その後
ボクの目が覚めたのは、病院。
見覚えのある天井に、嗅ぎ慣れた、どうしても好きになれない臭い。
腕に刺さった針から吊るされた袋まで続く、点滴用の管。
もう折り目の狂った位置さえ覚えている、カーテン。
柔らかすぎる枕。
ボクにかかる影と窓の位置から察するに、時は早朝。
影の主は、姉の編花。
疲れているのか、急いでいたのか、いつもは綺麗に纏められている髪が、少し乱れている。
ここに至るまでの経緯を思い出そうとすると、顔に冷たい風が当たった。
瞳からあふれ出た滴に、弱い風が当たった。
体の向きを変えると、白い、折り目のくっきりとした枕カバーに、青に近い色のシミができる。
あの後、病院に運ばれた。
ボクら3人、皆がだ。
救急車を呼んだのは、たまたま通った軽自動車の運転手。
ボクもキョーも、トラックのドライバーも、もちろんみゅーも、体が動かなかった。
ドライバーがトラックを止めた時、アスファルトにはトラックの道筋を示す線がのびていた。
周りには、本や紙が散乱していた。
みゅーの姿は、視認できない。
隣のキョーは、青ざめて、震えていた。痙攣していたのかもしれない。
蹲り、頭を両手で抱えていた。何事かを呟いてもいた。
側には、貰ってきたばかりの紅い布が広がっていた。
ボクは、それを確認することしかできなかった。
伸ばした手を、引いても。
何にも掠らなかったはずの指先には、小石でも跳んできたのか、赤い筋ができていた。
気づいたら、救急隊員に背中をさすられているキョーがいた。
目の前に、別の隊員が立っていた。
視界が、赤く歪んだ。
汗か、涙か、別のものか。
前髪から、眼鏡のレンズを汚して、大地に筋がのびていた。
どうしてそうなったのか。
いつの間にか、ボクとキョーは互いに体重を預け、互いの体温を感じながら、座っていた。
救急車の車内に、みゅーもいた。
交わされる隊員たちの言葉に囲まれて、ボクらは何も発さず、ただ、互いの存在以外、何も考えなかった。
そこにいる。
ちゃんと、そこにいるんだ。
瞼をきつく閉じたキョーは、おそらく気を失っていた。
まるで、昔の彼のように、その表情は、見るに堪えないものだった。
気づいたらここにいたボクもおそらく、今まで気を失っていたんだ。
ああ。
そうなのか。
もう。
卒業できないのか。
彼と。
彼女と。
ボクは。
一緒に。
とめどなく流れる滴は、もう、止めようがなかった。
彼を動かす彼女はいなくて。
ボクを連れ出す彼女がいなくて。
彼とボクを陽の下に晒してくれる彼女は、もう。
陽光のような彼女に生かされてきた彼は、もう。
影を失ったボクらは、身を守る術を失ったんだ。