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まるで、走馬燈のような。  作者: 鞠谷 磨織
7/8

現在。

 そういえば、今は、あの本たちはどうなっているのだろう。

 借りる者もなく、たいして面白い内容でもなかった気がする。

 キョーが学園物と王道ファンタジーの物語とイメージ画をそれぞれかき、みゅーはファンタジーのほうに挿絵を提供した。

 儀式先生の描いた絵もあったか。

 それにボクは短編を書いた気がする。あれは……――



「……オル?」


 姉の気遣うような声で現実に意識を戻すと、自分の手に箸がおさまっていないことに気が付いた。

 手に力が入らない。それを意識して指を曲げ、のばすと、もう普段どおりに戻っていた。

 器を落としていないのは、もともと手で支えていただけで、テーブルから浮かせてはいなかったからだ。


 ついに、この時が来たか。もう、隠せないところまできているようだ。

 そんな感情を表に出さぬよう意識して、箸を拾う。形だけは、うまくつかめた。


「マオ、なんかヘン。」


 みゅーが箸を止めて言った。


「体調でも、悪い?」


 キョーがボクの顔を覗く。


「何でもありません。」

「うそ。」


 みゅーが間髪も入れずに否定した。


「嘘ではありません。」

「うそ」

「……この間の検診では、何も異常はありませんでした」


 これは、嘘ではない。

 いつもどおり、経過観察を要すると言われた。

 ただ、予想以上に悪化している様子は見られない。と。


「……本当だよ、ふたりとも」


 姉さんが言う。


「――マオ、本当に、問題無いんだよな?」


 キョーが、いつもの――外で見せるような作った顔ではなく、本当の顔で、確認してくる。


「本当です。」

 検診を受けた時点では。


「ほんとうに?」

「本当です。」


 みゅーは、腑に落ちていないようだ。

 じっとボクの方を見て、目を反らさない。ボクも目を見返す。

 本当に、大丈夫だから。

 心配しないで。

 ボクは、キョーとみゅーと共に三人で、この学校を、卒業するのだから。

 それまでは、絶対に……一緒に、学校生活を送るのだ。


「……わかった。」


 そうは言いながらも、目に見えて元気がなくなった。


「いっしょに、卒業しようね。」


 みゅーは、笑顔を作る。それが作りものだと、誰の目にも明らかな笑顔を。




 この時のボクは、本当に、この三人で共に中学を卒業し、それぞれの進路へと進んでいく未来を、信じて疑わなかった。

 この後にあんなことが起こるなんて、想像できる者は、いないだろう。




「ごちそうさまー」


 途中から雰囲気の悪くなった食事を終えると、キョーが無理やり明るく言った。


「やっぱりオルの料理って最っ高!」

「おいしかったーっ」


 食後の後片付けを終えると、今日は3人で部活で使う素材を買いに行く予定だ。


「この後まずはどこ行こっか」

「布では?」

「おとーさんが、布もらいに行けるって言ってたよー。」


 みゅーの父には、洋裁学校の同期に布屋や染屋、養蚕家に大手ファッションメーカーのサンプル制作に携わる者などがいた。在学中に作ったその人脈は、今でも趣味に生かされている。彼らは気前のよい者ばかりで、必要なものを安値で融通してくれた。

 みゅーの母の方にも布屋や手芸屋、ミシン屋などの知り合いがおり、その方面ではこの部活の皆がとても世話になっている。


「リボン足りないー」

「じゃまずは洋裁屋か」

「ネットも買ったほうがよかったような」

「ここからだとホームセンターが先か?」


 食器を洗いながら計画を立てていると、


「あ、よかったらこれ使ってー」


 姉さんが安売りに遭遇して衝動買いでためたボタンやビーズ、花などの小物の詰まった籠を持ってきた。


「使うっ!」

「ありがとーアミちゃん!」


「画用紙も大きいサイズは切らしていたと思います」

「儀式先生が探してきてくれるって言ってたからそれは保留で――」

「マスキングテープのカラーもバラつきが……」

「揃えよう」

「あ、あとねあとねぇ――」



 と、そんなこんなでホームセンターから画材屋に寄って洋裁屋、手芸屋を経由して書店で目当てのものを購入すると、帰路についた。

 キョーとみゅーが二人で大きめの布を持ち、その前を小物の詰まった袋を提げてボクは歩いた。

 途中、みゅーが疲れたと言い出したためキョーが一人で布を持ち、代わりにキョーが持っていた大きめの素材たちをみゅーが抱えた。

 青信号の横断歩道に足を踏み入れる。

 長めのそこは、あまり車が通らない、幅の広い道を横切っていた。

 ボクが渡り切り、足を止めて振り向いた時、歩行者用信号が点滅を始めた。

 いつの間にか距離が空き、中ほどにいたキョーが、大きめの布を肩にのせて走り出した。

 少し後ろにいたみゅーも、荷物を抱えて走ろうとする。

 身長の差もあり、二人の走るペースには違いがみられる。

 二人の距離が、離れていく。

 キョーが渡り切るかどうかという時に、歩行者用信号が、赤に変わった。

 エンジン音が、近づいてくる。

 みゅーはまだ、半ばよりもこちら側を渡っている最中だ。

 自動車用信号が、黄色に変わる。

 エンジン音が、すぐそばで聞こえる。

 ウィンカーのチカチカという電子音が、ひどく耳障りに聞こえた。

 大型車のタイヤが、アスファルトを擦る音がした。

 ブレーキ音は、聞こえない。

 ここは丁字路。

 曲がる方向は、一つしかない。

 視界の端に、トラックの前面が見えた。

 手を伸ばしても届きそうにない位置に、みゅーがいる。でも、反射的に、手が動いた。

 声は出ない。

 隣で、キョーの声が、聞こえた気がする。

 みゅーが顔を正面から背ける。

 目線の先にあるのは、迫りつつあるトラック。

 トラックの運転席は、高い位置にある。

 もう、みゅーとトラックの間には、少しの距離もない。

 自動車用信号が、赤に変わった。


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