した。

彼女の姿はまだなかった。


時計は9時35分を指している。

僕は東屋横に掛かった橋の袂に腰を下ろすと、ガードレールに背を持たれ瞳を閉じた。


とても静かな時間が流れる。

静かに流れる風の音の心地よさに、僕は少し眠ってしまっていたらしい。


目を覚ますと、僕の隣に彼女が佇んでいた。


僕は写真を取り出し、目の前の彼女と照らし合わせる。

10年ぶりに会う彼女は、どこか昔の面影を残しつつも、とても綺麗な女性になっていた。


「久し振りです。約束、守ってくれたんだね。」

彼女が嬉しそうに微笑んだ。


その笑顔には見覚えがあった。

間違いなく僕の知っている鳴沢 舞だ。


僕は内心その笑顔に胸がドキドキしたが、悟られぬようあの頃と変わらない挨拶を交わす。

「久し振りだな。びっくりしたよ、大人になったな!」


そう話す僕にクスクスと笑いながら舞は答える。


「10年ぶりですもん、お互いにあの頃のままじゃいられないわ。あなたもとても素敵になったね。」

照れくさいセリフをサラッと述べる辺りは相変わらずだ。


彼女と再会し、まだ殆ど会話していないが、色々な事が蘇ってくる。

あの頃の思い出とともに、忘れていた気持ちも連れて色々な事を思い出す。


僕らはそれから色々な話をした。


引っ越してからのお互いの生活や、今現在の事。

彼女はまだあの家にいて、実家の農家を手伝っているらしい。


僕は地元での学生生活なんかを話した。

話は尽きる事がない。


こんなにも話をしたのはいつ振りだろうか?

とても楽しい時間の中に、少し心苦し部分もあった。


そう、約束の事だ。

いつまでもそれを隠しておく事は出来ない。


僕は彼女に約束の話を切り出した。


「ゴメン舞。僕は正直な話、あの日約束した事を忘れてしまっているんだ。この場所で、二人にとって大切な約束を交わしたことを覚えてはいるんだけど、そこから先が思い出せない。ここ数日ずっと考えていた事なんだけど・・・。」


正直に打ち明けると、僕は彼女に頭を下げた。


「仕方ないわ。もう10年も前の小さかった頃の話だし、あなたは泣きじゃくる私を必死に勇気づけてくれていたから・・・。


舞は少し寂しそうに笑った。


「でも私はあの時の約束がとても嬉しくて、忘れた事なんてなかったわ。」


そう言うと、舞は白い封筒を僕に手渡した。

「覚えてる?あなたが私にくれたものよ。私の大切な宝物。」


僕は白い封筒を舞から受け取ると、その中にあったものをそっと掌に取り出した。


「あっ」

僕はすべてを思い出した。


それは10年前のあの日、泣きじゃくる彼女を何とかしたい一心で、僕は彼女に言ったんだ。


「大丈夫だよ、僕が付いているから!これからもずっと舞の事は僕が守る。」

そう言うと舞は泣きながら僕に尋ねたんだ。


「ずっとっていつまでなの?」


僕は答える。


「ずっとはずっとだよ!僕がおじいさんになって、舞がおばあさんになってもさ。でもそうする為には僕らは結婚しなくちゃならないんだ。大人になったら僕が舞をお嫁さんにしてあげるよ!」


そう言うと舞は泣き止んだ。


「大人っていつ?」


僕は少し悩んで舞に答える。


「20歳になったらだよ!」


そう言うと僕はズボンのポケットから缶ジュースのプルタブを取り出し、舞の手を取り彼女の細い指にそれを通したんだ。


全てを思い出した。

彼女はこんな空き缶のプルタブをまだ大切にとってくれてあった。


「思い出したよ。こんなに大切な事を今まで忘れていたなんて・・・僕は馬鹿だ。舞、君はずっと覚えていてくれたんだね。」


そう言うと舞はさっきとは違い嬉しそうに言う。


「私の初恋はまだ続いているから。」


僕はそう答えた舞の手を取った。


「舞、もう一度約束しないか?今はまだ学生の身分だからすぐには難しい。でも僕が大学を卒業したら、今度こそ二度と離れる事がない様に、ずっと一緒にいてくれないか?」


彼女は瞳一杯に涙を溜めると、小さく頷いてくれた。


僕は彼女を抱き寄せると、そこで初めて誓いのキスを交わした。


止まったままの僕らの恋は、約束の場所、”月夜の段”から、10年の時を経てまた動き出したんだ。



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